14.プレゼント

 我慢できずにアルフは階段を駆け下り、ウォークスに詰め寄った。細い腕のなかにある大きな紙袋を持とうと手を差し出す。


「持ちます」

『はい』


 唇が一言動く。

 それを確認して紙袋を受け取る。両手が空いたウォークスは、コートのポケットから白いカードを取り出してアルフに見せる。


『商品を一つ。

 アルフさまとエマさまに渡すのが一つずつございます』

「俺とエマ姉さんに?」


 商品はアウラへのプレゼントになるのだろう。しかし、アルフとエマに渡すものとはなんだろうか。好奇心が動いて紙袋の中身を見ようとすると、ウォークスが彼の服の裾を引っ張って邪魔をする。

 どうして。

 彼女を見ると、繊細で綺麗な人差し指を唇にあてる。


『まだです』


 まだ、秘密。

 何故かその姿と仕草が、昔いつも仲直りするように仕向ける父にそっくりだと思った。

 そして気づいたことが。彼女は軽く化粧していた。多分、彼女に化粧を施していたのは、ヴィクトリカ嬢だろう。ファンデーションは特注で、ウォークスの青白い肌を違和感なく、明るく、気色を良くしている。仄かに匂う香水は、優しい万人うけする柑橘類。平凡な顔であることは変わらないが、印象はほんの少し変わって見えた。それを横目で数度、一瞥しながら、ともに階段を上がる。

 部屋に戻るとアウラが笑顔で二人を出迎えてくれた。

 香草のきいた七面鳥の丸焼きは大家から頂いたものだ。温かいスープ、ケーキ、誕生日を祝う場は贅沢に出来上がっている。


「おかえりなさい、アルフ……あら、そちらの方は?」

「この人は、ウォークス・シトレーさん。紙花職人で、今年の誕生日プレゼントは彼女が作ってくれたんだ」

「まあ、そうなの。私、てっきり、アルフの恋人なのかと」

「アウラ姉さん! 違うから! すみません──」


 ウォークスを振り向くと化粧の顔からも分かりやすく、赤く染めていた。艶やかに梳かれた黒髪から覗く耳も染まっている。

 気まずい反応だと思う反面、可愛い反応だと感じる自分もいる。

 いたたまれない雰囲気が通ったあと、彼女はポケットを漁り、二枚ほどカードを捜し出してアウラに見せた。


『紙花工房シトレーの店主、ウォークス・シトレーです』


 二枚目のカード。


『私は喋ることができません』

「そう、なの」


 ウォークスの告白に、一瞬驚愕を浮かべるが、アウラは優しく笑んで彼女を受け入れた。従軍看護婦という経験で、何かしら障害を抱える人の対応と接し方は一家の誰よりも心得ができている。アルフ以外にも精神的に参って障害を心身に来してしまった兵士たちがいた証拠だ。


「ところで紙花って何? はじめて聞くわ」

「紙で出来たお花だよ! すごいんだよ! えっとね、えっと、花びらとかもぴらぴらーって」


 アウラの腕に説明しながら──説明になってない──デイジーが絡む。


「紙で出来たお花? 気になるわ」


 アルフはウォークスを一瞥する。


 もういいでしょう?


 落ち着かない子どもみたいな視線。それに対して困った苦笑で返事する彼女。

 頷いたのを確認し、紙袋から大きい包みを取り出した。

 可愛いウサギや猫のキャラクターがデザインされた包装紙。形は長方形をしている。紙から感じる感触は固い材質のものだ。


「猫とウサギ……私の好きな動物、覚えていたのね」


 ぽつり。

 包装紙を見つめながらのアウラの呟き。アルフにとっては初耳だ。


「アウラ姉さん」


 エマがアルフの腕を取り、アウラの前に引きずり出すように立った。戸惑う弟の脇腹を肘で小突き、プレゼントを渡すように急かした。


「誕生日おめでとう」


 打ち合わせなんて全くしてないのに、三人同時に声が出た。


「──ありがとう」


 包みを受け取り、アウラは開けても良いかしら、と聞く。まるで宝箱を開ける直前の子どもだ。一緒にいるアルフもエマもデイジーも、アウラと同じ気持ちで中身が気になっている。

 包装紙が気に入ったアウラはできるだけ綺麗にとっておきたいと、エマからペーパーナイフを借りて丁寧に開けた。


「まあ……」


 見開いて、そして零れる感嘆。

 軽い木材の板で作られた長方形の箱に紙花たちが宝石のように大事に詰められている。

 白、紫、青。三色のアイリスを中心に、かすみ草とブプレリウムが隙間を埋めている。開いた花弁の輪郭は見事にカーブを描き、繊細な筋が見事に絵筆の配色によって表現されている。


「綺麗だわ、素敵……ありがとう」


 落さないように、潰さないように、アウラはしっかりと優しく抱きしめた。


「綺麗! よく見たら花の形とかなんか、違う! なんか!」


 姉と一緒に覗き込んでいたデイジーが声をあげた。それにつられてアルフとエマも、見せて、とアウラに懇願して箱のなかを覗き、花をそれぞれ比較する。

 デイジーの言う通りだった。

 咲き方の形が微妙に変わっている。色の配色も違う。

 どういうことだろう。

 理由を聞きたくて、アルフはライティングビューローに放置していたタイプライターを来客用のテーブルに置いた。料理が冷えることなど、四人全員忘れていた。


「アイリスよね、この紫とか白とか……」エマがそれぞれの花を指差す。

『アイリスに似ているこちらの花はカキツバタという花も入れています』

「カキツバタ……」

『極東の島国に咲く、アイリスの仲間です』

「花言葉は?」とデイジーが前のめりに聞く。


 ウォークスは鞄を漁り、花言葉の本を取り出した。アイリスのページを時間をかけずに捲り、四人に見せた。アルフが本を受け取る。


『アイリスの花言葉』


 視線が次の行に映る前に、二つの小箱がアルフとエマに差し出される。差し出したのは、勿論、ウォークスだった。


「えっ」

「なに?」


 デイジーが花言葉の本を奪った。

 戸惑う二人にただ小箱を押し付ける。

 まさか。

 アルフは彼女の言葉を思い出した。


『アルフさまとエマさまが仲良くいて欲しいという私の我が侭に、お付き合い下さいますか?』

『アルフさまとエマさまに渡すのが一つずつございます』


 ここで、今、彼女の我が侭が、身勝手なエゴが、行われると云うことなのか。

 アルフは静かに小箱を受け取った。続いてエマが。小箱の蓋には、メッセージカードが一枚。装飾のない飾り気のないシンプルなものでただ名前が印字で刻まれている。

 アルフが持つ小箱には、エマへ。

 エマが持つ小箱には、アルフへ。

 彼女が間違って渡したのか。

 ゆっくり。

 たった数歩。二人の間の距離は、たったそれだけなのに、向かい合うのも、小箱を交換するのも、迷いながら、手探りをするようにゆっくりだった。

 互いに受け取って、同時に小箱を開けた。

 なかになったのは、一輪のアイリスだった。

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