第18話 友の言葉
「――――お前ここで死ぬ気か!」
後ろからソルの声が聞こえてくる。またいつもの夢の中に俺はいる。
領主の館の門を抜け、自軍の兵士たちがまだ後方にいる中、俺は単身でずんずんと奥へと進んでいく。すぐ後ろにはソルがついてくるが、周りの兵達も俺に追いつこうとするものの、館の周囲からわらわらと出てくる領主の私兵達を相手取るのに手一杯で、俺とソルが突き進む速さに追いついてこれない。
「止まれ――、お前の過去とここの領主に因縁があるのは分かってる。もはや咎めることもしないが、死に急ぐことは許さないぞ! お前はこんな所で自暴自棄になって死ぬような男じゃないんだ!」
「うるせえぞ、ソル! 戦う気がないなら後方に回れ! 俺一人でもここをぶっ潰す!」
「そうじゃない――そうじゃないんだ! 前線が上がってくるのを待て! 一人じゃ危険だ!」
相変わらずの夢の中のソルの声、俺の名を呼ぶその部分だけモヤに包まれたように聞こえないが、いつもより音も景色も鮮明だ。前方から俺の前進を食い止めようと襲い掛かってくる兵を、片手で持った戦斧であしらいながら進む俺を、ソルの方も必死で止めようとしている。あの時、アイツはこんなことを言っていたのか、と今更ながらに思う。それほどまでに、あの時の俺は周りの人間も音も、何もかもが届かない程に視野が狭くなっていた、ということだ。ただただ、前に突き進み、
「――――構ええぇぇぇい!! 奴一人を倒しさえすせば我等に勝機があるぞ!!」
「まずい――、伏兵だ!」
領主の居館まであと一歩という所、最後の門を抜けた所で、周囲に弓を持った敵兵の集団が現れた。大した数でもなく、最後の砦にしては仕様もない防衛だ。
「はっ、セコい奴らだ。何をビビってんだソル、今更俺やお前が弓の奇襲で倒されるワケがないだろうが。構わず進むぞ――うおっ!」
雑魚には構わず突き進もうと、得物を両手に持ち替え、戦斧を振り回す勢いで飛んでくる矢を弾き落とした所で、急に横からの衝撃を受け、地面に突っ伏した。見ると、真横からぶつかってきたのはソルで、俺と同じように地に伏しているのが見える。
「何してくれんだテメエ――――おい、ソル? 何の冗談だ?」
「ぐうぅっ……」
「おい冗談はやめろってんだ。お前が矢なんかにやられるタマかよ……お前、それ……」
うめき声を上げるソルに声をかけると、脇腹あたりに身につけた鎧を貫いて刺さっている矢が見えた。一体どういうことだと混乱する頭と、ソルのただならぬ様子に、先程までの猪突猛進な勢いは消え去り、血の気が引くのを感じた。
「――――毒矢だ……気をつけろ。またこっちを狙ってくる……」
「毒、だと……?」
「ソル副隊長がやられた!! 総員、突撃しろ!! 隊長達を守るんだ!!」
矢の一撃で立ち上がることができないソルを保護しようと近寄って上半身を起こしてやるのと同時に、俺の軍の兵達が居館に突撃してくる。俺達が矢の急襲を受けたのを見て、一刻を争うように総員で弓兵達のいる居館へと突っ込んでいき、周囲はすぐに乱戦の様相を見せた。そんな中、口から血を吐きながら動かないソルを腕の中に抱き、地面に片膝をつけたままの体勢で、俺はいる。
「全く、らしくないな。お前、周りが見えてないってモンじゃないぞ……伏兵の中に、明らかに手練の弓兵と、魔術師のような男がいた……周りの弓兵に紛れて……この矢が本命だったんだろう……矢尻に毒が塗ってある……恐らく魔法――呪いによる毒だ……」
「おい、もう喋るな! すぐに救護を呼ぶ!」
「は、はは……やっとこっちを見てくれたな……もう、手当など意味がないだろう……」
「ふざけんな! たかが矢の一本でテメエがおっ
「――待ってくれ、もう動かさないでくれ……それより俺の言葉を聞いて欲しい……俺は――お前と出会えて本当に良かった……お前の強さは本物だ――、俺はずっとこの国を、この国の民を守りたいと思っていた」
「もう喋るなっつってんだろ!!」
息絶え絶えな様子のソルを見るに、矢に毒が盛ってあったのは事実だろう。ソルの全身は小刻みに震え、すでに毒が体に回っているように見える。毒矢を受けたとしてもこんなにも早く毒が回るなんてことは経験にない。下手に動かしてもまずいだろうと思い、周りになだれ込んでくる兵の中に、救護ができる奴がいないかを必死に探していた。そんな俺を他所に、ソルは話を続ける。
「国を、人を守るために兵士となったが……そのための力が足りないといつも思っていた……お前のことを粗野で乱暴者だと言う者もいるが、俺は違うと思っている……お前は本当に強く、優しい人間だ。人を救うことができる人間だ……俺は一人の兵士となり、お前の後ろを走り続けながら……最期まで民のために戦い続けられて、本当に良かった……お前の力――その斧は、いつだって冗談みたいに圧倒的な力で敵や悪しき者達を断ち切ってきた……」
「やめろ――頼むからもう喋らないでくれ!! すまん、俺がどうかしていた!!」
「最後まで聞いてくれよ……お前がお前のためだけに戦い続けていたことは知っていたんだ。それでも――その力が正しい方向に向き続ける限りは……お前が何と思おうと、お前は
「おい、ソル!! ソル!! ふざけんな、俺は認めねえぞ!! 何だ…………何なんだこれは!! 誰か……誰かいないのか!? 早く誰か来いっつってんだよ!!」
俺が悲痛な叫びを上げる中、ソルはその言葉を最後まで紡ぎきることなく、俺に拳を向けた後、その腕は力を失い俺の膝の上に落ちた。ソルの息がもうないことは分かっていたが、手当をさせようとそこらの兵に怒鳴りつける。怒声が響く周囲は、俺の言葉が聞こえていないように、炎の中で戦いを続けていた。焼け落ちる建物に、敵味方の兵達の怒号、断末魔、地獄のような光景が広がる。
「あっ…………ああぁぁああっ……俺はぁっ!! 俺は、また失うのかっ!!」
絞り出すような声を上げた後、亡骸となったソルを地面にそっと置くと、俺は傍らに置いていた戦斧を担ぎ、領主の居館を仰ぐ。
「ふざけやがって……ふざけんなよ、ド畜生が…………ぶっ殺してやる……全てだ……全員ぶっ殺してやるっっ!! うおおおおおおおおおおおおおっ!!」
皮肉にもソルが必死になって止めようとしていた時と同じように、無鉄砲に敵の本陣へと斬り込んで行く俺の姿が見える。記憶はそこまでで、後は周囲が渦巻く炎のような赤に包まれていく光景が残る。いつも見る光景だ。
夢で過去を見るのはここ最近では珍しいことではないが、蓋をした記憶を再認識するように、ソルが目の前で死んだその時の光景を見るのは――そしてソルが俺に向けた言葉を聞くのは、初めてだった。しかし、炎に焼かれる俺の足元に泉のような水が広がり、俺の体を包んでくるのは相変わらずだ。この水は、一体何なんだと思っていると、いつも見る夢に変化があった。
広がっていく水の先に、泉の辺り、周囲の森が段々と見えてくる。これは俺がよく知る、今俺の傍にあり――小さい頃にもよく訪れた、泉だ。業火に包まれる夢を見る際、いつも俺の体を癒やしてくれる水は、いつもの泉だったのかと少し驚きもあった。気付くと、俺に襲い掛かってくるような炎は消えており、泉の水に足を浸した俺の体は幼い頃のものになっている。周囲の木々がやけに背が高いように感じるのと、自分の小さな掌を見て、それを認識した。
「――――あなた、いつもここにいるのね」
俺に向けられたものだろう声に、顔を上げると、泉に膝くらいまで浸かっている俺の視線の先、同じくらいの背丈の人影が見える。子供のように見えるが、逆光を背に受けているその人影の顔が見えない。
「ねえ――この泉は好き?」
人影は俺に問いかけているのだろう。何か答えようと思うのだが、夢の中の自分の体はまるで自分のものではないように感覚が遠い。声が出ない。夢でこんな光景を見るのは初めてのような気がするが、どこか懐かしいようにも感じる。
「あなたがこの泉の傍でいつも笑ってくれるのが、私はとても――――」
俺は小さな頃――よくこうして、目の前にいる人物と話をしていたような――――
「――はぁっっ! また、この夢か……」
気がつくと、いつものベッドの上にいた。全身は水に浸かっていたようにびっしょりだ。全身が硬直していたのか、腕なんかも痺れて感覚がない。なんとなく、ラクスがいたような気がして自分の顔や額をぺたぺたと触るが、感じるのはざらつく肌と汗の感触だけだ。
ふと窓の外を見ると、早朝の薄暗さの中、ぽつんと泉があるのが見えた。なんとなく、ラクスがその辺りに立っているような気がしたが、誰もいない泉の水面が風で揺れているだけだ。
ラクスに俺の過去をぶち撒けて家から追い出したあの日から、もう何日が経ったか。あれから俺の言うとおりにしているのか、ラクスが姿を見せることはなかった。もう、村や山の様子も見ていない。魔物でも悪魔でも何でもいいが、そんなものが出ようと興味がない。保存用に買った干し肉をかじったり、ぼうっと何も考えずに釣り糸を垂らして獲った魚を食べるぐらいで、いつもいい加減にしていた仕事すらしていない。
ベッドから起き上がり、居間のテーブルの周りをぐるぐると歩き回ったり、ラクスに貸していた部屋の中を見たりするが、その姿はない。それも当たり前で、姿を見せるなと言ったのは俺自身だ。うろうろと何をするでもなく家の中を歩き回った後、またベッドに戻り腰を降ろす。
「アイツ……何してんだろうな」
自然と独り言が口から出た。朝、いつもの夢から覚めると何故かふとラクスの存在を感じてしまい、そんな無駄な動きを繰り返す毎日だった。
正直、村での一件とラクスの言動が妙だったのとで、感情に任せて家から追いやったが、今となっては何かが欠けたような手持ち無沙汰のような感覚がある。再び一人になったことに後悔があるわけではない。俺が言ったことは何も間違っていないと今でも思っている。一人で何にも干渉せず死んだように生きる、それは俺が望んだことのはずで最初からそう決めていたことだ。
「じゃあこの感覚は何なんだよ……」
胸の内が疼くような感覚に、また誰に向けてでもない言葉が漏れてしまう。感傷的になるなんて可愛らしいものじゃないが、どうにも落ち着かない。
「何だってんだよ――くそっ!!」
胸のわだかまりをぶつけるように、座っていたベッドの上の枕をむんずと掴み、壁に向けて叩きつけるように投げる。壁にぶつかると共に枕の中の羽毛がぶわっと部屋中に散らばるのを見て、我に返った。
「――あっ、やっちまった……くっそ調子狂うな――――うん? 何だ……?」
枕をダメにしたことより片付けるのが面倒だなと思い、ベッドの上、枕があった所に手をついた時、そこにあった
俺の家にこんな物があったのは見たこともないし、ましてや枕の下だ。ずっと気付かなかった俺の不精さ加減にも呆れるが、そこにあったのは手の中にすっぽりと収まりそうな大きさの一つの結晶だった。水のように澄んだ色の結晶。
「何だこりゃ――まさか、ラクスが……?」
見覚えのない結晶を見て、まさかラクスが何かしていったのかと思いそんなことを呟いてしまったが、不用心にもヒョイと手に取ると、俺が掴んだことに反応するかのように、結晶が淡く光りだした。
次第に強まるその光で部屋の中が包まれていく。
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