第十二話 真相

 海上に浮かぶ孤島にゼロを飛ばす。

 落下したサムハさんを見事に空中でキャッチしたテイラン君が着陸したその島の浜辺にゼロをホバリングさせて、砂浜の上に横たえられたサムハさんにロア・アウルの銃口を向けた。


「お、おい、もう勝負はついただろ!」


 慌てた様子で人化状態のテイラン君が射線上に割って入る。

 気持ちはわかるんですけどね。銃口を下した瞬間に「かかったな!」的な展開がないとも言えないので、警戒はさせてもらいます。


「……テイラン、別にかまわないよ。仕掛けたのはあたしのほうなんだし警戒されて当然だ。空から撃ってこなかったということは、話を聞いてくれるんだろうさ」


 左腕や左足に火傷を負った割には元気そうにサムハさんがテイラン君をなだめた。

 サムハさんの状態は軽いものではないけれど、生死に関わるほどでもなさそうだ。両足が動かせない私よりもむしろ元気かもしれない。


「……事情、説明」


 促しつつ、テイラン君にはサムハさんを指さして手当を続ける許可も出しておく。

 テイラン君は私を警戒しながらも、ロア・アウルの威力の前には人化状態の自分が盾になっても無意味と判断したのか手当を始めた。

 サムハさんはテイラン君にされるがまま服を脱がされて火傷の状態を見られつつ、ため息をついた。


「テイランも聞け。聞きたがっていた話だ」

「ゲームとか小説とかいうやつか?」

「そう。特に二次創作小説『ドラゴンズソウル』の本当のストーリーを先に説明しないとね」


 サムハさんはそう言って、『ドラゴンズソウル』について説明を始めた。

 二次創作小説『ドラゴンズソウル』は主人公サムハと相竜テイランの物語。連載開始当初こそ原作ゲーム『ドラゴンズハウル』とストーリーラインを共有するも、中盤から解離がはじまり、シリアスな描写が増えていくらしい。


「その解離を決定づけるのが、アウルとの戦闘なんだよ」

「アウル?」


 テイラン君が私を見るけれど、すぐにアウルという名前が示すのは別人だと気付いたのか、困惑したようにサムハさんを見た。

 まぁ、別人というか、原作キャラクターでもあるアウルを指しているだけで、私もそのアウルと運命は同じなんですけどね。

 ――ややこしいね!


「原作ゲーム上にあるアウル討伐戦イベントに巻き込まれる形で戦闘に参加するんだ。そして、アウルに敗北する」

「……それで、どう、なる?」

「テイランが翼を焼かれて動かせなくなる」

「え、僕?」


 テイラン君が困惑を深め、サムハさんの火傷を見る。

 明らかに状況が違っている。

 私もすぐにでも問いただしたいところだったけれど、ひとまず最後まで聞けとサムハさんに言われて押し黙った。


「テイランが飛べなくなり、徒歩での旅に移行してから原作ストーリーからの乖離が発生し、原作の舞台裏としての作品傾向が強くなるんだ。当時は『ドラゴンズハウル』の二次なのに飛べないなんて、と散々叩かれていたよ」


 くすりと笑って、サムハさんは火傷がうずいたのか顔をしかめた。

 話を聞くのに夢中になっていたテイラン君が慌てて応急処置を再開する。

 サムハさんが話を戻した。


「なんやかんやあって、最終的には原作とは別の邪竜ダートズアと戦闘を繰り広げて封印に成功するけど――テイランが死亡する」

「また僕? 理不尽過ぎない?」


 わかる、わかるよ、テイラン君のその気持ち。

 私も散々理不尽なストーリーに振り回されてますもん。

 しかし、納得できることもある。


 テイラン君が死ぬとなれば二次小説ストーリーへの収束は回避したくなる。

 ちなみに、一人残されたサムハはテイランの遺志を尊重し、邪竜ダートズアをいつか打倒するために自分たちの物語と遺志――ドラゴンズソウルを書き残して後世に伝える、というのがエピローグにあたるらしい。

 原作ゲームがハッピーエンドで終わるのに、二次小説の方はやたらとシビアですね。


「あたしがサムハに転生していると分かったときは焦ったよ。どうにかしてテイランと生き残る方法がないかって足りない頭を使ってさ。竜騎士にならないように、ギルドに登録しないようにって全部無駄だった」

「……収束?」

「そう。ドラゴンズソウルのストーリーに収束する。サムハもテイランもドラゴンズソウルのオリジナルキャラクターだから、他の二次小説には登場しないしね。けど、あたしには選択肢が残されていることに気付いたんだ。その結果が、この状況ってわけ。あたしは賭けに勝ったんだ」


 選択肢?

 そういえば、吹雪の中でそんな話をしていたような。

 本来の『ドラゴンズソウル』のストーリーではこの戦いで私の手によりテイラン君は翼を焼かれて飛行能力を喪失する。

 それを回避したのがこの状況?


「……if、ルート?」

「ご名答。ネット小説界隈ではよくあるエイプリルフールネタが『ドラゴンズソウル』にもあったことを思い出したのさ」


 話を理解しきれていない様子のテイラン君を見て、サムハさんがエイプリルフールについて説明する。


「あたしたちの前世の世界では嘘をついていい日があったんだよ」

「何の意味があるんだよ、それ」

「大有りだったんだ。あたしたちにとっては特にね。『ドラゴンズソウル』のエイプリルフールネタは、伏線も前振りも何もかもをいっそ潔いくらいに放り投げててさ」


 空を見上げたサムハさんが笑みを浮かべる。


「アウルに殺されかけるのではなく実際に撃墜されて死を偽装する事でテイランを失わずに末永く暮らすっていうエピローグなんだ」


 それが先ほどの戦闘の正体ですか。

 実際にエイプリルフールルートに入ったのは間違いない。証拠に、テイラン君も翼を失わずに済んでいる。

 サムハさんはエイプリルフールでこの世界を騙して見せたのだ。

 おおよその事情は分かった。

 けれど、気になることが一つだけ。


「……私は、どうなる?」


 出会った日にサムハさんから聞いた『ドラゴンズソウル』についての話では、アウルが登場しないといわれた。

 けれど、今回のifルートや本当のストーリーではアウルとの戦闘がターニングポイントになっている。

 つまり、登場しないというのが嘘だったわけだ。なら、『ドラゴンズソウル』のアウルはどうなるの?

 私の疑問に、サムハさんは申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。


「ごめんなさい。『ドラゴンズソウル』でもアウルはナッグ・シャントに討伐される。ifルートでも、作者のあとがきで原作ストーリーに邪竜ダートズアの討伐を加える流れでナッグ・シャントが全部やってくれてハッピーエンド、と明言されてる」


 この後の流れが原作ストーリーに収束するなら私の生存ルートが存在しないじゃないですか、やだー、死にたくなぁい。

 脱力してゼロに突っ伏す。

 吹雪の中を飛んだのも、ドラク家竜騎士隊とドンパチしたのも、サムハさん&テイラン君とドッグファイトしたのも、全部が全部、骨折り損ですってよ、奥様。

 だから吹雪の中でも謝ってたんですね。


「はぁ……」

「うっわ、盛大なため息だな」


 サムハさんの努力で知らないうちに死の運命を免れたテイラン君にはわからないんでしょうけど、私の思いは切実なんですよ。

 もうなんかね、色々ツラい。

 サムハさんも同情するような視線を向けてくる。


「前にも言った通り、アウルが生存する二次創作ってあたしは知らないんだ。こんなことに巻き込んでしまったお詫びに協力はしたいんだけど、公式のエイプリルフールネタとかでもナッグ・シャント女バージョンとかがせいぜいだったし」


 うん、それは知ってる。ショタなファーラとか可愛かったです。

 いや、そうじゃなく。

 考えろー考えろー、生き残る術を考えろー。


 そもそも、占いで見た私の死の瞬間のつぶやき『上書き完了』はいったいどんな意味なのかが重要なはず。

 二次創作ルートへの上書きは失敗した。

 原作ストーリーをなぞれば死亡イベントは回避できないし、『上書き完了』という言葉には合致しない。

 上書きする対象はなに?

 順当に考えれば原作ストーリーだけど、何に、どうやって上書きする?

 あぁ、もう、私の人生くらい私に決めさせてほしいよ。

 ……ん?

 はっとして顔を上げる。

 ――そっか、私が決めればいいのか。


「……二次が、駄目なら、三次を、作る」


 私のつぶやきを聞きつけたのか、応急処置が終わったサムハさんが怪訝な顔をする。


「どういうこと?」

「原作と、二次の、矛盾点をぶつける。ストーリー、そのものを、崩壊させる」


 ストーリーが崩壊すれば、その先に待つのは予測のつかない未来。

 本来あるべき、先が見えない人生だ。

 三次創作世界に上書きしてしまえば、私が生き残れる可能性が出てくる。

 いい考えだと思ったけれど、サムハさんは難しそうな顔をした。


「……ストーリー崩壊後は予測ができなくなるのなら、この世界がハッピーエンドで終わる保証すらなくなるんだよ?」


 まぁ、原作からも二次小説からも解離する以上、ナッグ・シャントたちが既定のレベルに到達せず邪竜討伐に失敗するなんてバッドエンドルートもあり得るんですけども。


「死んだら、意味ない」


 私が死んだらその時点で世界の終わりだから。エゴと言われても私は生き残るために世界の破滅を天秤にかけることを厭わないのだ。


「私の生死が、世界の存亡」


 絶句していたサムハさんだったけれど、諦めたように苦笑した。


「中ボスらしいセリフだけどキャラが違うなぁ」


 体を起こしたサムハさんが私に向き直る。


「協力するよ。テイランもそう言うんだろう?」


 話を振られて、テイラン君は当然とばかりにうなづいた。


「まだわからないことも多いけど、早い話が僕たちや世界の運命がすでに決まっているから、それをぶち壊して僕たち自身が運命を切り開くってことだよな? 協力するに決まってる」


 誇り高いドラゴンらしく、どこかの誰かに定められた運命に価値を見いだせないらしいテイラン君が二つ返事で協力を約束してくれた。

 それにしても、テイラン君のこの様子を見る限り、すべてが終わるまで何も話さなかったサムハさんは正しかった気がするね。


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