第八話 空中遺跡

 朝を迎え、私たちはいよいよトーラスクリフの中心部へ向かうべく広場に来ていた。

 目的の島は中央で二つ目に大きな島とのことで、遺跡は島の中心にあるらしい。


「中央へ向かうほど吹雪が強いとの情報があります。お気をつけて」


 見送りに来てくれた島長さんに心配されつつも、私たちは空へ上がった。

 吹雪はいまだに続いているけれど昨日のフライトで感覚はつかんでいる。いまだに怖いけれど、飛べないわけではない。

 もっとも、吹雪いているのは天候だけではないけれど。


 横を見ると、サムハさんがテイラン君をなだめているのが見える。

 原作ゲームや二次小説についてかたくなに説明を拒むサムハさんに、テイラン君がついにキレたらしい。

 なんだかんだ言いながら背に乗せて飛んでいるのが実にツンデレですなぁ。


「――おい、無表情でこっちをみてんじゃねぇよ。不気味だろーが」


 テイラン君からの念話には何も言い返さず、私は進行方向を見た。

 ――表面上は無表情だけど、内心はニマニマしてましたなんて言えない。

 いくら喧嘩中でも一度背に乗せた竜騎士を振り落すようなまねはテイラン君だってしないはず。


 トーラスクリフの中央へ向かうほどに風が強くなり、吹雪で視界が白くかすむ。海は風に煽られて波が高く、低空飛行なんて恐ろしくてできない。

 ドーナツ状に島で囲まれて入り江のようになっているこの海域は波の逃げ場がないため、強風による高波の影響が大きくなりやすいらしい。


 首に巻いていたマフラーを持ち上げて鼻を覆う。動かない脚が冷えていくから、準備していた湯たんぽを当てて体温を保つ。

 これ、帰りのフライトもあるんですよねぇ。

 原作主人公ナッグ・シャントが解呪のアーティファクトである『星の清水』を使うまで、各地の異常気象は収まらない。このトーラスクリフの吹雪もまだしばらくはこのままだ。


 吹雪の影響もあって低速で二時間ほど飛んでいると、目的の島が吹雪の向こうにかすんで見えた。

 ようやくか、と思うけれど、姿勢の制御で精いっぱいで感動なんてありはしない。

 もう、ゼロがグラグラ揺れる。姿勢を正すために浮遊魔法を使おうとして、翼がミシッと嫌な音を立てた時には背筋が寒くなった。

 死にたくない私が何でこんな危険フライトをしてるんですかね!


「島上空に入ったら高度を落としつつ旋回」


 テイラン君が念話で指示を飛ばしてくる。

 旋回って、この吹雪を機体の背中やお腹でモロに受けることになるんですけども。

 ゼロの可変翼を操作し、翼先端を機体後方へと向ける。空気抵抗を軽減し、速度が上がりやすくなる半面、旋回性能が落ちる翼形状だ。

 旋回性能が落ちるとしても、風の影響を減らしたほうがいい。

 しかし、私の心配は杞憂に終わった。

 島の上空に入った瞬間、吹雪がぴたりとやんだからだ。

 台風の目にでも入ったのかと思いきや、上空にはとんでもないものが浮かんでいた。


「……遺跡って、飛ぶの?」


 正十二面体だろうか。五角形ですべての面が構成された巨大建造物が島の上空に浮いている。高度は三千メートルくらいだろうか。

 以前、アスピドケロンにぶつけた巨大ロックバレットなんて比較にならない。もう、島そのものが浮いているような異様な光景だった。

 おそらく、浮遊魔法を使用しているのだろうけど、どんな魔力の使い方をしているのかと。

 原作ゲームにはこんなもの存在しなかった。二次小説由来の建造物だとしても、荒唐無稽すぎる。

 揚力を得て飛んでいるゼロとは異なり、上空の遺跡は純粋に浮遊魔法だけで浮いているようだった。


「異常気象を起こしている異常な魔力を吸い取っているから、あの遺跡周辺だけ吹雪がやむって」


 テイラン君が説明してくれた伝聞調なのは二次小説を知るサムハさんの説明だからかな。

 まぁ、理屈は合うけど。

 そもそも、遺跡を作った人は何であんなものを空に飛ばそうと思ったわけ?

 高いところが好きなの? 煙とオトモダチなの?

 ゼロで飛んでる私が言えたセリフじゃないですね。


 でも、どうやって入るんだろう。

 遺跡はゆっくりと回転している。うまく中に入れたとしても、回転に合わせて内部を飛ばないと壁に激突するのでは?

 回転軸があれば、その軸の中を飛べばいいはずだけど、眺めている限り回転方向が時々切り替わっている。

 テイラン君の上にいるサムハさんがハンドサインを送ってきた。


『低速飛行で後に続いて』

『了解』


 二次小説の知識があるから入り口や内部についての事前知識があるんですね。

 テイラン君の後に続いて遺跡の周囲を飛び、入り口を発見する。五角形の面の中央にぽっかりと空いたその入り口は円形で、遺跡への侵入が飛行可能な者を前提にしているのが分かった。

 中に飛び込んでみる。遺跡の中だけあって無風状態だけど、明かりの類がないためサムハさんとそろって照明魔法を使用し、低速で奥へと向かう。


 遺跡の材質は煉瓦のように見えるけれど、魔法で保護されているのか風化の跡も見られない。

 オーパーツすぎる。ここだけマジックパンクの気配がする。

 あ、私も空飛ぶマジックパンクでしたわ。


 遺跡内部も緩やかに回転しているため、調整しながら通路の中央を飛ばないと壁に激突してしまう。

 ゼロはホバリングでその都度に姿勢制御などができるけど、並みの竜がこの遺跡を飛ぶのは至難の業だ。

 それをテイラン君もサムハさんもうまく切り抜けている。息の合った人竜一体の動きだ。低速だからこそ、サムハさんが張った障壁を蹴りつけるなどで進行方向を上手に切り替えている。

 直角の曲がり角が目前に見えてきて、テイラン君が翼を広げて急減速する。すかさず障壁魔法を張ったサムハさんが声をかけると、テイラン君は障壁魔法に足先でソフトタッチしてから蹴りつけて、直角カーブを難なく曲がっていく。

 あれ、ほとんど曲芸なんですけど、気付いているんですかねぇ。


 ゼロを操作して壁面に機体のお腹を向け、直角カーブに差し掛かると同時に浮遊魔法。カーブの内側へと旋回しつつ速度を落とし、まがった先の壁面に再度お腹をつけるようにして浮遊魔法を使用する。

 壁に軟着陸するような形で落ちた速度を、今度は風魔法を使用して取り戻す。

壁から機体が離れたら姿勢を正してテイラン君を追いかけるだけ。


「なんだ、今の変態機動。お前、頭大丈夫か?」


 テイラン君から辛辣な念話が飛んできたんですけど。

 というか、昨日の雪合戦中止からずっと機嫌悪いね。私にあたるのはやめてほしいですよ。

 設計者の底意地悪さが透けてみえる複雑な通路を潜り抜けて遺跡の中心部に迫る。

 中心にいくほど回転が速く、壁に接触しないよう神経をとがらせなくてはいけなかった。

 最後に長い直線を抜けると、広い空間に出た。


「……明るい」


 正五面体の空間の中央に四角い碑文が浮いている。いくつもの光源が浮いていて、私やサムハさんの照明魔法がなくても十分な明るさだった。

 碑文の前でゼロをホバリングさせる。

 古代の竜語だ。


「読めるのかよ」

『可能』


 この世界が『ドラゴンズハウル』の世界だと気付いた日から勉強していましたよ。ラスボスである邪竜について書かれた文献はすべて古代竜語ですからね。

 目の前の碑文によれば、ダートズアという邪竜をサッガン山脈周辺に封印したと書かれている。その際、ゲーム時代のラスボスである邪竜の封印に使われていた魔力を一部流用したとのこと。

 あぁ、これはまずい。


 原作主人公ナッグ・シャントが順調に物語を進めてラスボスを討伐し、アーティファクト『星の清水』を使用した場合、邪竜ダートズアの封印が解かれてしまう。

 そうでなくても、エメデン枢機卿が暗躍して邪竜の復活準備を整えているから、二頭の邪竜が同時復活する可能性もある。

 大乱戦の予感。

 ひとまず、碑文の文章を書き写しておこう。

 私と碑文の周囲を旋回していたテイラン君がサムハさんの言葉を伝えてくる。


「封印解除の手順は書かれてないかってさ」


 私は首を横に振る。

 封印の解除方法は書かれていない。来たるべき時、この碑文を見ることができる実力者が討伐してくれることを望むと書かれていた。

 要するに、丸投げですね。

 こんな遺跡に侵入して碑文に到達する時点で竜騎士としてはかなりの腕前だ。この遺跡は竜騎士の腕を見る試練でもあるのだろう。

 私が乗るゼロの場合、ホバリングが可能だから難易度が大きく下げるけど。

 碑文を書き写した紙を筒に入れて、サムハさんに投げる。危なげなく空中で筒をキャッチしたサムハさんは中身を確認して、ハンドサインを送ってきた。


『島に帰還しよう』


 詳しい話は島でってことかな。


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