第20話 招かれざる客
「…………何だ?」
異質な空間は、塗料が段々と剥がれていくように、周囲のあちこちで光の粒が落ちていく。空間が崩れ始める時、違和感があった。話を終わろうとしていたラクスが言葉を最後まで告げなかったことに、何かこの空間が意図せず壊れたような感覚を得たからだ。
「やれやれ……随分と強力な魔法ですね――まあ、それも納得ですが。どうもバドラック様――急な訪問、ご容赦下さい」
「テメエは……」
ラクスが魔法で作ったという空間が崩れ去り、俺の部屋の家具やベッドが見えてくると共に、見覚えのある人物が視界に入ってきた。忘れることも難しいだろう怪しい風貌――フードをすっぽりと被り顔が見えないようにしている男、メフィルという名の人物がそこにいた。
「こんなところで何してやがる。遊びに来たようには見えねえし、強力な魔法――とか言ったか?」
「ええ、そうです。バドラック様にお伝えすることがあり、こちらまで参ったのですが、どうにも強力な魔法の気配があったので、勝手ながら家にあがった次第です。いやあ驚きましたね、私もこんな
「あ? 誰がテメエみたいな怪しい奴に話すかよ――――というより、お前……何かしたのか?」
「ふふ。相変わらずの物言いですね。何かしたか、と言われましても。そうですね、壊しました」
「……壊した?」
「ええ。先程の魔法の空間を、です」
メフィルはいつも――と言っても数回しか顔を合わせたことはないが、その時の雰囲気とは全く違う喋り方をする。歯に衣着せぬ物言いというか、何も隠す必要がないという様子だ。その態度と
「どういう意味だ?」
「どうもこうも――何をしていたかは知りませんが……やれやれ、魔法で
「さっきから何を言ってやがるんだテメエは。少しは分かる言葉を使え――とか言いたいところだが、
「いや何、ここの泉に力を持った悪魔がいたもんですから、こちらで
急に現れては勝手に話を進めるメフィルに内心腹が立っていたが、それ以上に口にしたその言葉に意識を持っていかれた。
「……ラクスのことを言ってんのか?」
「おや、お知り合いでしたか。不思議な話ですねえ、
「んなことはどうでもいいんだよ、テメエ何勝手なことをぬかしてやがる。
「何か問題でも?」
「
「悪魔ですよ?」
「……んなことは知らねえよ。アイツは俺の――隣人だ。テメエが勝手にちょっかい出していい道理はねえだろうが」
「悪魔が!! 隣人!! ふっふふふふふふふふふふ、面白いですねえバドラック様は!! 俄然アナタに興味が出てきましたよ!!」
話を続ける間、始終薄ら笑いを浮かべたままだったメフィルは、俺の言葉に反応して気味の悪い笑い声を上げた。真偽は分からないが、ラクスを捕まえたと言う目の前の男に対する苛立ちに、その耳障りな声が拍車をかける。
「テメエの興味なんざ知らねえよ、気持ち
「どこにと言われても、現在建造中の――もうそろそろ出来上がりますが、我々の砦にいますよ。話があると言われましても、ふふふ、今のあの悪魔に
「……何だと?」
「あの悪魔――と言うのも何ですが、悪魔と言うには程遠く
フードの奥からこちらを伺う視線、その視線の下に張り付いた薄ら笑いは変わらないが、魔法なんてものには
「悪魔を媒体に、水源を……?」
「ええ。珍しい話ではないでしょう――ご存知ないですか? 都の水源などは、精霊――というよりはその元となる感情体を集めたものを媒体として確保していることが多いと聞きます。全く、人間の
「何?」
メフィルの含みのある言い方に思わず反応してしまったが、問題はラクスの方だ。魔法のことなんかは知らないが、見知らぬ領主が建てる砦なんぞのためにいいように使われる、なんて納得いくワケがない。メフィルの言い草からも、ラクスが無事なのかどうかすら怪しい。
「本日、バドラック様の元に参りましたのも、実を言いますと
「んな勝手なことばっかり言われて、はいさようなら――――なんてワケにはいかねえだろうがコラアアアアアァァ!!」
腹の立つ薄笑いにいい加減耐えかね、メフィルの顔面目掛けて叩き込んだ――はずの拳が、空を切った。すんでの所でメフィルが急に姿を消したのだ。予想していたはずの手応えが得られなかったことに驚き家の中を見回すが、その姿はない。
「ふふふ、危ないですねえ。まだ話しておきたいこともありましたが、落ち着いて話ができるような感じでもないですから……これにて退散させていただきます」
「おい、テメエ!! 待ちやがれ!! どこにいやがる!? ラクスを返しやがれ!!」
「ふふ……まるで自分のもののように言いなさる。それでは、またお会いできることを――都の英雄、
「何だと!?」
姿を消したまま捨て台詞を残して、メフィルが去っていった気配を感じる。自分の事を魔術師だと名乗っていたことを思い出し、これも魔法によるものなのかと思うが、反面そんなことはどうでもいいという感情もある。ラクスのことも気になるが、メフィルが最後に残していった言葉――あれは、明らかに俺の素性を知った上での言葉だ。
「どうなってやがる。俺が国軍にいたことを知る奴なんて――まさか……」
一人残された静かな部屋の中で、最初に頭に浮かんだのはフェルムのおやっさんの顔だった。俺がこの生まれ故郷に移り住んでから、俺のことをマトモに知るのはおやっさんだけのはずだ。他の村の奴らなんて、俺のことすら知らないか、一人で山に住んでる得体の知れない奴、くらいの認識だろう。最後にラクスにその話をしたので、砦で捕まっているラクスが教えたのかも知れないが、何となくそっちの方が考え辛かった。
「おやっさんが俺を
本当ならすぐにでも山の上の砦に行って、あの薄ら笑いをぶん殴ってやりたい気持ちがあったが、こうなると何が起こっているのかも含め、まずはおやっさんの所に行って問いただしたい。すぐに家を出ようとしかけた所で、俺自身手ぶらであることに気付く。
「そういえばラクスの奴が……何か言ってたな」
白い空間の中でラクスが俺に言った言葉――『贈り物』という言葉を思い出した。そう言われた時にすぐに思いつくものがあったので、このタイミングで改めて思い出したのだが、それを確認してから家を出ようと、ラクスに貸し与えていた部屋に入った。
誰もいない部屋、ラクスが使っていたベッドの下をかがんで見てみると、子供が物を隠す時のように何の工夫もなく、ラクスが置いていったものがあった。身の丈ほどの
「やっぱりか……あの野郎、勝手な真似ばっかりしやがって――これは?」
見慣れた自分の斧の横に、絹のような生地の包みを見つけた。戦斧と同じくらいの大きさの包みに、なんとなくその中身が何であるかを察したが、中を
「ふざけやがって……こんなモンを置いていって黙って勝手にいなくなるなんざ――許さねえぞラクス……」
メフィルの言葉に、ラクスの安否を心配する気持ちが湧き上がってくるが、口からは真逆の言葉が独りでに出てきた。包みを背負い、紐で体に括り付けると、ラクスが置いていった戦斧を肩に担いで家を出る。
まだ太陽が頭上高くにある日差しの下、麓の村に繋がる山道を急ぎ足で降っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます