15.和解

 本当に、アイリスだけ。アウラのプレゼントのように別の花があるわけでもない。


「今の二人にぴったりね」


 二人が戸惑っている間、デイジーとアウラは何やら話していたようで、得意げな顔をしている。

 いったいなんのことだろうか。

 更に分からない、と言わんばかりの視線をウォークスに向けると、彼女はいつの間にかタイプしていたカーボン紙を二人に渡す。


『アイリスの花言葉

 メッセージ

 和解』


「──」


 どう言葉にしたら正解だろうか。アルフの薄い唇が震えた。


 伝えるべきだ。

 何を。

 たくさん、今、自分はエマに伝えなくてはいけない。

 何を。

 ごめんなさい?

 違う。違う。そうじゃないんだ。きっとエマもその言葉を望んでいない。


「アルフ──」


 声を震わせてエマがこちらを見上げる。


「ねえさん」



 喧嘩したあと、どうしてた?

 幼い頃、辛いとき、こわいとき、寂しいとき、たくさんそれらをある行動で共有していたはずだ。一つの仕草で。とても簡単なのに、今、こんなにも迷っている。

 大人になるとこうも素直に出来ない。


「姉さん」


 瞳を揺らし、アルフはエマに両手を伸ばす。濁ったブルーの瞳が、光を宿し、サファイアの輝きを取り戻す。まるで呪いの魔法が解けるかのように、色鮮やかに。しかし、寸でのところでぴたりと止まる。

 今にも泣きそうにエマは下を俯いた。


「姉さん」


 伝えないと分からない。

 伝えたいと。

 自分が何をしたいのか。


 家族と接したかった。辛いとき、頼っておきたかった。

 それが、今なのだ。あと一歩、アルフは逃げることも出来ただろうに、しなかった。きっとこれが距離を縮める最後のチャンスかもしれないから。

 アウラたちがじっと見守ってくれている。


「エマ姉さん、ごめん」


 結局意味のない謝罪が出る。それでもアルフは手を下ろさなかった。



「抱きしめてもいいかな?」



 仲直りはいつだって優しい抱擁だった。母と父が他愛のない喧嘩したあと、よくやっていた。

 父がわざとらしく、お茶目に、幼いアルフたちに教えたものだ。これをすれば、ナイチンゲール家は何度も安泰で、優しくあれるよ、と。我が家流の円満の秘訣なのだと。

 これを拒絶されたら、もう歩み寄るのは難しいだろう。

 エマの返事をアルフは待った。

 弟の言葉にエマは目を見開いていた。それから、唇の両端がわなわなと小刻みに震え、目尻から大粒の涙があふれる。頬を滑り、ファンデーションを一筋落とす。

 まさか、泣くなんて思ってみなかった。アルフアは諦めようと手を降ろす。


「いや、だった……」

「……う」

「え?」

「違うから、馬鹿っ!!」


 叫んだあと、アルフの懐にエマが飛び込んだ。背中に手が回され、これでもかと言わんかぎりに強く抱きしめられる。じんわりと温度が伝わった。降ろしていた手をエマの背中に回す。


「馬鹿っ!」


 ヒステリック気味に詰られる。


「馬鹿っ! 私たち、家族なのよ! なんで、なんでっ、嫌がるのよ!!」

「あ、え、と、ごめん」


 結局また、謝ってしまった。

 しかし、数年の距離が少しでも埋まったのは確実なことで、料理が冷めるまで抱擁を交わした。このあと、アウラとデイジーも加わって、ナイチンゲール家は幾度目かの安泰を迎えることになった。

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