最終章 紡がれる物語

第一話 生存戦略


 隠れ家のお掃除をしていると、入り口にテイラン君が降り立った。

 颯爽と降りてきたサムハさんはすっかり火傷の痕も消えて、いたって健康なご様子。

 状態異常回復薬すごいね。火傷痕がきれいさっぱりですよ。


「金銀の夫婦蝶イベントをナッグ・シャントに開始させてきた。というわけで、これね」


 サムハさんが虫かごを見せてくる。

 虫籠の中には二対の蝶がいた。金の雄、銀の雌の夫婦蝶が二匹ずつ。

 人化したテイラン君が組み立て椅子に座り、唇を尖らせる。


「面倒くさかったんだぞ。ひらひら逃げるし、下は海だから撃ち落とすわけにもいかないし。――で、結局これに何の意味があるんだ?」


 私がサムハさんとテイラン君に協力してもらったのは、当然のごとく私が生き残る方法を模索するためのもの。

 原作ゲーム『ドラゴンズハウル』でも二次創作小説『ドラゴンズソウル』でもない、三次創作物にこの世界を上書きするための方法を確立するのが目的だ。

 サムハさんが虫籠を隠れ家の隅に吊るす。


「この金銀の夫婦蝶はゲームで登場するサブイベントのキーアイテムなんだよ」


 原作ゲーム『ドラゴンズハウル』において、金銀の夫婦蝶はストーリーに影響を及ぼさないサブイベントに分類される。

 イオちゃんからの依頼を受けることで開始し、サドーフ海上に金銀の夫婦蝶が出現。これを捕えて持ち帰るというイベント内容だ。

 報酬はイオちゃんの工房の利用料が二割引きになるというものだけど、このサブイベントの真価は別にある。

 金銀の夫婦蝶を目撃することで、ファーラが魔法の一種バタフライキャンセラーを閃くのだ。

 バタフライキャンセラーの効果は、発動すると翼を大きく羽ばたかせて金銀の鱗粉に似た魔法光を空中に拡散し、自身に向けられた追尾系魔法の標的を逸らすというもの。地球にあったフレアに近い。


「……習得、できた?」


 テイラン君に尋ねる。


「これだろ」


 テイラン君が両手を手首で合わせて翼を模して一度拍手する。金と銀の魔法光がキラキラと舞い散った。

 無事にバタフライキャンセラーを習得できたらしい。

 二次創作小説『ドラゴンズソウル』では金銀の夫婦蝶イベントをサムハさんとテイラン君が攻略し、バタフライキャンセラーを習得するらしい。

 そこで私が閃いたのが今回の作戦。

 ナッグ・シャントによる金銀の夫婦蝶イベント発生を確認後、サムハさんとテイラン君がこれを攻略し〝イベントの書き換え〟が可能かの調査だ。

 結果は上々。


 私は虫籠を横目に見る。

 金銀の夫婦蝶がこの場にあり、テイラン君がバタフライキャンセラーを習得したのだから、イベントの書き換え自体は可能とみていい。

 ノートレーム海岸ボスであるグランドアロヒンをサムハさんが討伐できたこともあり、イベントを事前に横取りするのは可能とみていたけれど、今回の件でイベントそのものを上書きできることもわかった。


「重要なのはフラグ管理だね。ただ、あたしの場合は『ドラゴンズソウル』に存在するイベントでしかフラグ管理ができない、と」


 サムハさんが言う通り、フラグ管理でイベントの発生をある程度はコントロールできるけれど、『ドラゴンズソウル』は原作との解離が激しいため管理できるフラグの数は限られている。

 管理できるフラグを利用して、私の生存につながる原作と二次創作のストーリーが並行しているからこその矛盾を作り出す必要がある。


「これ、みて」


 私は用意しておいた計画書を見せる。

 この世界を三次世界に上書きするための計画書だ。

 サムハさんは計画書を開いて、テイラン君の隣に座る。


「計画は、四、段階」


 四本の指を立てた私は、計画書に添付した地図を見るように促した。

 第一段階はトーラスクリフにてナッグ・シャントたちと交戦すること。


「アウル討伐イベントをあえて起こすのか」

「そう」


 アウル討伐イベントを発生させれば、あとはもう、私が死ぬまでフラグが継続する。

 しかし、フラグは上書きが可能。

 ページをめくったサムハさんの表情が動く。


「で、第二段階がノートレームへ移動する。……グランドアロヒンの討伐イベントを起こす気か」


 ノートレーム海岸ボス、グランドアロヒン。

 すでにサムハさんにより討伐されているこの魔物だけど、ナッグ・シャントが近隣を通った際にフラグが成立し、原作ストーリーへの収束により出現するはず。

 テイラン君がいぶかしげな顔をした。


「いや、死んだ奴が復活するとかありえないだろ」


 それがあり得るんですよねぇ。

 私は虫籠を指さした。

 金銀の夫婦蝶が二対いる。この時点で、イベントフラグの成立に伴ってナッグ・シャントがイベントをクリアできるように条件が整えられることがわかる。

 テイラン君も理解したのか、気持ち悪いものでも見るように金銀の夫婦蝶をにらんだ。この世界がナッグ・シャントを中心に回っている証拠ともいえる一対の蝶はテイラン君にとって不気味に映るらしい。

 というか、テイラン君も世界中心にいるんですけどね。二次創作世界の方ですけど。

 私にとっては、この金銀の夫婦蝶の存在が希望でもあるから、そんな目で見ないで上げてほしい。


「復活するのは分かったけどさ、復活させてどうすんの? 三つ巴にでもすんの?」

「グラビティ・ドローで、グランドアロヒンを、倒させる」


 アウル固有必殺技グラビティ・ドローの対象にグランドアロヒンを選択し、ナッグ・シャントたちの攻撃をすべてグランドアロヒンに集中させる。

 これでナッグ・シャントがグランドアロヒンを意図せずに倒したら、第三段階へ移行する。まぁ、第二と第三は逆でも構わない。


「私が、死ぬ」

「……は?」


 口をあんぐり開けたテイラン君が慌てて報告書に目を通し、私を二度見する。気持ちはわかるけどいい反応しますなぁ。

 理屈がわかっているらしいサムハさんもしかめっ面だ。


「ちょっとどういうことだよ! 死にたくないから生き残る作戦を立てるって話だったろ!」

「テイラン、落ち着きな。理屈はグランドアロヒン復活と同じなんだ」


 サムハさんが説明してくれる。


「グランドアロヒンはサブイベントだけど、討伐することで一つフラグが成立する。イオシース工房での会話イベントだ」


 会話内容はゼロの性能についての情報とアウルの足にかけられた呪いについての情報。

 これは、会話後のアウル討伐イベントを見越してものであり、フラグが立つ。


「会話イベントが成立した場合、その後のアウル討伐戦でアウルが必ず初手必殺技を行うフラグが成立する。そして、このフラグを回収するためにはアウル討伐イベントが会話イベントの後に始まらなくてはならない。つまり――アウル生存が絶対条件」


 ゆえに討伐されたはずの私は、ナッグ・シャントとイオちゃんの会話イベント成立により復活する。

 ちなみに、第四段階こそがこの会話イベントを成立させるためにナッグ・シャントをイオちゃんの工房に誘導することだけど、その時点で仮死状態の私にはどうしようもないのでサムハさんに誘導をお願いする。

 計画書を読み終えたサムハさんは疲れたようにため息をついた。


「イベントの上書きが可能で、上書きされたイベントが成立する条件が整えられるようにストーリーへの収束が行われる――そんな世界の収束を逆手に取った計画なのはわかった。でも、グランドアロヒン討伐イベントでアウル討伐イベントの上書きが可能かは賭けになるね?」


 サムハさんの指摘に私は素直にうなづいた。

これは賭けだ。それも、勝算の低い賭け。

 私は聖陽翼を取り出す。


「保険も、ある」

「保険でしかないね」


 発動する確証がないですからねぇ。

 イオちゃんの腕なら不良品はありえないと断言できるけれど、収束により発動しなかったり、戦闘中に破壊されるといった事態は想定できる。

 とはいえ、完璧な作戦なんて立てようがないのも事実。

 デバックモードでも開けるならいざ知らず、フラグが立っているかどうかなんてわかるはずもない。

 金銀の夫婦蝶では可能だったフラグ管理もグランドアロヒンに通じないかもしれない。

 不安要素だらけの状況だ。

 ついでに白状するとですね。


「もう一つ、保険が、ある」

「まだ保険があるの?」


 思いつかないらしいサムハさんに、私はサッガン山脈の方角を指さした。


「別に、邪竜討伐戦に、上書きしても、いいはず」


 別に邪竜(あれ)を倒してしまっても構わんのだろう、ってやつだ。

 あ、だめだ。これは言ったら死ぬフラグだった。

 無口キャラでよかったぁ。口に出してないからセーフ。



 サドーフの港町に潜伏していたサムハさんが再び隠れ家にやってきたのは四日後のことだった。


「ナッグ・シャントが金銀の夫婦蝶の捕獲に失敗したと正式にギルドに報告して、ドライガー家の屋敷へ仲間と一緒に飛んで行ったよ」


 サムハさんの報告を聞き、私はゼロによじ登った。

 ドライガー家の屋敷に到着したナッグ・シャントたちはドライガー家当主バステーガ・ドライガーからアウル・ドラク討伐を要請される。

 アウル討伐イベントの幕開けですな。

 ゼロに浮遊魔法を発動させて離陸しながら、サムハさんとテイラン君に手を振る。


「お別れ。またね」

「必ずまた会おう。あたしは一足先にサドーフの港町に戻るよ。会話イベントの成立は任せて」

「任せた」


 テイラン君が心配そうな顔をしていることに気付いて、サムハさんがその背中を強くたたいた。


「痛ってぇ。なんだよ!」

「辛気臭い顔をするな。今生の別れじゃあるまいし」

「だって――いや、そうだな。えっと、武運と風の加護を!」


 竜騎士への見送りの言葉を口にするテイラン君に礼を言って、私はトーラスクリフの方角を見る。

 さて、行きますか。

 そう、生きますぜ。

 私は死にたくないので!


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