第24話 鉄塊と戦斧

「とりあえず砦に入ったが……まさか軍を配備して待ち構えてやがるとはな……」


 砦の門の前の軍勢を蹴散らしたそのままに門の中に突入したものの、内部は思ったよりも規模が大きいらしく、開けた空と、本拠に見える城塞のような大きな建物が視界の奥にある。俺と対峙した軍は砦の本拠となる要塞を囲う、高さのある石壁の外周に配置されていたようだ。


 とにかく憎き相手――メフィルが待っているであろう砦の中央を目指してがむしゃらに突っ込んだものの、まるで俺を待ち構えるように防衛の準備をしていた軍隊を見て少し面を食らった。幸いなことに力を持つ兵がいなかったので突入はあっさりとしたものだったが、俺を待ち構えるための準備にしては明らかにやりすぎだ。一個人に対して軍を配備するなど、聞いたこともない。


「追手はないな…………何でだ?」


 俺が破壊した外門――後方をちらりと見るが、敵兵達が俺を追ってくることはなかった。とにかく前にと一直線に進んだので、幾らか蹴散らしたとは言え壁の外にはまだ半数以上の兵が残っているはずだ。それらが砦に侵入した俺を追ってこないことに違和感を感じたが、追ってこないのなら幸いと前進することにした。


「砦の外には雑魚・・しか居なかったが、この先はちと気をつけねえとな……」


 砦の外周はがっちりと固めていたのに対して、門をぶち破って中に入ったこの場所には敵兵が控えていなかった。こうなると、砦の外側に配備した戦力、それとは別に本拠に戦力を残しているんだろう。あの一群の中に、フェルムのおやっさんを襲ったという鎧の男・・・の姿も見えなかったこともある。


 先程までわあわあとやかましかった外とはうって変わり、物音のあまりしない砦内を進む。恐らく本拠地で待ちかまえている兵共のものと思える緊張感のある話し声のような音が聞こえた方向、奥の区画との間の石壁に囲まれた狭い道を進む。


「きっ、貴様っ!! 止まれえっ!!」

「……来やがったか」


 案の定というように、前方の道の先に、大盾を構え重装備で身を包んだ兵が道を阻んだ。ただでさえ狭い道なのにそこに密集する兵が、この湾曲した道の奥にどれだけいるか分からない。しかし、これも装備を固めただけの大した事ない奴らだと見て取れたので、警戒心は捨て置いて単純に戦斧を構えて突っ込んだ。


「――――どけえっっ!! 邪魔だっ!!」

「「「ぎぃやあああああーーー!!」」」


 斧を振り切って構えた盾ごと俺を阻む兵達を吹き飛ばすが、如何せん人数が多い。進んでは戦斧を振り抜いては吹き飛ばし、更に進んではまた斧を振り、と繰り返す。まるで殴ってくれと言うように盾を構えているので、自分が今敵と戦っているのか、山で木を切り倒しているのか、よく分からなくなってきた。


「おらおらおらああああっ!!」

「――ひっ、ひいいぃぃっ!! 駄目だ、こいつは化け物・・・だ……! に、逃げろぉぉおおおっ!!」


 俺の愚直な前進で段々と敵兵達の陣形が崩れ、後方に控えていた連中は砦の奥の方へと壊走していった。砦の奥に逃げてどうするんだという気持ちもあるが、こんな所でもたついている場合ではないので助かる。見通しがよくなった道を、残党を蹴飛ばしながら駆けていく。


 狭い道から奥の区画に出る所で、開けた空間の奥に再び俺を待ち構える一群が見えた。


「――そ、そこまでだっ!! 貴様の悪運もここまでと知れっ――この、不運を運ぶ悪魔め……!!」

「あれが本拠地か……」


 槍を差し向けて構える歩兵達、矢を引き絞り俺に狙いを付ける弓兵達、その奥で失礼なことを叫んでくる――恐らくこの隊の将と思える男が見えた。それとその横に、全身を鎧で固めた男も。


「野郎――こんなとこにいやがったか」

「――弓隊っ!! 放てえええぇぇっ!!」


 鎧の男を見て、大目的はメフィルの野郎をぶっ飛ばすことだったが、おやっさんをやられた――死んではいないが、その恨みもある。あの野郎をここでぶっ倒しておこうと思ったが、その矢先に見るからに気弱そうな将が号令を上げた。俺が姿を現すのを待ち構えて矢で急襲するというのは拠点防衛の基本といえば基本だが、やるなら奇襲だ。正面から狙われても大して警戒するような気持ちも湧かないし、こんな矢をいくら射掛けられようが問題がない。


 愚策と思えるような敵の行動に、また戦斧の一閃で吹き飛ばしてやろうと構えを取るが、何か――見知ったような気配のような違和感を感じた。


 敵の将の号令に続き俺に降り注ぐ矢を、振り抜いた戦斧の衝撃で撃ち落とした後、動きを止めずに身をひるがえして横に跳んだ。


「なっ――――」


 気配を感じたのが俺を正面から待ち構える戦列からではなく、後方の俺の死角から・・・・・・・・・だったので反射的に動いたのだが、案の定というように俺がもといた場所の地面に二本の矢が勢いよく刺さる。その矢からは感覚的なものだが、物々しい雰囲気を感じる。


「毒か――どこかで見たような手を使ってきやがって……」

「こいつ、一体どうして……」


 恐らくは敵が俺一人だと知り、正面に待ち構える軍勢を囮のように使い、本命の毒矢で仕留めようとしたのだろうが、嫌な過去を思い出すような敵の動きに自然と怒りがこみ上げてくる。激高して砦に乗り込んだ自分をかえりみて、ソルの最後の時を思い出していなかったら、あるいは同じ目にあっていたかも知れないと思うと、何とも言えない気分にもなった。


 正面の将は面を食らってか動きを止めており、ちらりと後方を見ると俺を狙った弓兵が見えたので、足元にある石を拾ってそいつらに向かって全力でぶん投げる。


「ぶげええっ――」


 蛙が潰れる時のような声を出して弓兵共が沈むのを見届けると、改めて得物の戦斧を構え直し、前方の一隊を見据えた。


「テメエら、敵一人相手に毒矢で奇襲たあ、恥ずかしくねえのか? ――まあ、そんなことはどうでもいいが…………覚悟はできてんだろうな?」

「ひ、ひいいいぃぃっ!!」

「駄目です、相手は化け物ですっ!! 隊長――逃げましょうっ!!」

「馬鹿ものどもが!! て、敵前逃亡は死罪だぞっ!! そ、そうだ――アグロス様っ!! どうかそのお力で、あの反逆者を捻り潰して下さいっ!!」


 明らかに日和ひよっている将兵だったが、それらの言葉など聞こえていないかのように、全身鎧の男――アグロスという名で呼ばれていた男が前に進み出てきた。周囲の混乱に反して、悠然と動くその姿は、他の奴らとは異なる――何か妙な力を持っているような雰囲気も感じる。


「テメエか……テメエにはおやっさんの恨みがある。逃げねえで出てきてくれて、あんがとよ」

「よ、よ……ようやくか……まち、待ちくたびれたぞお、おま、お前……」

「……何だテメエ、マトモに話もできねえのか。他の連中よりは少しはやりそうだが……メフィルの野郎も大した・・・部下を持ってるもんだぜ」

「お、お前……強いんだろう。は、はは早く戦うぞ……ず、ずたずたにしてやる――」


 アグロスの妙な雰囲気な話し方に注意が向いたが、相手の持つ得物の異様さを見てすぐに意識が引き戻される。顔までもすっぽりと覆う重装甲の鎧もさることながら、剣――と言っていいのかも分からないが、巨大な鉄の塊のような両手持ちの武器を手にした姿は、異様の一言だった。理性があるようにも思えない喋り方と態度に、ただの戦闘狂かという思いもあったが、それ以上に、そんな野郎におやっさんが襲われたという怒りが改めて湧いてくる。


「かま、構えろ……す、すぐに死んでもらっては、ては詰まらないか、からな……」

「はっ、冗談だろ。馬鹿言ってねえでさっさとかかってこい。潰してやる・・・・・

「おも、おもおも面白い……では、こ、こちらから、いくぞ――――」


 舌足らずな割にお喋りな野郎だなと思っていた時、その愚鈍ぐどんな雰囲気とは異なる、異様な速度で俺に迫ってきた。


「す、すぐに死んでく、くくくくれるなよ――――」

「……うるせえ野郎だ」


 野生の獣のように襲い掛かってくるアグロスは、重量感のある鉄の塊を振り上げ、そして俺を叩き伏せるように振り降ろす。


 その動きを見てとり両手で持った戦斧を少し後方に逸らし、アグロスと交錯するその瞬間に、鉄の塊にぶちかますように思い切り振り上げた。


「なっ――――」


 俺が振り抜いた戦斧の軌跡、その少し後に響いたアグロスの重量感のある体が地面に沈む音、敵将が口を開けたままの言葉にならない声を残し、周囲は少しの静寂に包まれた。

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