第4話 詳しいので!
冒険者ギルド受付のお姉さんは私を見て困惑していた。
「本当に、アウル・ドラク様ですか?」
「……はい」
「……誠に失礼ながら、冒険者が務まるようには見えませんが、登録処理をした担当者の名前を教えて頂けませんか?」
「兄様が、登録した。担当者、不明」
あっ、いま状況を察しましたね、お姉さん。
えぇ、その通り、私は死に場所を聞きに来ました。
静かなところが良いなぁ。
静かといえば、ギルドに入った直後は騒がしかった周囲の冒険者が皆さんお通夜のように沈鬱な空気を纏っている。「おいおい、死んだぜ、あの嬢ちゃん」とか「ひゅーママのお使いかい、ガール」とか元気にヤジを飛ばしてたのにね。
まぁ、こんな女の子があからさまに死地へ向かわされる場面に立ち会っているのですから、あんな顔にもなるでしょう。
いや、なんか、本当に申し訳ないです。
申し訳ないついでにお花とか供えてくれてもいいんですのよ?
「上の者に確認してきます」
受付のお姉さんが義憤に駆られて上司に直談判しに行った。
お姉さんは受付奥で事務処理をしていた男性に歩み寄った。無視しようとする男性の机を叩き、注意を引く。
「どういうことですか。ギルドの規約では未成年者の登録は出来ないはずです」
男性上司、答えて曰く、
「彼女はドラク家だ」
「冒険者ギルドはその運営を空地教会に認められた独立独歩の組織です。王国貴族ドラク家の要請が規約に反する以上、跳ねのける権利があります」
「それは建前だよ。これはドラク家当主の御意向だ」
「ですが――」
「王国軍事の名門にして重鎮、ドライガー家に連なるドラク家の御意向なのだよ。君は竜騎兵がどれほどの力を持つか知らないわけではあるまい。空地教会といえども王国の内政に干渉するのははばかられるのだ。誰がこのギルドを守ってくれるのかね。それに、彼女の登録を拒んだとして彼女が助かると思うかね?」
男性上司の言葉に受付のお姉さんは悔しそうに口を閉ざした。
畳みかけるように、男性上司が一枚の紙を受け付けお姉さんに手渡す。
「彼女に指名依頼だ」
「なっ!?」
内容を読んだらしい受け付けお姉さんが息を呑み、男性上司を睨む。
「最低ですね」
「世の中がな」
「いえ、私たちがです」
吐き捨てるように言って、受け付けお姉さんが戻ってくる。
カウンターに紙が置かれた。上部を青い線で染められた紙だった。
「アウルお嬢様、ドラク家より指名依頼が届いております」
聞こえてましたよー。
多分、ギルド中に聞こえてましたよー。
ほら、冒険者さん達がみんな俯いてますし、どんな内容か想像がついて無い人なんか一人もいないですね。
「依頼内容は、サッガン山脈南西の森に降りてきたワイバーン一頭の討伐です」
盗み聞きしていた冒険者たちが一瞬ざわついた。
ワイバーンは亜竜と呼ばれ、ドラゴンとは違って人化も出来ず言葉を理解することもない。
しかし、竜種だけあってその脅威度は熟練の冒険者パーティーでの討伐が推奨される。
飛行するせいで遠距離攻撃がなくては倒せないから、脅威度は納得がいく。
初仕事で武器や防具を持たない未成年の女の子が狩れるはずのない獲物ですよ。
本気で殺しに来てますね。一途な思いは他に向けてほしいなぁ、なんて思うよ。庶子で肩身の狭い私としては切実にね!
依頼書を手に取って内容を確認する。
期間は二か月。討伐だから、死骸の納品は必要が無い。ワイバーンの討伐だけあって報酬は高額ですね。
ギルドとしても、失敗前提の依頼とはいえ安い報酬で依頼を受けた前例を作りたくなかったのでしょうけど。
「……仲間を募集しますか?」
受け付けお姉さんが訊ねてくる。
「むり」
周りを見てごらんよ。みんな巻き込まれたくなくて目を逸らしてますよ。
ただでさえ、ワイバーン討伐なんて難しい依頼を足手まといの私を連れて成功させる冒険者パーティーが何組いるんですかね。
「……行って、きます」
「……ご武運を」
受け付けお姉さんが深々と頭を下げると、ギルドの職員さん達も立ちあがって頭を下げてきた。せめてもの罪滅ぼしなのかもしれない。
ギルドを出る直前、何か覚悟を決めたような顔の冒険者さんが私に手を伸ばしてきたけれど、仲間に止められていた。
「……おい、やめとけ。家族にまで累が及ぶぞ」
「くっ……こんな様で、何が冒険者だよ」
ドラマですねぇ。
でも、皆さんは一つ勘違いしてますよ。
私、ワイバーンに詳しいんです!
※
ワイバーンは空棲種の亜竜に分類されます。
その飛行方法はドラゴンと同じく魔法を使用します。
しかしながら、ドラゴンに比べて知能が低く、魔法運用能力に劣り、身体もやや脆い傾向にあります。
獰猛な性格と記載する図鑑もありますが、実は腐肉食です。高空から地上を見下ろし、他の肉食動物や魔物が仕留めた獲物を空からの急降下で盗み取り、巣に運ぶのが主な食料の調達方法で狩りには積極的ではありません。
きっとワイバーンにしてみれば「せっかく空を飛べるのに近接戦挑むとか、バカじゃないの?」と言いたいはずです。
さて、こんな生態のワイバーンですから、当然、肉塊を置いておけば奪い取りに来てくれます。つまり、罠にかかる生態の持ち主です。
なら罠を張ればいい。
とはいっても、ワイバーンはドラゴンに比べて劣るというだけで、魔物全体で見れば決して知能が低いわけではありません。身体も人を乗せて飛べるほどに大きく、罠も大型の物でなくてはいけませんが、空を飛んでいるワイバーンには罠全体が見えてしまうのです。
つまり、罠猟でのワイバーン討伐は不可能と結論付けられており、ワイバーンの脅威度が高い理由でもあるわけです。
でも私は罠作っちゃうんですよ。
ワイバーンに詳しいからね!
峻険極まるサッガン山脈の麓にある森の中、私は河原に肉を置き、森の中で機を窺う。
目撃証言からこの河原をワイバーンが縄張りにしているのは判明してる。そのうち現れるでしょ。
ワイバーンの縄張りだから肉食動物もあまりいないし、割りと長閑。
肉屋の廃棄品だった腐肉の塊を眺めつつ、私はのんびり空を眺めるばかり。
……あ、来た、来た。
空に浮かぶ豆粒みたいだったワイバーンが徐々にこちらへ近づいてくる。
成体のメスらしく、やや小柄な体格。目撃証言と一致する。
茶褐色の鱗に覆われた身体は大体翼開長四メートル弱。頭の先から尻尾まで五メートルちょっとといった所。
河原の腐肉を発見したワイバーンが高度を落としながら加速する。
ぐんぐん近付いてくるその巨体は覚悟を決めて潜んでいる私でも怖い。あんなのが迫ってきたら肉食動物だって獲物そっちのけで逃げちゃいますよ。
ですが、残念でしたね。獲物はお前だー。
「――ザ・浮遊魔法」
ワイバーンが腐肉をその足で捕えた瞬間、私は河原に描いておいた魔法陣を発動させる。
魔法陣は魔力効率を最大化し、少ない魔力でより強い魔法を発動できる。竜騎士家系で将来は中ボスな私の魔力量で全開発動させれば、いくらワイバーンでも逆らえない。
問、飛行中のドラゴンが浮遊魔法を使わないのはなぜか。
解、気流が乱れて翼膜が破けるから。
ドラゴンより体が脆いワイバーンが耐えきれるはずもなく、翼膜が破ける生々しい音と河原に墜落するワイバーンの悲鳴が木霊する。
腐肉を奪うために急降下で加速していたのが災いし、ワイバーンは河原の岩に激突して首の骨を折り、ぐったりと動かなくなった。
死んだ振りをする魔物だから慎重に近付いて死亡を確認する。
息はない。屍のようだ。
「ふっ、勝った……」
※
ワイバーンの討伐を報告すると、受付のお姉さんが目を白黒させた。
「討伐、証明、尾の毒針」
カウンターに置くと、新鮮な毒針をまじまじと見つめたお姉さんがめまいを堪えるように額を押さえた。
「いったいどうやって……」
私はワイバーンに詳しいので!
「死骸回収、したい」
「そ、そうですね。毒針だけでは納得してもらえない可能性もありますし」
「違う。お金、欲しい」
「え、お金?」
そう、お金が欲しい。ワイバーンの死骸を売却し、それを元手に武器を買わないといけない。
今回はたまたまワイバーン討伐だから成功しただけで、武器もなしに冒険者を続けるなんて無理ですよ。
狙撃銃を入手して自衛能力を上げた後、早急にゴーレム竜の材料を購入したい。
まだ私の命は危険真っただ中です。
私は、死にたく、ないんです!
「あと、討伐、まだ」
「え? ワイバーン一頭の討伐依頼のはずですが――なるほど、そういうことですか」
受け付けお姉さんが察して、依頼書の期間を指先で示し、私に目配せしてくる。
私が頷くと、完了印を押さずに保管する事を約束してくれた。
これで二か月の猶予を確保した。
ここからは時間との勝負。
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