第15話 応戦
「お、おおおおおおおおじさん、ちょっとはやすぎぎいいいいい――」
「黙ってろ、舌噛むぞ」
疾走する俺の背中の上で、子供が騒いでいるが相手をしている暇はない。振り落とさないように気をつけて走っているが、村の様子も気になる。なるべく早く下山しようと道を外れ、木々の隙間を縫うように走る――と言うよりも、最短距離を取るように崖という崖を飛び降りていく。走っているというより
「見えてきたな――――と、気を失ってるのか。無理もないか、村を魔物に襲われたんだ。恐怖で意識が飛んだんだろう」
木々の奥――眼下に村が見えてきた。静けさに包まれた山を駆け下りていく先の方から、村の住民のものと思える声が聞こえる。叫び声のような声と共に――荒ぶる魔物の声も。
「くそっ、昨日まで魔物の気配なんて全くなかったってのによ。一度、おやっさんの所に行くか」
ここまで来ると流石に早く魔物を倒さなければと、はやる気持ちも湧いてくるが、フェルムのおやっさんの安否が気になる。それに子供を連れているため、もし無事なら預けた方がこっちも動きやすい。山道から村に入っていく道まで出て、その先のすぐの所にある鍛冶屋が見えてきた。
「――おやっさん、無事か!」
「バドラックか! よく来てくれた……」
「話してる場合じゃなさそうだな、おやっさんは下がってろ!」
「おいバドラック――これを使え」
「…………あんがとよ」
鍛冶屋まで駆けていくと、店の前でおやっさんが武器を手に魔物を牽制していた。元々腕っぷしも強く、昔は戦士として魔物と戦っていたおやっさんなのでなんとか凌いでいるようだったが、耐えるので精一杯だったのか傷を負っているようだ。そのおやっさんが手にしていた戦斧を俺の方に放ってくる。戦うために斧を手にするのは本当に久しぶりだと思い、一度は捨てたそれを手にすることに抵抗はあったが、今はそんなことを考えている余裕はない。おやっさんの武器と交換するように背負っていた子供を降ろし、身の丈ほどの戦斧を構える。
おやっさんと睨み合っていた二体の熊のような魔物、もう一体の同じ魔物がその奥で村の人間を踏みつけているのが見えた。一体であってもただの兵士じゃ相手にならないような魔物が、視界に入るだけでも三体。何が起こっているんだ、という思いもある。
「悪いがゆっくり相手してる暇もなさそうだからな――おらあああああっ!!」
「おっ、おいバドラック! ここで全力を出したら――――」
二体の魔物に向かって飛び込み、手前の魔物を戦斧のかち上げで吹き飛ばす。斧を振り上げたまま奥の個体に飛びかかり、その勢いのまま微動だにしない魔物を
「うおおおおおおお――――おおおおい!! バドラァァァァァァッッック!! 人の話を聞かんかああああああっ!!」
「悪いおやっさん、後でな!」
俺が地面を砕いたのと同時に発生した風圧で、後方にいたおやっさんが吹き飛び、地面をごろごろと転がりながら叫んできた。久々に武器らしい武器を扱ったので力加減が分からず、しまったという思いがあったが、そこは流石おやっさんというところか、俺が降ろした子供はちゃんと守っていたようだ。地面に転がりながら怒声をあげるおやっさんの腕の中にちゃんと収まっているのが見えた。
手にした戦斧をちらりと見ると、俺の一撃にもビクともしていない。しっかりと仕立てられた斧は、前に俺が捨ててしまったものと比べると質は劣るが、一級品だろう。おやっさんが言うようにここは村の中なので気をつけなければならないが、多少荒く扱っても問題なさそうだ。
「グオオオオオオオオオオッッ!!」
「あともう一体か……そっちから来てくれるんなら好都合だぜ」
俺が魔物を仕留めた一撃の轟音に、残った一体の魔物がこちらの存在に気付き、叫び声を上げながら迫ってきた。野生の熊のような動きだがその突進には重量感による圧がある。宙を切るように戦斧をひと振りして手応えを確かめると、魔物を待ち構えるように構えた。
「ゴアアッッ――」
「おらあ!!」
咆哮を上げながら飛びかかった魔物を、縦に振り上げた一撃で両断した。断末魔も残さないままに、俺の両後ろの地面に躯となった魔物の体がずしんと音を立てて沈む。
「ひとまずこれで全部か……?」
「バドラック! やったのか!?」
「おう、おやっさん。さっきは悪かったな。あの子供は――」
「近所の人間を俺の店でかくまってたんだ、そこにいる連中に預けてきた」
視界に入る魔物を全て倒した後、おやっさんが俺の方に駆けてきた。保護していたはずの女の子は店にいる村の奴らに預けたということで、その代わりにこれもちゃんとした作りの槍を手にしていた。
「槍……? 魔物はこれだけじゃないのか?」
「恐らく、まだ何体かいるはずだ。騒ぎは村の奥の方から聞こえてきた。魔物にやられた村の人間の中にも、まだ息がある奴がいるかも知れん。俺もいくぞ」
「大丈夫かよ?」
「年寄り扱いするな、自分の身くらいは守れる」
「元気なおっさんだな――まあ急ぐぞ」
ここからだと魔物の姿は見えないが、フェルムのおやっさんと二人で村の奥へと急ぎ足で進んでいく。途中、魔物に襲われたのだろう地面に伏している何人かの村の人間を見たが、息のある者はいなかった。力を持った魔物があの数で押し寄せてきたのに、これくらいの被害だとしたら不幸中の幸いだろうとも思ったが、地面に転がって動かない村の人間を見ると心にくるものがある。中には材木の卸しの時に見た奴もいた。
「村の他の連中はどうしてるんだ? 魔物にやられた奴は少ないようだが」
「魔物がやってきたのが朝だったこともあってな、まだ家の中にいる者も多かったようだ。恐らく皆、家の戸を固く閉めて隠れているんだろう。運悪く外にいた者たちは……魔物の手にかかってしまったようだが」
「そうか、ならいいが……しかし妙だな。あの魔物、こんな村の建物くらい平気でぶっ壊すくらいの力を持っていたように思うぜ?」
「そうだな、俺も時間稼ぎくらいのつもりで武器を持ったからな……確かに妙だった。奴ら魔物のくせに、目に入った人間を襲うくらいで、俺にも牽制してくるくらいのもんだった。本気でかかられたら、ひとたまりもなかったろうに」
「ふうん……」
急ぎ足で村の中を進みながら、フェルムのおやっさんと魔物に襲われた村の様子を話す。少し引っかかるくらいの調子で話したが、どう考えてもおかしい。おやっさんから聞いた魔物の動きもそうだし、ここ最近は俺も注意深く山の様子を見ていた。そんな気配も一切なく、魔物が村に押し寄せるなんてことは、今までの俺が知っている中では、ほとんどなかったはずだ。
「う、うわあああああっ!! くっ、くるなああああああっ!!」
「――おい、バドラック」
「おお。急ぐぞ、おやっさん」
進んでいる先、未だ魔物の姿は見えないが、恐怖の色をはらんだ人間の叫び声が聞こえた。二人してその声の方へと駆け出す。
「ガアアッッ!!」
「やべえ、おやっさん――先に行くぞ!」
「ああ、頼んだ!」
声のする方にと道を折れた先、一体の魔物に槍を向ける男、その周りで腰を抜かしたように地面に座り込んでしまっている男が二人、他にも別の人間が倒れている。今まさに襲いかからんとしている魔物を見て、おやっさんを置いて前にと突き進む。
「おらあああああっ!! こっちだ!!」
「グオッ!?」
俺の叫び声に魔物の方もこちらに注意を向けたが、全力疾走の勢いで繰り出した戦斧で、魔物を一撃のもとに叩き伏せる。急に横から飛び込んできた俺の姿に唖然とする者、顔を手で覆い魔物が倒されたことに気づかない者、とそれぞれの反応があった。
「ひいいいいいっっ!! 来るな、来るなあっっ!!」
「おい、もう魔物は倒したぞ」
「あ、アンタは……?」
「バドラック、魔物は一体だけか?」
「ここにいた奴は一体だけだったな。おい、他に魔物は出てるのか?」
「まっ、魔物? 分からねえ……分からねえよ」
周辺には何人もの人間が倒れていた。生き残りだったのだろう村の三人の若者は、いずれも恐怖のせいで動揺が引かないからか、話が中々通じない。村に魔物がまだいるかも知れないし、悠長なこともしていられない。
「おやっさん、どうする?」
「すぐに他の場所も見て回りたいが……お前ら、怪我はないか?」
「フェ、フェルムさん……この人はフェルムさんのお知り合いなんですか?」
「そうだ、こいつと魔物を倒して回ってる。大きな怪我もないんなら、ここはお前らに任せて他の場所も見たいんだが、どうだ?」
「は、はい。大丈夫です。行って下さい。すいません、もう死ぬかと思って……混乱してしまっていて……」
「分かった、バドラック――次に行くぞ」
「倒すのは俺なんだけどな……まあいいや」
ようやく冷静さを取り戻しつつある若者たちを残し、次の場所へと俺達は駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます