第6話 行きがけの駄賃

 処理を凍結してもらっていたワイバーンの討伐依頼完了を報告すると、受付のお姉さんはカレンダーを見た。


「まだ、半月程は猶予がありますよ?」

「……大丈夫、です」


 無表情のままVサインして安心させる。

 冒険者からも話を聞いていたらしく、お姉さんはそれ以上何も言わずに完了処理をした。

 続いて、受け付けお姉さんは新しい依頼書を取り出した。


「ワイバーンの目撃証言が減少した事で討伐可否に関わらずアウルさんを指名した依頼がドラク家から来ています」


 やっぱりか。

 ゴーレム竜ゼロの製作中、一切妨害がなかったからこんな事じゃないかと思っていたんですよー。

 どの道、次の依頼で死ぬんだから放っておけって精神だったのでしょう。

 そうはいくか。私は死にたくないですよ!


「内容、は?」

「サドーフ海近郊で目撃されたボレボレの討伐依頼です。ですが、わざわざサドーフ海まで行ってもらうというのが腑に落ちません。道中、気を付けてください」


 サドーフ海は本家ドライガー家の所領のはず。ドラク家の監視の目はまだ届く範囲だとは思う。

 けれど、ボレボレの討伐に私を派遣するのは確かにおかしい。

 私の愛機ゼロにもその糸を使っているボレボレは空棲魔物の蜘蛛だ。その巣は空中を漂うため、ドラゴンにとっては障害物となる。絡め取られて竜騎士ともども墜落死した事例もいくつか報告されている。

 竜騎士の名家ドライガー家がそんな魔物を放置しておくとは思えない。


 もしかして、ドライガー家の竜騎士が出られない理由があって、分家のドラク家に依頼が来たのをこれ幸いと私に押し付けました?

 いや、私に押し付けるという事は失敗前提のはず。ドライガー家からの要請なら私に任せるとは考えにくい。


「ドライガー家、に連絡」

「してあります。亜竜便でサドーフ海の冒険者ギルドにも照会しましたが、ボレボレの目撃は事実でしたし、ドライガー家からも飛行許可が出ています」


 でっち上げの依頼ではありません、と。

 だとすると、受け付けお姉さんの想像通りに道中の襲撃が狙い。さもなければ依頼内容に何か隠しごとがある?

 ともかく、ドラク家からの指名依頼は断れない。

 依頼書を取ってギルドを出ていこうとすると、ちょうどギルドに入ってきた冒険者たちが片手をあげた。

 私も片手をあげて、ハイタッチを交わしていく。


「また戻ってきてよ、アウルちゃん」

「はい」


 冒険者たちに見送られて、私は倉庫に向かった。

 倉庫ではゴーレム竜ゼロが私の帰りを待っていた。

 白いその機体の周りをぐるりと見まわり、留守中に細工などがされていないのを確認し、さらに内部などを点検する。

 問題なしと判断して、私はゼロによじ登り、跨った。

 工房で作ってもらった特注の弾丸狙撃銃ロア・アウルを肩にかけ、風防代わりの障壁を展開、ゼロに起動キーを差し込んで魔力を流す。

 僅かな浮遊感の後、風魔法が発動し、ゼロはまっすぐ進みだす。

 倉庫の入り口を抜けて、私は空を仰いだ。


「快晴、なり」


 フライト日和って奴ですね。

 飛んだるぞ、おらー!

 先ほど以上の長い浮遊感。浮遊魔法によりゼロが垂直に高度を上げ、眼下に町を見下ろす。

 ギルドから出てきた冒険者たちが空を見上げている。ドラク家の目がどこにあるか分からないから手を振ったりはしていない。

 私も手は振らない。


 サドーフ海は……あっちですかね。

 ゼロに流し込む魔力を操作すると、浮遊魔法が風魔法に切り替わり、少しずつ加速を始める。

 風よけの障壁があるおかげで冷たい向かい風に晒される事はないけれど、墜落したら即死する高さということもあってかなり怖い。

 死にたくないのに、なんでこんな高いところにいるんですかね?

 生きるために死地に赴くってすごく本末転倒な気がするんですけど。

 でも、サドーフ海に行けるのはありがたい。

 眼下の町なみが後方へ遠ざかり、森の上空を飛びながら、私はまっすぐ前を見る。


 原作ゲームで、サドーフ海にはイオシースちゃんが構えた工房がある。もしかしたら会えるかもしれない。

 それに、原作ゲームで描写されていたアウルに脚が動かなくなる呪いをかけるアーティファクト『竜血樹の呪玉』に関しての情報も、サドーフ海の港町なら分かるかもしれない。

 今までこの世界で生きてきて、私に呪いをかける動機があるのはおそらくドラク家だけだと見当がついている。それなら、『竜血樹の呪玉』の入手先も絞れる。

 サドーフ海にはドラク家の本家、ドライガー家の御用商人バフズの商会が本拠を置いている。再現不可能なアイテムであるアーティファクト『竜血樹の呪玉』の入手先としてはかなり怪しい。

 ドラク家に渡る前に『竜血樹の呪玉』を入手してしまえば、私の死亡ルート回避にまた一歩近づくって計画だ。

 ひゃっほー、生きるって素晴らしい。


 ではでは、サドーフ海への道中、飛行実験を始めるとしましょうか。

 ゴーレム竜ゼロの操作は足先からの魔力放出で行っている。緊急時用に手から魔力供給で操作することもできるけれど、今回は足での操作に慣れるところから。

 まずは右旋回で一回転。高度はやや下がるものの、旋回の半径はドラゴンよりも狭い。左旋回も同様。

 空中宙返り……は怖いからまた今度でいいですよね。

 竜騎士の戦闘教本にあった動きをいくつか真似てみる。


 元々が日本のゲームの世界だからか、空中戦闘機動マニューバにも地球と同じ名前が付いている。

 ハイ・ヨー・ヨーやロー・ヨー・ヨーといったものからドイツ人インメルマンさんから取られたインメルマン・ターンなど、有名どころは大体がその由来と共にゲームのおまけ要素で語られていた。あの3D再現動画は勉強になりました。


 とりあえずベクタード・スラストの再現でもしてみようかなっと。

 地球ではジェットエンジンなどの噴流の方向を変えて、機体の制御を行う技術だけど、ドラゴンにジェットエンジンなんてありませんし、私が乗るゼロにもない。

 けれど、浮遊魔法が存在する。

 任意の方向に作用して物を持ち上げる浮遊魔法を使用すれば、ゼロの向きを急速に変えることができる。

 ドラゴンでは翼膜が破ける可能性があるため飛行中の浮遊魔法は御法度だけど、ドラゴンと違ってゼロは頑丈だ。浮遊魔法を併用しても翼が破損する事はない。

 そして、この軌道こそゼロがドラゴンに勝る機動性を獲得している証拠になる。

 私の仮想敵が竜騎士の名家ドラク家やドライガー家である以上、ドラゴン以上の機動力は絶対条件なのだ。


「ふぅ……よし」


 覚悟を決めて、浮遊魔法を使用する。

 急減速しながら、姿勢を維持しての高度上昇。心配になって翼の様子を窺うけれど、異常は見られない。

 ならば、と風魔法を併用する。

 ドラゴンならば翼膜が破けるはずが、ゼロは悠々と加速を始めた。機体は未だに上昇を続けている。

 凄い。これがあれば本当にドラゴン相手にドッグファイトができる。

 私自身の姿勢も安定している。


 そうだ、狙撃銃の練習もしておかないと。

 背負っていたロア・アウルを構える。

 一メートルほどもあるこの弾丸狙撃銃はグリップに私の名前が刻まれている。銀色の銃身を両手で支え、忘れずに障壁魔法を展開して反動に備える。

 何か目標が欲しいな、と思っていると遠くに何か黒い物が見えた。

 雨雲ではない。明らかに飛行する何か大型の生き物。


「ワイバーン、かな」


 こんなところに飛んでいるのは珍しい。

 ワイバーンが飛んでいるのなら、ここは高度四千メートルあたりですかね。狩りをしている様子でもないし、地上の獲物を狙っているようでもない。

 ワイバーンがこちらに気付いて旋回、頭を向けてきた。

 私は地上を見て、街道などが無いのを確認する。ワイバーンが墜落しても被害は出ない。


「……いい的」


 かなり大きいし、引きつければまず外さない。私の高度が上だったから、ワイバーンは旋回中に上昇したせいで速度も遅い。

 では、さようなら。

 引き金を引いた直後、爆音が空に木霊した。

 障壁魔法が割れて、殺しきれなかった反動が肩に直撃する。


「っ……」


 痛い、いたい、痛い、いたい。

 甘く見てた。地上で試し打ちした時と違って地面に立っていないから、反動を全部上半身で受け流さないといけないとはいえ、こんなに違うとは思わなかった。

 視界が霞むと思ったらちょっと涙目になっていたっぽい。


 って、そうだ、ワイバーンは?

 慌てて見回すけれど、ワイバーンの姿はない。地上を見下ろせば、墜落したワイバーンの死骸が見えた。

 即死かぁ。

 亜竜とはいえ、ワイバーンが即死って。私の前に現れたワイバーンは即死するジンクスでもあるんですかね。

 もったいないから死骸の回収もしておこう。


 ゼロを操作して螺旋を描きながら下降する。時々、風魔法と浮遊魔法の併用と姿勢の変更で減速し、ワイバーンの直上に来たところで浮遊魔法によるホバリングに切り替えて、徐々に高度を落とす。

 周辺への警戒も怠らない。ワイバーンは狩りをしていた様子がなかったから、この周辺はワイバーンの縄張りではない。つまり、肉食動物や魔物が巣食っている可能性がある。

 高原に落ちたワイバーンのそばに降りた私は、ゼロから取り出したロープでワイバーンを固定した。

 サドーフ海までワイバーンを宙釣りにして運ぶ銀髪少女……うん、猟奇的。

 手土産にしてももう少しマイルドにならないかな。

 ワイバーンをラッピングしちゃう?

 いや、余計に怖いわ。仄かにサイコパス臭がしますよ。

 まぁ、いいか。向こうで舐められないようにって事で、このまま持って行こう。

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