第六話 トーラスクリフ

 サムハさんとテイラン君の運命が収束していく二次創作小説『ドラゴンズソウル』はノートレーム海岸ボス、グランドアロヒンを討伐後の事も描かれているらしい。

 サムハさんいわく、シリアス寄りの内容で途中からは原作との乖離が大きくなる。


「原作との乖離が激しくなるのはトーラスクリフに行ってからなんだ」


 トーラスクリフは、ノートレーム海岸の南西にある群島だ。

 ドーナツ状に並んだ大小さまざまな島はその岸のほとんどが切り立った崖になっており、船での上陸が非常に難しい。一応港もあるけれど、港から階段で崖に上る事になる。

 トーラスクリフは現在、魔力災害による異常気象が最も激しい場所でもあり、強烈な豪雪地帯と化している。一日中吹雪が吹き荒れ、まともに視界が利かない。

 ゲームでもトーラスクリフに行くのは難しかった。数少ない晴れ間を見つけて行くのが一般的だ。

 しかし、サムハさんは明日中にトーラスクリフに向かわなければならないらしい。


「これが理由でね」


 そう言ってサムハさんがテーブルの上に一枚の依頼書を出してきた。


「今日、冒険者ギルドから依頼があった。異常気象で連絡が取れなくなっているから様子を見に行きがてら物資を届けてほしいとさ」

「……それが、収束?」

「そう。ドラゴンズソウルでも同様の依頼を受けて、トーラスクリフに向かう事になる。そこで、原作とは異なる邪竜について書かれた古文書を手に入れる。古文書に書かれている邪竜がドラゴンズソウルにおけるラスボスってわけ」


 二次小説に収束する以上、サムハとテイランはトーラスクリフに行くことになるわけですね。

 たとえ、現地がとんでもない悪天候でも、収束がある限り二人が墜落する事もないでしょう。

 問題は、原作とは別の邪竜の方。


「その、邪竜も、封印が?」

「解けかかっている。まったく、エメデン枢機卿も面倒な事をしてくれるよ」


 本当だよ。心の底から同意する。


「正確な封印場所が分からないから、後手に回る前にトーラスクリフで情報を手に入れておきたい」


 そこで、とサムハさんが身を乗り出した。


「アウルさんも来ない?」

「……どう、して?」

「ドラゴンズソウルに、同行者の記述が無いからだよ。つまり、アウルさんがここにいるのは二次創作小説『ドラゴンズソウル』の収束結果から乖離している可能性がある」


 ――なんですと?

 いや、でもありえない話ではないのか。

 サムハさんがグランドアロヒンを討伐したから原作と二次小説でストーリー収束の綱引きが行われているのかもしれない。

 上書きすれば、私の生存ルートに入るかもしれない?


「……その小説、アウルは?」

「登場しないんだ。つまり、アウルの行動は縛られていないってわけ。生きているとも死んでいるとも描写されてないシュレーディンガーの猫状態だけど、このまま原作ストーリーではなく二次小説ストーリーに世界が移行したら、アウルの生死は曖昧なままかも」


 死亡イベントが確実に発生する状況よりは、不確定の方がマシ。

 これは、チャンスかもですね。

 シュレーディンガーのアウルにゃん、爆誕の予感。


「ついて、行く」

「オッケー。あたしも同郷が死ぬのは忍びないし、協力するよ」


 話はまとまった。

 私とサムハさんの話は、ね!


「――というわけで、テイラン、機嫌直せよ」


 サムハさんが傍らでへそを曲げているテイラン君に声をかける。

 テイラン君は無言で夕食を食べ進めていた。

 こちらとの話がまとまるのは時間かかりそうですねぇ。



 翌朝、私はゼロに跨ってノートレーム海岸の西にある岬に来ていた。

 サムハさんとテイラン君との待ち合わせ場所でもあるこの岬で、地図を確認する。

 サムハさんによれば、トーラスクリフを形成する群島の中央に島があり、そこにドラゴンズソウルのラスボス、邪竜ダートズアについて記された古文書が眠る遺跡が存在するらしい。


 ――で、中央の島ってどれ?

 地図上の表記によれば、複数の島が並んだドーナツ状の海域、ドーナツの穴の部分には四つの島が存在するらしい。一つはただの岩礁との事で無視していいけれど、残り三つのどれが遺跡の眠る島かが分からない。

 異常気象で吹雪きまくりの海域だから、不用意に島に着陸するともう飛び立てないなんてこともあり得る。浮遊魔法を使用時に強風に煽られるとバランスを崩す以上に竜が翼を傷めてしまうから。

 これは、私がゼロで先行して各島を見て回った後、遺跡のある島にサムハさんとテイラン君を誘導する流れかな?


 あれこれ考えていると、金色の竜が飛んでくるのが見えた。

 あれが竜化状態のテイラン君ですかぁ。

 凄く目立つけど、特に変わったところはないかな。二次創作小説に登場するって話だからどんなチート能力を持ってるか分からないけど。

 サムハさんの話を聞く限り、原作主人公と違って邪竜との一騎打ちをするらしいし、並の竜ではないと思う。

 ゼロに乗って高度を上げる。


「マジで人の癖に飛ぶのな」


 テイラン君からの念話に肩を竦め、彼の背に乗るサムハさんにハンドサインを送る。


『直行?』

『あたしたちが先行するよ』


 サムハさんを乗せたテイラン君が速度を上げる。

 私は彼の斜め後ろを飛ぶことにした。

 トーラスクリフへと近付くほどに空の色が暗くなり、風が吹き始める。

 息が白く濁り、気温の低さを見越して手袋を二重に嵌めた手すらも冷えてくる。

 障壁魔法で風防を作っていなかったら凍死してそう。

 テイラン君は特に何も感じていないようだ。竜は気温の変化に鈍感ですもんね。人化状態ではそうもいかないようですけど。


 サムハさんも特にさむがる様子が無いのを不思議に思う。

 もしかして、二次創作小説にサムハさんがさむがる記述が無いから寒くない、とかですか? もしそうならずるすぎる。

 いや、原作で描写されていない私が寒がっているんですし、サムハさんも寒いに決まっているかな。


 なんてことを考えている内にいよいよ吹雪いてきた。

 一寸先は白とまでは言わないけれど、そろそろ見えてもいいはずの島影が白くかすんで見えない。

 ここではぐれたら再合流できる気がしない。サムハさんやテイラン君を見失うわけにはいかない。

 こういう時に金色って便利だなぁ。目立つし。


 トーラスクリフの外縁を形成する比較的大きな島が見えてきて、テイラン君が高度を落とす。

 見下ろしてみると、下に大きな広場があった。テイラン君が着陸する際に風が吹くと危険だから、私は風上にゼロを陣取らせて風除けになる。

 テイラン君が無事に着陸して人の姿になったのを見届けて、私もゼロを着陸させた。


 障壁魔法で滑り台を作り、ゼロから滑り降りてから、格納していた折り畳み式ゴーレム車椅子を取り出す。

 サムハさんとテイラン君がざくざくと雪を踏みしめて歩いてくる。


「おぉ、寒い寒い。アウルさんは寒くないの?」


 両手で自分の肩をさすりながらサムハさんが訊ねてくる。

 というか、サムハさんもやっぱり寒いんですね。


「寒い……」

「えっ本当に寒いの? 平然としているからてっきり寒さを感じてないのかと」

「顔は、生まれ、つき」

「あぁ、無表情キャラだもんねぇ」


 えぇ、クールビューティーですの。

 車椅子を組み立てて、障壁魔法を利用しつつよじ登る。

 私が車椅子に座るまでを見届けて、サムハさんが不思議そうに声を掛けてきた。


「この雪の中を車椅子で進めるの?」

「行ける」


 障壁魔法で雪の上を走行するだけですよ。感覚さえ掴めばちょろい、ちょろい。

 夜の防風林を車椅子で突破した走り屋女がこの私、アウルですぜ。

 うわっ、障壁魔法の上に積もった雪が半端に溶けて滑る!?


「すげぇ、車椅子でドリフトしてる!」


 テイラン君が目を輝かせて拍手してくる。その横でサムハさんが反応に困ったように苦笑していた。

 トーラスクリフは全ての群島にギルドの拠点を置くわけにはいかないため、大陸側に近い本島とその反対側にある第二本島にのみ拠点がある。各島には依頼の受付と情報収集を行う出張所だけが置かれて、冒険者は依頼を受けて各島に派遣される。


 まぁ、私は追われる身ですから、ギルドには立ち寄らないわけですけども。

 ゼロを停めた広場にほど近い小さな茶屋で温かいお茶を飲みつつほんわりと優雅な時間を過ごす。


「この吹雪によう来たね。ありゃりゃぁ、こんなに雪被って、ほら、タオル」

「ありがとう」


 お茶のおばあちゃんは吹雪で客足が遠のいたせいで暇らしく色々と世話を焼いてくれる。

 お茶は無料。茶菓子も無料。しいていうなら、料金はおばあちゃんと茶飲み話をすること。


「このトーラスクリフには古い伝承があってねぇ。その伝承のおかげで辺鄙なこの群島にも大陸からお客さんが来るんだけんど、こうも吹雪いちゃねぇ」

「……伝承?」

「おや、気になるかい。なんてことはないお話だけどねぇ。その昔、ダートズアって竜が大陸各地で大暴れして、それを封印した人々がこの群島の住人の祖先って話さ」

「もっと、詳しく」


 できれば遺跡の位置とかね。


「詳しくと言われたってね。大昔の話だからろくに伝承も残ってない――あ、中央の島に遺跡があるね。誰も入れないけんど、中には邪竜を封印した場所や封印の方法が書いてある碑文があると伝わっているよ」

「入れない?」


 行政の管理で立ち入り禁止かな。

 どういう事だろうと思っていると、サムハさんとテイラン君が帰ってきた。


「優雅にお茶しばいてるなぁ」

「飲む?」

「ありゃありゃ、今淹れるからねぇ」

「すみません。ちょっと急ぎなので、お茶はまた今度で」

「そうかい? 寂しいねぇ」


 おばあちゃん、本当に寂しそう。

 また来よう。

 サムハさんに手招かれて、私は車椅子を進めて広場のゼロへと向かう。


「物流が完全に遮断されてるらしい。冒険者ギルド主導で灯台の光を使った簡単なやり取りをした結果、幾つかの島で感染症が発生したらしいと分かった。それで、あたしたちには医薬品を届けて回れとの依頼だよ。空から落とすだけでいいってさ」


 広場には冒険者や漁師らしき人達が木箱を運んできていた。中身が医薬品らしい。


「手分けして、投下してまわろう。灯台の明かりを頼りにすれば迷わないってさ」


 個人的には早く遺跡へ行って二次小説ストーリーに世界を上書きしたいんですけど。

 でも、サムハさんもこの依頼を受けないわけにはいかないだろうし、仕方がないね。

 吹雪のフライとかぁ。大変そう。

 見上げた空はどんより灰色だった。


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