第17話 別れ

「おかしいとは思ってた。どう見ても怪しいからな。ラクスお前――どこまで・・・・知ってんだ」

「どこまで……って何ですか?」

「しらばっくれんなよ。俺が今の今まで何してたか、全部知ってるみたいに言ってたじゃねえか」

「しらばっくれるなんて……すいません、私にもよく分からないですが……バドラックさんが何か辛そうだったし、村の方から戻ってきたみたいだったし……」

「よく分からねえ、か。お前はそればっかだな」


 村での一件で感情を乱されたせいか、感情の赴くまま、ラクスに俺の疑心をそのままにぶつけた。当の本人は、俺が何で怒っているのか分からないという顔をしているが、その表情がまた俺の感情を逆なでる。


「知らねえ、ってのを貫くならいいけどよ。じゃあ何だ? さっき言ってたいいことをした・・・・・・・ってのは? 俺がどんないいことをしてきたんだ?」

「詳しくは分からないですけど……村の人達を助けて来たんですよね? その姿――戦った後みたいですし……また魔物が出たんですよね?」

「これのことか」


 ラクスがおずおずと指差す先は俺の胸元あたりだったが、自分ではすっかり忘れていたが、俺の粗末な服は血まみれになっていた。魔物の返り血だろう。血まみれの俺の姿を見て、村で魔物と戦ったと考えたと言っているのか。以前にラクスを襲っていた魔物をぶっ殺した後の姿とそう変わらないので、言っていることは筋が通っている。しかし、確かな理由はないが違和感が拭えない。


「ラクス、お前がそう思ったのは分かった。だが村の奴らと揉めたことを何でお前が知ってんだ? 俺は何も言ってねえぞ」

「村の方と揉めたんですか? 私にもそれは分からなかったですけど……」

気にすんな・・・・・って言ったのは何なんだ? 何かあったことが分かってたみたいじゃねえか」


 自分で口にして違和感の正体がそれであることに気付いた。魔物と戦ったことは俺の今の姿を見れば分かるだろう。しかしいかに俺の表情が曇っていたとは言え、村の連中とのことは分かるはずがない。開口一番にラクスが気にかけたのが、その点だったというのもある。


「それは……なんとなく、としか……」

「ふん、都合が悪いところは『分からない』になるんだな」

「で、でも! バドラックさんも言っていましたけど、また魔物から村を救ったんですよね? それって凄いいい事じゃないですか! 村の方々と何があったかは分からないですけど、気を落とさないで下さいよ!」

いい事・・・、だと……?」


 詰め寄る俺の言葉から逃れるため話を変えたように俺の目には映ったが、それ以上に何度も口にするラクスの言葉に引っ掛かった。


「何か変なことを言いましたか、私……?」

「何度も何度も言いやがるけどな、さっき俺が村の連中に何て言われたか分かるか?」

「何でしょう……?」

「村の若い奴に言わせりゃな、俺が最初っから村で魔物を倒してりゃ誰も死ななかった、だとよ。わざわざ山から降りて助けに行ってそんなこと言われるんだから世話ねえよ」


 泉のほとりの家、その扉の前で俺とラクスはやり取りを続けていた。曇り掛かってきた空は本格的にどんよりと暗い色を帯び、俺の頬に雨がぽつりと一粒落ちてくる。


「それは……その方もきっと混乱していただけですよ。前にもバドラックさんが兵士だった時の話を聞きましたけど、助けた人にそんな風に言われるのは辛いですよね。でも今回のその方も、きっと本心ではバドラックさんに感謝していると思います……」

「そうか。だが、そんなことどうでもいい」

「え? と、言いますと……?」

「どうでもいいんだ。前にお前にした話もな、ありゃ嘘だ」

「嘘……?」


 ラクスと話すうちに、感情が行くべき方向を見失ったかのように、一体何を話しているのか、何を話したいのかも分からなくなってきた。最初は妙なことを口走るラクスを糾弾してやろうと思ったが、それももうどうでもいい。戦いから足を洗ったはずの俺が、何の因果かまた戦いの中に身を投じてしまい、その結果捨て去ったはずの過去や感情が今の俺の頭の中を支配している、ということだ。自分にしか向けられない炎のような感情が、胸の内で爆発を起こしたように燃え上がる。


「助けた奴らに罵倒されたり石を投げられたり、っていうのは本当だけどな。今回だって同じだ。別に気にしちゃいない。だが、それが理由で戦うのを辞めたってのは嘘だ。そう説明した方が早いと思ったから、そう言っただけだ」

「で、でも……前に昔の話をしてくれた時は、戦う理由が欲しかったって……誰かを助けるとかそういう、いい事をしてるって思いたかったって……そう言ってたじゃないですか。その話をしてくれてる時、バドラックさんが嘘を言っていたとは思えません……」


 心の中で目の前のどこの馬の骨かも分からない奴と、こんな話をするのを今すぐに辞めろと言う別の自分がいるような感覚があったが、どうにも口が止まらない。誰かを殴りつけてやりたいような気分で、目の前の何も知らない奴に感情をぶつけてやりたい、という気持ちがあるだけだ。


「まあ全部が全部、嘘って訳でもねえな。理由がそれ・・だ、ってのは嘘だ。俺が戦うのを辞めたのはな――いい事をしてる奴・・・・・・・・・って顔して生きることができねえと思ったからだ。戦い続ける限り、こんなクソ野郎の俺でも、偽りのいい奴・・・を続けなきゃなんねえからな」

「そんな、偽りだなんて……人助けはいい事じゃないですか……」

「俺がいつ人助けのために戦ってた、なんて言った? 言っておくがな、俺が兵士だった時にした最後の仕事は――――虐殺だ。誰に命じられた訳でもねえ。俺が、俺のためにそうしようと考えて、一つの城を、街を、人を、焼いて回ったんだ。これが人助けなワケがねえだろ?」


 俺の言葉に、ラクスも何と声をかけていいか分からないようで、口をつぐんだ。そんな様子にも構わず、俺は言葉を続ける。


「ついでに言うとな、前に話した時、戦いの中で死んだ奴がいたとも言ったが、ありゃ俺の親友だった奴のことだ。アイツはな、勇敢に戦って死んだワケでも何でもねえ。俺が仕掛けた無茶な突撃、乱戦の中で、敵の矢にかかって死んだ」

「そんな……」

「つまり、俺はな――いい事をしてる奴の顔をしながら自分のために人を殺し、その虐殺まがいの戦いの中で唯一の親友を死なせた――ただのクズ野郎だ。ただのクズだったらまだいいが、人殺しのクズだ。救いようがねえ。お人好しのアイツはな、死の間際まで俺に笑いかけてきやがったよ。俺が殺したも同然なのに、だ」


 再び言葉を失うラクス。無駄なことを話してしまったという思いもあるが、それでも俺の口から自然と垂れ流れるような過去は止まることは知らない。


「俺の名前――バドラック、ってのはな。偽名だ。軍を逃げ出した俺を捕まえようとする奴から隠れるため、って理由もあるが……この名前はな、メチャクチャな戦いの中で親友だった副官のアイツも、多くの兵士も、何人も何人も死んでいった後、恥ずかしげもなく国に帰ってきた俺に対する皮肉の渾名あだなだ。『酷い戦いの中、生き残ったアイツは悪運バッド・ラックが強い』だと。どいつもこいつもそんなことを言って笑ってやがったよ。悪運なんかじゃねえ。不運を運んでくる疫病神だってな。分かっただろ――俺は、そういう奴だ」

「…………で、でもっ! バドラックさんがどんな過去を持っていても、今回人助けをしたことには変わらないじゃない――」

「やめろ」

「……え?」

「もうやめろって言ってんだ、ラクス。お前は毎度毎度、『大丈夫』だとかそんなことを言って――何のつもりか知らねえが俺に何かさせようとするがな、そういうのはいい加減ウゼ・・えんだ。今回のことでよく分かった。思い出したよ。もう俺は人と、誰とも関わるべきじゃねえ、ってことがな」


 ラクスが何かを言いかけたが、どうせいつもと同じような事を言うだけだろうと思い、言葉を遮った。俺の強い口調に、言いかけた言葉も途中で、ラクスは再び俯いたようにして黙る。水滴が額を叩き、いよいよ雨が降り始めてきたことに気付く。


「……お前もな、なんだか妙ちくりんな奴だから面白えと思って家に居させといたがよ、もう俺に関わってくんな。こんな雨が降ってきた時に何だがよ、お前は泉の精霊なんだろ? 別に家に入んなくてもいいだろ。泉に住み着くことは構わねえが、もう俺の前に姿を見せるな」

「あの――その、私……」

「別にもう責めてるワケじゃねえ。ただ、もう何もかもがどうでも良くなったんだ。村の一件もあるし、ここに住むのも潮時かも知れねえしな」

「バドラックさん……その、私はバドラックさんと……」

「もう話すことはねえ」


 まだ何か話すことがあるという素振りをみせたラクスだったが、強引に話を切る。もう何もかもが面倒臭くなっていたし、最初気になったラクスが何を知っているのか、という点にも興味が失せていた。俺の聞く耳を持たないという態度にラクスも気付いたのか、それ以上の言葉はなく、ゆっくりと俺から視線を外し、黙って泉の方へと歩いていく。


 泉のふち、そこまで歩いていったラクスは、一度ちらりと振り返って俺の方を見ると、再び前を向いた時には音もなく姿を消した。しとしとと降っている雨の中に溶けていくような光景だった。

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