第四話 アウル・ドラク討伐
吹雪のトーラスクリフ空域を抜け、私はまっすぐ大陸へと向かう。
魔力異常による異常気象に見舞われているトーラスクリフとは異なり、大陸にあるエノス港は晴れていた。いくつかの雲はあるものの、見晴らしはいい。
トーラスクリフの方角を確認する。敵影はなし。
撒いたとは思わない。ドライガー家だけならばいざ知らず、ナッグ・シャントたちからは逃れられない。
収束の件を抜きにしても、ネレインの広域索敵と追跡能力があればゼロの航路に残された微小な魔力の波長を辿って確実に追って来る。
だから、これは束の間の休息だ。
エノス港上空を素通りし、森の中に着陸する。
ロア・アウルの状態を確かめ、防寒着を脱ぎ捨てる。
もうトーラスクリフへは戻らない。防寒着は動きにくいし、暑い。この場で脱いでしまうのが最善。
ふぅ、第一段階は何とか生き延びた。
格納部から取り出した水を飲み、小休憩。
多勢に無勢の格闘戦の真っ最中なんですもん。休めるときに休んでおかないと、とんでもないポカミスをやらかして計画の半ばでご臨終なんて、死んでも死にきれない。
軽食にと持ってきたフルーツサンドをぱくりと食べる。
甘ーい。糖分が染み渡りますわぁ。
あんまり食べすぎるとゼロでの飛行中にGがかかって吐いてしまうのでほどほどにしておく。ドッグファイト中はぐるんぐるんしますからね。
生きてる実感がありますなぁ。これから死地へ行くんですけども。
死地というか死空?
そろそろ来るころかな。
ゼロに浮遊魔法を作用させて飛翔する。
遠くに黒い粒のような騎影が見える。
残りはナッグ・シャントたちの隊全三騎と、バステーガ・ドライガー、さらにドライガー家の竜騎兵が八騎、総数十二騎。
――のはずだったけれど、遠くの騎影は八騎にまで減っていた。もっとも鈍重なバステーガ・ドライガーの駆るグランダが来ているからには、遅れているということもなさそうだ。
おそらく、私が撃墜した八騎の捜索と救助に残されたのだろう。
数が減ったのはありがたい。減りすぎてないのもベリーグットですよ。
というわけで、死に場所は私が選ぶ。
ゼロに風魔法を作用させて発進する。
すぐに左へ旋回し、エノス港を背に逃走を開始。
あるいは、闘争だ。生存闘争だ。
生き残ってやる。
私をすでに目視していたらしい討伐隊が進路を私に合わせてノートレーム海岸へ向けた。
オッケー、その調子でついてきて。
「――いつまでも逃げ回れるとは思うなよ、小娘」
グランダの念話が聞こえてきた。
振り返って、あっかんべー。
「――くぷっ」
ファーラが笑いをこらえる気配。
だが、私の渾身の表情変化もグランダのお気に召さなかったらしい。
「マルチバースト」
グランダの念話が轟く。刹那の間に、ドライガー家の竜騎兵たちを魔法陣が包んだ。
バステーガ・ドライガーがドライガー家の当主に君臨する理由の一つ。部下全騎への強化魔法。
原作でもナッグ・シャントたちと最大規模の空戦を繰り広げるだけあって、とんでもない魔力量だ。
私の後に戦闘イベントがあるボスですもんね。そりゃあ、格が違う。
マルチバーストの効果で一気に加速したドライガーの竜騎兵隊が距離を詰めてくる。
速い。
ゼロと同じくらいかな?
もう出し惜しみはなしと決め、ゼロの翼を変形させて安定性を高める。翼の空気抵抗が減ったことで加速力が上がり、敵騎との距離が一定に保たれた。
このままノートレーム海岸まで付き合ってもらうよ。
雁の群れのように三角形の編隊を組んで飛んでくる敵騎の中にちゃっかりとファーラを初めとした主人公勢もいた。
マルチバーストの対象になっていないのに、ファーラたちが遅れないで済むのは同様の魔法をネレインが使用できるからだ。
もともと、クラガ以外は高ステータスだし、悠々とついてきている。ネレインとクラガのコンビは魔法による支援系が充実した援護タイプだから、素のステータスは高くない。
味方にいるとすごく心強いんですけどね、ネレイン姉さん。敵に回ると怖すぎる。
――っと、そろそろノートレーム海岸に到着だ。
グランドアロヒンが復活しますように!
祈りを込めて海上を見回す。
グランドアロヒン討伐イベントにはムービーが入る。収束の結果、グランドアロヒンが復活して討伐イベントが開始されたなら、イベントムービーが始まる地点があるはず。
……見えないですね!
うわぁ、計画が失敗した?
計画が失敗したの?
失敗した……?
マジで?
……よし、ドライガー家の竜騎兵を全部落とそう。
グランドアロヒン討伐イベントに、あいつらはいないもんね。
よし、落そう。
ゼロの機首を真上に上げて、縦ループの軌道に入り、ループ頂点で下降せずノートレーム海と水平に飛行する。
背面飛行状態を直して、ものすごい勢いで迫ってくるドライガー家の竜騎兵隊に正面から突っ込む。
正面から決戦を挑む私に対して、バステーガ・ドライガーは冷静に判断を下した。
「――散開(ブレイク)!」
やっぱり集中砲火での迎撃はしてきませんよね。
私の必殺技が怖いのか、散開して包囲を形成し、周囲から断続的な銃撃を加える方針に変更したらしい。
マルチバーストも、ゼロの機動力に対抗するためのものだろう。
さぁ、八対一の空中戦。性能差はほぼなく、射程は私が若干有利なだけ。空にあるのは小さな雲がいくつか。
この状況で精鋭を謳うあなた方が負けたら――笑いものですよ?
ロア・アウルを構える私を見て、ここが戦域になると判断したらしいミトリ、ファーラ、クラガが次々に念話で会話する。
「包囲を形成、雲に逃げられないように注意を」
「ネレイン、ファントム・エフェクトをお願い」
「全力で行使します」
直後、ファーラたちの姿がそれぞれ三つに分裂して飛び始めた。
ネレインの必殺技、ファントム・エフェクトの効果。実体のない分身を作り出す魔法だ。
グラビティ・ドローに対してかなり効果が高い必殺技だけに、ここで出されると本来は少しつらい。
けれど、私は最初からナッグ・シャントたちを攻撃するつもりが一切ない。ファントム・エフェクトは邪魔だけど、それだけだ。
一気に九騎に増えたナッグ・シャントたちが私を包囲の中に押しとどめる役割を務め、ドライガー家の竜騎兵が包囲を形成して攻撃を行う二段構えの作戦ですか。
私がナッグ・シャントたちを攻撃しないのはバステーガ・ドライガーも察しているらしい。
ところで、ミトリが雲の中に逃げられないように注意を促していたけれど、私は雲に逃げませんよ?
――雲が迎えに来てくれるので。
「グラビティ・ドロー」
対象は自分。
ゼロの格納部を開き、発煙筒を一斉に点火。煙をばらまく。
同時に障壁魔法を全力展開。
「目くらましなど気にするな。間隔をあけて撃ち続けよ――なっ!?」
グランダの声が途中で意表を突かれたように途切れた。
私はゼロを包む煙幕と
盛大にばらまかれた煙幕はグラビティ・ドローの効果でゼロを追尾し、効果が切れるまで追いかけてくる。
「撃つな!」
エレフィスが念話で叫ぶ。
明らかに私に煙幕が追随している以上、グラビティ・ドローが使用されたのは誰の目にも明らかだけど、対象が私だけとは限らない。煙幕から私が抜けたのを見計らって一斉攻撃を仕掛ける方が安全との判断は正しい。
でも、煙幕が続く限り私はある種の無敵状態となった。
ゼロを高速で飛翔させながら、ドライガー家の竜騎兵隊へ機首を向ける。
ほら、逃げなよ。
逃げ切れるならね!
逃げ出す竜騎兵を一方的に追いかける。
絶対に外さない距離まで確実に詰め寄り、ロア・アウルで撃ち落としてあげるよ。
マルチバーストでの能力底上げでゼロと性能では互角。
互角なら、純粋に腕と読み合いの勝負だと、あなたたちは思ったでしょうけど。
私は死ぬ覚悟を決めてるんですよ。
「……追い、ついた」
私を振り切ろうとして上昇したのは判断ミス。
上昇性能だけは、マルチバーストがあってもゼロに追いつかない。浮遊魔法を併用できるかどうかは大きな違いだ。
ロア・アウルを立て続けに三連射。障壁魔法を粉微塵にし、ドラゴンの翼に大穴をあける。
落ちる奴に興味はない。――次!
「――調子に乗るなよ、小娘!」
飛び込んできた巨体に驚いてゼロを急旋回させる。
巨体グランダの背に乗る壮年の男の姿。バステーガ・ドライガーを見てすぐ、視界が白く染まった。
――閃光の魔法!
確かに、攻撃力がない魔法ならグラビティ・ドローでも同士討ちを招かない。
効果的に使うのはほぼ無理と考えていたけど、やっぱりドライガー家当主だけあって上手い。
グランダがその巨躯で左旋回を始めたかと思うと意図的に失速し、旋回半径を狭めてゼロに顔を向けた。
バステーガ・ドライガーの周囲に複数の攻撃魔法陣が浮かんでいる。
「いちばん近い対象者に攻撃が向かう魔法のようだからな。これだけ近づけば十分だろう。なぜか我らを殺す気がないようだからな」
グランダが巨大な牙を露わにして嘲笑ってくる。
まっずい、読まれた。
私だって撃墜できるなら全体の指揮を執っているバステーガ・ドライガーとグランダを真っ先に狙うけど、収束の影響であなたたちもナッグ・シャント同様に無敵状態なんですもん。仕方ないじゃん!
すぐにゼロを加速させて距離を取ろうとするけれど、絶対に間に合わない。
「――堕ちろ、ここは我らの空だ」
複数の、光線のような青白い炎線が飛んでくる。
まともに食らったらやばい。
障壁魔法を展開して炎線に対処する。炎が粘性をもっているのか、障壁魔法に衝突すると同時に広がって燃え続ける。
このままだとゼロにまで燃え移る。
やってくれますね、本当!
ゼロを急降下させ、ノートレーム海のきらめく海面にロックバレットを撃ち込む。
海面近くで水平飛行に移し、ロックバレットの着弾で噴き上がった海水を潜り抜けて炎を消火する。
すぐに上昇を開始しながら、グラビティ・ドローの効果を打ち切った。海水を潜り抜けた影響で煙幕も晴れてしまっているから、もうリスクしかない。
私が急降下した時点でもう頭上の押さえに回ったドライガー家の竜騎兵隊がロックバレットの準備をしている。
「閃光魔法で僚機が敵騎の特殊魔法に狙われていないことを確認してから攻撃へ移れ。狙われているものは直ちに戦域を離脱し、次の閃光魔法を合図に復帰せよ!」
完全にグラビティ・ドローを封じにかかってますね。
一度低空飛行でサドーフ海の沖合にある群島へ逃げるのも視野に入れた方がいいかな。
もう、グランドアロヒンが復活してくれればこんな面倒なことにならなかったのに――あ、あれ?
沖合に現れた白波に気付いて数回瞬きする。
幻覚じゃない。グランドアロヒンの討伐イベント開始ムービーの冒頭だ。
ということは、次に来るのは……。
上空を見上げる。
高度を落とした私を狙うためにドライガー家の竜騎兵たちやナッグ・シャントたちも高度を落としている。
グランドアロヒンの討伐イベント開始条件ってまさか、ナッグ・シャントたちが一定高度を割ることだったりするのだろうか。
ゼロでの上昇を中断し、ナッグ・シャントたちの高度を目測する。グランドアロヒンが海面に立てる白波に気付いているのはおそらく私だけ。
ゼロを旋回させてナッグ・シャントたちを釣り出す。
ドライガー家に任せれば私が殺されると推測しているナッグ・シャントとファーラなら、自分たちが突出してでもゼロを破壊しようとするはずだ。
「――アウル、いい加減に投降しなさいよ!」
案の定、ファーラが急降下で追いかけてきた。
ナッグ・シャントたちに手柄を取られまいとドライガー家の竜騎兵残り三騎も急降下してくる。
彼らの高度が五百メートルに到達した瞬間、海面から巨大なアロヒンが飛び出し、海鳥を巨大な口で一飲みにした。
ぎょっとして高度を取り直そうとするファーラたちへと、海鳥を咀嚼しながらグランドアロヒンが目を向ける。
直後、無数の魔法陣がグランドアロヒンの周囲に展開され、対空攻撃魔法が発動する。
海上から天空へと海底の砂を含んだ濁水の塊が撃ちあがる。十や二十ではきかない濁水の塊は逃げ遅れたドライガー家の竜騎兵を一騎、叩き落とした。
間違いない。グランドアロヒン討伐イベントのムービーシーンだ。このムービー以降、十個以上の濁水の塊を撃ち出すことはない。
突然の強力な魔物の乱入に混乱する竜騎兵たちだったけれど、本来の標的は私一人だとすぐに思い出して高度を下げようと試みる。
当然、グランドアロヒンの迎撃網に引っかかり、対空攻撃魔法を避けるために再び上昇する羽目になっていた。
「――なによ、あれ。アウル、あんたが何かやったの!?」
うーん、答えにくい質問ですねぇ。
でも、後始末はするつもりですよ?
ロア・アウルをグランドアロヒンに向けて発砲する。
弾丸がグランドアロヒンの堅い表皮に弾かれて火花を散らした。やはり、物理無効の領域だ。
けれど、気を引くことには成功した。
対空攻撃ばかりをしていたグランドアロヒンが私に向かってくる。もともと海面近くを低空飛行しているゼロには今まで気付いていなかったらしい。
もしくは、収束の影響で私との戦闘は考慮していなかったか。
グランドアロヒンがノートレームの港町へ逃げ込まないように沖合へ誘い出す。
すでに私とナッグ・シャントたちとの空戦を見て漁師たちが船を引き揚げているから、戦闘に巻き込まれることはないだろう。
「王国竜騎兵隊の三騎はあの巨大なアロヒンを討伐せよ!」
グランダが命令すると、ファーラが噛みついた。
「あんたに私たちへの直接指揮権はないわよ。その越権命令に従う義理はないわ!」
「王国竜騎兵は民の安全を守るのもまた勤めのはず。この地がドライガー家の所領ならばいざ知らず、ノートレームでの魔物討伐を我々が率先して行うのはそれこそ越権行為となる。アウル・ドラク討伐は我らに任せよ」
「――くっ」
双方ともに正論だったけど、グランドアロヒンを放置すればどんな被害が起きるかの想定ができる以上、ナッグ・シャントたちは職務上放置できない。
せめてできるだけ早くグランドアロヒンを討伐して私との戦闘に復帰しようと考えたのか、ナッグ・シャントたちがグランドアロヒンに狙いを定めた。
ノートレーム海岸の沖合にまでグランドアロヒンを引き付けることに成功し、後方から飛んでくる濁水の塊を避けて上空へ逃げる。
潮の流れを読み取って、深呼吸。
ついにこの時が来ましたよ。来てしまいましたよ。
文字通りに死ぬ覚悟を決める瞬間がやってきてしまった。
本当に復活できるのかも分からないけれど、少なくともここまでは計画通り。
なら、あとはナッグ・シャントに討伐されて、グランドアロヒン討伐イベントと順序を逆にすることで矛盾を発生させるだけ。
怖い。
ここまで来て怖気づくわけにはいかないし、ここで死ななくても死を先延ばしするだけと頭で理解していても怖い。
あぁもう、死にたくないなぁ!
ロア・アウルの銃口を空に向け、祈るように口にする。
「……我は白雲の穢れを、堕とす。汝は、不倶戴天の敵なり」
アウル必殺技グラビティ・ドロー対象は私自身、あるいは纏わりつく死の運命。
ナッグ・シャントたちがグランドアロヒンに銃口を向ける。
ゼロを操作し、背面飛行から海面へとダイブするように急降下、浮遊魔法を併用して高度を調整しながら水平飛行へと移る空中戦等軌道スプリットSを行い、機首をグランドアロヒンへ向けて突貫する。
私に気付いたグランドアロヒンがナッグ・シャントたちへの迎撃を急遽中断して距離を詰めつつある私へ対空攻撃魔法の狙いを定めた。
グラビティ・ドローを使用した直後だから回避できるはずがない。
全力で障壁魔法を正面に展開。魔力が空になっても構わない。
「――アウル!? あのバカ!」
ファーラが何かを叫んでいるけれど、これも作戦なんですよ。
だって、この状態ならナッグ・シャントはグランドアロヒンを攻撃するしかないのだから。
まさか、私が何のメリットもないグラビティ・ドローを自分に使っているなんて思うはずもなく、ナッグ・シャントたちは私が囮を買って出ていると考える。
『一斉攻撃』
ナッグ・シャントが焦ってハンドサインを送り、仲間に攻撃指示を下す。
グランドアロヒンの対空攻撃魔法に狙われていないこともあり、ナッグ・シャントたちの攻撃は正確にグランドアロヒンへ直進するけれど――私はそこにあえて飛び込んだ。
数種類の魔法による閃光が網膜を焼き、前後左右はおろか天地さえ見失う。
一瞬も持たなかった障壁魔法の砕ける音を認識するより先にグランドアロヒンが放ってきた濁水がゼロの翼をもぎ取った。
ゼロの機体が傾いた瞬間、右腕の感覚が喪失した。
これだけは手放すまいと、ロア・アウルと共にセイクリッドチェーンを握りしめた私は随分と強欲だと、つい苦笑する。
気付いた時には宙に投げ出されて、唖然とした顔で私を見下ろすナッグ・シャントとファーラを見上げていた。
占いで見た死の瞬間の光景がそのまま、目の前にあった。
なら、言うべきことは決まっている。
「――上書き、完了」
背中が何か固いものに触れた気がした。
水柱が上がり、空気を含んだ白い水しぶきに包まれる。
海底深く沈んでいく感覚。
痛みも感じず、意識が闇に呑まれていく。
「――アウル!」
ファーラが呼ぶ声を最後に、私は意識を手放した。
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