第二章 並行する物語

第一話 ノートレーム海岸

 人目を避けつつ港町にあるイオちゃんの工房の扉を叩く。


「はーい」


 扉を開けて出てきたイオちゃんが私を見て目を丸くした。

 亡命してくるって飛んで行った友人が帰ってきたらその反応になりますよねぇ。


「と、とにかく中に入って」


 工房の資材倉庫にゼロを格納して、イオちゃんの家にお邪魔しまーす。

 かくかくしかじかと墜落するまでの事情を説明して、お茶を一口飲む。

 美味しい。三日も野宿を強いられてもう気分最悪だったけど、お茶一杯で持ち直す。

 持ち直した気分でイオちゃんに声を掛ける。


「ギルドで、依頼を確認、してほしい」

「アウルちゃんの討伐依頼とか?」


 わざわざドライガー家が私の名誉を回復するとも思えないし、実際にタムイズ兄様を撃墜しているので、私の指名手配が解かれているとは考えにくい。

 ただ、この港町に来るまでドライガー家の竜騎士隊が私を捜索している様子もなかったことから、エメデン枢機卿が押さえてくれている可能性はある。

 イオちゃんに確認してほしいのは別の討伐依頼だ。


「ノートレームの、魔物、について」


 ノートレーム海岸は原作ゲームでボスが出現する海域だ。

 ボスはグランドアロヒン。ゼロにもその皮を使っているワニのような海棲魔物アロヒンの異常発達した個体、という設定らしい。

 ギルドで確認するまでもなくイオちゃんは噂を聞いていた。


「それなら知ってるよ。異常に大きいアロヒンが確認されたって。アウルちゃんがいればって漁師さん達が悔しがってたよ」


 やっぱり出現してるんですね。


「この間の赤い光の柱が出てから、王国中で異常に大きい魔物とかが確認されてるんだよ。魔力だまりの異常発生もあるし、何が起きてるんだろうね」


 原作ストーリーが始まってます。

 不安そうな顔をしながらイオちゃんはクッキーを齧る。

 原作ストーリーが開始したから各地にボスが出現。中ボスの私としても他人事ではないですね。

 原作ストーリーに収束するのはもはや間違いない。そして、ストーリー通りなら私が死んでしまうことも既定路線。


 とにかく、私が原作ストーリーにどこまで介入できるか知りたい。

 まずはゼロを修理して、ノートレーム海岸に出没するボス、グランドアロヒンをナッグ・シャントに先んじて討伐できるかを確かめる。

 ノートレーム海岸のグランドアロヒンは原作ストーリーにおけるサブイベント扱いで、討伐しなくてもストーリーを進めることができる。

 これが討伐できるのなら、私が原作に及ぼす影響が少なくともゼロではないと見做して、原作ストーリーに登場する重要アイテムなどを捜索、ナッグ・シャントたちと交渉の余地を作りたい。

 加えて、ドライガー家とエメデン枢機卿の繋がりを完全に暴く証拠があれば、私の討伐に正当性が無くなり、私の討伐イベントをスキップできるかもしれない。


 まずは、グランドアロヒン討伐に向かう。

 加えて、イオちゃんにもう一つ頼みごと。


「聖陽翼を、作って、ほしい」


 原作ゲームでの蘇生アイテム聖陽翼。死亡イベントで実際に死亡した後で復活する形なら、ストーリー収束に巻き込まれないかもしれない。

 私の申し出にイオちゃんは困り顔をする。


「材料がないよ」

「集める」


 というか、ゲームと同じなら聖銀水以外はすべて集めてある。

 イオちゃんは半信半疑で素材を一つずつ上げていく。


「まず、陽桂樹の花でしょ」

「ある」

「まぁ、比較的手に入りやすいからね。高級ポーションの材料でもあるから。でも、青変羽玉がないでしょ?」

「ある」

「……なんで持ってるの?」

「討伐途中に、ゲット」

「ゲットって……あんな希少鉱石を良く見つけられたね」


 鉱石じゃないですからね。

 スカイ・ハイディングを探すのは大変だったけど、生息地を知っているから何とかなったよ。今頃は、あそこにもボスが出現しているはずだ。


「最後に聖銀水だけど、これは偽物が多く出回っているから、産出地の蒼銀の渓谷で直接取ってきた方がいいよ」

「分かった。取ってくる。代金は、素材と、一緒に」

「友達のよしみで代金はいらない、って言えたら格好良かったんだけどね。専用の設備を搬入しないといけないからその設備費が必要になんだよ」


 設備費については『竜血樹の呪玉』の落札費用を充てることになった。

 オークションで商品が強奪されたのがこんな形でプラスに働くとは私も思いませんでしたよ。


「それじゃあ、設備の方を買ってくるね。アウルちゃんはどうする?」

「ゼロの、修理」


 漁師さんに声を掛ければ隠れ家まで連れて行ってくれるだろうけど、壊れているとはいえゼロをイオちゃんの家に置いておくのは不安が残る。

 ナッグ・シャントたちがこの工房に来る可能性が高いですもん。


 イオちゃんを見送って、私はゼロを修理するべく素材庫に入る。

 素材庫にある物は自由に使っていいと言われている。

 まぁ、右翼を修理すれば飛べるのでアロヒンの革と骨組みだけ拝借する。

 魔導核が無事でよかったよ。

 脚が動かないと修理一つもずいぶん不便だなぁ。



 十日の修理期間を終えて、ゼロに跨る。


「行って、来ます」

「いってらっしゃい」


 イオちゃんに見送られて、隠れ家のある無人島へ飛ぶ。

 私を追いかける竜騎士の姿はなく、何事もなく無人島の隠れ家に入り、聖陽翼の材料を積み込む。

 あぁ、売れば一生遊んで暮せたのになぁ。

 隠れ家を出てイオちゃんの工房へと飛んでいき、聖陽翼の素材を渡して再び飛翔する。


 まずはノートレーム海岸だ。

 ノートレーム海岸ボス、グランドアロヒンは全長十五メートルの巨大なワニに似た魔物で、銃弾による攻撃を無効化するほど分厚い皮膚を有する。

 ゲーム中では魔法攻撃のみで討伐する事になる。グランドアロヒンもこれでもかってくらいに魔法攻撃での対空攻撃をしてくる。

 オープンワールドのゲームだったこともあり、グランドアロヒンの討伐に手間取っている内に戦域が移動して市街地に突っ込み、住人が大被害を被ることもあった。

 ストーリーに必須のキャラはフラグが立つと復活するため、ストーリー進行に支障はないけれど、住人が死亡した時の専用台詞が用意されておりプレイヤーの心を抉ってくるのだ。


 私はロア・アウルの魔法陣を確認する。

 ロア・アウルは銃弾狙撃銃だから、魔法を銃弾に付与しないとグランドアロヒンを討伐できない。

 まぁ、ゼロと発煙筒で空に魔法陣を描くという方法もあるんだけど、グランドアロヒンが相手だとオーバーキルになる。


 サドーフ海から沿岸部を飛行していくと、ノートレーム海岸に到着し、海の色が変わってきた。

 ノートレーム海岸は遠浅で、潮干狩りに来る観光客も多い場所だけど、今は人気が無い。

 グランドアロヒンが観光業に打撃を与えている模様。

 今回はギルドの依頼できたわけではないため、他の冒険者と獲物の奪い合いになるかもしれないと思い砂浜を見下ろす。

 広い広い砂浜に流木がいくつか点在している。トスロというロブスターっぽい見た目の魔物が日光浴しているのが見えた。

 ゆっくりと海岸沿いを移動していると、進行方向で砂煙が上がった。


 ゼロをホバリング状態にしてスコープを覗き込む。

 砂浜に巨大な紅いワニがいる。原作ゲームで見たのと同じ、グランドアロヒンだ。

 そのグランドアロヒンに対して、防砂林から魔法攻撃を行っている冒険者がいる。砂浜の上には怪我をした仲間を背負って防砂林へと逃げている二人組の冒険者。

 グランドアロヒンと遭遇戦になって、怪我をした仲間を抱えての撤退中、かな。

 ロア・アウルに魔力を流し込み、構える。

 仲間を抱えていて足が遅い冒険者へと距離を詰めていくグランドアロヒンの胴体に向けて引き金を引いた。

 魔法陣を貫いた銃弾がグランドアロヒンの右前脚の付け根にあたり、炸裂する。

爆炎に包まれたグランドアロヒンが足を止めて、周囲を見回したところに、防砂林からの魔法攻撃が着弾した。これも爆炎を撒き散らす物らしく、グランドアロヒンの胴体は火だるまになっている。


「……ダメ」


 胴体が轟々と燃え盛っているのに、グランドアロヒンは一切痛痒を感じていないらしい。すぐに冒険者の方へと走り出した。

 ホバリングさせていたゼロの機首をグランドアロヒンの進行方向に向けて、一気に加速する。

 ロア・アウルを構え、魔力を流し込み先ほどとは別の魔法陣を展開。


 冒険者には逃げてもらいたいので、まずはグランドアロヒンの足を止める。

 砂浜を走っていたグランドアロヒンの足元に銃弾がめり込んだ直後、砂が噴き上がった。

 銃弾が纏っていた風魔法が行き場のない砂の中で発動し、荒れ狂う風が砂上へ砂ごと吹きあがったのだ。

 これにはさすがのグランドアロヒンも怯んで足を止める。

 立て続けに二発、グランドアロヒンの前の砂を吹き上げてその視界を塞いだ。代わりに、吹きあがった砂がグランドアロヒンの身体を包んでいた炎を消火してしまう。

 まぁ、人命第一って事で諦めますよ。私だって死にたくないからこんなところに来てるわけですし、他人事じゃないよね。


 冒険者たちが防砂林へと逃げ込み、私の方に手を振って撤退していく。距離があって聞こえないけれど、お礼を言っていたようにも見えた。

 グランドアロヒンは巨体が災いして防砂林には入れない。未練たらたらで防砂林の側をうろうろしていたグランドアロヒンが私に気付き、大きな口を開けて威嚇してくる。


 さて、困ったなぁ。

 スコープ越しに観察してみるけれど、グランドアロヒンの体には怪我一つない。火傷の痕もない。ちょっと煤けているかもしれない、くらい。

 ダメージはないね。

 ゼロに浮遊魔法と風魔法を作用させて上昇しつつ、グランドアロヒンが私を見失わないように頭上を旋回、速度を上げる。

 ロア・アウルを背負い、魔力を練る。

 使用する魔法はカオス・ディスク。アスピドケロンの幼体にもさく裂させた魔法だ。

 射程が短いこの魔法を当てるにはかなり接近しないといけない。

 ゼロを操作して背面飛行に移行し、急降下。砂浜へと激突する前に機首を持ち上げる。

 砂浜の上三メートルほどのところで水平飛行に移ったゼロは時速数百キロでグランドアロヒンとの距離を詰める。ゼロが巻き起こす暴風で砂が巻き上がり、左右に砂塵を生み出す。


 グランドアロヒンが私を睨み、口を開いた。二十を超える魔法陣が放射状に展開される。

 魔法陣の輝きがひときわ強くなった瞬間、ゼロに浮遊魔法を作用させて速度を維持したまま急上昇する。

 機体の真下をいくつもの氷の槍が飛んで行った。

 二射目はもう間に合わない。

 左翼を空に向けて機体を横にしてグランドアロヒンの横を抜ける瞬間、魔法を発動する。


「カオス・ディスク……」


 漆黒の円盤がグランドアロヒンの真横に出現し、移動を開始する。グランドアロヒンの胴体を切断するかに見えた円盤は唐突にその軌道を変えてグランドアロヒンを避けると、砂浜に命中して深い溝を作りだした。


 ゼロを上昇させて、ため息を吐く。

 いくら私がおっちょこちょいでも、あの距離では外さない。というか、途中までは直撃コースだったカオス・ディスクが不自然に逸れたのは原作ストーリーの収束に妨害されたからで間違いない。

 どうやら、私にはストーリーに直接関係ないイベントですら捻じ曲げる権利が無いらしい。

 上手くいけば、原作主人公の座をナッグ・シャントから奪い取ってしまおうかと考えていたんですけども。


 グランドアロヒンの上空を旋回しつつ、周辺の安全を確認して戦域を離脱する。討伐できないのなら、無理に戦う意味がない。

 互いに原作への収束によりイベント発生まで死なないのだから、泥仕合にしかならない。磨きこまれし泥の宝玉作りは幼稚園で卒業したのですよ。


「はぁ……」


 予想はしていたけど、運命を打開する方法が一つも思い浮かばないのは凹むなぁ。

 私、死ぬのかな。

 死にたくないなぁ。

 ネガティブな感情を振り払い、機首を内陸へ向ける。

 向かう先は聖銀水を汲める蒼銀の渓谷。

 原作においてアウルとナッグ・シャントが最初の戦闘を行う場所。

 ナッグ・シャントもファーラも元気にしてますかねぇ。

 戦いたくないなぁ。


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