幕間 原作開始のプロローグ
ゼロに積んでいたゴーレム車椅子に乗り、ゼロの応急修理を始める。
右翼を失ったからもう飛べないけど、地上を走る分には影響がない。
浮遊魔法で機体を浮かして、格納していたタイヤを出す。
河原に向かってゼロを進めていると、河沿いの道に馬車が走っているのが見えた。
追手ではなさそう。
どうもーお騒がせしてます。
……空地教会のエンブレムが馬車の側面に描かれているんですけど、何の冗談ですかね?
いやいやいや、空地教会の馬車が走っているような場所じゃないでしょ、ここ。
追手とは別の意味で危険な存在かもしれないと警戒していると、馬車が停車して一人の男性が降りてきた。
空の青と植物の緑を表す二色で染められたストールを身に付けた、三十代半ばの男性。底知れない深い青の瞳が値踏みするように私を見た。
なんでここにいるの。
空地教会の枢機卿にして原作ラスボス、エメデンさん。
「なにかが落ちるのを目にして様子を見に来たのですが、あなたでしたか」
エメデン枢機卿がにこやかに声を掛けてくる。護衛二人に左右を固められているけれど、私に対する敵意は感じない。
むしろ、好意的でさえある。
警戒しつつ、エメデンを見る。
「……誰?」
いや、知ってますけどね?
ただ、直接の面識はないから、もしかしたらそっくりさんという可能性も――
「申し遅れました。空地教会にて枢機卿に任じられているエメデンと申します」
他人の空似説、玉砕。
服が汚れるのもかまわずに河原にあった大きな石に腰掛けたエメデン枢機卿が私とゼロを見比べる。
「これがゴーレム竜ですか。話には聞いていましたが、ずいぶんと特徴的な外観ですね」
「……知って、るの?」
「えぇ、存じ上げていますよ。アウルさん、あなたのこともね」
好意的な笑み。一切の他意を感じない。
私、ドラク家に追われている身ですけど?
いや、ヒルミアの話が本当ならもうドラク家の生き残りは私だけだから、捕まえてもどうなるか分からないけれども。
少なくとも枢機卿なんて大層なご身分なお方が和やかムードでお話しする相手じゃありませんことよ?
私、あなたとは釣り合いませんの。身分をわきまえてくださいません?
冗談はさておき、エメデン枢機卿がここにいるのは原作オープニングムービーでもあった先ほどの天地を結ぶ赤い光の柱の件だろう。
あの赤い光の柱は、邪竜の封印が解かれつつある証拠であり、原因はエメデン枢機卿が邪竜の封印に使用されるべき魔力を横取りする細工をして回っているから。
おそらく、エメデン枢機卿はオープニングムービー発生条件を満たす細工を終えて帰る途中だ。
ドラク家が私の件でごたごたしているから、エメデン枢機卿もさぞ動きやすかったでしょう。それゆえの好意的な態度と考えれば納得がいく。
考え込んでいると、エメデン枢機卿が穏やかな声で話しかけてくる。
「アウルさんには感謝しているんですよ」
ほら来た。
「その脚の呪いの件でね」
……うん?
「何の、話?」
エメデン枢機卿が脚を指差してくる。
「その足を動かなくした呪いはアーティファクト『竜血樹の呪玉』によるものでしょう?」
この人、どこまで知ってるんですかね。
一瞬、私と同じ転生者の可能性が脳裏をよぎったけれど、エメデン枢機卿はドライガー家との繋がりがある事を思い出した。
ドライガー家が『竜血樹の呪玉』を入手するために強引な手段に出たのも、エメデン枢機卿なら知っていてもおかしくない。
「ドライガー家はどうやら、秘密裏に『竜血樹の呪玉』を入手して私を呪うと脅すつもりだったようなんです。結果として、君たちの兄妹喧嘩に使われてしまって、ドライガー家は憤慨していましたよ。けれど、私としては助かった。むしろ、ドライガー家をゆするネタができたくらいです。だから、アウルさんには感謝しているんですよ」
あぁ、エメデン枢機卿とドライガー家も一枚岩じゃないわけですか。
……タムイズ兄様が余計なことしなければ原作ストーリーの開始が遅れてたじゃん!
私の心境などいざ知らず、エメデン枢機卿は上機嫌だ。こういう時は無表情娘でよかったと思う。
「まぁ、呪われてみるのも一興だったかもしれませんね。彼女の姿が見えたはずですから」
あぁ、そうでしたね。
エメデン枢機卿が不老の身体を得ようとしているのは封印された邪竜のかつての乗り手の生まれ変わりだからって裏設定ありましたっけね。公式には発表されてなかったけど、ムービー中の発言を吟味すると見えてくるとかなんとか。
どこか遠くを見ていたエメデン枢機卿が私に視線を戻した。
「ともあれ、私はアウルさんに感謝しています。色々と、物騒な二つ名が聞こえてくるものですからどんな勇ましい女性かと思っていましたけど、まさかこんなに可憐な御嬢さんとはね」
その物騒な二つ名ってどれくらい広まってます?
王都を拠点にあちこちで封印の魔力を横取りするために活動しているエメデン枢機卿の耳に入るって、王国中に広まっていたりするんでしょうかね?
イオちゃんにお姫様抱っこされて港町を闊歩した件だけはどうか広めないでいただきたいんですけど。
私がだまっていると、エメデン枢機卿は苦笑した。
「ずいぶんと大人しい御嬢さんですね。本当に、二つ名からは想像がつきません。でも、実力は本物でしょう?」
ゼロを値踏みするように見た後、エメデン枢機卿が私に手を差し出してきた。
「ドラク家を継げるよう、私が口利きしましょう。私はあなたの腕を買いたい」
そう来ましたかぁ。
なるほど、この手を取れば私は中ボス街道をゼロに乗ってカッ飛んでいくわけですね。
おっ断りだあぁぁぁ!
死亡ルートを元気に邁進する気はありません。
「……断る」
「そうですか。残念ですね。理由をお聞きしても?」
そういえば、エメデン枢機卿が黒幕だって言うのは原作知識を持っているから分かるだけで、現状では普通に親切な枢機卿ですよね。
いや、呪われてみるのも一興って発言はちょっと危ない人だと思うけど。
答えあぐねていると、私の無表情をどう解釈したのかエメデン枢機卿は残念そうに首を振り、懐からペンダントを取り出して差し出してきた。
空地教会のエンブレムが刻印されたシンプルな形状のペンダント。装飾は最低限にして品と格式を重んじているような、ちょっと恐れ多いお値段がしそうなペンダントだった。
「気が変わったらこれを空地教会に持ち込んでください。私との面会が叶います」
どうしよう。
ラスボスへの面会チケットですか?
主人公でもない私にそれをどうしろと。エメデン枢機卿側の戦力になれって事ですかね。
でも、これを受け取っておけばエメデン枢機卿がドライガー家をある程度抑えてくれるかもしれない。
ちょっと悩んだけれど、私は首にかけているイオちゃんのセイクリッドチェーンを見せた。
「首には、これ、しかかけない」
遠回しにお断り。
エメデン枢機卿はセイクリッドチェーンを観察するように見た後、微笑んだ。
「……なるほど。では、見えるとこに身に付けなくても結構ですよ」
あ、受け取らないといけない流れですね、これ。
RPGでたまにある、特定の選択肢を選ぶまで台詞を繰り返すやつだ。
あまりしつこく断ってエメデン枢機卿と敵対するのも嫌なので、ペンダントを受け取ってポケットにねじ込む。
用は済んだとばかりにエメデン枢機卿は立ち上がり、護衛を促して馬車へと歩き出した。
「またお会いしましょう」
最後まで友好的に、エメデン枢機卿は手を振って去っていった。
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