第三話 渓谷の逃走劇
竜騎士エレフィスは原作ゲーム『ドラゴンズハウル』でナッグ・シャントと共に行動するパーティーメンバーの一人で、ナッグ・シャントとは王国竜騎兵隊の同期だ。
相竜は赤と黒、二色の翼をもつ竜ミトリ。
ゲーム中では戦闘時に僚騎として登場し、互いに援護し合いながらラスボスまで行動を共にする。
ナッグ・シャントが王道主人公なら、エレフィスはその悪友ポジションでもある。いわゆるワイルド系で言動も粗野なくせに、ここぞというところでナッグ・シャントの悩みを解消したりする縁の下の力持ち。
肝心の戦闘能力もナッグ・シャントの援護を担う中距離射程の魔法型。追尾系の魔法攻撃を多数持っているため、ナッグ・シャントの背後の敵を狙い撃って後方の安全を確保してくれる。
魔法型だけに障壁魔法も長持ちする。
その相竜のミトリは最高速こそ作中で最低水準ながら、高機動で加速力も抜群。
結論として、この入り組んだ蒼銀の渓谷はエレフィスたちにとって最高の空という事になる。
そんな人たちが真後ろを飛んでいるって普通に怖いんですけど。
「――おい、そこの竜、竜? あぁ、飛んでるやつ。今すぐに着陸しろ。こちら王国竜騎兵隊エレフィス。着陸しなければ撃墜する」
エレフィスの声で念話が飛んできた。
なんで人間なのに念話が使えるのかと思ったけれど、ミトリの念話を介して声を届けているらしい。流石は魔法型、器用ですね。
止まれと言われて止まる人はいないし、着陸しろと言われて着陸する人もいない。素直ないい子の私としては、その前振りに全身全霊で答える所存です!
ゼロを左に傾けて旋回。崖の切れ目に飛び込む。
かなり急な動きだったけれど、エレフィスを乗せたミトリは悠々とついてきた。
「着陸するつもりはないか。撃墜するが、死んでも恨むなよ?」
いや、恨みますよ!
死にたくないからこうして逃げ回ってるんですよ!
死んだら化けて出てやりますからね? あなたが家に彼女を連れ込むたびにラップ音で拍手して大歓迎してやるから!
冗談はさておき、私は撃墜されるつもりなんてない。
ミトリの性質はおそらくゲームと変わらないから、最高速度でゼロの方が優位に立つ。
追われる側の私に、コースの選択権がある以上、この渓谷でミトリを撒くコースを取ればいい。
浮遊魔法を併用して加速しながら上昇。追いかけてくるミトリは違和感に気付いたのか、上昇は中断した。
そう、ゼロと違い、竜種は浮遊魔法を併用して飛ぶことができない。加速上昇なんてなかなかできないのだ。
速度差が開くと判断したエレフィスが強化魔法を使用し、ミトリの最高速度を上昇させた。
良い判断だけど、それでも最高速度の差は埋めきれないよ。
機体を傾けて左へ急旋回し、崖壁面に沿って曲がり切ると同時に急降下。位置エネルギーを速度に変化する。
曲がっている間に落とさざるを得なかった速度を急降下で取り戻したら、また浮遊魔法を併用しての加速上昇。
ちらりと背後を見れば、ミトリが加速力に物を言わせてカーブで開いた差を取り戻そうとしていた。
この入り組んだ地形で獲物を取り逃がすなんて、高機動を誇っているミトリの沽券に係わる、といった所ですかね。
けど、この渓谷で私を出しぬけるとは思わないでもらいたいですよ。
ゲーム時代、ここで何回死んだか数えきれないんですから。もうマップの隅々まで記憶してまーす。
渓谷の下を流れる川に機首を向けて降下し、崖肌に空いている洞穴へ直進する。
洞窟に入った瞬間、強烈な気圧差で耳がおかしくなる。左右の壁がゼロの機体スレスレで、天井も低い。強烈な圧迫感の中、接触した瞬間にバランスを崩して即死する恐怖と戦いながらゼロを繊細に操縦する。
それでも速度は落とさない。
背後に張った障壁魔法にエレフィスが撃ってきたロックバレットがぶち当たる。ここで私の障壁魔法を削って魔力切れを狙おうという魂胆らしい。
ゼロの背にうつぶせになり、背後のエレフィスにハンドサインを送る。
『強風に注意』
洞窟から脱出すると同時にゼロの機首を下へ向ける。
横から殴りつけるような突風が吹き、機体がガタガタと背筋の凍る音を立てる。
「は? 強風――っ!?」
念話でエレフィスの驚愕が伝わってくる。
流石のミトリもバランスを崩して大きく減速した。
この洞窟の出口は渓谷の上を吹き荒れる王国有数の乱気流の一部が吹き込む高所に位置している。
事前に私が警告しなければ、風に煽られて崖壁面に叩きつけられてもおかしくなかった。
ミトリが大幅に減速した事で、ゼロとの差が一気に開く。
S字のカーブを潜り抜けてエレフィスからの視線を切りつつ、ロア・アウルを構える。
Y字の分岐点が見えてくる。
ロア・アウルに魔力を流し込み、左へ分岐した先に銃弾を撃ち込んだ。
発砲音が渓谷に木霊し、空中でさく裂した銃弾が爆音を撒き散らす。
爆音に驚き怒った毒鳥の魔物チィズが飛び立つのを横目に、私はゼロを操作し右に曲がって急加速。
後方で怒り狂うチィズの群れが鳴き喚きながらY字分岐に殺到し、私の後を追っていたエレフィスとミトリ目がけて突っ込んでいく。
「これは卑怯だろ!」
念話に乗ってエレフィスの抗議が聞こえてくるけれど無視した。
※
「と、逃げて、きた」
「めっちゃ恨まれてそう……」
事の次第を報告すると、イオちゃんはエレフィスに黙とうをささげた。
原作収束もあるし、実力的にも死んでないと思いますよ?
聖銀水を渡すと、イオちゃんは魔法光に翳して何かを確認した後、頷いた。
「確かに聖銀水だね。機材の搬入は済んでるから、すぐに聖陽翼の作成に取り掛かるよ。数日で完成すると思う」
「ありがとう」
保険を確保!
車椅子を操作してイオちゃんの邪魔にならないよう部屋の隅に移動する。
まだ操作に慣れないなぁ。特にUターンして狙った場所にバックするのが難しい。車庫入れ的な。
ちょうど収まりのいい位置についてほっと一息ついた時、イオちゃんが聖陽翼の素材を並べながら話しかけてきた。
「そういえば、漁師組合の人達が感謝してたよ」
「……なぜ?」
私、感謝されるようなことをした覚えがないですよ。
「ノートレーム海岸のでっかいアロヒンを討伐したでしょ? 安心して漁ができるって喜んでたよ」
グランドアロヒンが討伐された?
「私じゃ、ない」
原作収束により、私の攻撃はグランドアロヒンにダメージを与えられない。これは実験済みだ。
ナッグ・シャントたちが倒したのかとも思ったけれど、私はグランドアロヒンに対する実験を行った後にまっすぐ蒼銀の渓谷へ飛び、最短ルートで最奥にいるワイバーン変異種の元に辿り着いている。
まぁ、ワイバーン変異種とちょっとハッスルして遊びましたけれども、それを含めて考えてもナッグ・シャントたちが到着した時間が早すぎる。
ナッグ・シャントたちがグランドアロヒンとの戦闘を行った後で休む事のなく蒼銀の渓谷に来たとは考えにくいし、渓谷で見た彼らの姿を思い出してもそれらしい様子はなかった。
グランドアロヒンを討伐したのは別の人物。
それも、原作収束を免れることができた人物という事になる。
けど、誰がどうやって?
原作でナッグ・シャントたちに加わる仲間キャラの誰かなら可能かもしれないけれど、今は情報が足りない。
「何か考え込んでいるみたいだけど、協力できることはある?」
イオちゃんが真剣な顔で訊ねてくる。
「討伐者の、情報、欲しい」
「分かった。すぐに行ってくるね」
「お願い、します」
帽子を被って出ていくイオちゃんに頭を下げる。
使いっパシリみたいなことをさせて本当に申し訳ない。
私は冒険者ギルドに立ち入ると色々と面倒事が起きてしまう身分でして。
それにしても、グランドアロヒンが討伐されましたか。
奴はボスの中でも最弱……というほど弱くありませんけど。
でも、ナッグ・シャント以外に倒されるとは予想外。フラグの管理はどうなるんでしょうね。
ほとんどのゲームでは、条件分岐によりイベントの発生をコントロールしている。例えば、主人公が敵Aを倒したという条件を満たした上で敵Bと戦うとイベントが発生するという具合だ。
原作ゲーム『ドラゴンズハウル』において、ノートレーム海岸ボス、グランドアロヒンを討伐する事で成立するイベントがある。
グランドアロヒン自体はサブイベント扱いで、これを倒して発生するイベントも本編ストーリーに直接の影響は与えないけれど。
グランドアロヒン討伐を条件に成立するイベントは、ナッグ・シャントがイオちゃんの工房を訪ねることで発生する。
内容は、アウル討伐イベント前にゴーレム竜ゼロの性能とアウルの脚にかけられた呪いがアーティファクトによるものだとイオちゃんがナッグ・シャントに教えるというもの。
そして、アウルの必殺技『グラビティ・ドロー』の効果についても詳細に教えてくれる。
さらに、この会話イベントを見ることでアウル討伐戦イベントではアウルが開幕『グラビティ・ドロー』を行うフラグまで立つ。
空域で使用されたあらゆる攻撃を対象に命中させるアウルの『グラビティ・ドロー』は初見殺しの必殺技。
ゲームでは不用意に必殺攻撃を放って自滅させられたプレイヤーも多かった。
アウル討伐イベント前にこの情報が手に入るのは、製作チームからのせめてもの情けだったらしい。
まぁ、情けを掛けてもらっても特攻する考えなしもいますけどね。前世の私とか! 敵であろうと必殺技発動シーンは見ておきたいゲーマーの悪癖ですよ。
ともかく、フラグが成立しているのなら、ナッグ・シャントがこの工房にやってくる可能性が一段と高まる。
私がイオちゃんの工房に長居するのも危険だ。
完成した聖陽翼を受け取ったら、グランドアロヒンを討伐した何者かに会いに行こう。
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