第七話 ダイエットが必要ない体にしてやるよ

 トーラスクリフの群島を半周して向こう側の島で落ち合うことを決め、サムハさんやテイラン君と一時別れた。

 各島に物資を投下せよと言われても、ドラゴンと同じでゼロもそんなに多くの物資を詰め込めない。何回かに小分けして往復する形になるだろう。


「夜通しここで火を灯しておきますんで、目印にしてください」


 ギルドの職員さんが広場の端に作っている大きな焚火を指差した。

 この吹雪だから、目印が無いと広場を見失う可能性がある。

 私はゼロと物資をロープで繋ぐ。初フライトでワイバーンの死骸を運んだ時のことを思い出した。

 じゃあ、行きますか。


 浮遊魔法を発動してゼロを浮かせる。

 遠巻きに見ていた島の冒険者たちが「おぉ」と感嘆の声を零した。ゼロが本当に飛ぶのかどうか半信半疑だったらしい。

 私の受け持ちは時計回りで半周分の島、全部で五つ。陽のある内に終わらせたい。

 強風に煽られてゼロが傾くけれど、すぐに体勢を立て直して風魔法を発動する。

 上昇しながら最初の島へと向かう。

 うわぁ、もう広場が霞んで見えないや。酷い吹雪ですよ、ほんと。

 灯台の明かりを頼りに島を探せと言われたけど、肝心の灯台の明かりが吹雪のせいで全然見えない。


 まだ昼前なのに薄暗い空を慎重に飛んでいく。

 前後左右に障壁を展開しているから私に風は当たらない。それでも気温の低さはいかんともしがたい。

 寒い。さっさと終わらせよう。

 この辺りに最初の島があるはずなんだけど。

 周囲を見渡すためにホバリングに切り替えたいけれど、強風に煽られて墜落しかねないので、その場を旋回しつつ島を探す。

 ――あ、灯台の明かり。

 あっちかぁ。微妙にずれてるや。

 こういう時は計器類が欲しくなるなぁ。


 大きく旋回しながら高度と速度を落とし、灯台の明かりを頼りに島に必ず存在するという広場を探す。

 どこですかね。……めっけ。

 広場へと降下し、高度が百メートルを切ったところで木箱を投下する。

 まっさかさまに落ちていった木箱は落下途中で魔法陣に包まれて落下速度を落とすと、ふわりと軟着陸した。

 竜騎士が誤って落馬ならぬ落竜した時に使用されるパラシュート的な複合魔法ですね。

 浮遊魔法を基礎として色々な魔法を組み合わせているけれど、その分魔力消費が大きい。あの木箱に魔導核でも入っているのかな。

 まぁ、今日みたいな日に備えておいたんでしょうけど。


 切り立った複雑な崖に囲まれた島。あんな場所に海が荒れている日に乗りつけるのは現実的ではないですし、空からの物資投下の方が安全って事ですね。

 雨くらいならともかく、こう吹雪いているとどっちも変わらない気がするけど。

 さてさて、次の島に行ってみますか。

 島の位置関係から次の目的地の方角を大まかに推測し、ゼロを旋回させる。

 しばらくまっすぐ飛んでいると、灯台の明かりが見えてきた。

 素晴らしい方向感覚。私、凄くないですかね?


 広場へと降下していく。

 ……なんだか、島の様子がおかしい。

 この吹雪の中で何人も外に出てきている。

 広場に物資を落としてから旋回し、島民を観察する。

 武器を持って集まっているようだ。

 すぐに島の上空を見回して、魔物の姿が無いのを確認する。

 降りて島民から事情を聞きたいところだけど、あの慌てた様子からするに悠長に話をしている時間もなさそう。


 島民が向かう先へとゼロの機首を向ける。

 空に魔物がいない以上、海側から脅威が迫ってきていると見るべき。

 この辺りに海賊が出るって話は聞かないし、この吹雪では海賊だってまともに上陸できない。

 海棲魔物が妥当かな。


 ロア・アウルを構えつつ、島の岸壁へと飛ぶ。

 吹雪で大荒れの海から崖のくぼみに上がっている魔物の姿が見えた。近くには島へ上がるための階段があり、魔物の何頭かはすでに上り始めている。

 セイウチに似た海棲魔物、ムク=ティだ。

 もっと北の方にしか生息しないはずの魔物だけど、この異常気象で発生しちゃいましたかね。


 ムク=ティはセイウチらしいでっぷりしたと胴体をしている。

 見た目の割にすばしっこく、動くもの、特に逃げる物を追いかける習性があるため、漁業関係者を食ったり、船を沈めようとする。

 厚い皮下脂肪に覆われているから、先ほど見た島民の武器で刺されたくらいじゃあ血も出ないでしょうね。

 島の皆さんが慌てるはずだよ。下手をすれば島が滅ぶもん。


 でも、厄介なことになったなぁ。

 吹雪いていなければホバリングしつつロア・アウルで撃ち下ろして終わりなんですけど。

 ゼロを旋回させる。風に煽られてしまうためホバリングは厳禁なこの状況はちょっと不利だ。

 それでも、ムク=ティが階段を上り切る前に仕留めておかないと、島民に流れ弾が当たりかねない。

 高度を落とし、階段を上っているムク=ティに狙いを付ける。吹雪で姿が霞む。この際だから、階段が銃弾で破損しても許してほしい。


「……一頭目」


 射撃と同時に機首を上げて階段の上に陣取っている島民の頭上を飛ぶ。

 初めて私とゼロを認識したらしい島民が慌てている姿が見えるけれど、説明は後。

 ゼロを右に傾けて旋回し、階段の頂上を横切りながら戦果を確かめる。

 一射目はきちんとムク=ティの頭を打ち抜き、絶命させていた。セイウチに似た巨体が階段を転げ落ちて行き、後続のムク=ティを巻き込んでいる。


 というか、あの高さから仲間の死骸と一緒に転がり落ちても無傷って、ぶよぶよ過ぎでしょ。ダイエットしたら?

 ムク=ティを見ると、前世でやっていたお魚ダイエットはあまり意味がなかったんじゃないかという気もしてくる。

 前世の友人はケーキを食べながら言っていた。『痩せる食事はない。太る食事があるんだ。原因は食べ物じゃなく食生活だ。責任転嫁してないで運動しろよ』と。


 階段上りダイエットを再度始めているムク=ティに再び銃撃。

 ムク=ティの脂肪、じゃない、死亡確認。

 吹雪のせいでよく見えないけど、何頭いるんだろう。

 強風に煽られるせいで大きく旋回せざるを得ず、階段へ到着する時間がどうしても遅れがちになる。銃撃の間隔を狭められないせいで、一進一退の攻防が続いていた。

 島民たちも私が何をしているのか気付いたらしく、下手に階段へは近付かずにバリケードを作って備えはじめていた。


 五頭倒す頃には、死骸が階段の下に溜まって生きているムク=ティの足止めとして機能するようになり、一方的な展開になる。

 寒さで手が震えて銃口がぶれそうになるのを障壁魔法で押さえつけ、階段下で逃げ場がないムク=ティを一方的に銃殺していく。

 生き残りが出ると再襲撃の可能性もあるから、ここで全滅させたい。

 海側のムク=ティを優先的に狙って死体に変え、生き残りの足止めにしつつヒットアンドアウェーを繰り返していく。


 まだいるのかぁ。

 吹雪で視界が霞む中、ムク=ティがいる崖下へとゼロを近付けるのは神経が磨り減る。いっそ爆発系の魔法を乗せた銃弾を撃ち込んで一気に片付けたいけれど、階段が破損すると島民の生活に影響が出てしまう。

 面倒だなぁ、と思っていると、島民が崖の上に集まっているのが見えた。

 崖下を指差して何事かを協議した後、バリケードにしていた何かが詰まった袋を崖下のムク=ティ目がけて投げ落とし始める。

 ……うわぅ、エグゥイ。

 袋の中身は大きめの石だったらしく、高所から投げ落とされた袋が直撃したムク=ティの頭が潰れた。

 崖の上からの一方的な攻撃にムク=ティが恐慌状態に陥るけれど、私が銃殺した死骸のせいで身動きも取れない。なすすべもなくムク=ティは袋の直撃で絶命していく。

 この海域に海賊がいない理由の一端を垣間見た気がする。


 ムク=ティが全滅すると、島民がこちらに手を振ってきた。

 私も手を振りかえして、広場の方を指差す。これで物資が届けられたことにも気付くでしょう。

 思わぬ時間を取られたから、早く別の島にお届け物をしないと。

 ゼロを旋回させ、物資搬送を再開した。



 物資を届け終えて第二本島と呼ばれる冒険者ギルドの拠点がある島の広場にゼロを着陸させる。

 広場ではすでに仕事を終えたサムハさんとテイラン君が待っていた。

 焚火に当たっていたサムハさんがこちらに歩いてくる。


「遅かったから心配したよ。どうしたんだい?」

「ムク=ティ、倒してた」

「この吹雪の中で? よくやるわ」


 私だって好きでやったわけじゃないですよ。仕方なくですよ。

 呆れたような顔をしていたサムハさんは何かを思い出したように、トーラスクリフの中央の方角を指差した。


「遺跡がある島が分かった。明日には行ってみようと思う」

「分かった」


 物資の搬送が終わったとはいえ、もう日も落ちている。吹雪のナイトフライトなんて命がいくつあっても足りない。

 宿を取ってあるというので歩き出そうとした時、テイラン君が広場の雪を丸めて思い切り振りかぶり、サムハさんの背中に投げつけた。

 ボスッとなかなか重々しい音がして、サムハさんが反動でたたらを踏む。


「……テーイーラーン……?」


 怨嗟交じりの声で呼びつつ振り返るサムハさんは笑っている。

 テイラン君はサムハさんを指差して笑っていた。


「薄く障壁を張って先に雪玉で割った方が勝ちな!」

「いい度胸じゃん。テイランが負けたらスカート穿いてもらうぞ。フリル付きの媚まくりなスカートをなぁ!」

「くっ……や、やってやるよ。その代わり、そっちが負けたら昨日話してたゲームがどうとかって話を嘘偽りなく洗いざらい説明してもらうかんな!」


 一瞬怯んだテイラン君が言い返すと、それまでノリノリだったサムハさんのテンションが急速に冷めた。

 ちらりと私を見たサムハさんは首を振る。


「やっぱやめた。アウルさん、脚が動かないんだよね? 凍傷を起こす前に宿に行こう」

「お、おい! 逃げるのか!?」


 はしごを外されたテイラン君が挑発するけれど、サムハさんは乗ろうともしない。

 まぁ、ゲームや二次小説の説明をしたくないんでしょうね。

 竜は気位が高い。自分の運命が別の世界の見ず知らずの誰かに描かれた物だなんて言われたらかなり怒るはず。

 決められたレールの上の人生ってフレーズの上位互換なわけだし。


「ちぇっなんだよ、くそ」


 テイラン君が行き場の無くなった雪玉を空高く放り投げて毒吐いた。


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