第19話 別れの祈り
光に包まれた俺の部屋の中は、まるでさっきまでとは全く別の白い空間の中にいるように、周り全てが白で満たされた。急なことに立ち上がったのだが、俺がさっきまで座っていたベッドや家具などが、その白に塗りつぶされたように存在を消す。不思議とその光の中は眩しいわけでもなく、俺が手に持った結晶だけがきらきらと光り、俺以外は全てのっぺりとした白に塗りつぶされたかのようだ。
空間が完全に白に塗りつぶされるまで、俺は微動だにすることができなかった。明らかに異質な光景なので普段なら警戒しようものだが、その白の中にいるのはまるで夢の中で水に満たされた時のような心地よさが同時にあったからだ。全てが白になったその後、周囲に生まれた光の粒が俺の目の前に集まってくる。その光は次第に、人の形を作り出していった。
「――えっ、え〜〜〜と――こほん。これを聞いているということは、私が置いていった水晶は見つかってしまったみたいですね。えへへっ――黙って枕の下に置いてしまってすいません!」
「……ラクスなのか? お前今まで何してたんだ!?」
人の形を象った光は見覚えのある形状になったと思えば、そこから慣れ親しんだ声――ラクスの声が聞こえてきた。光の集合体のようなものがラクスの形を作っているだけで、顔も分からないが目の前の声がここ最近――うっとおしい程によく聞いた声と同じだと分かる。
「きっとバドラックさんは怒っているでしょうね……勝手なことばかりしてすいません」
「おい、俺の声が聞こえないのか!? ラクス!!」
「でもこれには理由――と言っても私個人的なものですが……理由があるので聞いて欲しいです」
俺は光に向かって話しかけるが、向こうは自分の話を続けるだけで、俺の声が聞こえている様子はない。
「あっ、そうそう最初に説明しておきますと、これは私の魔法で作り出した空間です。ふふ〜ん、すごいでしょう!! 伝言を残すだけの魔法なんですけどね――とそんなことはさておき、話をさせてもらいます」
ラクスらしき人影は、自身のことを魔法だと説明してきた。伝言を残す魔法とは何だ、という気持ちはあるが、俺自身魔法のことは門外漢もいいところなので触れずにいた――もっとも、問い正した所でラクスの形をした光からは返事はないだろう。
「話と言っても……謝ることだけなんですが、バドラックさんにそのぉ……謝らなきゃいけないことがそのぉ……二つあります」
淡々と話を続けるラクスは、今目の前に本物のラクスがいるように、もじもじとした仕草を加えながらぽつりぽつりと俺に喋りかける。俺ももう何を言ってもラクス本人に伝わらないことを察し、黙ってそれを聞いていた。
「一つ目なんですが……その、私はバドラックさんの気持ちを知っていたんです。正確に言うと、心情の変化が直接私に伝わってくるんです――と言って伝わりますかね?」
「は? なんだそりゃ」
「最後にバドラックさんに怒られちゃった時、本当は何が起きたのか知っていました。この場所に村の人なんかが来ると私の存在が消えてしまうのは本当のことなんですが、バドラックさんが恐らく村に行っていた時、私は泉の中に沈んでいるような意識の中で、バドラックさんが何をしようとして、何に対して不快に思って、どんな気持ちでここに帰って来ているかが伝わってきたんです。だから――バドラックさんに何で私が知らないはずのことまで知っているのか聞かれた時、分からないって言っちゃったのは嘘です……ごめんなさい!!」
「……なんだそりゃ、だったらその時に言えよ……」
ラクスの話は理解に苦しむものだったが、嘘偽りないような語り口に納得してしまった。言葉が伝わらないことは分かりつつも、そんなことを独りごちてしまう。分かっていたことだが、目の前のラクスの形をした光の像からは何の反応もない。
「――きっと、バドラックさんは『だったらその時に言えよ』とか言うような気がしますが……勝手に自分の気持ちを知られてるって分かったら、それはそれで怒るような気がしたので、黙っていました……ごめんなさい!! でも私がわざとそうした訳じゃないんです!! バドラックさんと、その……私とは、あの泉を通じて意識が繋がっているようで――と言っても、私の方に一方的に伝わってくるだけなんですけど――その、私が意識的にやっていることではない、ってことだけは分かって欲しくて……」
「意識が繋がっている……? 全然分からねえな。俺の考えがだだ漏れだったってことか?」
ラクスの言うことを鵜呑みにするのも何だと思ったが、本当のことを言っているのであればそれこそ気分のいいものではない。自分の考えが知らずのうちに他人に漏れていたということだ。それに、泉を通じて意識が繋がっている、という点も意味が分からなかった。あの泉に何かよく分からない力が宿っていて、その影響だということか。
「一点目は、そういうことです……どうもすいませんでした。あともう一つあるんですが――この水晶のことです。これは私の魔法の力で作ったと言いましたが……家に初めて住まわせてもらった日に……勝手にバドラックさんの枕の下に置きました」
「……最初の日に?」
「言い訳じゃない――いや、言い訳ですかね……この水晶は別に変なものじゃないんです。バドラックさんに何か悪さをしよう、ってものじゃ――あ、でもバドラックさんからしたら『悪さ』に思えるかもしれませんね……そうだったらすいません」
謝ることが二つあると言ったラクスは、その二つ目の話に入ってからより口ごもるようになった。ラクスがこの家に住んでいる間、といえばそこそこの期間があったはずだが、その間ずっと気づかなかった俺の鈍感さにも改めて少し呆れる。
「その私の魔法のことなんですが――この水晶は、相手の夢に干渉する魔法を込めてあります。具体的に言うと、夢の中でバドラックさんの記憶を掘り起こすようにして、その記憶の中のバドラックさんを少しでも癒やせるように、というような魔法を込めました」
「記憶を掘り起こす? ……癒やす? ワケ分かんねえな。何でそんなことを……?」
ラクスの話はどんどんと意味の分からない方向に移っていった。ここ最近の夢見の変化に、ラクスの存在を薄っすらと感じないワケでもない。話を聞いて合点がいった部分もあったが、俺の知る限りそんな何の意味があるかも分からない魔法は存在しなかったし、何のためにそんなことをしたのかという単純な疑問もある。
「なんとなく、『何でそんなことを?』とバドラックさんが言ったような気がします……」
「……ラクス、お前本当は俺の声聞こえてるんじゃねえのか?」
「その……私がそんなことをしたのは、最初に話したことに関係があります。バドラックさんが初めて家に入れてくれた日、雨の日で、私は泉の傍に立っていたと思います」
「――あの時のことか」
「その時、私はバドラックさんがいつも夢で過去を見て……それで、それにとても苦しんでいることを知りました……それで、その時降っていた雨を見て、お願いをしていたんです。この雨が、雨水が流れ込んで循環する泉の水が、バドラックさんを少しでも癒やしてくれたら、って……そうしていたらいつの間にか、この水晶が手の中にありました。何でしょう、無意識に魔法を使っていたんでしょうかね――って、そんなことはどうでもいいですね」
掴みどころのないラクスの話だったが、静かに聞き入ってしまった。
「でも夢の中で――過去を掘り返すようにしたのは、私の意思です。バドラックさんが記憶に固く蓋をしていた過去の出来事――それに触れずに、私も蓋を開けずに、見ないフリをすることもできたと思います。でも……バドラックさんが過去を想って苦しんでいるのと同じくらい、忘れてしまった過去を思い出せないことを辛く思っているのが伝わってきました。だから……その過去に正面から向き合って――辛いとは思いますけど、大事に想っていたものを取り戻してもらいたいな、って。それで感じた辛さ――痛みの一部を、少しでも私が肩代わりできたらって……そう思って、そうしました。勝手な話ですよね……」
「待て、全然分からねえ。もう少し分かるように――」
「これが私が謝らなきゃいけないこと、です。全部言い訳みたいになっちゃいますけど、何か悪さをしようとした訳ではないことだけ、分かってもらえたら嬉しいです。そのお詫びではないんですが――私のために用意してもらったベッドの下に、バドラックさんに贈り物を置いていきます。これも差し出がましい真似をした、と思われるかも知れませんが……大事なものだと思いますので……」
ラクスの話は正直半分くらいしか理解が追いつかなかった。語られた内容には曖昧な部分が多かったし、ちゃんとわかったのは最近の夢の変化がラクスの影響によるもの、という部分くらいだ。こっちの声が聞こえないのだから仕方ないかも知れないが、勝手に話をまとめようとするラクスを見て焦りを感じた。俺自身、こんな一方的な別れに納得がいっていない。それに、ラクスの方もまだ何か、大事なことを言ってないような雰囲気を感じる。
「おい待て、ラクス――」
「それでは最後に――こんな形の別れとなってしまうことが心残りですが……勝手ながら、バドラックさんはもうきっと大丈夫だと思います! 願わくば、バドラックさんがまた――――」
話が終わろうとするその直前、パキンという何かが割れるような音と共に、目の前に現実が戻ってきた。
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