第10話 フードの男

 ラクスが再び姿を消した泉の傍で、背中越しにかけられた声が薄気味悪く響く。


「ああ、一人だ・・・

「そうですか――――まあいいでしょう」

「それで、テメエは何者なにもんだ」


 振り返ると、深い色のローブを着て顔をフードですっぽりと隠すようにして立っている男がいた。俺の返事に、含みのあるような言葉を返してくる。

 見るからに怪しいなりをしているし、村でもこんな奴は見たことがない。男の後方に、別の男が二人いる。片方は派手な身なりをした金髪の男で、もう片方は全身を鎧で覆った大柄な男だ。顔も見えないので男かも分からないが。


「いやなに、先日こちらの土地に参った者です。我らが領主のグライス伯のめいにより、この山で砦の建造を始めるものでして、今日はその下見に」

「……そんな感じの話は前に聞いた。そんなお偉い・・・がこんな何もない所に何の用だ?」

「ですから、ただの下見ですよ」


 後ろにいる男、こんな辺境のクソ田舎に似つかわしくなく派手で身綺麗な格好をしているとは思ったが、男が言うグライス伯とやらの命を受けたという身分の高い人間なんだろう。自分達の素性を明かしたのに横柄な態度を変えない俺を見てなお、目の前のフードの男はそんなことは気にしないと言うように薄笑いを浮かべている。顔の上半分を隠しながら、口元だけで笑みを見せる様は、気味が悪い。


「なるほどな。テメエの後ろにいる金髪がそのナントカ・・・・伯って奴か?」

「いえ、あのお方はグライス伯のご子息、ブラム・グライス様にございます。しかし何というか――アナタはどうにも気が強くいらっしゃいますね。ブラム様も寛容な方ではございますが、ご本人の前では少し言葉を選んでいただけますと――」

わりいな、こういう性分なんだ。別にそのナントカ・・・・さんも俺なんかと話すこともないだろう」

「ふふ、それは確かに」


 フードの男は俺の言葉をのらりくらりと躱す。当のブラムという金髪の男は、こっちの会話には関心はないようで欠伸あくびをしながら周囲を興味なさげに眺めている。グライスという名は耳に覚えがある。確か、西の方を治めている領主だったか。話を聞くに、領主に命じられて来ただけのバカ息子だろう。戦略的に重要になるはずの拠点作りを部下に任せっぱなしの態度を見ても、それが分かる。ああいった手前はこれまでもよく目にした。


「それで、テメエは後ろで欠伸をしてる奴の部下ってワケか?」

「挨拶がまだでしたね、失礼をしました。私はブラム様の部下の魔術師、メフィルというものです。お名前をお伺いしても?」

「……バドラックだ」

「バドラック様ですね――重ねて失礼ですが、どこかでお会いしたことが?」

「……気のせいだろ。見ての通り、ただのしがない木こりだ」


 薄笑いのままじめっとした視線をこちらに向けてくるフードの男――メフィルの言葉に、内心ひやりとした。最初は俺の顔を見ても何も反応を示さなかったので油断していたが、下手したら俺の素性が割れている可能性がある。それ以上は何も言わなかったので、俺の気にし過ぎだろうか。


「ただの木こりとは――まあいいでしょう。今日はただの挨拶ですので。それにしても、美しい泉ですね」


 何か意味を含むような言葉を口にしたメフィルだったが、話を切って視線を泉に向けた。その視線に再びはっとなる。


「テメエらがここに来たのは、水が目的か?」

「はて、何のことでしょうか?」


 砦を建造すると言っていた。山に拠点を構えるなら水源を気にするのは当たり前だ。ここの泉を水源に使うのであれば、こいつ等がここに来たのは、ここに住む俺に立ち退くよう言いに来たのかと思った。メフィルの方はとぼけるような態度を見せたが、俺の言葉に少し反応を見せたようにも感じる。


「……砦を建てるのは勝手だが、俺は俺で勝手にやらせてもらうぜ。ここから出ていく気もねえ」

「やれやれ、気が早い方ですねえ。そう構えないで下さい。正直に言いますとここを水源に使おうと考えていたのは事実です。しかしこの泉を見て・・・・・・、少し考えも変わりました。あなたと事を構えるのも――骨が折れそうだ」


 俺の顔を見ながらニタリと笑うメフィル。含みのあるような喋り方しかできないのかと腹も立つが、目の前の男に未知数な力を感じたのも事実だ。俺がどこの誰かは確信していないようだが、俺の力を測ろうと見てくる所から、この男も実力者なんだろう。気味が悪いと感じていた雰囲気も、メフィルの持つ力がその気配となっているのかも知れない。後ろに控える領主のバカ息子――はどうでもいいが、横にいる鎧の男も俺から視線を切ることなく立っている。あれも相当な力を持っているように感じる。


「そういうことなので、そろそろ失礼します。また会うことがあれば――それにしても、本当に美しい泉だ」


 恭しく一礼をしたメフィルは、一言を残し俺に背を向けて後方で俺達のやり取りを待っていたような二人の方に歩いていった。その背中に、二度と顔を見せるなと言いたかったが、このまま大人しく諦めてくれるタイプの男にも見えない。

 三人が山を降りていく姿を見届けながら、面倒なことになりそうな予感に頭が痛くなってきた。


「クソ面倒くせえことになってきたな……そういや、ラクスはどこに消えやがった」

「え、何ですか?」

「うおっ」


 キョトンとした顔をしながら急に姿を現したラクスを見て、一層頭が痛くなる。


「どうかしましたか?」

「どうかしましたか? じゃねえよ、いきなり現れるなっつってんだろうが」

「あれ、私また消えてましたか?」

「ったく……」


 三人の男達が去っていった後すぐに姿を現したことを見る限り、前におやっさんが来た時と同じだ。何故かは分からないが、この泉の近くに俺以外の人間が来ることを条件に、ラクスは姿を消すのだろう。そうなると、やはり俺が例外なのが腑に落ちない。


「ラクス」

「はい?」

「お前、何か隠してないだろうな?」

「な、ななな何ですかそれ!? 隠すことなんて何もないですよ!! な、何でそう思ったんですか!?」


 何となく口にした言葉だったが、ラクスが異常な程の反応を示す。何かあるなとも思うが、自分が何を思ってそんなことを言ったのかも分からず、それ以上の言葉が出ない。

 何を話していいのかが分からず、所在なげに頭を掻くしかなかった。



***



 山道を三人の男が降っていく。

 先を歩くフードの男――メフィルと、その横に鎧の男が先行し、その後ろをやる気なさそうな顔をした派手な格好の男――ブラムが続く。


「おい、メフィル。私は疲れたぞ」

「ブラム様、申し訳ございません。しかし、これも父君から託された大事な仕事」

「そんなことは言われなくても分かっておる。こんな下らない下見なんぞ、貴様ら二人でやればいいと言うのだ。何で私のような高貴なものが山道を歩かねばならんのだ、靴が泥で汚れてしまったではないか――」


 後方からぶつくさ文句を言うブラムの声は、前の二人に向けたものではなく、ただの独り言となっていたのでメフィルも反応を返さない。


「…………メフィル様……さ、さっきの男……るか……?」


 後ろを歩くブラムに届かないような声で、鎧の男が辿々しくメフィルに話しかける。


「ふふ、アグロス――あの男のにあてられたか? そう焦るな。こういったことは順序良くやるのが醍醐味というものだ。メインディッシュは最後に食べるものだぞ」

「メ……メインディッシュ…………とは、何だ……?」

「はあ、お前の頭は戦うことしか詰まってないのか。大人しく待っていろ、ということだ」

「わ、わかった……アイツ……つ、つよ、つよいぞ…………た、楽しみだ」


 横を歩く会話が通じているのか分からない鎧の男――アグロスをちらりと見やり、メフィルは小さくため息を吐いた後、先程目にした泉を思い浮かべてニヤリと小さく笑った。

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