第2話 錬金術師の卵
人間、死ぬ気になれば何でもできるって誰かが言っていました。
私、人間じゃなかったんですねって。
出来るか、こんなもん!
論文は書き上がった。過去の天才秀才さんの実験結果を総合して考察して、必要な魔法陣を抜き出した。
魔法理論も勉強した。必要な所だけを虫食いのように調べ上げた。
ありがたい事に? 私はほとんど放置されているので自由時間がたっぷりある。勉強時間はいくらでも確保できたから論文執筆は二年足らずで終わったくらい。
だけど、その先が難関だった。
木製の骨汲みに紙を張り付けてちょっと錘を乗せた模型を作ったまではよかった。
ただ、そこ止まりだ。
私は窓から庭を覗き込む。
庭の奥にある訓練場で竜騎兵と見習いたちが銃身の長い銃を構えて的を狙う訓練していた。
そう、銃がある。しかも普及している。
この世界の歴史を紐解くと、初期の竜騎兵は弓矢を装備し、場合によっては空から石を落とすという形で運用されていた。
しかし、竜騎兵の数が増えるとどちらが戦地の空を占有するかが勝敗を分けるようになり、竜騎兵は戦場の花形として活躍し始める。
そうなると、竜騎兵同士の戦闘が増えて、互いを攻撃できるような弾速が早く、ある程度の連射が利き、取り回しの良い武器が必要となった。
結果、出来上がったのが魔法を利用した長距離狙撃銃だったり、銃弾をばら撒ける機関銃だったり。
あんなのが支配する空に、木製の張りぼて飛行機で突っ込む? お死にあそばすのかしら?
しかも、普通に魔法攻撃もするしね。幸い、射程は短いみたいだけど、私は知っている。
原作ゲームの主人公、ナッグ・シャントの最強魔法はマップ兵器だと。オープンワールドゲームだから予兆を掴んで遠くに逃げればギリギリ躱せない事もないという超広範囲攻撃魔法。
ネット対戦では早期に下方修正されていたけど、この世界ではどうなのか。
ともかく、銃弾をある程度受け止められるバリア的な魔法と機体そのものの強度が必要となった。
でも、材料が手に入らない。
庶子ですもの。お小遣いないですよ。成人したら命もないですよ。
やーだー死にたくなーい。死にたくないの!
材料の予測は付いている。原作ゲームでアウルが乗っていたゴーレム竜の外観もすでに思い出せる限りにスケッチしてあるから、逆算したのだ。
あ、地味にタイムパラドックスですね。何故、予測がつかないゴーレム竜の外観が未来で完成しているのか。まぁ、どうでもいいですけども。
私の死の前には世界の危機すら些細な事なのだ。世界が続いても私が死んだら私の世界はそこまでだ。これが哲学だ。
思考が明後日の方向に飛んでいる事を自覚しつつ、材料調達のめどが立たないので悩んでいると、部屋の扉が勢いよく開かれた。
私の部屋に突然入ってくるとは何者か。メイドさんだってノックするよ。足先で。
「ちっ、相変わらず辛気臭いな!」
入室者が私の顔を見るなり悪態を吐いてきた。
茶色の髪がツンツン立っているそいつは私の三歳上の兄。正妻の子供らしいから異母兄妹というやつだ。
「……タムイズ兄様、どうした、の?」
訊ねると、刺してきそうな眼光を向けられた。
「うるせえ、口を利くな。耳が腐る」
分かった、黙るー。
どうせ会話になりませんし、逆上して殴りかかってきたりもするから無視に限る。
早く出ていってくれないかなぁ、なんて思っていると、タムイズ兄様は得意そうに何か分厚い本を掲げた。
「僕の執筆した論文が本になったんだ。書庫に出入りしていたお前なんかより、僕の方がずっと優秀で頭が良いって誰もが認めたな!」
タイトル『竜の飛行法とその再現に必要な諸魔法』って書いてありますねぇ。
私の机の上に今広げてある完成論文のタイトルが『竜の飛行法とその再現に必要な諸魔法及び機材の推測』なんですけど、偶然ですかねぇ。
あの時かな。継母様に水を掛けられて数日風邪で寝込んだとき。
「お前がどんなに頑張ってもドラク家を継ぐのは僕だ! ……もっと悔しがれよ!」
えっと、元々継ぐ未来があり得ないです。成人の儀と同時に暗殺フラグが立ってるくらいなんですから。
「くっそ、いつも無表情で澄ましやがって腹立つな! もういい!」
それだけ言って、タムイズ兄様は本を私に投げつけて、部屋を飛び出していった。
この無表情には私も困ってるんですけどね?
なんというか、あの子も被害者ではあるんでしょう。
いきなり父親が隠し子を引っ提げて帰ってきたわけだから、危機感を抱くだろうし、私が来てからというものドラク家当主夫妻はいつも喧嘩ばかりしている。
でも、タムイズ兄様が被害者なら、加害者は私じゃなくてドラク家当主だと思うんですよ。
私に当たらないでほしいなぁ。
開けっ放しの扉を通りがかりのメイドさんが乱雑に片手で閉める。実家のような扱いをしてらっしゃいますけど、あなたの雇い主の娘の部屋の扉ですよー?
でも閉めてくれてありがとう。
私はタムイズ兄様がご執筆なされたらしい本を手に取る。
「……パカッとな」
可愛く言っても、銀髪薄幸少女が無表情に呟いているわけで、客観的にみるとホラー調。
それにしても、タムイズ兄様の本は私が書いた論文の丸パクリだった。これを私に見せて何がしたかったんだろう。
でも、機材の推測に関しては抜いてある。竜騎士の家系としては竜以外で空を飛ぶなんて認めたくなかったのかな。
参考にはならないね。部屋の外に立てかけておこう。取り返しに押しかけられても迷惑だもの。
※
ある日の事、外をぼんやり眺めていると二人組が屋敷にやってきた。
片や三十も後半の女性、もう一人は私とさほど変わらない少女。実の娘、という雰囲気でもないから弟子かな。
竜騎士には見えないし、何者だろう。
少女が顔を上げた。緊張で強張った顔が私と目があった瞬間に驚きに染まり、口を半開きにして固まった。
……気まずいから手でも振っておこう。
少女がはっとして照れたように手を振りかえしてきた。可愛い。
あんなピュアピュアした反応、こちらに転生してから初めてだよ。
でもごめんね、私の表情筋は動かないの。
あんまり無表情のままだと向こうも気分を害してしまうだろうから、私はカーテンを閉ざして視界を遮った。
ピュアな反応に癒されたことだし、研究に戻りましょう。
固定した横棒に取り付けた糸、その先に付けた小石を弾丸に見立てて、模型へと突撃させる。
緩やかに飛んで行った小石は模型に接触する前に見えない壁に弾かれて元の高さへと戻ってきた。
バリア、あるいは障壁魔法の実験は成功。
長かったぁ。
このバリアは竜騎兵が使っている障壁魔法の応用だ。
前世の戦闘機とは異なり、竜の背に跨る竜騎兵は保護されていない。風防や天蓋さえないから向かい風がビュービュー当たる。当然、銃弾だって飛んでくる。
竜騎兵は竜との相性や長い時間をかけた訓練が必要な、育てるのにお金がかかる兵科だ。竜騎兵を保護するのは、戦争での絶対条件。
だったら、守るための何かがあるはずだと竜騎兵の戦闘教本をこっそり読んでみたら最初のページに書いてあった。
いやぁ、盲点でしたねぇ。
そもそも、原作ゲームではアウルがゴーレム竜に乗っているんだから、私が開発できないはずがないんですよ。因果関係的に。
そうでもないのかな。ゴーレム竜をいつの段階で作ったのかは分からないし。
ともあれ、防御力に関する目途がちょっとだけついたので、速度や機動力といった面も突き詰めていきたい。
どうせ試作機を作る資金も材料もないのですから。
もう自棄になって設計段階からベストを尽くしてやりますよ。
と意気込みも新たにペンを取った瞬間、部屋の扉がノックされた。
「――すみませーん」
外から声を掛けられて私は硬直した。
聞きました? 聞きましたざますか?
この家の階級ランキングでゴキブリにも劣りそうな私に「すみません」なんて声を掛ける人が存在するなんて。むしろこちらが謝りたい。そして感謝したい。この世に生まれて来てくれてありがとう! あなたのおかげで私はちょっとだけ人の尊厳を取り戻すことができました。
呪いにかかった姫的な。無表情だから華のある絵にならなくてごめんね。キャストミスだよ。
まぁ、どうせ部屋を間違えたんでしょう。
「ここじゃないのかな。すみませーん。さっき手を振ってもらったんですけど」
……あ、部屋をお間違いになっておられない。
慌てて席を立ち、パタパタと軽い足音を響かせながら扉に取りつき、開く。
「え、外開き?」
開いた扉に驚く金髪も華やかな少女。まさか廊下側に開くとは思っていなかったらしく、扉を避けたのか態勢が少し崩れていた。
そう、この部屋の扉だけ外開きなんですよ。なんでって、必要とあれば閉じ込められるようにするためですよ。
「……こん、にちは」
血縁以外に初めて声をかけたよ、私。
どもったけど。
未知との邂逅感が、ファーストコンタクトっぽさが凄い。
「こんにちは!」
金髪少女ちゃんが前のめりに挨拶してくれた。ひまわりのような笑顔ってこういう表情を言うんだなぁ。私は今は無表情娘ですけど、憧れますねぇ。
というか、敵意を向けてこない人をこの世界で初めて見た。前世では見慣れていた人種が目の前にいる。この安心感。
まともに会話できる人もいるんですねぇ。相手には敵意を持って接するべしって戒律のある宗教か何かだと本気で疑っていましたよ。
本当に涙が出そう。
まともな性格の人間と言葉を交わすのは原作主人公ナッグ・シャントと出会うまで待つことになるかと思ってたんです。会ったら死にますけど、最期にまともな会話が出来るならそれもいいかなって考えることも一度や二度ではなかった。
つまり寂しかったんですよ。
「……入、ります?」
どもりつつ、中に招く。
「いいの? 師匠からお話ししておいでって言われたから探してたんだけどね。よかった、すぐに見つかって」
物おじせずに部屋へと入ってくる金髪少女ちゃん。
「あ、わたしはイオシースっていうの。あなたは?」
金髪ちゃん改めイオシースちゃん。
イオシースってどこかで聞いたことがあるような……。
「……アウル、です」
だめだ、どもり癖が治らない!
えっと、友達が部屋に来たらまずは何をしていたっけ。前世を思い出せ、前世を。
「椅子、どぞ」
「ありがとう。……椅子、一つしかないね」
ごめん、この部屋に腰を下ろすほど滞在する人間が私しかいないから椅子は一つしかありませんでした。
困り顔のイオシースちゃんは気遣いのできる子。私は抜けている子。
うわぁ、凄くテンパる。
右往左往していると、イオシースちゃんがくすくす笑った。
「アウルちゃんは面白いね」
「……どうも、です」
仕方がないので私はベッドに、イオシースちゃんは椅子に座ってようやく落ち着いた。
「イオシース、さんは、用事は?」
「師匠の付き添いできたんだ。なんか、このドラク家の次期当主さんが書いた『竜の飛行法とその再現に必要な諸魔法』っていう本を読んだ師匠がいろいろ話を聞きたいって」
……うわぁ。
タムイズ・ドラク兄様ったら大ピーンチ。
私の論文をほぼ丸コピーしたあの本の内容をタムイズ兄様がどこまで理解しているのか。
そもそも目を通したのかも疑問なのに、弟子を取るような人から質問攻めにされて答えられるんでしょうかねぇ。
……自業自得とはいえ、逆恨みされそうなのがなんとも。
「すごくよくまとまっているって師匠も褒めてたよ。ドラク家みたいな貴族様でもないとあれだけの参考資料を集めるだけで人生が終わるってさ」
「うん」
そうだと思うよ。ドラク家はなんだかんだで名門ドライガー家の傍流だから資料が揃っているだけです。
「アウルのお兄さんが書いたんだよね。凄いね!」
「……凄い、です」
「なんで目を逸らすの?」
「なんでも、ない、です」
ここの会話がタムイズ兄様の耳に入ったら逆切れ必至なんです。早く話題を変えたい。
「なんかね、師匠が言うにはあの論文に障壁魔法を使う案が記載されていないのが気になるんだって。竜騎士の名門ドライガー家に連なるドラク家の跡取り息子が障壁魔法を知らないとは思えないから、何か使用できない理由があるのかもって」
いえ、知らなかっただけなんです。この間、障壁魔法を知ったばかりなんです。
でも、タムイズ兄様はもう竜に乗る訓練をしているし、人化しているタムイズ兄様の相棒の竜ヒルミアと障壁魔法について話しているのも一昨年見かけました。
タムイズ兄様、イオシースちゃんの師匠の前で確実に大恥かいてますね、これは。
「なぜ、師匠と同席、しない、ですか?」
話を聞きに来たのなら、弟子のイオシースちゃんにも聞かせた方がいいと思うんだけど。
結果的に有益な話が聞けなかったとしても。
イオシースちゃんが途端に不機嫌そうな顔になった。でも可愛い。
「そう、それ。師匠ね、私にあの本を読んで解けって、問題を出してきたの。ドラゴンが飛行するときに浮遊魔法を切る理由って、なんでか分かる?」
「魔法により、翼の上下で空気の流速、を変化させ揚力を得るから、です」
手の平を竜の翼に見立て説明する。
「浮遊魔法、空気も浮遊させる、ですので、翼上下の空気の、流れが乱れて、翼を傷める、です。強風時の、離陸に際して、翼膜が破けた、事故もあり、ます」
――はっ、研究内容を聞かれたからつい饒舌に!?
ぽかんと口を半開きのイオシースちゃんが私を見つめていた。
やっちまったよ。
だって、こんなに人と話すの前世以来だよ? テンションあがるじゃん! しかも、私が話せる話題だよ? テンション二倍じゃん!
我に返ったイオシースちゃんが私の手を掴んでブンブン縦に降り始めた。
「凄いね、アウルちゃん! 竜騎士ならみんな知ってるの?」
「経験則で、知ってるです。原理は竜から、聞けます」
「そっかぁ。あ、そういえば、アウルちゃんの相棒の竜はどこにいるの?」
きょろきょろと部屋を見回すイオシースちゃん。
「いない、です」
「お出かけ中?」
首を横に振ると、イオシースちゃんは不思議そうな顔をする。
ドライガー家は男女問わず相棒の竜がいる。戦闘は基本的に男性の仕事だけど、女性王族の護衛などで竜騎士の名門であるドライガー家やその分家の女性が出ることも多い。
大体、人と竜が共に十歳くらいからコンビを組んで訓練するのが習わし。
ドライガー家の傍流ドラク家でありながら十二歳の私に相棒がいないなど、本来はあり得ない事態。
「初めから、いないです。私は、この屋敷から、出たこと、ないです」
屋敷の中では人目を忍びつつ書庫とかに出入りしてますけどね。
おかげさまで隠密行動には自信がありますぜ。
「そ、そっか。なんかごめん」
色々と察してしまったらしい空気の読めるイオシースちゃん。
ごめんよ、そんなに落ち込まないで。
何か、気を紛らわせる物を――
「師匠から、なに、学ぶ?」
話題転換!
空気が読めるイオシースちゃんもすぐに話題の変更に食いついてきた。
「私はね、錬金術師の卵なの」
「錬金?」
なんで、錬金術師が竜の飛行に関する論文に興味を持つんだろう。
「師匠は何にでも興味を示す人なんだけど、錬金術の腕では王国でも五本の指に入るんだよ。なにしろ、蘇生薬で有名な聖陽翼って錬金術アイテムを作って王家に献上したことがあるんだから!」
……聖陽翼がこの世界にもあるの!?
原作ゲームでも登場した蘇生アイテム、聖陽翼。
作中では二つ、原料からの作成でようやく三つまでしか手に入れることができない超希少アイテムでもある。
効果は驚くなかれ、死者蘇生!
持っているだけで死亡時から遡って一時間前の状態で復活させる薬だ。
あれがあるなら、私の死亡ルートも一気に打破が見えてくる。
「……聖陽翼、作って!」
「ちょっと待って、アウルちゃん、目が怖い!」
命がけの私の懇願に怯えたイオシースちゃんを見て我に返る。
大人しくベッドに座り直すと、イオシースちゃんはほっとした後、申し訳なさそうな顔をする。
「あの、ごめんね。聖陽翼はもう作れないんだよ。材料がなくてさ。それに、聖陽翼だと病気や寿命はどうしようもないから、アウルちゃんには……」
もしかして、私が重病人で竜を与えられなかったと勘違いしてる?
「私は、元気」
「全然そうは見えないよ。無表情だし――あ、ごめん、うん、きっと元気になるよ!」
待って、そうじゃないです。気を使う場面でもないです!
この無表情は生まれつきなの。本当は愉快なお姉さんin銀髪美少女なの!
「明日も来るから、お話ししようね。元気出して、ね?」
すごく慰められてるぅ!
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