第7話 出会ってしまったか

 やって参りました、サドーフ海。

 波が高ーい。空飛ぶ私はもっと高ーい。テンションはさらにたっかーい。

 豊富な海産物が取れるサドーフ海は、餌が豊富でもあるので強力な海棲魔物が多く生息している。内陸部では竜騎兵がいなければまともに漁も出来ないと噂されるほど。

 なお、実際のところ、岩礁などに囲まれた海棲魔物が侵入できない漁場を利用しているため、漁師は案外安全だったりする。

 魔物が多いのは事実ですけども。ゼロの機体に使われているアロヒンの革もサドーフ海で狩られた物が使われていますので。

 あ、そういう意味では里帰りになるのかな。ブラックジョークにしかならないけど。


 サドーフ海には港町がある。今日の目的地だ。

 街外れの広場に着陸すると、見物に来ていた通行人が私を見てギョッとした顔をした。

 まぁ、でっかい狙撃銃を背負った銀髪少女が得体のしれない空飛ぶゴーレムに乗っているのを見たら反応に困るよね。ワイバーンの死骸を吊り下げて飛んできましたし。

 ゼロの可変翼を畳み、尻尾を丸めさせる。ワイバーンの死骸は尻尾で固定して、私はコンパクトになったゼロを操作する。

 ちょっと大きめの馬車くらいの大きさのゼロなら、町の通りも進めるのだ。ちなみに、ゼロの地上移動は歩行ではなく車輪による走行です。

 さぁ、行け。進むのです、ゼロ。明日も私が生きるため、まずはワイバーンの死骸を換金だ。

 いやね、ゼロの製作費でお金がほとんどないんです。臨時収入感謝。撃ち落としたし、まさに天の恵みですわ。

 通行人にじろじろと眺められつつ、冒険者ギルドの裏手にゼロを駐車……駐車でいいのかな。とりあえず停める。

 今回は依頼などを受けていないのでギルド裏手にある解体所に直接持ち込み。


「……ごめん、ください」


 中に声を掛けると、エプロン姿の血塗れおじさんが出てきた。


「はい、こんな格好で悪いね。用事は何かな」

「ワイバーン、死骸」

「うん? ワイバーンの死骸を売ってほしいのか?」

「……外に、持って、きました。死骸、売ります」


 会話がまだるっこしくて済みません。未だに舌が回らないんです。原作準拠って事なのかな。

 おじさんと一緒に外に出てワイバーンの死骸を見せると、おじさんはワイバーンの死骸よりゼロの方に驚いていた。


「なんじゃこりゃ」

「私の、竜、です」

「竜って、いや、ゴーレムだろ。というか、翼らしきものがあるが飛ぶのか?」

「飛び、ます」

「なんつーか、そう無表情で返されると驚いている俺がバカみたいだな」


 困ったようにため息をついたおじさんにワイバーンを引き渡し、換金する。

 お金だ。資金だ。生活費だ!

 先立つものはお金ですからね。私は先立ちませんよ。まだまだ生きるんですからね。

 死んでたまるか。

 ギルドの表へと回り、受付で依頼書を見せると受付さんが天井を仰いで嘆いた。


「貴族はこれだから……」


 その言葉を迂闊に口にすると不敬罪で首が飛びますよー。

 同感ですけどね。


「情報、欲しい、です」

「ボレボレの目撃情報は確かに上がっています。出没地点は――」


 地図を指差しながらの受付さんの情報を聞く限り、事前情報との違いは見当たらない。

 道中に刺客と鉢合わせることもなかったし、ドラク家はこの依頼で私をどうしたいんでしょう。

 討伐期間は二か月。この間に何かあるのかな。

 まだ原作ストーリーも始まっていないから、未来の予測がつかないんですよねぇ。

 ストーリーが始まったら始まったで、私の命が危ないわけですけど。


「行って、来ます」

「お待ちください」

「……ん?」


 呼び止められるとは思っていなかった。

 ドラク家が怖くないのだろうか。まぁ、ここは本家ドライガー家の所領だから、ドラク家が手出ししてこないかもしれないけど。


「一人では危険ですし、成功率も下がります。ちょうど、竜騎士がギルドに所属していますので共同で討伐に当たってください」


 竜騎士がギルドに所属している?

 そんなはずはない。竜騎士なんて国も貴族も欲しがる存在ですよ。腕の良し悪しに関わらず、空を飛べるという一点だけで活用方法がいくらでもあるんですから。

 よほどの偏屈者か、私の同類か。

 それともドラク家からの刺客ですか? まさか堂々とギルドで合流するとは。

 この受付さんもグル?


「警戒しなくても結構ですよ。当ギルドに所属している竜騎士は国への仕官を目指してこそいますが、ドライガー家の者ではありません」

「……信用、できま、せん」

「当然ですね。しかし、会ってからでも遅くないのではありませんか? ギルド内での暗殺は流石に職員も他の冒険者の手前、看過できません。仮に刺客だとすれば、相手を確認しても損はないはずです」


 受付さんの言うことにも一理ある。

 悩んだけれど、結局はその竜騎士との顔合わせを承諾した私はギルドの隅にあるテーブル席に腰掛けた。

 状況を知らない冒険者たちが遠巻きに私の噂をしている。目立ってしまうのは仕方がない。

 今後のことをあれこれと考えていると、受付さんを伴って一組の男女が歩いてきた。

 ――ちょっと待って。ドラク家の刺客じゃないのは確定したけど、これはこれでとんでもなく不味いんですけど。


「こんにちは。俺はナッグ・シャント、こっちは相棒の竜ファーラ。共同でボレボレ討伐って聞いてる。よろしく」

「ふーん。貴族ってこんななのね。何考えてるかわかんない顔してるわ」

「こら、ファーラ、初対面の相手になんてこと言うんだ。ごめんね。ちょっと性格が悪いんだ」

「何よ。性格悪くないわよ。わたしは竜よ? 人間の貴族なんかにへりくだるはずないでしょ」


 ……原作主人公アンドヒロインですね。えぇ、どう見ても、どこから見ても、主人公ナッグ・シャント君とヒロインの竜ファーラですよ。

 うわぁ、会っちゃったよ。

 ドラク家の刺客ではないけど、運命からの刺客ですね。こっちの方がはるかに危険ですって。


「ちょっと、何とか言いなさいよ。竜のわたしが挨拶してやってるのよ?」

「……アウル、です」

「そう。アウルね。覚えたわ。それで、あなたの相棒はどこ? まさか人間の癖に翼が生えるわけでもないんでしょ?」


 おぉ、この一言多い憎まれ口。本物のファーラだ。

 美しい光沢のある青銀の角が生えた、群青色の髪と瞳の美少女を眺める。

 いや、本当に可愛いなぁ。ヒロインは格が違いますわ。ファーラを見ると私が所詮中ボスでしかないんだって妙な実感が芽生えるもん。悶々。

 そんでもって、ファーラの隣に立ってるナッグ・シャントも美形。年齢は多分十五歳、この世界の成人年齢だと思うけど、もう完全に主人公って顔してる。生まれ持ったオーラが違う。

 竜騎士だけあって鍛えられた均整のとれた体つきで、清潔感のある好青年。もうね、主人公になるべくして生まれてますよ。実際に主人公ですけど。

 あぁ、私って脇役なんだなぁ。こんなに必死に死亡ルートを外れようと躍起になってる私が脇役かぁ。

 世の中の理不尽を感じる。体感しちまいますぜ。

 でもやるべきことは変わらないし、私の人生の主役は私ですよね。よし、開き直ってレッツゴー。


「討伐、来なくても、いい、です」


 むしろ、放っておいてくれると何かと嬉しい。


「行くに決まってるよ。女の子が困っているのを放っておけるわけがない」


 そんな恥ずかしい台詞を何で格好いい笑顔で言えるの?

 しかも本当に格好いいんだから主人公補正って怖い。

 じゃじゃ馬で気位の高いファーラが懐くわけですよ。

 主人公たちの性格からしてついてこないとは考えにくかったので私もそれ以上は構わずに席を立った。


「討伐対象はボレボレ一匹でいいんだよな?」

「……うん」

「竜もいないのにどうやって倒すつもりだったんだ?」


 質問されて、私はギルド裏手に止めたままのゴーレム竜ゼロを指差した。

 ゼロを見たファーラがふーんと鼻を鳴らしながら腕を組んだ。


「なに、あれ。なかなか格好いいじゃないの」

「――でしょう?」

「食い気味にドヤって来たかと思ったら無表情だし、なにが言いたいのよ、アウル」

「自慢、したい、ので」

「なら、それらしい顔をしなさいよ!」


 切れたファーラが私の顔を両手で挟んで揉みくちゃにしてきた。抵抗しようにも竜の力強い、っていうか痛い、痛い――痛っああぁぁぁい、ちぎれる、死ぬ死ぬ! 死にたくない!


「ファーラ、失礼だろう」


 ナッグ・シャントがファーラを私から引き離してくれた。

 ほっぺたがヒリヒリする。腫れてない?


「まったく表情変わんないんだけど、この子! 今度はくすぐろうかしら」

「だからやめなって。それで、これってゴーレム?」


 ナッグ・シャントがゼロを興味深そうに眺めながら訊ねてくる。

 私は頷いて、ゼロに飛び乗った。


「離れて、ください」


 指示するとナッグ・シャントたちは数歩下がってくれた。

 ゼロに魔力を流し込んで待機状態を解き、翼を広げる。

 背筋がむずがゆくなるような浮遊感の後、姿勢が安定したゼロを見てファーラが目を輝かせた。


「飛んでる! 人間の癖に!」

「おい、ファーラ!」


 一言多いファーラの口を慌てて塞ぎ、ナッグ・シャントが私を見上げた。


「でも、凄いな。空を飛ぶゴーレムなんて初めて見た。竜騎士、でいいのかな?」

「分類上、それで、いい」


 ゼロに乗った私に該当する言葉は他にないですし。少しばかりの語弊には目をつむる方向で。

 地上一メートルくらいのところでゼロをホバリングさせていると、ナッグ・シャントがファーラを振り返った。


「俺たちも飛ぶぞ。ファーラ」

「対抗意識を燃やすところじゃないわよ」


 ぶつぶつ言いながらもファーラが数歩下がり、瞬時に竜の姿になった。

 美しい青銀の角はそのまま、群青色の鱗が空を想起させる晴れやかな竜だ。

 ファーラが首を下げると、ナッグ・シャントが軽くジャンプして飛び乗った。鞍もないのにかなり姿勢が安定している。

 原作ゲームでもナッグ・シャントが鞍もなしにファーラに乗って曲芸飛行を披露し驚かれる場面があった。この頃からやっていたらしい。


「飛ぶよ」


 ファーラが翼を広げた直後、浮遊魔法で体を浮かせた。

 私もゼロを操作し、討伐対象であるボレボレが目撃された北に機首を向ける。


「出発しよう。陽が落ちるとボレボレの巣は見分けにくいし、明るいうちにけりを付けたいな」


 ナッグ・シャントが爽やかな笑みで言った直後、ファーラが浮遊魔法を切ると同時に数度羽ばたき、風魔法を発動した。

 緩やかに上昇していくファーラとナッグ・シャントを追いかけて、私もゼロを加速させる。

 浮遊魔法と風魔法の併用による滑らかな加速と上昇。後ろに引っ張られる慣性力を感じながら、ファーラに追いついて横に並ぶ。

 慣れてくると空を飛ぶのは気持ちがいい。障壁魔法による風除けがあるから風を感じることはできないけれど、時速数百キロで障害物の無い空間を自由に飛び回れるのは癖になりそうな解放感がある。


「案外速いじゃないの。足手まといにはならないわね」


 ファーラの憎まれ口に内心苦笑する。竜は念話を利用して空の上でも声を届けることができるけれど、人間の私にはできない。竜であっても相手に聞く意志がないと声が届かないらしいけど。

 足手まといではなく戦力としてゼロの性能を理解してもらうために、私は特殊な操作を行った。

 左翼を下に向けつつ斜め上方へと機首を向ける。それだけで、ゼロは横倒しにした樽の側面をなぞる様な軌道で横向きの螺旋を描いて飛行する。

 空中戦闘機動の一つ、バレルロールだ。

 竜騎士なら誰でもできるこの動きを披露して、私はゼロの機体を左右に二回ずつ傾ける。ロックウィングと呼ばれる挙動で、挨拶の代わりにも使われる。

 今回の場合、次はそちらの番ですよ、という意思表示だ。

 ファーラが翼を大きく羽ばたかせる。


「ナッグ!」


 ファーラの呼びかけにナッグ・シャントが頷いたのが見えた。

 直後、ファーラが加速して私とゼロの前に出た。

 ファーラが翼の角度を調整し、一瞬だけ正面からの風を翼に受けるように直立する。当然、風を全身に受けたファーラは急減速し、私とゼロの頭上を越えて後方へと流れた。すぐにファーラが姿勢を戻し、私とゼロの後ろに陣取る。

 蛇が鎌首をもたげる動作に似ている事からコブラと呼ばれている空中戦闘機動。後ろにつかれた際に背後を奪い返す目的で使用される動きだ。

 地球の戦闘機とは違って全部ドラゴンがやってくれるとはいえ、タイミングを合わせたりするのが結構難しいはず。

 どうだと言わんばかりの顔で横にやってきたファーラとナッグ・シャントに私は両手で拍手を送った。

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