第5話 ゴーレム竜

 この世界での銃器は二種類ある。

 魔法そのものを飛ばす物と、魔法で銃弾を飛ばす物だ。

 前者は射程が短く魔力の消費が多い代わりに命中率が高く特殊な軌道を描いて飛んでいくものもあり、攻撃方法が多彩で反動がほぼない。

 後者は射程が長く、魔力消費が少ない代わりに攻撃は直線的で攻撃方法は弾丸を当てるという一つのみ。

 もっとも、銃器そのものが嵩張るので冒険者は弓を使う場合も多い。銃器がなくても魔法そのものは使えるし、軍人と違って多数を相手取って魔力が足りないという事態も想定しにくいから。

 銃器を使うのは国や貴族の軍隊か、傭兵という事になる。

 そんな銃器を扱うお店が町中にあるはずもなく、ほとんどの場合は貴族の御用商人だったりする。


 はい、お金があっても買う場所がなーい。

 だから作ればいいじゃない。

 作る技術がなーい。

 だったら、作れる人に頼めばいいじゃない。


「……こん、にちは」

「おう、ギルドから話は聞いてる。そこに座りな」


 町の片隅にある寂びれた鍛冶場。そこを束ねるずんぐりむっくりな髭もじゃおじさま、通称親方が席を勧めてくれた。


「設計、図、これ」

「ドラク家の機密だったりしないか?」

「大丈夫、です」


 書いたのは私です。

 既存の銃器をちょっとパク、参考にしました。

 求めるのは長射程、高威力の弾丸狙撃銃。なお、銃口に展開した魔法陣に銃弾を潜らせる事で魔法効果を付与するという案は私のオリジナル。あるいは、原作ゲーム『ドラゴンズハウル』の設定を考えた人のオリジナル。


 ――ロア・アウル、それが『ドラゴンズハウル』におけるアウルの主兵装であり、作中で最大射程と最大威力、命中率を誇る弾丸狙撃銃の名称だ。

 ちなみに、アウルを討伐した際のドロップアイテムとして原作主人公ナッグ・シャントが使用できるようになる。

 なお、完全上位互換の魔法狙撃銃が作中に存在するのは中ボスの悲哀漂うところです。

 設計図を眺めて、親方さんが髭を撫でる。


「こんな馬鹿でかい狙撃銃を振り回せるのか?」

「障壁、魔法」

「あぁ、竜騎士の家系だもんな。なるほど、反動は障壁魔法で受けるからとにかく威力を追及するわけか」

「作れる?」

「あたぼーよ。王家御用達の銃器商に試作品を頼まれた事もある身だぞ、俺は」


 知ってますとも。

 原作ゲームにも登場する武器屋併設の工房ですから。

 ワイバーンの死骸の売却金の一部を前金として納めて、私は工房を後にした。

 防具に関しては当分、障壁魔法に頼りきりになるかな。


 工房を出た足で冒険者ギルドのそばにある素材関係の加工所を見て回る。

 ドラク家に冒険者として仕立て上げられた私だけど、その建前が結構重要だったりする。

 研究には実物を見るのも必要、つまりはフィールドワークが目的で冒険者に登録したという建前ですよ。

 フィールドワークなんだから、素材の加工場で必要資材を集めてゴーレム竜の試作機を作ってもいいですよね。これはドラク家の御意向ですよ!

 裏を掻いてやるぜい。


「……す、すみま、せん」

「なんだ、お嬢ちゃん。誰かのお使いかい?」


 見るからに場違いな銀髪少女の到来に加工所の人達が顔を見合わせた。

 普通そうなりますよね。


「これ、ほしい」


 予め必要資材を書きだしておいた紙を見せると、取引には専門の部署があると言われて案内してくれた。

 取引係のお兄さんは紙を読むとそろばんを弾きながら疑問を口にする。


「アロヒンの革にボレボレの糸――いったい何に使うんだよ、こんな量」

「秘密、です」

「まぁ、お使いのお嬢ちゃんに聞いても仕方がないよな。だが、こんなに大量のアロヒンの革となると金貨が必要だぞ」

「あります」


 ワイバーンの死骸の売却益を使いこむ事になるけれど、ドラク家に持ち帰ったところで私を死地に送るための依頼料に化けるだけだから、これも有効活用ですよ。

 大量の資材は街外れの倉庫に送ってもらい、私も倉庫に向かう。

 倉庫を掃除して、資材を受け取る。


 アロヒンの革、海棲魔物の一種、アロヒンの体皮を加工した物。

 アロヒンはワニのような魔物で、頑丈な体表を持ち、矢や剣といった前時代的な武装では傷一つ付けられず、もっぱら網などで身動きを封じてから毒を含ませるなどの対処しかできなかった。

 銃器が登場した事で有効打を与えられるようになったものの、拳銃弾程度では歯が立たない。

 加工する事で頑丈さはそのままに撥水性に優れた良質の革になるけれど、日常では使われず水夫の靴などに採用される。


 ボレボレの糸、空棲魔物の一種。ボレボレが作る糸。

 ボレボレは蜘蛛のような魔物で、生涯のほとんどを空で過ごす。

 前世の蜘蛛にも空中に糸を出して風に乗って飛んでいくバルーニングという行動をする種類がいたけれど、ボレボレは規模が違う。

 その生活史は竜からの証言を得られているためかなり詳細に分かっている。

 ボレボレは孵化するとともにバルーニングで空へと飛び立ち、空中で獲物を捕らえて徐々に巣を形成する。この巣がバルーンとなり、同時に獲物を絡め取る網としての役割を果たす。巣はボレボレの成長と共に拡大し、直径二キロを超えた記録も存在する。この二キロの巣が市街地に落下して大混乱となった事件もあるそうだ。

 産卵のために地上に降りるけれど、産卵すると死んでしまう。

 巣に使われる糸は軽量で丈夫、撥水性に富み、船の帆などに積極的に利用される。


 さらに、ゴーレムには欠かせない魔導核――は、いま手元にないので後回し。

 資材はそれなりに揃ったけれど、問題は加工と組み立て、それに防犯。

 私が動き出したことは遅かれ早かれドラク家も気付くはず。この倉庫を襲撃されたらそれだけでアウト。

 警備を雇うのもドラク家の権力を考えると役に立つとは思えない。

 ひとまず模型通りに骨組みを作る作業を始める。

 時間との勝負なら、考えるより先に手を動かすべき。

 猶予は二か月。ほぼすべてを完成させた後にワイバーンの討伐完了を報告して、討伐報酬で魔導核を購入して組み込めば完成。

 失敗は許されない。

 大丈夫。私はアウルだ。必ず成功する。

 模型は作った事がある。実験も模型の大きさでなら成功している。

 きっと、大丈夫。

 資材を手に取った時、倉庫の裏口がいきなり開いた。

 反射的に目を向ける。


「……誰?」


 入ってきたのは覆面や麻袋を被った男たち。ちらほらと女性の姿も見える。

 警戒しつつ、障壁魔法を展開した直後、男たちがポーズを取った。


「俺たち!」

「謎の!」

「覆面冒険し――ぷげりゃっ!」

「秘密だって言ってんだろ、バッカ野郎!」


 冒険者と言いかけたらしい覆面仲間を殴りつける麻袋。

 女性陣が呆れたように肩をすくめた。


「手隙の連中をかき集めてきた。何か素材を買い付けて倉庫まで借りて、お嬢ちゃんが動き出したようだからね。二か月を有意義に使うなら、人手があった方がいいんじゃないか?」


 ……そういう事ですか。

 正直、信用できない。けれど、人手が無いと困るのも事実。

 覆面を被っているのはドラク家に素性を掴まれないようにするためでしょうけど、顔の判別が出来ない分、スパイが紛れ込むリスクもある。

 ――いや、四の五の言ってはいられない。


「よろしく、おねがい、します」


 私は彼らに頭を下げて、協力を要請した。



 この世界におけるゴーレムは魔力で動く半自立型の機構を指している。

 人形でなくてもいいし、材質だって問わない。

 その昔は攻城兵器として作られ、昨今では工作機械として徐々に普及しているらしい。

 問題は魔力を大量消費する燃費の悪さと複雑な動きを命じることができない汎用性の乏しさにある。

 また、浮遊魔法はゴーレムに内蔵している歯車機構のかみ合わせを狂わせ効率を悪くしてしまうから、相性が悪い。

 ゴーレムが順当に発達すれば車が普及していたと思うけど、竜騎士や亜竜騎士の登場でゴーレムの発達が遅れてしまっている。


 ――というのが原作ゲームの説明だった。

 実際、外を見ると未だに馬車が走ってる。


 ゴーレム竜の組み立て開始から早一か月。ドレク家には帰らずに倉庫で寝泊まりしつつの作業だった。

 懸念していたドレク家の妨害はない。不気味ではあるけれど、子供一人で何ができるものかと高をくくっているのかもしれない。

 私は買い付けた魔導核を持ってゴーレム竜、試作機ゼロを見上げる。

 全体的に白いカラーリング。

 丸みを帯びた長辺をもつ直角二等辺三角形の翼が左右二対、涙滴型の胴体には複数の関節があり、後部に魚の尾びれのような尾翼が付いている。

 ゴーレム竜といいつつ頭部は存在せず、外観は東洋の龍に翼を付けた形。

 原作ゲーム『ドラゴンズハウル』に登場するアウルの愛機、ゴーレム竜ゼロそのままの姿。

 私はゼロの腹部にあたる部分のハッチを開き、魔導核を取り付ける。魔力を機体各部に流す役割を持つ魔導線を魔導核に接続し、最期に魔力蓄積機構を繋げば完成。


「……離れて、ください」

「撤退、急げ!」


 近くにいた女性冒険者に声を掛けると、すぐに冒険者たちが倉庫の隅へと離れた。

 私はハッチを閉じて、鞍に跨る。振り落とされないように足を固定する。

 乗り込み型ではなく騎乗型にしたのは、竜騎士の戦闘教本を生かすためでもある。

 起動キーを差し込み、魔力を流す。

 組み立てに携わった冒険者たちが固唾を呑んで見守る中、私はゼロを起動した。

 ふわりと、エレベーターに乗った時のような浮遊感に包まれたと思うと、視点が僅かに上昇する。


「――うぉおおお!」


 私の感動すら吹き飛ばす勢いで、冒険者たちから歓声が上がった。

 動作不良は起こしていない。

 私は左右の可変翼を動かし、胴体部の関節を動かし、最後に安全装置の確認をしてからゼロの起動実験を終了した。

 本当は風魔法による飛行実験まで進めたかったけれど、まだドラク家の目を引く行動は避けないといけない。

 とにかく今は――


「ありがとう」


 協力してくれた冒険者たちに感謝した。


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