第十一話 ドッグファイト

 攻撃の意思を確認した以上、応戦しないわけにもいかない。

 サムハさんの目的はいまだにわからず勝敗条件すらあいまいだけど、少なくとも無力化すれば話を聞くことくらいはできるだろう。

 その後にどうするかは、未来の私に丸投げだ。

 躊躇して殺されたら本末転倒だし。

 私は死にたくないので!


 サムハさんの持つ銃には見覚えがある。王国正式魔法連装銃ST二式、王国の竜騎兵に正式採用されている、小魔力で魔法を連射可能とする魔法機関銃だ。

 三種類の魔法陣を事前に組み込み、戦闘中に切り替えることができる他、連射速度が速く弾幕を張るのに適している。反面、射程はさほど広くはない。良くも悪くもドッグファイト専用と言える銃だ。

 性能がわかっている以上、接近戦を挑む気はない。

 高度を取りつつ射程外から狙撃しよう。


 ゼロに急上昇を命じつつ、ロア・アウルのスコープを覗く。

 ――ちょっ、テイラン君、速っ!?

 とんでもない加速力で迫ってくるテイラン君を見て、サムハさんが魔法機関銃を愛用する理由がわかった。

 相竜のテイラン君がこれ以上ないほどドッグファイト向きの能力だからだ。


 まずい。接近されて魔法をばらまかれたら確実に押し負ける。

 浮遊魔法を併用した急上昇で天高くへ逃げつつ、雲を探す。

 だめだ、どれも遠い。

 タイマン勝負だから吹雪の中に逃げ込んでしまえば仕切り直しもできるけど、吹雪に飛び込んだらどうしても速度を落とすしかなくなる。吹雪を出た瞬間にテイラン君の加速力で追いかけられたら打つ手がない。

 というか、本当に速いんですけど!?


 最高速ですらゼロに迫る勢いって――いやいや、嘘でしょ?

 テイラン君との高度差を認識した瞬間、背筋が寒くなった。

 テイラン君、ゼロの急上昇に追随しているのに速度が増している。

 ゼロがドラゴンに対して優位に立てるのは、浮遊魔法を併用した加速上昇が可能だからだ。それについてくるということは、蒼銀の渓谷ボス、ワイバーン変異種とおなじく浮遊魔法を併用して飛べることになる。

 けれど、そんなことはありえない。トーラスクリフでも、テイラン君は離陸時に可能な限り浮遊魔法を使用したがらなかった。強烈な吹雪の中で浮遊魔法を使用すると翼を傷める恐れがあったからだ。

 あんな高速飛行中に浮遊魔法を使えば確実に翼を傷める。ゼロとは別の方法で上昇しながら加速しているはず。

 どんな絡繰りか全くわかんないけど!


 今までゼロより格闘能力が高い相手とドッグファイトしたことがなかったからかなり怖い。

 とにかく、後ろにつかれるのはよろしくないので振り切る必要がある。

 上昇をやめて水平方向のバレルロールを行う。私の動きに合わせてテイラン君もバレルロールを始めた。

 速度差があるからバレルロールの旋回半径は向こうのほうが大きくなるはずだと思ったのに、まるで変わらない。どんな運動性能してるの……。

 泣きたくなってきた。


 サムハさんの射程に入ったのか、魔法機関銃からロックバレットが無数に放たれる。障壁魔法が瞬く間に削り取られるのを感じて、私はすぐさまゼロを操作し、バレルロールをやめて左旋回に移る。

 当然、テイラン君も追いかけてきた。反射神経も半端じゃない。

 旋回もダメか。


 もう打てる手はこれしかないですね。

 ゼロを背面飛行させて一気に海面へ急降下し、浮遊魔法を発動しながら高速かつ鋭角のスプリットSを行う。

 テイラン君がどんな絡繰りを使っているかは知らないけれど、浮遊魔法を併用できない以上はゼロの鋭角スプリットSを再現できない。高度が犠牲になるけれど、この空中戦闘機動なら振り切れるはず。

 上空から無数にばらまかれるロックバレットを必死に障壁魔法で防ぐ。


 何とか振り切った。

 でも、高度を犠牲にする以上は何度も使える手じゃない。せめて回数を増やせるようにと、加速上昇しながらテイラン君とサムハさんの動きを確認する。

 テイラン君が翼を進行方向に広げているのが見えた。翼全体で風を受けることで速度を急減させる挙動だ。

 何をするつもりかと怪訝に思ったのもつかの間、テイラン君が右翼をたたみ、風を左翼に受けて身体を反転したかと思うと右翼を広げ直して私を見た。

 ……なぁに、それぇ!?

 戦闘機ではできない動き。まるで風見鶏のように向かい風をとらえて方向転換するその動きは完全な失速を伴うものの高度を失わずに反転できる利点はある。

 けれど、ドラゴンがあんな動きをしたら反転に成功しても速度が落ちすぎていて再加速が間に合わずに揚力不足で墜落する。

 にもかかわらず、テイラン君は平然と飛行を再開していた。さすがに速度は落ちているけれど、テイラン君の加速力を考えると楽観視できない。

 このままだと頭上を抑えられる。


 もう意味が分からない!

 テイラン君、君の飛び方はイカれてる。

 物理的にありえない飛び方してる! ドラゴンだからって何やってもいいわけじゃないんですよ!?

 もうヤダ、無理、今回は本当に死ぬ!

 チーターとシャトルランしてる気分だよ。空中なのに!

 なんなの、あれ。ジェット機でもないのになんで完全失速から平然と飛行を再開できるの?

 地面と反発してるの? 反抗期なの?


 とにかく、高度差があるのはまずい。スプリットSで稼いだ速度も加えて加速上昇するけれど、ほどなくゼロの最高速に到達する。

 考えろ。打開策を考えろ。

 テイラン君と同じ高度まで上がってきた。

 まだテイラン君とは距離があるけれど、向こうの加速はまだ続く。

 というか、さっきまでより加速力が上がってませんか!?

 時間がない、時間ない、時間が――


「……っ?」


 ガクンと、ゼロがいきなり大きく揺れて減速した。ミシっと嫌な音を左翼が立てた気がした。

 なんです、今の。

 感覚を思い返す。

 エアポケットにつかまった感覚ではなかった。乱気流ではなく、もっと、空気の塊を貫いたような……。


 振り返る。

 加速を続けるテイラン君の軌道。雲との相対位置。緩やかな潮風。

 完全失速からの飛行再開。浮遊魔法を使用しない加速上昇。

 直感的にゼロの軌道を修正し、テイラン君が進むだろう軌道の先へ。

 完全失速からの反転をする前にテイラン君が飛んでいた軌道を正確にしかし、なぞって飛行する。

 最高速に達していたはずのゼロが引っ張られるように急加速した。

 ――あぁ、そういう絡繰りね。

 だから、魔法機関銃を使ってたわけですか。狙撃銃の集弾性が無意味になりますもんね。

 種がわかっても信じられないけれど、こういうことなら――


 ゼロの上にあおむけに寝転がり、テイラン君の進路を予測して偏差射撃をお見舞いする。

 銃弾直撃か失速か選んでもらいますよ。


「――ちっ、バレた!」


 テイラン君が舌打ちして旋回する。軌道を逸れた瞬間に大きく減速していた。

 確信する。

 テイラン君の驚異的な加速力は彼の特性もあるけれど、それ以上に特殊な魔法の効果によるものだ。


 おそらく、空気粘性の変化か、空気密度の変化、あるいは両方の効果がある特殊な大気操作の魔法。

 空気抵抗を自在に操ることで加速性能や旋回性能を増加し、上昇加速や風見鳥のような失速反転は空気密度を増しながら風魔法を使用することで揚力を増加させていた。

 加えて、ベンチェリ効果を利用した加速もある。ドーナツ状に空気密度か粘性を増した空間を配置し、その中をくぐることで急加速、ブーストを可能にする。

 窓を全開にするよりも半端に開けているほうが吹き込んでくる風の勢いが増すのと同じ原理。


 羽なし扇風機をくぐって遊ぶ小鳥じゃないけど、効果は確かだ。

 けれど、種が分かれば潜ろうとするブースト効果のある輪が、事前にテイラン君が飛行した軌道上に存在することもわかる。

 さらに、サムハさんが魔法機関銃を使用するのは空気密度や粘性の変化で弾道が不安定になるせいで狙撃が不可能だからだ。

 つまり、テイラン君が同じ場所を飛べないように偏差射撃で牽制するか、すでにブースト効果のある輪が設置されているこの空域から離脱して仕切りなおすべき。


 それにしても、ベンチェリ効果なんてゼロを造るために論文を読み漁ってなければ存在すら知らなかったよ。空気は透明だから存在を知らないと対策の打ちようもなくドッグファイトで一方的になぶられる。

 手の内が分かった以上は立ち回りの勝負に持ち込める。


 私はテイラン君が利用するはずだったブーストの輪を潜り抜けてゼロを加速させ、テイラン君たちから距離を取る。

 私が戦闘空域を移して仕切りなおすつもりだと察したのか、サムハさんがテイラン君に何事かを命じて追いかけてきた。


 得体のしれなかった先ほどまでとは異なり、加速の絡繰りが分かっているから、利用させてもらう。

 ゼロにあおむけに寝転がりながら、ロア・アウルに魔力を込める。

 銃口に浮かび上がった魔法陣に警戒するテイラン君へ一射目。

 テイラン君が素晴らしい反射神経で蛇行軌道を取って銃弾の回避を試みる。

 けれど、銃弾はテイラン君へと届く前に小爆発を起こした。銃弾がまき散らした爆炎を迂回したテイラン君だったけれど、私の狙いを理解したらしくご自慢の加速力が鳴りを潜めている。

 ブーストの輪を設置した瞬間に先ほどの小爆発がさく裂した場合、テイラン君を中心としたブーストの輪へと爆炎が吸い込まれることになる。回避できるわけもないと想像がつくからこそ、テイラン君はブーストの輪を不用意に使用できなくなった。


 それでも加速性能は向こうが上。

 戦闘空域を移し、ゼロを降下させながらあえて浮遊魔法を使用して速度を維持し、緩やかに右へと曲がる。

 もともとゼロよりも速度で優位にあったテイラン君がゼロを追い越すまえに上昇を開始して速度を落とし、ゼロの進路を見定めてから追撃に降下してくる。

 降下してくるテイラン君に合わせて、私はゼロを上昇させる。

 互いに二重らせんを描く軌道でゼロの速度をわざと落としながらテイラン君が速度超過で前に出るのを待つ。

 空中戦闘機動、ローリングシザーズだ。


 テイラン君はさしたる抵抗を見せずにあっさりと前に出た。当然だ。私が追ってくるのなら、サムハさんが魔法機関銃で後方に魔法をバラまけば決着がつくし、特殊魔法で空気の密度なり粘性なりを変化させてゼロを失速させるのでもいい。

 けれど、テイラン君が前に出ることは私も想定済み。

 上昇態勢にあったゼロの機首をそのまま引き付けて後方に転倒してテイラン君たちとは逆方向へと逃げる。

 ローリングシザーズはただテイラン君を前に出したかっただけだ。これで追撃を気にせずに高度を上げられる。

 やーい、引っかかったー。


 テイラン君が翼を正面に大きく広げる。風見鶏のように高度を落とさずに反転するあの特殊軌道。

 それ――待ってたよ。


 背面飛行状態にあったゼロをそのまま急降下させて浮遊魔法を発動しつつ、テイラン君のほうへと機首を向ける。

 まさか私が即座に反転して正面からの勝負を挑むとは考えていなかったのか、テイラン君が目を見開く。


「――スプリットS!?」


 これだけは誰にも負けない自負がありますので。

 高速でゼロを飛翔させながら失速からの回復が間に合っていないテイラン君への距離を詰める。

 速度を完全に犠牲するテイラン君の高度を維持した反転は彼の加速性能で後を追いかけるからこそ効果を発揮する。

 ならば、加速する前の反転直後に襲撃してしまえばいい。


 サムハさんの魔法機関銃による牽制の弾幕も、弾幕が届かないアウトレンジから狙撃できるロア・アウルの前には無力。

 サムハさんの障壁に加えてテイラン君が展開する特殊魔法で空気の粘性や密度が変化しているため並の狙撃銃では弾道が安定しないけれど、ロア・アウルはこの世界最強の弾丸狙撃銃であり貫通力も群を抜いている。


 ロア・アウルの引き金に指をかける。

 サムハさんがテイラン君に何かを叫んでいる。

 引き金を引く。

 銃弾がテイラン君に乗るサムハさんへと直進する。

 サムハさんの障壁魔法を砕いたのを確認するより早く、ロア・アウルへと魔力を供給し、二発目の銃弾を魔法陣にくぐらせる。

 二発目の銃弾はサムハさんへと届く一瞬前に炸裂して爆炎をまき散らした。

 まき散らされたはずの爆炎が吸い込まれるようにサムハさんの真横へ吹き荒れる。

 やっぱり、ブーストの輪で銃弾逸らしを狙ってきたか。

 まぁ、予想していたから炸裂魔法を付与したんですけど。

 サムハさんは真横を流れてきた爆炎と爆風に煽られて体勢を崩した。


「――サムハ!?」


 鞍から落ちて自由落下を開始したサムハに気付いたテイラン君が急降下して後を追う。

 油断せずに銃口を向け続けていた私は、海面にサムハさんの魔法機関銃が落ちてウォータークラウンを作ったのを見届けて、決着を悟った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る