幕間 やめたげてよぉ!?
傷だらけのグランドアロヒンが海底に沈んでいくのを見届けて、ナッグ・シャントは海上に目を凝らす。
「ゼロすら浮かんでこないか……っ」
戦闘中に墜落したアウルを探すも、姿はおろか痕跡すら浮かんでこない。
バステーガ・ドライガーが乗るグランダが高度を落としてきた。
「死体が上がらなかったのは残念だが、あれだけの攻撃を一身に受けたのだ。仮に上がっても本人かを区別するのは困難な有様であろうな」
あまりな言いざまにナッグ・シャントが思わず鋭い視線を向けるが、それを予想していたようにエレフィスとミトリがグランダとの間に割って入った。
「死体はなくともアウル・ドラク討伐は完了ってことでいいな?」
エレフィスが問いかけると、グランダが乗り手の言葉を伝える。
「あぁ、討伐は完了だ。お前たちの献身に感謝しよう。エメデン枢機卿討伐の件も参加を保証する。だが、アウル・ドラクに想定以上の被害を強いられたのでな。再編に少し時間がかかる。二日もらおうか」
そう言って、グランダが方向を転換すると、生き残った竜騎兵が後に続く。
ナッグ・シャントはグランダたちから視線を外し、再び海上を見回した後、遠浅となっているノートレーム海岸を見た。
「何か手がかりが残っているかもしれない。みんな、捜索してくれ」
「気持ちは分かるが……」
グランドアロヒンを討伐するために放った全力の攻撃を一身に受けたアウルが無事なはずがない。
言葉を濁すエレフィスに構わず、ファーラがノートレーム海岸の上空を低速飛行する。
しかし、ゼロの残骸すら見つからなかった。
「何故だ……。何故、避けなかった?」
「私たちの攻撃にわざと飛び込んだように見えたわね……」
ファーラもアウル墜落の瞬間には違和感があったらしく、考え込むように呟く。
日が落ちるまで捜索を続けたものの、アウルの遺体もゼロの破片も見つからなかった。
暗い気持ちでノートレームの港町へと着陸し、今晩の宿を探す。
「結局、アウルは今回の件にどこまでかかわってるのかしらね」
夜空を見上げて呟くファーラの問いに答えを持たないナッグ・シャントはため息を吐いた。
「何もわからない。分からないが、アウルが俺たちを攻撃しなかったのは事実だ」
ドライガー家の竜騎兵は次々に撃墜していたが、アウルは絶対にナッグ・シャントたちに攻撃しなかった。
ネレインが腕を組み、言葉を選びながら意見を口にする。
「ドライガー家を敵と名指ししたのも気になるところだ。私たちのことは友軍と表現したのもね」
「まるで、ドライガー家と我々が本来は敵対関係にあるべき、と言いたそうでしたな」
ネレインの言葉を引き取ったクラガが言って、ネレインと頷きあう。
「トーラスクリフでアウル殿が我々に渡そうとしていた筒を回収して参りましょうか」
戦闘が始まる前にアウルが無人島に落とした筒の存在を思い出して、ナッグ・シャントもハッとする。
しかし、すぐにミトリが否定した。
「無駄でしょう。現場に残ったドライガー家の竜騎兵が回収しているはずです」
「あぁ、そういえば、負傷者の回収に残っている奴らがいたわね。でも、そうなると、手掛かりはもう何もないってことに……。もう、アウルの奴、さっさと投降すればよかったのよ」
ファーラが悔しがる。
その時、通りの向こうから赤毛の女性がまっすぐにナッグ・シャントたちのもとへ歩いてくるのが見えた。隣には金髪の美少年を連れている。
「すみません。ナッグ・シャントさんで間違いありませんか?」
「似合わねぇ、口調……むぐっ!」
丁寧に声をかけてくる赤毛の女性は隣で憎まれ口を叩いた金髪美少年の口を慣れた様子で手でふさぐ。
見覚えのない二人に警戒するナッグ・シャントたちに、赤毛の女性は虫籠を差し出した。
「これをサドーフの港町で工房を構えているイオシースという女性に届けていただきたいんです」
「これは……まさか、金銀の夫婦蝶?」
虫籠の中で羽を休めている金と銀、一組の蝶を見て驚くと同時に、警戒を深める。
確かに、ナッグ・シャントたちは指名依頼を受けてこの金銀の夫婦蝶を探していたことがある。しかし、なぜ依頼内容を知っているのか、なぜこの女性が直接届けないのか、など疑問が多い。
赤毛の女性は苦笑する。
「緊急で片づけなくてはいけない依頼が入ってしまって、サドーフ海まで届けに行けないんです。魔物の一種とはいえ蝶ですから寿命も短そうで困っていたところ、ギルドでナッグ・シャントさんに頼むようにと言われたんですよ」
「……なるほど」
納得はしたが、警戒は解かない。
エメデン枢機卿が出した暗殺者という可能性もあるからだ。
エレフィスが数歩前に出て、虫籠に手を伸ばす。
「引き受けよう」
「では、お願いしますね。この手紙も、イオシースさんに渡しておいてください。彼女の友人からの手紙です」
拍子抜けするほどあっさりと虫籠を渡して、赤毛の女性が背を向ける。
その背に、クラガが鋭い目つきを向けながら問いかける。
「緊急で片づけなくてはいけない依頼とは?」
赤毛の女性は歩みを止めず、背中越しに答えを返す。
「ヒーローショーに出演するんです」
「だっさい――痛ってぇ!?」
「無駄口叩いてるとゴスロリ衣装で出演してもらうからな、テイラン」
仲がいいのか悪いのかわからない二人のやり取りに毒気を抜かれたクラガが肩をすくめた。
「まぁ、サドーフ海へ向かうのは悪くありません。エメデン枢機卿はサッガン山脈にいるようですから」
サドーフ海からサッガン山脈までは比較的近い。サッガン山脈周辺が魔力異常により魔物の大発生地帯となっている現状では最も拠点にふさわしい位置だ。
ナッグ・シャントはエレフィスから手渡された金銀の夫婦蝶を見て、口を開く。
「サドーフ海へ向かおう」
「もう夜だぜ?」
性急さを咎めようとするエレフィスに、ナッグ・シャントは弱弱しく笑いかける。
「飛びたい気分なんだ」
※
昇る朝日の光を浴びて、サドーフの港町に着陸したナッグ・シャントたちはその足でイオシースの工房を訪ねた。
すでに足を運んだことがあったため迷わず着いたものの、まだ早朝と言っていい時間だけに戸を叩くのは気が引ける。
どうしたものかと顔を見合せたちょうどそのとき、工房の戸口が開いて看板を両手で持ったイオシースが出てきた。
「……え? ナッグ・シャントさん?」
まさか人がいるとは思っていなかったのか、イオシースはナッグ・シャントたちを見回して驚いている。
「まだ店を開けてなかったんですけど……」
「いや、買い物に来たわけではないんだ。これを届けに来た」
ナッグ・シャントが虫籠を持ち上げると、イオシースはその中にいる金銀の夫婦蝶を見て心底嬉しそうな顔をした。
「ありがとうございます! あ、どうぞ、中に」
虫籠を受け取ると、イオシースはいそいそと中に入っていく。
虫籠だけを取られてしまって、もう一つの届け物、彼女の友人からだという手紙を渡しそびれていたため、ナッグ・シャントたちは工房の中へと入った。
きちんと整理が行き届いた工房は、左右の壁にいくつもの商品が並べられている。掃き清められた床には埃ひとつなく、光に弱い薬品に配慮して窓もないのに狭苦しさを感じない、客に配慮した内装だった。
いつ来てもセンスがいいな、と感心しながら、手紙を取り出す。
「これ、君の友人からとのことで預かってきたんだ。金銀の夫婦蝶も俺たちが捕まえたわけではないから、経緯を話してもいいだろうか?」
「そうだったんですか。先に手紙を拝見しても?」
「あぁ、どうぞ」
不思議そうな顔で差出人の名前がない手紙の封筒を観察して、イオシースが封を切る。
中の手紙を取り出してすぐ、イオシースの表情が華やいだ。
「なんだ、アウルちゃんからかぁ」
アウル――その名前を聞いて、ナッグ・シャントたちは硬直する。
ナッグ・シャントたちの反応に気付かず、イオシースはくすくす笑って手紙を読み終えると、大事に封筒へしまいなおして机の引き出しに収めた。
「そっか。前にアウルちゃんがナッグ・シャントさんたちの力になってあげてほしいって言ってたんだった」
「……アウルが」
ファーラが無表情に呟く。
イオシースは頷いた。
「そうですよ。口下手で知り合いも少ない子だから不思議だったんですけど、友人だったんですね。納得です。でも、力になれって言われても――」
ナッグ・シャントたちを見て考えるそぶりを見せたイオシースはすぐに閃いた、と手を叩いた。
「うちの全商品を無料で――って言えたら格好いいかもしれないですけど、生活もあるので、二割引きにしますよ! 今後ともご贔屓にしてくださいね。それはそうと、アウルちゃん、元気にしてますか?」
笑顔で問われて、ナッグ・シャントたちの胸に鋭い痛みが走った。
ナッグ・シャントの表情をどうとったのか、イオシースは苦笑する。
「元気なわけないですよね。脚が動かない呪いなんてかけられてるんですし」
「……呪い?」
「はい。タムイズっていうアウルちゃんのお兄さんが『竜血樹の呪玉』というアーティファクトで呪ったんですよ。『竜血樹の呪玉』の経緯はギルドで書類を保管してもらっているって、アウルちゃんが言ってました。ドライガー家がもみ消したとかなんとかって」
血の気が引く。
ファーラがうつむき、震える手でナッグ・シャントの服を掴んだ。
イオシースが金銀の夫婦蝶が入った虫籠を前に、錬金術の準備を始める。
「この金銀の夫婦蝶がほしかった理由なんですけどね。相手の居場所が分かるようになるって効果の錬金術アイテムを作りたかったからなんです。アウルちゃんはグラビティ・ドローって攻撃全てを別の対象に命中させちゃう魔法が使えるので魔物なんかには負けないんですけど、ドライガー家にも狙われているので、心配で、心配で――」
アウルが今どうなっているかなど知る由もないイオシースが金銀の夫婦蝶の鱗粉を慎重に採取しながら、少し怒ったような顔をした。
「アウルちゃんったら、人に心配させておいて、すぐにどっかに飛んでいくんですもん。ドラク家の一室に軟禁されていた子供のころから論文書いていたりして大人びたところがあるのに、子供のころから空にあこがれがあるのか、ゼロの試作品とか作ってましたし、空を飛ぶのが好きなのはわかるんですけどね」
心配してはいても、元気に空を飛んでいることは疑っていないらしいイオシースを見て、ナッグ・シャントたちは胸の痛みを堪えながら静かに店を出ていこうとした。
「俺たちはこれで失礼するよ」
「え? あぁ、はい。また来てくださいね。アウルちゃんのともだちでもありますし、サービスしますから!」
イオシースの好意的な声が、ナッグ・シャントたちの心を責めたてる。
おそらく、二度と足を踏み入れることはできないな、と胸を抑えながら、ナッグ・シャントはギルドへの道を歩き始める。
「保管されているという書類を確認しよう。俺たちは大きな勘違いをしていたのかもしれない」
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