第22話 本当の目的

 何から話せばいいのか分からなかったが、とにかく全てを話そうと思った。前におやっさんには話したラクスの話から――俺が魔物を警戒して山や村の周りを探索していたこと、そうするようにラクスが勧めてきたこと、村での騒動の後で言い争いのようになって決別してしまったこと、そんなことを話した。それと、領主のバカ息子が部下を連れて――連れられて俺の家に来たこと、砦の様子を伺った時にあの怪しい男――メフィルと遭遇したこと、その男がラクスを攫ったことをわざわざまた俺の家にまで来て告げたこと。これまであった全てを、洗いざらいおやっさんに話した。


 おやっさんの反応には意外にも驚きはなく、俺の話を静かに聞いていた。俺の話は自分で喋っておいてなんだが、少し非現実的なことも多かった。流石におやっさんは肝が座っているなという思いと、俺の話に疑うような表情を一つもしない信頼のようなものを感じ、がらにもなく内心嬉しく思っていた。


 俺の話が一段落したところで、おやっさんはようやく口を開く。


「バドラック、お前さんの話はちと理解に苦しむが、嘘は言っていないんだな?」

「ああ。全て、本当のことだ」

「そのメフィルという男、それがお前さんの敵か」

「ああ。そうだ」


 ふうむ、と言うように顎を撫でながらおやっさんが一呼吸置いた。おやっさんの方も大分体が傷んでいるはずなのに、そんなことは表情にも出さず、俺の話を真剣に咀嚼そしゃくしてくれているように見える。


「バドラック――お前さんは気付いているのか?」

「何をだ?」

「お前さんの目的は、その敵――メフィルという奴を倒すことだけか?」

「……そうだ」

「違うだろう」

「……何が言いてえんだ? おやっさん。はっきり言えよ」


 嫌味はないが含みのある言い方をおやっさんがする。俺自身、おやっさんの怪我を心配する気持ちもあるし、早く砦に乗り込んであのフード野郎を殴り飛ばしたい焦燥感とで、もっと分かりやすく喋ってくれと思う。


「気付いていないかも知れんが――いやそう思いたくないだけかも知れんが、お前さんが気を揉んでるのは、そのラクスという女のことだ」

「ラクス? ああ……まあ、あの野郎に捕まってるし、俺も――まだ話さなきゃなんねえこともあるし、一応気にしてはいるが。別にあいつのために戦うワケじゃねえ。もののついでに助けてやろう、ってだけだ――」

「なんだ、よく喋るじゃねえか」

「……んだよ、その言い方は」


 俺の言葉を端折はしおるように合いの手を入れてくるおやっさんは、脇腹あたりをさすりながら、何だかニヤニヤと笑っていて気味が悪い。


「別に何だということはない――ただ、嬉しいのさ」

「あ? 何だそりゃ」

「お前さんに、大事に想う相手・・・・・・・ができたってことに、だ」


 まるで青い話に喜ぶ好々爺こうこうやのような表情で俺のことを見てくる。食えないジジイだと毎度のように思うが、今日は比にならないくらい厄介だ。俺のことを見透かしてくるような目に、思わず顔を逸らしてしまう。


「なあ、バドラック。村に魔物が出たとき、お前さんが村を助けに来てくれたこと、俺は本当に嬉しかったんだ。村を危機から救ってくれたことだけじゃない。お前さんがまた、人のために戦うことを選んでくれたことが、俺にとっちゃ嬉しかった」

「そりゃ助けを求められりゃ、誰だってそうするだろ。それに別に大したことはしてねえ……」

「そんなことはない。特に……助けられた者にとってはな。もう覚えているか分からんが、お前さんと初めて会った時――国境付近にあった俺の故郷に西方の国が攻め込んできた時のことだ。あの時、俺達は故郷を捨てるかどうかの瀬戸際だった。敵は強大で、駐屯兵じゃ太刀打ち出来ないのは目に見えていたからな。援軍として中央から来ていた一団の中に、西国の脅威なんぞ全く気にならないような様子で、呑気に俺の店で武器を探しているお前さんと会った」


 おやっさんの話は急に変わり、なぜか昔話を始めた。このタイミングで何故という気持ちはあるが、しっかりと俺の目を見ておやっさんが話してくるので、俺はそれを見返す事しかできない。


「……随分昔の話をするんだな。なんだってこんな時に」

「いいから黙って聞け。あん時俺ぁ、正直度肝どぎもを抜かれたよ。店に来たお前を見て国軍の兵だとすぐに分かったが、何て言ってたか――『この店にあるデケえ斧を全部くれ』だったか? そんな馬鹿みたいなことを言う奴が来て、俺の故郷もいよいよ終わりだと思ったよ」

「そりゃあ、おやっさんが打ってくれたやつを使い出す前は、武器っつー武器はすぐ壊れちまってたからよ――」

「だが蓋を開けてみりゃどうだ。援軍が来た次の日の、たったの一戦で西方からの敵軍は壊滅してそのまま逃げ帰ってったんだからよ」


 俺の言葉を意図的に無視して続くおやっさんの言葉は、怪我はどうしたと言いたくなるように熱を帯びる。


「あれは……大したことない奴等だったしな」

「何言ってやがる、五万の大軍だぞ? しかも話を聞けば、猪みてえな猛将とその軍勢が敵の戦列を一直線に本陣までぶち破って敵の大将を討ちとったって言うじゃねえか。あの時はその馬鹿みてえな話に思わず笑っちまったよ」

「おい、一体何なんだ。今は昔の話でジジイに褒められてる場合じゃ――」

「バドラック、聞いてくれ。あの時――お前さんが俺の故郷を、街を救ってくれた時から、お前さんはずっと俺の英雄ヒーローなんだ。そして俺はあの時からずっと、お前さんの熱狂者ファンだ」

「……ちっ、何なんだよ。んな歯の浮くような台詞セリフ、言ったことねえだろ」


 何故かこんなタイミングで俺をべた褒めするおやっさんが何が言いたいのか分からない。何度もそんな話をしてる場合じゃないと言う俺を止めてくるので、頭でも打ったんじゃないかと思ってしまう。


「今だから――お前さんが前を向いている今だからこそ、言いたかったんだ」

「……前?」

「お前さんとはあれからの付き合いだが、いくさで快勝した時も、何が嫌なことがあった時も、いつだって不満そうな顔をしていた。友を――ソルを失った後など、今にも死にそうな顔をしていて見ていられんかった」


 突然ソルの名前が出たので、思わず口をつぐんでしまった。思えば、おやっさんがその事に触れたことは今までなかったか。俺を気遣ってのことだったのか、それは分からないが。


「何があったのかは――本当の所は俺には分からん。だがバドラック、今のお前さんの顔はそうじゃない。俺が今まで見た事のない、本当の戦士の顔だと……きっとそうだと思う。敵を倒そうってだけじゃなく、自分が本当に大事・・・・・だと思うものを守ろうと――必死な顔・・・・だ」


 大事なもの、という部分を強調したような言葉。しつこく俺のことばかりを喋るおやっさんのその言葉に、自分の中にも素直に納得してしまうような気持ちがあることには気付いていた。


「バドラック、お前さんをそんな気持ちにさせてくれるような者に、お前さんが出会えたことに、俺は嬉しいんだ。俺では駄目だった。お前さんを深い沼の底から引き上げてやる事はできなかった」

「そんなことはねえ。おやっさんには世話になりっぱなしだ」

「そう言ってくれると有り難いがな。確かにお前さんは世話が焼ける。だがお前さんが助けに行こうという女――ラクスを死なせちゃなんねえ。お前さんに必要な人間・・・・・だ。間違いない」


 おやっさんの話に聞き入りながら、ラクスのことを『人間』だと言ったことに驚いた。そしてその言葉に胸を打たれた。


 思えば何だか自分に言い訳ばかりをしていた気がする。ラクスが何かを隠しているだろうとか、俺を騙そうとする悪魔なんだろうとか、他人と関わりを持たないと決めただろうとか、そんなどうでもいいことばかりを考えて気持ちに距離を置いていたような。

 考えてみればはなから俺は、人間だろうが精霊だろうが――悪魔だろうが、どうでもいい。ラクスは俺に色々なことをしてくれたが、俺はそれを煙たがるような態度ばかりをしていた。大事なものを守るために戦うことを、夜寝て朝起きることを、食事を楽しむことを、そして大切な過去を思い出すことを教えてくれた――アイツに対して。

 当たり前なこともあるが、そんな当たり前のことすら俺一人ではしようと思わかなっただろう。ソルのこと――大切な親友のことも思い出すことはなかっただろう。その一点だけでも、感謝してもしきれない。俺はアイツに、礼の一言を伝えることもしていない。


 俺は顔を合わせてそれを言うために、それとアイツが俺に何を言おうとしたのかを聞くために、絶対にラクスを助けなければならない。いや、それすらも最早どうでもいい。俺はアイツとただ――――また、一緒に話がしたい。


 おやっさんの言葉でようやく自覚することができた。ラクスは――アイツは、俺にとって大事な――人間・・だ。


「……参ったよ、おやっさんには」

「ようやく降参したか。お前さんも本当に強情だな」

「しつけえからだろうが。だが、すまねえ。助かった。俺はまた、大事なことを忘れたことにする所だった」

「はっ、そういう時は礼を言うもんだ」

「ああ…………ありがとう」


 俺の言葉に満足したのか、おやっさんがすっくと立ち上がる。傷の痛みはとうにどこかに行ったのか、向けられた笑みに俺も思わず笑い返す。俺は本当に、教えられてばっかりだ。


「……行くんだろ?」

「ああ」

「敵は、強えぞ?」

「問題ねえ」


 言いたいことを全て言った後はあっさりしたものだった。おやっさんの俺を送り出すような言葉、表情には心配するような様子は全くない。


「バドラック――――絶対に勝てよ」

「……誰に言ってやがる。当たり前だろ」

「ははっ! いいぞ。それも、お前さんだ」


 そう言っておやっさんは、俺の背中をバンバンと叩く。その勢いに押し出されるようにして、俺は手に持った戦斧を肩に担ぎ直し、店を飛び出した。

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