第13話 収束力

 オークション会場というときらびやかでありながらちょっと怪しい大人の社交場っぽい物を勝手に想像していたけれど、実際は魔法の明かりで隅々まで照らされている大学の講義室のような場所だった。

 申し訳程度に商品を載せる台と客席の間に仕切りがあるけれど、それも簡単に乗り越えられそう。

 まぁ、乗り越えるような輩が客としてこの場に来られるかというと無理なんですけど。


 イオシースちゃんと一緒に会場入りする。

 警備の人は冒険者ギルドから雇っているらしく、顔見知りばっかりだった。私の姿を見つけて意外そうな顔をしているのは、私が魔物の討伐依頼しか受けないと誤解しているからだろうか。

 私だって好きで討伐依頼を受けてるわけじゃないですよ。実家からの指名依頼だから断れないってだけの話。

 まぁ、断らないでいたおかげでこの場所に来られたともいえるけれど。


 ともかく、苦節三年、『竜血樹の呪玉』を手に入れられそうでほっとする。

 脚が動かなくなるのは日常生活でかなり不便だし、逃亡生活をする上でも不利になるからね。

 それに、原作ゲーム上でのアウルというキャラクターは足が動かないと公式に触れられているのだから、呪いを受けなければそれだけで原作から乖離した証拠にもなる。

 生存ルートにも希望の光が差すってもんですよ。


 オークションは淡々と進められた。

 イオシースちゃんは私の事もあり狙いを『竜血樹の呪玉』に絞っている。

 いよいよ次が『竜血樹の呪玉』の競売という段になり、私は会場を見回した。

 タムイズ兄様はもちろん、ドラク家の使用人や竜騎士の姿は見えない。実家を出てもう一年が経つから、私の知らない人がドラク家と通じている可能性もあるけれど、『竜血樹の呪玉』の名前が出ても反応を示した人は見当たらない。

 もともと、アーティファクトだけあって珍しい品ではあるけれど、『竜血樹の呪玉』の使い道はあまり多くない。対象者の四肢を動かなくする呪いをかける品なんて悪趣味な物、イオシースちゃんみたいに研究目的でもなければ購入しない。

 それでも、世の中悪趣味な物を集めるのが好きという良い趣味している人種がいるらしく、『竜血樹の呪玉』は開始価格から三倍に値が跳ね上がった。

 イオシースちゃんが私に目配せしてくる。私の提供したお金に手を付けるらしい。

 私は無言で頷き、競りを促した。


「二十七万」

「二十七万、出ました。他におられませんか?」


 司会が客を煽りながら、他の購入者を探す。


「二十八万」

「三十五万」


 即座にイオシースちゃんが吊り上げる。

 競り相手が折れたのを見て、司会がハンマーを下ろす。


「アーティファクト『竜血樹の呪玉』、三十五万で落札されました!」


 イオシースちゃんがよし、とガッツポーズすると、周りのお客さんが微笑ましそうに拍手で祝福してくれた。

 自分の子供っぽい動作に気付いたイオシースちゃんが縮こまる。

 司会さんの目にもとまったのか、楽しそうに笑いながらイオシースちゃんに呼びかける。


「商品の引き渡しはオークション終了後に整理券で行われますので、それまで楽しみにしていてくださいねー」


 会場が笑いに包まれ、和やかなムードのまま次の競りに移る。

 ドライガー家の御用商人でもあるバフズ商会の主催と聞いたから警戒していたけれど、予想に反して平和そのもの。

 一安心していると、整理券を持ったスタッフがやってきて、イオシースちゃんに渡して去っていく。


「他に何か欲しい物ある?」

「……ない」


 数年間、探し求めた『竜血樹の呪玉』だけでお腹いっぱいです。

 いやぁ、あんなに悩んで必死に戦って来たけれど、こんな形であっさりと原作ルートを外れるとは思わなか――なんか騒がしいね

 オークションに参加しているお客さん達は気付いていないみたいだけど、警備の冒険者の動きが慌ただしい。人員が入れ替わり、商品を載せる台の方へ警備の重点が移動している。


「……白銀の竜姫士、ちょっと来てくれ!」


 私たちの方へ気配を消して駆け寄ってきた顔見知りの冒険者が外を指差して言う。


「警護、依頼」

「引き継ぐ。そっちのお客さんが落札した品が強奪された。竜騎士一人と亜竜乗りの傭兵団だ」


 強奪された!?

 イオシースちゃんが驚いた顔で私を見る。

 多分考えている事は同じだ。

 私は立ち上がりつつ、冒険者に訊ねる。


「竜の、色は?」

「茶褐色だ。竜騎士の顔は覆面で見えなかった。傭兵団は亜竜乗りが四人」


 イオシースちゃんを見る。


「……取り返す」

「無理しないでね」


 そうと決まれば急がないといけない。

 先行した竜騎士を追いかけるなんて、相当の技量差がないと追い付くはずがないけれど、亜竜乗りを連れているなら話は別だ。

 オークション会場を飛び出して、宿に走る。

 目撃された竜の色は茶褐色。タムイズ兄様の相棒ヒルミアの体色も茶褐色だ。

 でも、正規の取引ではなく強奪なんて、いくらドラク家の跡取りでも追及されたら罪を免れないはず。

 バフズ商会側と何か裏取引をしている?

 いや、バフズ商会だっていたずらに混乱を招くような真似を歓迎するはずがない。

 これは明らかにタムイズ兄様の暴走だ。


 宿の裏手に停めてあるゼロに飛び乗り、ロア・アウルを背負う。

 浮遊魔法で上昇しながら、空を見回す。

 流石に姿は見えない。けれど、おそらくドラク家の屋敷に向かっているはずだ。

 衝動的な犯行であれば亜竜乗りの傭兵団なんて連れているはずがない。これは明らかに計画的な物。

 だとすれば、私か、もしくは別の竜騎士が追いかけてくるのは想定済み。まっすぐドラク家の屋敷へと向かい、身を潜めるだろう。

 考えてばかりもいられない。


 ゼロをドラク家の屋敷の方角へ向けて、風魔法を発動。上昇しながら加速していく。

 海と港町がグングン遠ざかる。

 どれくらい距離が開いているのかは分からないけれど、亜竜乗り、つまり飼い馴らしたワイバーンに乗っている傭兵団はそんなに速度を出せない。ゼロなら倍近い速度で飛べる。

 タムイズ兄様が乗るヒルミアもあまり飛ぶのが速い竜ではない。この間見た時はやや肥満傾向だったし。


 それにしても、いくらタムイズ兄様が怒りで周りが見えなくなる人でも、今回の件はあまりに奇妙。タムイズ兄様らしくない。

 怒りで周りが見えないなら、傭兵団を雇わない。もっと直接的に、私やイオシースちゃんを襲撃して『竜血樹の呪玉』を強奪していたはず。

 傭兵を雇う時間がありながら、どうしてバフズ商会に『竜血樹の呪玉』を買い取ると申し出なかったのか。

 バフズ商会がオークションに出すと発表した後だったから、売却を拒否したのだとすれば頷けるけれど、それでもバフズ商会から『竜血樹の呪玉』を強奪するのは考えにくい。

 なんか不気味。タムイズ兄様が何かに動かされているような気さえする。

 まるで、このタイミングで『竜血樹の呪玉』がタムイズ兄様の手になければいけないと、誰かが定めているような。

 考え過ぎだと思いたい。

 でも、おかしな点は以前からあった。


 どうして、イオシースちゃんがサドーフ海に来た?

 ドラク家を敵に回したイオシースちゃんが、ドラク家の本家に当たるドライガー家の所領であるサドーフ海の港町に工房を構えようと考えるのは自然か?


 私がゼロを作り上げることができたのは何故?

 確かに資料はたくさんあった。それを読んで、まとめて、設計できる環境があった。

 それでも、私自身は魔法と工学の融合が可能なほど高度な技術者ではない。


 論文の執筆者だと判明した後に、疎まれ者の私が資料を閲覧していた事をドラク家の誰も咎めなかったのは何故?

 私に死んでほしいはずのドラク家がいつまでも討伐依頼を出し続けるのは何故?

 討伐依頼で出向いた先にドラク家の竜騎士を数人配置しておけば、もっと確実に私を殺せるはずなのに。


 いつだって、私は必死に魔物と戦ってきた。

 それすらも、もしかしたら――


「……見つけた」


 遠くに人を乗せたワイバーンが四匹、茶褐色の竜に跨る男性の姿もある。

 竜は明らかに、ヒルミアだった。

 ワイバーンに乗っている傭兵たちが先に私に気が付き、慣れた様子で散開する。私を迎撃するつもりだ。

 でも、ワイバーンと遊んではいられないので、ゼロの機首を持ち上げ、上昇態勢に入る。ゼロの背に腹ばいになって密着し、亜竜乗りの位置を確認。

 亜竜乗りたちが追いかけて上昇してくるのを見下ろして、私はゼロを天地反転させ、亜竜乗りたちの中央に飛び込んだ。

 急降下してくるとは思っていなかったのか、亜竜乗りたちが慌てて機関銃を構える。

 私が張った障壁魔法に何発かの弾丸が掠めるけれど、太陽を背にしている私に命中するはずがない。ゼロに密着しているから、ゼロの機体で射線も通らない。

 竜とは違って、弾丸を数発貰ってもちょっと穴が開くだけ。飛行に支障はない。

 亜竜乗りの中心を飛びぬけて、急降下で乗った速度をそのままに水平飛行に移行し、可変翼を調整し、高速飛行モードに移行。

 ヒルミアとの距離を一気に詰める。


 亜竜乗りは完全に置いてけぼり。ワイバーンは背面飛行を嫌う習性があるから、スプリットSでの追撃が出来ない。

 やっぱりちょっと肥満気味なヒルミアは速度が乗らないのか、ゼロはあっさり追いついた。

 ロア・アウルの銃口をヒルミアに向けて、私は風魔法を使ってタムイズ兄様に声を届ける。


「強奪した、品、返せ」

「誰に口を聞いている、ドラクの恥晒し!」


 ヒルミアが吠えるけれど、無視してタムイズ兄様を見る。胸に抱えた鞄に『竜血樹の呪玉』が入っているらしい。

 タムイズ兄様が覆面を剥ぎ取る。


「うっせぇな」


 私を睨むタムイズ兄様は、笑っていた。


「――これの入手は本家の御意向だ!」


 ……は?

 本家、ドライガー家の意向?

 そんなはずはない。バフズ商会はドライガー家の御用商人バフズが会長を務める商会だ。そんな場所から商品を強奪するのは理屈に合わない。

 私の困惑を他所に、タムイズ兄様が高笑いする。


「僕は本家に認められたんだよ! 邪魔をするなら、仕方ない。仕方ないから、愚妹の始末はつけないとなぁ!?」


 直後、タムイズ兄様を乗せたヒルミアが翼を畳み、尻尾を振り上げて強引に急降下に移った。


「くっ……」


 すぐにゼロの浮遊魔法を起動して急上昇する。

 銃口を突き付けていたのに、逃げられた。

 ヒルミアの動きに反応できなかったわけじゃない。引き金は引いていた。

 この高さから墜落すれば、ヒルミアもタムイズ兄様も無事では済まない。そう思っても、引き金にかけた指は確かに動いた。

 覚悟はできていたし、私はきちんと行動した。

 それなのに、銃弾はヒルミアの頭上を跳び越えていた。

 私が無意識にロア・アウルの銃口を逸らした?

 違う。障壁魔法で固定しているのに銃口が逸れるはずがない。


 下方からタムイズ兄様が機関銃を連射してくる。魔法機関銃らしく、飛んでくるのは銃弾ではなく炸裂式のロックバレットだ。射撃後に一定時間で破裂し、周辺に石の破片をまき散らす魔法。

 射程が短いため、高度を上げた私には届いていないけれど、弾幕を張る事は出来ている。迂闊に近付くのは危険だ。

 まぁ、ロア・アウルの射程と高度差を考えれば、ここから撃ち下ろせばいいだけなんですけど。


 ゼロに背面飛行させ、私は頭の下に広がる森と目を見開いているタムイズ兄様を見下ろす。

 ロア・アウルを構え、ヒルミアの右翼へ狙いを定めた。

 いくらでも恨みがあるけど、殺さずに済ませたい。

 ドライガー家がこの件にどうかかわっているのか、口を割らせる必要がある。

 そう思って引き金を引けば、ヒルミアは明らかにワンテンポ遅れて回避行動に移ったにもかかわらず銃弾は掠めて森へと落ちていった。

 ……おかしい。この距離で竜の翼を狙い撃って外れるはずがない。

 障壁魔法に弾かれた様子もなかった。

 もしかして――


 脳裏をよぎる可能性にぞっとして、私はロア・アウルに魔力を流し込んだ。

 銃口に描かれるのは曳光弾の魔法陣。魔法陣を貫いた弾丸が帯を引いてその軌跡を示す物だ。

 放った弾丸は魔法陣を貫き、光の尾を伸ばしながらヒルミアへと迫り、不自然に屈折して森へ落ちていった。

 弾丸の軌道を見たのは私だけではない。

 機関銃を乱射していたタムイズ兄様が曳光弾の軌跡を二度見して、憤怒に顔を赤く染めて私を睨み上げた。

 手加減された、と思ったらしい。


 逆に、私は緊張と恐怖でぞっとして顔から血の気が引く音を聞いた。

 弾丸が当たらない。不可視の力で捻じ曲げられている。それは、物理現象でも、魔法現象でもない。

 当たらないと、運命づけられているかのようだった。

 ……原作ストーリーに運命が収束している。

 だとすれば、いくら引き金を引いても当たらない。

 そんな馬鹿な事があってたまるか。

 原作ストーリーに運命が収束するのなら、私の死亡イベントは回避できない、運命づけられたものになる。

 そんな最低な運命に従うのは嫌。

 死にたくない。


「――死にたく、ない!」


 引き金を引く。

 何度も、引き金を引く。

 撃ち尽くしたら弾倉を入れ替える。

 それでも当たらない。


「はははっ、やはりドラク家の恥晒し。竜騎士の家に生まれながら人も殺せぬとは!」


 勘違いしたヒルミアが嘲弄してくる。

 タムイズ兄様も馬鹿にしきった顔で私を見上げていた。


「拍子抜けだな」


 運命に守られてるだけの癖に。

 ゼロを背面飛行から立て直し、高度を上げる。

 もうすぐドラク家の領地に入る。ドライガー家の意向なら、ドラク家の竜騎士隊が出迎えに来てもおかしくない。

 ここで決めないと取り逃がす。

 ロア・アウルの銃口を空へ向け、額を付ける。

 体内の魔力を空にする勢いで引き出す。


「……我は、白雲の穢れを、堕とす。汝は、不倶戴天の、敵なり」


 魔力が収束する。

 ロア・アウルをヒルミアとタムイズ兄様に向けた。

 原作ゲームにおける、アウルの必殺技。


「グラビティ・ドロー」


 ヒルミアとタムイズ兄様を球形の魔法陣が包み込んだ。私にしか見えないその魔法陣が必殺技の発動を知らせてくれる。

 この必殺技自体に攻撃力はない。けれど、これがアウル最大の攻撃でもある。

 なぜなら、この必殺技は対象物に空戦域で行使されたあらゆる魔法と銃弾などの物理攻撃を引き寄せるから。

 つまり、敵味方を問わず魔法や銃弾をホーミング状態にさせて対象物に命中させる魔法。


「これなら……っ!」


 引き金を引こうとした直後、不自然な横殴りの突風に煽られてゼロがバランスを崩した。

 反射的に風上を確認する。サッガン山脈が見えた。

 ――まさか、エアポケット!?

 すぐにゼロの姿勢を戻そうとするも、今度は上から強風を叩きつけられてバランスを崩す。

 間違いない。エアポケットに掴まってる。

 不規則な風に揉まれてゼロが失速し、タムイズ兄様を乗せたヒルミアが離れていく。

 ヒルミアたちの行く先に複数の竜騎士の影がある。ドラク家の竜騎士隊らしい。

 どうにかゼロの態勢を立て直すも高度は百メートルを切っている。墜落しなかったのが不思議なくらい。

 もう追い付いても意味がない。いくらなんでも、ドラク家の竜騎士隊と正面から戦うのは無理。

 完全に、運命にもてあそばれている。


「っ……」


 ゼロを反転させる。

 諦めてたまるか。

 運命に、原作に、殺されたくない。

 ――死にたくない。

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