第二話 生死をかけた自己矛盾

 今日も吹雪いてますね!

 凍えるようなトーラスクリフの上空をゼロで飛ぶ。

 息が白くかすむ。防寒装備に身を包んでいるから寒さはさほど気にならない。

 ドーナツ状に並ぶ群島の上を通過する。以前、上陸しようとする魔物を撃破した島の住人が私を見つけて手を振ってくれた。

 手の代わりに翼を振ってあいさつし、島の上空でバレルロールとインメルマンターンを披露してから別の島へ。

 食料は届いているらしい。今は各島への分配中かな。

 これから討伐されるところだから、各島に配達とかはできないです。ごめんなさい!

 でも、配達するなら今だと思いますよ。討伐イベント発生と同時に吹雪がだいぶ弱まるはずだから。

 私が吹雪を食い止めている間に先へ行け。

 トーラスクリフの群島の上空を飛ぶこと三時間、遠くに騎影が見えた。


「……多い」


 いや、多すぎない?

 主人公ナッグ・シャントとファーラはもちろん、仲間の二騎が揃っているのはいいんですよ。

 連れてきている連中がちょっと多すぎませんかね?

 原作ゲームでの討伐イベントでも、ドライガー家の竜騎兵隊が同行するし、当主バステーガ・ドライガーも登場するイベントですけど、この数は想定外。

 一、二、三、四――うーん、二十騎かな?

 原作ゲームではこんなにいなかったはずなんですけど。

 もしかして、ドラク家の竜騎兵隊を壊滅させたから警戒されますかね?

 まぁ、王国では精鋭に分類されるドラク家の竜騎兵ですもんね。半端な戦力を送って返り討ちにされたくないという心理はわかりますよ。

 私がナッグ・シャントたちを視認したように、向こうも私を発見したらしい。


「――アウル、投降しなさい。悪いようにはしないから」


 念話で飛んでくるのはファーラの声だった。

 えっと、背後を見てごらん?

 バステーガ・ドライガーさん以下ドライガー家の竜騎兵たちは私を捕まえて首狩り族ごっこすることしか頭にないって面構えですよ?

 投降したら人生ドロップアウトの予感しかしないよ。ゲームと違ってコンテニューはないし、仮にあったとしても主人公の君たち限定のコマンドなんですよ。

 けれど、投降を促された以上は何も言わずに戦闘開始ってわけにもいかないか。

 でも、私は念話が使えない。竜騎兵と言っても、私が乗っているのは竜ではないから。

 まぁ、準備はしてきてあるんですよ。

 私は格納部から筒を取り出す。中にはドライガー家が今回の魔力異常を引き起こしたエメデン枢機卿と共闘関係にあると告発する手紙が入っている。

 私は筒を片手にナッグ・シャントへとハンドサインを送る。


『受け取って』


 ハンドサインであまり細かいやり取りはできないから、意図が汲み取れるように筒を空中に何度か放り投げた後、下に見える島へと投げ落とす。あそこは無人島なので人の頭に落ちて惨事を招くこともない。

 無事に無人島に筒が着地する。

 ナッグ・シャントと筒を交互に指差す。

 あの筒を受け取って中を見てさえもらえれば、本当の敵が誰か分かってもらえるんですけども。


「――言いたいことがあるなら、あんたが直接言いなさいよ! 投降しろって言ってるの。王国竜騎兵隊所属のナッグの指示よ。従いなさい!」


 うーん、やっぱりだめか。

 私はドライガー家の竜騎兵隊の動きに注意を払いつつ、考えを巡らせる。

 原作ゲームでは投降を促されたアウルは即座に逃亡に移り、それを阻止しようとドライガー家の竜騎兵が動き出してなし崩しに戦闘に突入する。

 けれど、私はぎりぎりまで逃げる気がない。


「着陸しなさいよ。撃たないってことは敵対する気はないんでしょう!?」


 ないね。


『私は友軍』


 敵意はないよーとゼロを左右に傾けるヨーイングを行う。

 距離を詰めようとしてきたドライガー家の竜騎兵を即座に指差し、ハンドサインを送る。


『近づかないで』

「それは通らないでしょ。敵意がないなら素直に投降しなさいよ。不都合はないはずでしょう?」

『ある』


 ファーラの念話に答え、バステーガ・ドライガーを指さす。


『そいつは敵軍』


 バステーガ・ドライガー、ドライガー家の現当主。

 年齢は五十歳に近く、もう派手な戦闘軌道は体がついていかないけれど、それでも一線級の竜騎兵だ。

 そもそも、竜騎兵としての実力よりも、戦闘空域における三次元的な竜騎兵の運用に長ける指揮官肌の人物として評価されている。

 相竜グランダはドラゴンの中でも特に巨体で、通常のドラゴンの倍近い体躯を誇り、耐久力や持久力も折り紙つき。

 私がドライガー家を敵と名指したことでファーラが絶句する。

 バステーガ・ドライガーを乗せたグランダの念話が吹雪の空に轟いた。


「――者共、対象には戦闘の意思がある。交戦準備!」

「待ちなさいよ、デカブツ! 私たちを友軍と呼んだ以上、アウルには何らかの事情があるのは明白でしょうが!」


 ファーラがすぐさま意見するけれど、グランダは鼻で笑う。


「もとより、ここにはアウル・ドラク討伐に来ている。この魔力異常がエメデン枢機卿により引き起こされたというのは貴様らの主張だ。そのエメデン枢機卿が引き起こした赤い光の柱事件の日、現場であるサッガン山脈にてエメデン枢機卿の凶行を妨げんとしたタムイズ・ドラクを撃墜したのはそこのアウル・ドラクであるとの証拠はすでに提示した」


 ――え?

 タムイズ兄様ったらそんな密命をドライガー家から受けてらっしゃったなんて!

 ……あるはずないですよねぇ。

 ドライガー家がねつ造しましたね?

 グランダがさも悲しそうな声音で念話を轟かせる。


「タムイズ・ドラクにエメデン枢機卿を止めるよう指示を出した我らドライガー家を敵とするのは、エメデン枢機卿に与している何よりの証拠である。我らはタムイズ・ドラクの名誉のため、アウル・ドラクを討伐する!」

「――だから、待ちなさいって! ちょっと、アウル、さっさと投降しなさい!」


 いやいや、この状況で投降したらドライガー家のみなさんがすぐに私を殺すでしょう。口封じにさ。

 口封じってハンドサインあったっけ……ないな。

 自分の口を指さしてから、音を立てるな、のハンドサイン。陸軍の奴だけど――お、通じたっぽい。

 ドライガー家の竜騎兵に、だけど。

 二十もの銃口が一斉に私へ向けられる。

 気付けば吹雪はかなり弱まっていた。討伐イベントが開始されたと思ってよさそうだ。


「素直に投降すれば身の安全は保障するのに!」


 ファーラが叫ぶけれど、ツッコミを入れたのは私ではなく女性竜騎士ネレインを乗せた漆黒の竜クラガだった。


「保障する権限はありませんよ。何しろ、この場における指揮権はバステーガ・ドライガー氏にあります。王国竜騎兵隊の我らは直接指揮されるわけではありませんが、全体の意思決定はバステーガ・ドライガー氏に従うのが当然でしょう」

「あぁ、もう! 軍属って面倒!」


 ファーラが叫んだ直後、私はホバリングさせていたゼロに風魔法を作用させ、機首を下方に向けて急降下する。

 いくつもの銃声が木霊し、何発かが私の張った障壁を砕いた。

 ゼロの機体にもいくつかの銃弾が掠る。


「――開始だな。ミトリ、可能な限り奴のゴーレムを破壊するぞ」

「殺さないように、ですね。旦那様らしい」


 エレフィスを乗せたミトリが私に合わせて急降下してくる。流石の機動力と感心するけれど、それ以上にドライガー家の竜騎士隊の射線を違和感が無いように遮っているのが分かった。

 エレフィスの言う通り、もはや戦端は開かれた。

 ネレインを乗せたクラガが加速を始めながら私の頭上を抑えにかかる。


「ゴーレムを破壊したところで、墜落死しては意味がありませんのでね。上から圧迫いたしましょう」


 エレフィスの方針を追認する形でクラガも動き出したことで、ファーラも仕方なさそうに戦闘態勢に入った。


「矛盾するようだけど、アウル、死なないでよ!?」


 険しい顔をするナッグ・シャントの顔も見える。

 まぁ、こちらとしてはここまでの流れも織り込み済みで計画を立ててありますので。

 アウル討伐イベント開始と行きましょうか。

 死んでやる。

 死にたくないから、死んでやる!

 矛盾するようだけど、私は死ぬよ!

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