第16話 違和感

「これで村の中は全部見たはずだ」

「魔物はいねえな、さっきの魔物が最後のやつだったのか」


 若者達に襲いかかっていた奴を倒した後、フェルムのおやっさんと二人で村中を駆け回り、ひとまず村に他の魔物がいないことの確認が終わった。結果的に村に出た魔物は全部で四体、どれも巨大な熊の姿をした同じ魔物だった。村の中を見て回る中、魔物の手にかかったのだろう地面に伏した村の人間を何人も見た。多くがすでに絶命していたが、あのレベルの魔物に襲われて、戦えるものがほとんどいない中での被害だとしたら、マシな方だろう。村が壊滅していた可能性も大いにある。


「ひとまず俺の店に戻ろう。この村の村長も、丁度魔物が襲ってきた時近くにいたから俺の店で匿ったんだ。他の村のもんの安否も確認せにゃならん」

「分かったよ、俺は――」

「状況が状況だ。バドラック、お前も顔を出せ」

「……仕方ねえか」


 村にもう魔物がいないことを確認した後、早々に立ち去ろうとしたのだが、おやっさんに止められた。流石に村の中で暴れた後に、そのまま帰るわけにいかないかと思い諦めた。



「フェルムさん、無事だったか! すまなかった、儂は建物の中に隠れていることしかできんかった……」

「村長、そう言わんでくれ。アンタは村のもんに心配させないようにしてくれてたんだろ? 幸い、魔物も全て倒すことができた」


 おやっさんと二人で店に戻ると、建物の中には村長らしき老人と、結構な数の村の人間がいた。俺が駆け付けた時に魔物に武器を向けていたおやっさんだったが、あんな混乱の中でこれ程の数の人間を守っていたのは大したものだ。


「魔物を倒したと? フェルムさん、貴方が全て倒したということか?」

「いいや違う……こっちの奴――村長は話したことがないかも知れんが、俺の顔見知りでな。今はこの近くの山の方で木こりをやっているが、腕が立つ。こいつが魔物を倒してくれた」

「おお、それは……何と礼を言ったら……」


 村長とおやっさんが話す中、俺に声をかけられたが、何となくばつが悪く顔を背けていた。魔物を倒したのは事実だが、別に村を守ろうという思いからの行動じゃない。素直に謝礼を受ける気にならなかったからだ。


「バドラック、お前も何か喋らんか」

「いや、俺は――とにかく、魔物は倒したんだ。俺はもう戻ってもいいだろ?」

「他の場所にいる村の者も心配だ。せめてその確認が終わるまで居てくれ」

「そうじゃな、すぐに確認に回ろう」


 顔を出したんだからもういいだろうと思ったが、おやっさんの言葉でなし崩しというように帰るタイミングを失った。先導する村長とおやっさんに付いていくように他の奴らもぞろぞろと村の中心へと向かっていく。俺もその少し後ろを付いていくしかなかった。

 開けた場所に集まった村の人間たちは村長の指示に従い、それぞれに村の様子を見て回ることになった。安全が確保されたことを聞いてか、方々から新たに人が集まってくる。小さい村とは言え、結構な人数だ。


「そうか……そっちはダメじゃったか……これで全てか? なんてことだ……この村に魔物が出るなんて」

「村長、気を落とさんでくれ。あれは危険な魔物だ。言い方は悪いが、無事な者がいるだけ良かったと思おう」

「そうか……そうじゃな……」


 村長の所に集まってきた者の中には、魔物にやられたもののまだ息があった怪我人もいた。さっき俺が倒した魔物と対峙していた若者達も合流してきたようだ。さっき顔を合わせたからか、俺に気取られないようにしているようだが、視線を感じる。若者達からだけではなく、多くの人間が見慣れない俺を怪訝に思っているような感じだ。酷く居心地が悪い。


「……おい、おやっさん。もういいだろ? 俺は戻るぞ」

「あ、ああ。バドラックか……そうだな、あとはこっちで何とかなるだろう」

「そうか、じゃあ俺はこれで――――」

「お、おい! アンタ!」


 正直、さっさとこの場を離れたかったのでおやっさんに一言声をかけて山道の方へと向かおうとした俺に、後ろから声がかかる。振り返って声の方を見ると、俺が助けた若者達の一人、魔物に襲われている時に錯乱していた奴が声をかけてきたようだった。自然と村の人間の視線が、俺とそいつに集まる。


「……何だ?」

「あ、アンタ…………アンタ何なんだよ!? さっきの魔物も何なんだ!? あんな恐ろしい魔物を倒せるなんて――それも、一撃で粉々ミンチにしやがった!! 何なんだよアンタ!!」

「あ、何だって?」


 さっき見た時は混乱してマトモに喋れなかったようだったが、安全が確認されたことで恐怖心が甦ってきたのか、視点が定まらないような目で俺に叫んでくる。その恐怖の表情は、まるで俺のことを魔物と勘違いしているかのようだ。横にいた同じ歳くらいの若者の静止にも構わず、俺に声を投げかけてくる。


「お、おい。やめろって――」

「うるさい!! うるさいんだよ――だっておかしいだろう!! 何人も……何人もやられたんだぞ!! その魔物を平然と殺して、今も何事もなかったような顔してやがる!! アンタ、何なんだよ!! 話を聞きゃ木こりだって? 嘘をつけよ、そんなこと信じられるか……あの魔物をたった一人で、当たり前のように殺したんだぞ!? まるでアイツの方が化け物・・・みたいだ!! それに……そんなに強いんだったら何ですぐに魔物と戦わなかったんだ!!」


 村の中に響く怒号のような声。恐怖に怒りが混ざったようなその声の調子に、俺は何を言い返してやればいいのか分からず口を閉じていた。その表情にも、どこか既視感のようなものを感じる。


「何とか言えよ!! アンタ、本当は兵隊か戦士なんだろう!? 何ですぐに助けてくれなかったんだよ、いっぱい死んだんだぞ!! 人が……いっぱい死んだんだぞ!!」

「……だから魔物は倒しただろうが」

「魔物を倒した? だからいいだろ、ってか? アンタが最初から村にいりゃあ誰も死ななくて済んだかも知れないじゃないか!! 死んだ奴らのこととか……どう思ってんだよ!?」

「……どうもこうもねえだろうが」

「何だと……?」

「おい、もうやめろ!! この人は俺達を助けてくれたんだぞ!!」


 叫び続ける若い男と、それを止めようとする男、それと俺の声だけで、周りの人間は何も喋ろうとしない。身内を魔物にやられたからか、誰もが俯き、一部の人間は若い男の叫び声に同調するように、また俺に怪訝な視線を向ける。言ってることが無茶苦茶だと思う人間もいれば、若い男と同じようなことを思っている奴もいるのだろう。


「ちっ、何だってんだよ……やっぱり来るんじゃなかったな……」

「おい、待てよ!! 話はまだ終わってねえ――」

「やめろって、お前もどうかしてるぞ!!」


 話にならないと思い、改めて山道の方に向かって歩き出す。俺に食ってかかろうという勢いの男は、周りの人間に止められていたようなので放っておいた。

 村の人間達の視線が背中に刺さるようだったが、足早にその場を去った。魔物の襲撃を受けた後すぐだったこともあり、混乱も承知の上だし大して気にもしなかったが、縋り付くようなその声や視線が単純に不快だった。助けてやったと恩を着せるつもりは毛頭ないが、どいつもこいつも相も変らず妙な目を向けてきやがる。


「おいバドラック、待ってくれ――お前が怒る気持ちも分かるが、あやつも混乱してるんだ――」

「分かってるよ、んなこと。すまねえが、おやっさん。ちょっと喋る気にならねえんだ、俺は戻るぜ」


 一人帰路を急ぐ俺におやっさんの声がかかったが、口にした通り誰かと話す気になれず、その声を振り払うようにして先を急いだ。おやっさんもこっちの気を汲んでくれたのか、それ以上何か声をかけてくることもなかった。予想もしなかった状況に、再び魔物が出たことの異常性なんかにも気にすることができず、面倒なことになったという考えで頭が一杯だ。眉間に皺を寄せたまま、ずんずんと山を登っていくと、すぐに見慣れた泉が見えてきた。その辺りに立つ人影も。


「ラクスか……」

「バドラックさん……? また何か私……その顔、どうかしたんですか?」


 急に姿を消したラクスを見ても、もはや驚く気にもなれない。家の方へと向かおうとする俺に、ラクスがぱたぱたと駆け寄ってくる。


「あの、バドラックさん……その……どうかしましたか?」

「あ? どうもしねえよ」

「だってその顔……」

「顔がどうしたってんだよ、いつもと変わんねえだろうが。それに、どっちにしろお前にゃ関係ねえ」


 俺の足を止めようと話しかけてくるラクスだったが、今は誰とも喋らずふて寝でもしようと、俺の腕を軽く掴んだラクスの手を振りほどく。俺が視線も合わせようとしなかったからか、ラクスの表情が少し変わった。


「その……あまり気にしない方がいいですよ。バドラックさんはいい事をしたんですから」

「だから関係ねえって――――お前今、何だって?」


 俺に歩調を合わせながら声をかけてきたラクスを無視して家に入ろうと思ったが、その言葉が気になり足を止めてしまった。


「その……村の方と何かあったんですよね? それは気にしない方が……」

「そうじゃねえ。ラクスお前、『いい事をした』とか『村で何かあった』とか、何で知ってんだ?」

「そ、それは……その……」


 違和感を口にした所で、さっき俺に何かあったことが何故ラクスに分かるんだ、という考えが頭に浮かんだ。酷い顔をしていたんだろう、何かあったことは分かるにしても、その内容が具体的すぎる。姿を消していたはずのラクスに分かるはずがない。俺の言葉に今度はラクスが口ごもった。


 少しの間の沈黙。振り返った俺の視界には、まだ昼過ぎほどの時分だが、暗い雲に日が遮られていく空が見えた。

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