第四話 女性竜騎士
「これが、聖陽翼……」
イオちゃんに渡された実物を見てちょっと感動する。
四つの銀の羽の中央に陽桂樹の花を閉じ込めた空色の宝玉だ。一目でわかるほどの膨大な魔力が凝縮されている。流石は蘇生アイテムというべき神々しさ。
国が接収するとの話もあるから、国宝って言ってもよさそうですね。
「それで、情報、は?」
イオちゃんに訊ねる。
ノートレーム海岸ボス、グランドアロヒンを討伐した何者かについて、イオちゃんは当日のうちに情報を入手したにもかかわらず聖陽翼が完成するまで教えてくれなかった。
グランドアロヒンを討伐するほどの実力者に、ドライガー家から追われる身の私が会いに行く以上は保険が必要との判断らしい。
どちらにせよ、聖陽翼を貰うまで会いに行くつもりはなかったんですけどね。
「本当に行くんだね。えっと、女性竜騎士だったらしいよ」
女性ですかぁ。
ドライガー家の血縁でもなければ女性の竜騎士はかなり珍しい。
原作ゲームでも、登場する女性竜騎士はたった三人。一人は私、アウル。もう一人は王国近衛竜騎士団副隊長、シャルス・エトー。最後が主人公と行動を共にすることになるネレイン。
「竜の、体色は?」
「金色らしいよ。すごくキラキラしていたって」
金色の竜と女性竜騎士の組み合わせは『ドラゴンズハウル』に登場しないんですけど。
つまりは原作キャラではありません、と。
どうなってるんだろう。
原作ストーリーで語られていない時間は私が自由に行動できるから、原作で触れられていないその竜騎士は原作収束を免れることができるという理屈でしょうかね。
でも、グランドアロヒンは原作で語られているわけで、矛盾するんですよねぇ。
「女性竜騎士の名前はサムハ、竜の方はテイラン。ノートレームの港町の外れにある一軒家に住んでる冒険者らしいよ」
「わかった」
名前も聞き覚えがない。もう会って話をしてみるしかないね。
ただ、冒険者をしているのなら野良竜騎士のはず。ドライガー家の息がかかっていないのなら、出会いがしらに戦闘になる可能性が少し低くなった。
私の首を手土産にドライガー家と縁を繋ごう、なんて考えないでくれればいいんですけど。
イオちゃん工房の資材庫からゼロを出して、真っ暗な空へと飛翔する。
「気を付けてね。また何かあったら帰ってきて」
「うん」
見送ってくれるイオちゃんに手を振りかえして、ノートレーム海岸に向けて満天の星空の下を飛ぶ。
最近はナイトフライトにも慣れてしまった。
夜間ということもあり、ノートレーム海岸の浜辺に人の姿はない。魔物がちらほらと見えるけれど、どれも小型か幼体だ。
魔物を狩るつもりもないので砂浜の上を飛んでいると、進行方向に町の明かりが見えた。
港町だけあって船の集まる港周辺は明かりがともっている。これから漁にでも出るんですかね。
美味しい魚を食べたいなぁ。白身の奴。
町から少し離れた防砂林の中にゼロを着陸させ、収納していた雨避けのシートを出して被せる。
格納部から出した組み立て式のゴーレム車椅子に乗り換えて、変装用の帽子を被り、取り回しやすい拳銃を腰のホルスターに差してから港町へと向かった。
サムハという竜騎士の元に直接降りると襲撃と勘違いされかねない身の上ですので、港町から車椅子で向かうのです。私は慎重をきたす銀髪無表情娘。
夜の港町は活気こそないけれど起きている人が多く、船が帰ってくるまで英気を養っているようだった。船が帰ってくれば港で一仕事するのでしょう。
人が多いとはいえ、私の姿はやや目立つらしい。十三歳の子供となれば、親の手伝いなどで働く事もあると思ったんですけど。
あ、女の子が夜に出歩いているのが珍しい? それは失念していました。
それ以上に車椅子の女の子が出歩いているのが珍しい? それはもうごもっともですわ。
酒を飲みながら私を物珍しそうに眺めているほろ酔いのおじさんやおばさんの世間話に耳をすませつつ、町外れへと向かう。
治安はそう悪くないと思うけれど、外れの方までくれば何がいるか分からない。いつでも拳銃を抜けるように心構えを作っていると、横から声をかけられた。
「――その物騒な物をしまっちゃくれないかねぇ?」
私が向けた銃口に一切動揺を見せず、声の主は穏やかな口調でそう言った。
六十歳くらいのおばあさんだ。占いと書かれた看板の横に水晶玉が乗った机。
占い師のおばあさんですね。
拳銃をホルスターにしまう。
このおばあさんはゲームで見たことがある。オープンワールドを放浪している占い師で、貴重なアイテムの入手方法などを教えてくれるお助けキャラだ。
まさか出会うことになるとは思わなかったけれど。
「中々覚悟の決まった動きだったねぇ。まだ成人もしていない娘さんにしちゃあ、こなれ過ぎた動きだよ。訳アリだって看板を背負っているようなもんさね。どうだい、何か占ってあげようか?」
確かに私のさっきの動きは過剰だったかもしれない。
手を抜いて死んだら本末転倒だから直す気はないけど。
看板に書いている金額をちらりと見る。ゲーム時代からお値段据え置き。実に経済的ですわ。
私は二回分の料金を机に置いた。
おばあさんは目を細めて、水晶玉に手を置く。
「何を占うかね?」
「……死の瞬間」
「……悪趣味な冗談や冷やかしなら笑い飛ばすんだがねぇ」
私の顔を見上げたおばあさんは結局笑わないまま、水晶玉に魔力を流し始めた。
その水晶玉ってそう使うんですか。
「準備ができたよ。この水晶玉に魔力をちょいと込めてごらん」
魔法陣が浮かび上がっている水晶玉を手で示される。
魔法陣は詳しく読み取れないけれど、攻撃系ではなさそうだ。この占い師がドライガー家の刺客のはずはないけれど、一応は警戒しておく。
手を水晶玉において魔力を流し込む。
「……んっ」
指先に静電気が走ったような鋭い痛みを一瞬感じた直後――ファーラに乗るナッグ・シャントを見上げていた。
青空の下、魔法狙撃銃を構えているナッグ・シャントとの距離がどんどん開いていく。
自分が落下しているのだと気付いた瞬間、自分の声が聞こえた。
『――上書き、完了』
疑問に思ったのもつかの間、視界が暗転する。
――目の前に占い師のおばあさんの姿があった。
「お嬢ちゃん、占い師の才能があるね。相当はっきり見えたんじゃないかい?」
私の顔色から判断したのか、おばあさんが優しげに眼を細めて世間話でもするように訊ねてくる。
いやいや、それどころじゃないんですけど!?
なぁにぃ、いまのぉ?
私、全然運命回避できてないじゃん!
死亡イベント終了した瞬間じゃん、今の!
けれど、上書き完了って何だろう。
頭を振って、私は車椅子の片輪を後ろに回転させる。右に倣えの動きで反転して、占い師のおばあさんを見る。
「ありがとう。参考に、なった」
「そうかい。まだ一回分の料金が余っているけれど?」
「口止め、料」
「客の事を誰かに話したりはしないさ。またどこかで会ったら、この料金で占ってあげよう。できれば、その時に弟子に取りたいねぇ」
「考えて、おく」
「前向きに頼むよ」
占い師のおばあさんと別れて、街外れへと車椅子を進めた。
ゴーレムの車椅子だから半自動で動いてくれて楽ですけど、長く使っているとリハビリが大変そうだなぁ。
家もまばらなってきた頃、件の女性竜騎士の家が見えてきた。
イオちゃんが事前に集めてくれた情報が正しければ、あの家が竜騎士サムハの家だ。
夜にお邪魔するのは失礼ですけど、こちらにも事情がありまして……。
家の明かりは点いていた。
就寝中を起こすよりは心理的な抵抗が少なくて助かると、玄関口に下がっている呼び鈴の紐を引こうとした時、扉がいきなり開いた。
「――もうこんな家出てってやるかんな!」
「待ってテイラン、せめてスカートだけでも!」
「ふっざけんな、誰が穿くか――って、あっ……」
気付いてくれました?
いきなり開いた玄関の扉に吹っ飛ばされた私と傍で空転する車椅子の存在に。
痛い……。
顔を上げると、赤毛で長身のモデル体型な女性がスカートを片手に、もう片方の手で下着姿の金髪美少年をがっちり捕まえている。
事案……。
赤毛の女性が私を見て口を半開きにして固まっている。色々やらかしてますもんね。フリーズしますよね、そりゃあ。
金髪美少年が私を見てにやりと一瞬黒い笑みを浮かべた後、涙を浮かべて懇願する。
「助けて、このケダモノに襲われてるんだ!」
「ちょっと、テイラン!?」
金髪美少年の言葉に慌てた赤毛の女性が私を見る。
「違うんだって。ちょっとこの子を女装させて楽しもうとしただけで」
いやいや、どこも違わないですよ。事案ですよ、それ。
それはそうと、夜の大地は冷たいなぁ。
「……起こして」
「あ、すみません」
我に返った赤毛女性さんが金髪美少年を離して私に駆け寄ってくれた。
車椅子を直してから私を抱え上げる一瞬、赤毛の女性が躊躇する。
「……通報、しない、です」
「あ、ありがとう」
赤毛の女性は困ったように笑って、私を車椅子に座らせてくれた。
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