第23話 突進

 村から飛び出した俺は、山の麓をぐるっと半周回るように村から伸びる街道を駆けていった。以前見た砦の位置からして、獣道を進んでいくより街道を進んだ方が早い。何より、奇襲のようなことはしたくなく、正面突破をしたかったからだ。それほどまでに自分が怒りを感じていることに、少し驚きもした。


 街道を駆け、その先に見つけた恐らく砦の方に繋がっているのだろう山道を進んでいる間、何故か領主が動かしている軍の兵らしき人間は一切見なかった。以前見た砦の建造には、兵や人夫がかなりの数関わっていたようなので、ここまで進む間それらに一切出くわさないことに違和感を覚える。俺に喧嘩を売ってきた男――メフィルの様子からして、俺が砦に攻め込んでくるだろうことは認識しているだろうし、領地拡大を目的に造ったばかりの砦を放り出して軍を動かしているとも思えない。となると、恐らく領主の軍隊は、砦内に固まっているんだろう。


「ちと面倒だが――肩慣らしにはちょうどいい」


 正面からぶつかると相当数の軍と対峙しなければならないことに多少の面倒臭さを感じたが、武器を取って戦うのも久しぶりだ。ついこの間魔物と戦ったばかりとは言え、多勢を相手取るのはそれとはワケが違う。こっちは少数――というか、一人なのでチンタラ戦って囲まれでもしたら厄介だ。やるなら一気に――向こうの士気がなくなるまで叩きのめす。徹底的に、だ。


 進む山道の奥、砦のものらしき門が見えた。それと、その門の周りに展開する一群も。砦の入り口の周囲は山を切り開いたらしく、広い空間の中に敵を待ち構えるように軍が陣形を組んで布陣している。その内の一部、眼下の道から駆けてくる俺の姿を視認した兵達が騒ぎ始める。

 そんなことに構うことなく、俺は真っ直ぐ砦の門目掛けて全力で走っていった。



***



 俺の名前はジョンと言う。


 地方領主ではあるがこの辺りの地域ではかなりの力を持ったグライス伯の軍、ブラム・グライス様直属の軍兵だ。軍の中では中堅より少し下、というくらいだろう。一兵卒として軍に入ったものの、今では百ほどの数の隊を任されるようになっている。


 領地から離れこの土地に来てさほどの時は経っていないが、周辺地域の地方領主同士の小競り合いに終止符を打つべく、重要な拠点としての意味を持つこの山の砦の建造に参加することになり、ついにこの間その建造が終わったばかりだ。砦の建造中、周囲に知られれば他の領主達が軍を送ってくることは分かっていたので、大急ぎで工事を進めてきた。


 今、俺の配下の兵達を含め、砦の兵力の半数以上――ほとんど主力とも言えるそれを砦の防御のために展開させているのは、今朝ブラム様の側近であるメフィル様からの指令が下ったからだ。砦の防御という命令に、ついにどこからの領主がこの拠点を攻めようと動き出したのかという緊張感と、すでに砦の建造が完了しているという安堵感が同時にやってきたが、驚いたのはメフィル様が口にした、その対峙する相手についてだ。

 隊列を組んで指令を待っていた俺達の耳に入った内容は、敵がたった一人・・だということだった。


「――見えました!! こちらに一直線に進んできます!! 敵兵――――その……一人です!!」

「ホントに来たのか……一体何だって言うんだ……」


 砦から麓へと伸びる山道の奥、まだ大分距離があるが、一人の男が一直線にこちらに向かって来るのが見える。肩には巨大な戦斧を担いでいるその男は、伝えられた通り情報の通り、本当に一人だった。

 驚いたのは敵が一人だということだけではなく、迷いのない歩みでこちらに向かってくる敵がその名を国中に知らしめた悪運バッド・ラックの異名を持つ元正規軍の隊長だということもある。その功績は都だけではなく、遠く離れたこの田舎にまで伝わってきたほどだ。その元隊長が何故かは知らないが、単身でこの砦に攻め込んでくるという異常事態に、驚きより混乱の方が大きい。


「全隊――――戦闘準備!! 弓隊ぃ、構えぇぇええええーーー!!」

「――弓隊、構えっ!!」


 響き渡る指令に意識が引き戻され、全隊を率いる隊長の声に呼応するように、自分の隊にも戦闘の構えを取るように呼びかけた。後方に布陣する部隊が槍を構え、その前方で敵を待つ自分達の隊、その横に並ぶ弓隊が矢を弓につがえ、引き絞る。千という数を超える弓兵達が矢を放つその瞬間を待つが、それらが狙うのはたった一人の人間だという異質な状況に思わず変な笑いがこみ上げてきそうになった。


 こちらの部隊が完全に戦闘の構えを取ったことなど意に介さないように、前方の男はゆっくりとこちらに向かってくる。


「――放てぇぇええええええーーー!!」

「放てっ!!」


 部隊の長の声に応じて次々と矢が放たれ、千を超える矢が放物線を描き、雨のように男に降り注いでいくのが見えた。男の方は矢が放たれるのを見て取ってか、足を止め肩に担いでいた戦斧を構える。矢が男を捉えるかという瞬間、獣のような叫びと共に、戦斧の一閃が見えた。


「はあぁぁああああっ!!」


 まだ距離の離れた所にいるはずの男の声の圧。信じられないことに横薙ぎに振られた戦斧によるものなのか、その風圧により全ての矢が弾き返され、ぱらぱらと地面に堕ちた。遅れてこちらに届く――恐らく斧の一閃によって生じた突風に、思わず目を閉じてしまった。


 矢の雨を無効化したことを視認した男は、止めていた足を再び前に進め始める。


「ば、化け物か…………」

「噂通りだ……あれは、我々に不運を届ける悪魔だ…………」


 周囲の兵たちがざわつく言葉通り、こちらに向かってくる男の姿は悪魔か化け物のように見えた。その圧に反するように、まるで散歩をしているかのように悠然と向かってくる姿はりんとしているようにも見える。

 一騎当千と呼ばれる――所謂英雄えいゆうという者がいることは知っていたが、実際にそれを目の当たりにし、しかもそれ・・と対峙することなど、恐らく皆初めての経験なんだろう。軍属の長い俺自身も初めてだ。自軍内の混乱、ざわめきは、まるで水面に起きた波紋のように広がっていく。


「――っ、静まれぇぇええいっ!!」


 混乱を収めようとしたのか、自軍の隊長の声――上ずった声が響き渡った。


「化け物みたいな敵だが、奴とて人間だっ!! 矢を受ければ血も流すし、心の臓にやいばを突き立てれば死にもするっ!! 恐れるな、兵共!! 我に続けっ!!」


 中央に布陣していた自軍の隊長は手に持った長剣を前方に差し向け、下がりに下がった士気をなんとかするべくげきを飛ばす。


「奴を討ち取れば我等こそが英雄だっ!! いくぞぉぉおおおおーーーっ!!」


 馬に乗った隊長は、騎兵隊を率いて男に向かって突撃していく。


「「「……お、おおおおーーーっ!!」」」


 その呼びかけに少し遅れるものの、周囲の歩兵たちも呼応し、戦列を組んだ兵達が隊長に遅れまいと駆け出していく。後方から我々の弓隊を追い抜いていく歩兵達は、なだらかな坂になっている砦の門前の戦場を駆け降りていく。


 その様子が――まるで時間がゆっくりと流れているかのように――目の前の馬鹿げた・・・・光景が俺の目に映った。

 まず初めに男に打ち掛かったのは、突出していた隊長率いる騎馬隊。


「都の国軍を出奔しゅっぽんした大罪人――その首、この私、ブラム・グライス様直属軍隊長、ハーグ・ダグラスが貰ったぁぁあああーー!!」


 馬上で長剣を振りかぶったダグラス隊長が男に突っ込んでいく。地方領主の私兵の軍とは言え、この地域での他領主との戦い、他国との戦線での戦いなどで、様々な功績を持つダグラス隊長だ。身内びいきする訳ではないが、我々の隊長もこの地の英雄えいゆうと言って差し支えはないだろう。

 目の前で化け物じみた力を見せつけられた後にも関わらず、その檄に応じて、歩兵達が男に打ち掛かろうと隊長の後に続くのも、ダグラス隊長の持つ力への信頼の現れだろう。後方で待機する兵達の眼差しも、期待に満ちた様子で男に打ち掛かる隊長に向けられている。


 迫る騎兵に応じるように、男の方も戦斧を手に駆け出した。

 隊長と、男とが、交錯する。


「――ぐわあああああああーーー!!」

「「「た、隊長ぉぉおおおーーー!!」」」


 男と交錯する瞬間、隊長と――それに続く騎兵達が馬ごと宙に舞い上がった。男が繰り出した戦斧の一閃で、ダグラス隊長直属の精鋭騎兵達がことごとく吹き飛ばされたのだ。宙を舞う隊長の叫びに、周囲の兵達も驚愕の叫びを上げる。


「くそっ、隊長に続けっ!! 全員でかかるんだ、何としてでも抑えろっ!!」

「「「お、おおぉぉおおおーーー!!」」」


 騎兵隊に続いていた歩兵の一群から、その長からのものだと思える檄が上がり、歩兵達も駆ける勢いのままに、男に打ち掛かっていく。


「「「ひぇぇぇえええええーーー!!」」」


 正面から男に向かっていた歩兵達が宙に舞い上がる。


「「「ぎぃあぁぁああああーーー!!」」」


 左方面から横をつこうとしていた一群が吹き飛ぶ。


「「「もげえぇぇええええーーー!!」」」


 男を待ち構えていた重装歩兵の部隊が――――。


 数千の兵の突撃に臆すことなく駆けてくる男は、手に持った巨大な戦斧のそのひと振りひと振りで、各部隊を簡単にあしらっていく。距離のあるこの場所から見るその光景は、まるで荒野を駆ける猛牛の群れが土煙を上げて進んでいるようなものだった。土煙のように、兵達が次々と舞い上がるので、そんな妙な錯覚を覚えてしまった。


「お、おい……こっちに来るぞ……」

「殺される……」

「あんな化け物、相手にできるかよ……」


 前方の兵達の叫び声が段々と大きくなるにつれ、門の前に展開する我々の中からも再びざわめきが起き始める。その足が止まるどころか、どんどんと速度を上げる男の突進を見て、弓を構えることも忘れ、ただその光景を見ていることしかできない。皆あっけに取られているのだろう。後方の部隊に退却のめいが出ることもない。


 歩兵達をちぎり飛ばしながら突き進んでくる男が門にたどり着くのは、そう時間がかからなかった。轟音と共に、砦の門が戦斧により叩き壊されるのを、門の右方に布陣していた俺は口を開けながら見送った・・・・

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