エピローグ
穏やかな風が海面を撫でている。
しばらくサドーフ海を眺めていた私は、漁師さんに手を振って踵を返した。
邪竜およびエメデン枢機卿討伐、さらにはドライガー家の反乱鎮圧から十日、事後処理で王国中が上を下への大騒ぎだ。
あんまりにも忙しいから凪いだ海を眺めて安らぎに来たわけですが――
頭上をものすごい勢いで飛んで行った金色の竜が無人なのをいいことに大通りに降り立つ。
ひらりと背から降りた赤毛の女性、サムハさんが封筒をひらひらさせながら私に笑いかけてきた。
「お手紙だよ、救国の英雄さん」
「それは、ナッグ・シャントに、譲った」
言い返すと、サムハさんは肩をすくめた。
「お手紙だよ、救国の英雄さん、からアウルさん宛にね」
「謀った、な」
言質を取られるとは、私もまだまだ脇が甘い。
人型になったテイラン君が歩いてくる。今日も今日とて美少年。かぁわいいねぇ、君!
私をテイラン君とで挟むように歩き出したサムハさんが封筒を差し出してくる。
受け取って封を切りつつ、訊ねる。
「……パレード、どう、だった?」
「凱旋パレード? いやぁ、笑いをこらえるのが大変だったね。何の障害もなく邪竜とエメデン枢機卿を滅ぼしドライガー家を討ちましたってことになっててさ。王国竜騎兵の半数以上が重傷で今も病院だってのに」
「仕方が、ない」
魔力災害の影響がまだ残っているから「王国最高戦力が半減しました。魔力災害により発生した魔物の対処は民間でお願いします」なんて言えないでしょうし。
討伐戦の後、ナッグ・シャントたちが確保していたアーティファクト星の聖水により、邪竜の封印の仕組みは解呪され、各地の魔力異常も徐々に正常化していくはずだけど、まだまだ予断を残さない状態だ。
というか、王国が大忙しなのも半分以上は魔力異常の対処ですよ。
封筒から取り出した手紙には、ナッグ・シャントたちの文字が書かれていた。
「それで、原作主人公様はなんだって?」
サムハさんに訊ねられて、私は読んだそばから手紙をサムハさんに渡していく。
ナッグ・シャントたちは異変調査の成功や各地で行ったグランドアロヒンを初めとする強力な魔物の討伐、さらには世間的に邪竜とエメデン枢機卿を撃破した王国竜騎兵隊の新進気鋭のエースとして担ぎ出され、竜騎兵隊長に昇進したらしい。
「原作、エンディング、通り」
異なるところがあるとすれば、こうやって愚痴を描いた手紙を私に送ってくるところかな。
原作では私は死んでるしね。
テイラン君が私を見る。
「そういえば伝言。さっさと王国竜騎兵隊に入隊してきなさいよ、だって」
女言葉が様になる美少年っぷりに拍手!
でもお断り。
「だろうと思ってもう一つ伝言。ゼロが直った頃を見計らって拉致りにいく、だって」
「ナッグ・シャント、から?」
「そう。あれは本気だと思うぜ?」
温厚な正義漢のナッグ・シャントが拉致りにいく、なんて伝言を託すくらい、向こうは忙しいらしい。
これはもう、全力で逃げないとね。
もう命がけで戦うのは嫌なんですよー。
手紙を封筒に戻して、ポケットに入れる。
すると、サムハさんが肩を組もうとしてきた。当然、身をかがめてよける。
「ちょっ、普通避けるかな?」
「郵便屋には、ならない」
「ちっ、できたばかりで人手不足なんだよ。あぁ、どっかに腕のいい竜騎兵が転がってないかなぁ?」
サムハさんは困り顔でぼやいて、ちらっと期待するような視線を向けてくる。
サムハさんはあの戦いの翌日、英雄として祭り上げられるより早く郵便事業の立ち上げを宣言した。
戦力激減で焦っている王国上層部はどうにかしてサムハさんとテイラン君を抱きこもうとしていたけれど、あの戦いの後遺症で戦闘機動ができなくなった王国竜騎兵隊や元ドライガー家の竜騎兵を雇用することで合意した。
いわゆる傷痍軍人を雇用する場を設けるサムハさんの提案は王国としても渡りに船で、怪我をしてもなお空を飛ぶ仕事をしたがる竜たちに機会を設ける意味でも歓迎された。
「本当に郵便屋になる気はない? アウルとゼロの速度は絶対に役に立てるって」
「いや」
にべもなく断らせていただく。
私とゼロの活躍については公に知られていない。
手柄のほぼすべてをナッグ・シャントに譲ったからだ。
私としても、王国に仕官する気はさらさらない。私の討伐を言い出したのはドライガー家だけど、許可したのは王国だ。わだかまりがあるのに命令を素直に聞けるはずもない。
郵便事業も半ば国家事業だし、参加したくない。
サムハさんが残念そうに肩をすくめる。
「士官を断って、郵便事業にも参加せずか。冒険者ギルドに戻るの?」
「それも、ある」
サドーフ海冒険者ギルドは私の討伐令がドライガー家により正式に発表されても、私の登録を抹消しないでいてくれた。
ドライガー家の反乱により私の討伐令や数多の疑惑についても見直された際、サドーフ海の冒険者ギルドが私に関連した書類を職員の自宅に分散してひそかに保管してくれていたから、私の無実はすんなり証明されたのだ。
私がこうして大通りを歩いていられるのも、ギルドのおかげ。恩返しくらいはしないとですよ。
そういえば、とテイラン君が私の足を見た。
「足はもうすっかりいいんだな」
「リハビリ、中」
ナッグ・シャントたちが使った星の聖水の効果で私の足にかかっていた呪いもきれいさっぱり消え去った。
とはいえ、筋力は落ちていたから今もリハビリの最中だ。こうして歩いているのもリハビリの一環で、実はちょっと強化魔法を使って無理をしている。
大通りから外れて小路に入ると、井戸端会議をしていた漁師の奥さんたちが私に気付いて笑顔になった。
「アウルちゃん、お姉さんが探してたわよ」
「お姉さん、違う」
「似たようなものでしょう」
勝手なことを言って楽しそうに笑う奥さんたちに会釈して通り過ぎる。
サムハさんが不思議そうに奥さんたちを振り返りながら、疑問を口にする。
「アウルって兄しかいなかったはずだけど?」
「イオちゃんの、こと」
「あぁ、そういうことか」
サムハさんが納得して苦笑した直後、小路の奥にイオちゃんが現れた。
私を見つけるなり、イオちゃんは眉を吊り上げた。
「こら、アウルちゃん! また散歩なんかして。まだまだ病み上がりなんだから外に出るときは一緒にって言ったでしょ!」
靴音を小路に響かせて距離を詰めてきたイオちゃんは私の腕をつかむ。
「本当にちょっと目を離すとふらふらどっかに飛んでっちゃうんだから。竜騎兵どころか綿毛だよ!」
「ぷっ」
テイラン君が口を押えて横を向いた。
言われてみれば、銀髪の髪も合わせて綿毛っぽい。
銀髪の殺戮天使だのなんだのと物騒なあだ名ばかりつけられているから、いっそ、綿毛のアウルをあだ名として積極的に名乗ってみようかな。
「アウルちゃん、また妙なことを考えてるんでしょう?」
「……考えて、ない」
「本当かな?」
妙なことは考えてないです。今後の身の振り方を考えていたんだから、むしろすごく真っ当なことを考えてますよ。
言わないのは後ろ暗いところがあるわけじゃなく私が口下手なせいだから!
工房に向かって歩き出すと、何か言いたそうにしながらもイオちゃんはついてきた。
サムハさんが肩を竦める。
「なるほど、お幸せに。また来るよ」
「……うん」
何かを察したらしく郵便業への勧誘を諦めたサムハさんがテイラン君の手を取って踵を返す。
できたばかりの郵便局の長だからいそがしいはずなのに、また来るつもりでいるあたり、本当に諦めたかは疑わしいけれど。
サムハさんとテイラン君に手を振って、もうすぐそこに見えてきたイオちゃんの工房へ。
イオちゃんは住居の入り口ではなく併設されている工房の入り口を開けた。
「完成したからさっそく渡そうと思ったらアウルちゃんいないんだもん。できたてほやほやを渡したかったのにさ」
そう言って、イオちゃんは工房の作業机に置かれていた銀色のチェーンを取った。
「はい、改めてプレゼント」
差し出されたのは魔力の回復量を高める錬金アイテム、セイクリッドチェーン。
「ありがとう」
セイクリッドチェーンを手に取る。
邪竜討伐戦で、エメデン枢機卿が放った最後の拳銃弾は私の胸に届いていた。
しかし、銃弾は私が肌身離さず持っていたセイクリッドチェーンに受け止められ、私を殺すことは適わなかったのだ。
つまり、イオちゃんは正真正銘私の命の恩人になった。討伐イベントの上書きも含めると、私はイオちゃんに二回命を救われていることになるのかな。
「何か、お礼、したい」
セイクリッドチェーンを首に下げつつ訊ねると、イオちゃんが嬉しさをこらえきれないようにニマニマした。
「それじゃあ、旅行に行こうよ。ゼロに乗ってさ」
旅行かぁ。
悪くないね。私を王国竜騎兵隊に勧誘するために来るだろうナッグ・シャントやファーラと追いかけっこになるかもしれないけれど、それはそれで面白そうだし。
ゼロを造ってからというもの、せっかく飛べるのに指名依頼や死亡フラグ回避やらでゆっくり観光もできなかったし……。
「……計画、立てて、おいて」
「やった。まずは蒼銀の渓谷でしょ、その隣の温泉郷でしょ――」
イオちゃんが観光地を指折り数えるのを聞きながら、私たちは住居の扉を開けてリビングへ入った。
三次創作となったこの世界、私が老衰で死ぬまで、いや、死んでからもまだまだ続くはず。
それでも、ひとまずはお約束で〆るとしよう。
めでたし、めでたしって――
竜騎兵空戦ゲームの中ボスに転生したっぽい 氷純 @hisumi
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