第12話 探索

 いつも歩く山道から外れ、普段は気にも留めない獣道を俺は歩いている。ラクスとのやり取りでまた面倒が降ってきたという思いもあるが、俺自身気になっていたのも事実だ。山歩きも全く苦ではないのは気候の良い土地だということもあるし、昔の経験が活きていることもあるのだろう。人に誇れる経験ではないが。


「しかし予想はしていたが、変な所はねえな……」


 山の様子を慎重に観察しながら歩いている中、思っていることが自然と口に出てしまう。ラクスを連れて歩くのも面倒なので、勿論一人だ。もう随分歩いたので深い所まで来ているはずだが、この前の熊のような魔物どころか、それ以外の魔物らしき痕跡も見当たらない。それもそのはずで、この辺りは元々魔物なんかが出る土地じゃない。そのせいで、地方領主達が小競り合いを続けているような場所なのだが。強力な魔物が出るような土地では日々しのぎを削っているのに、平和となると勝手に人間同士で争い合う。仕様もない話だ。


 無駄に一人で毒づいてしまったが、改めてちゃんと山の様子を見てみると、その異常さを実感する。ただ痕跡が見当たらないだけだったら、この前の魔物もどこかから紛れ込んだだけ――それも考え辛いが――とも思えるが、異常なのは痕跡が全くない・・・・・・・ことだ。


「ここまで全く痕跡が残ってないってのは、あり得るのか……?」


 今日俺は、前に小さな子供が魔物に襲われていた場所に一度向かい、その周辺を確認してから山に入った。当たり前の話だが、魔物が出た場所から痕跡を追った方が確実だからだ。しかし周辺に魔物の痕跡は一切見当たらず、その時点でうすうす気付いてはいたが、どれだけ見て回っても何も見つからなかった。全く見つからない・・・・・・・・という点が明らかにおかしい。


「突然魔物が湧いたとでも言うのかよ……」


 思わず口にしてしまったが、魔物が突然山道に出現したとしか思えない。そんな妙な考えが浮かぶほど、何もなかったのだ。通常そんなことはあり得ない。魔物とは言え行動パターンは野生動物とそう変わらない。歩いた跡や、食事の跡、縄張りを主張する痕跡などがあるはずなのだ。

 馬鹿な考えとは分かっているが、この異常な状況に魔物を使役する存在が頭に浮かんでしまった。


「ラクス、あいつが――いや、そっちの方があり得ねえ」


 悪魔が魔物を使役するという話は聞いていた。精霊と自称するものの、その存在が何者かが未だに分からないラクスが悪魔である可能性は十分にある。だが、短くない時間を共に過ごす内に、悪魔なんて大層な存在ではないことは分かっていた。俺の戦士だった時の経験――自分では無駄だと思っているものだが、その経験がそう言っている。自惚れるワケじゃないが、敵かどうかの判断がつかない程、自分の勘が鈍っているとも思わない。問題はそんな異常事態が周囲で起こっている、という点だが――


「あれは――――」


 思ったより山の奥まで入り込んでしまっていたのか、見慣れない随分と開けた場所に出た。眼下に麓まで見渡せるような景色が広がるが、村は大分後方に見える。今居る場所から山の頂上が目に入り、建造途中というような砦、そこから麓まで続く道がある。俺が知っている限りではそんな道がなかったはずなので、恐らくは砦の建造のために切り開いたのだろう。工事の様子からして、かなり大規模な砦を築くつもりなのかも知れない。


 砦自体も今まさに建造を進めているようで、山頂からは炊事か何かの煙が上がっており、山道には資材を運ぶ人足なんかも見える。


「……少し、様子を見ておくか」


 今日山に入ったのは魔物の探索が目的だったが、この前やって来た三人組も含め、砦の様子を知っておきたかった。本格的にこの山から立ち退けと通告を受けた時にどうするか判断するためでもある。別の土地から来たやつにどけと言われるのも腹が立つが、それに抗うのは西方の領主と事を構えることになるので非常に面倒だ。それ故に対策のしようもないが、先日のフードの男――メフィルのことも気になる。怪しげな雰囲気もそうだが、田舎の領主の下について満足するような奴とも思えない。


 更に奥へと進むと、砦周辺の様子が見えてきた。砦自体は山頂にあるので、下からその様子を見ることはできないが、その砦のすぐ下の開けた場所にもそこそこの規模の拠点を築いているようだった。遠目に見る限り、かなりの人数の兵や人足が集まっているのが分かる。


「もう少し近くで見てみるか――」

「これはこれはバドラック様、ごきげんよう」

「うおっ」


 何度目か分からない独り言に対して急に返事があったので、思わず声を上げてしまった。声をかけられた方を見ると、先日見たのと同じ姿でフードの男――メフィルが立っていた。突然姿を現す感覚に既視感を覚えたが、そんなことより俺が全く気配を感じなかったこと自体に驚いた。


「テメエ――何のつもりだ」

「何のつもりと言われても、こちらはご挨拶をしただけですが? ここらで砦の建造をしていると言ったではありませんか。むしろ、バドラック様こそ何でこんな所に? 木こりの方がいつも作業をされている場所を離れてこんな山奥にまで来るというのは考え辛いですね、ふふ」


 斧なんか勿論持っていない俺への当てつけというように喋りかけてくる。俺の方も丸腰だが、メフィルの方も同じだ。領主の子息の側近という奴が、あれだけいる兵を共に付けていないのもおかしいが、相手が言うように俺がここにいる方がよっぽどだろう。


「俺の家の近くで魔物が出たんだよ。村の近くでもな」

「ほう、それで山の様子を見ているという訳ですね」

「そういうこった」

「それは面妖な話ですね。この辺の地域では魔物はほとんど見ないと聞きましたが」

「……だから調べてんだよ」

「なるほど」


 魔物が出たという俺の言葉に、メフィルは驚いた様子もない。魔物が出たとしても何も問題ないという意思表示か。


「その魔物はバドラック様が倒されたのですか?」

「まあ、そうなるな」

「流石ですね、私の見込み通りです。何故バドラック様のような強者が山奥で木こりをしているのかと疑問でした。先日は話に出しませんでしたが、どうでしょう――ブラム様の部下になるというのは。バドラック様であれば、好条件で――」

「冗談だろ」

「冗談ではないのですが――断られてしまってはしかたないですね。残念です、本当に。残念。ふふ」

「残念そうには見えねえけどな」


 メフィルが俺を陣営に誘うなんて酔狂な話を出したが、こっちをからかっているようにしか思えない。第一、俺自身誰かの下で働くなんてことを今更するとも思えない。この土地に住み着いたのにも大した理由はないし、立ち退けと言われたらそれも一つかとここ最近は思い始めていた。


「それでは、私はこれで失礼します」

「お、おお」


 急にメフィルが現れたので思わず身構えてしまっていたが、世間話のようなものをしただけで、メフィルはさっさと砦の方に歩いていった。食えない男だと思う。表立って敵対するような態度は示さないものの、人を試すような態度が純粋に不快だ。

 砦の様子を少し見てから戻ろうと思ったのだが、メフィルとの会話でその気が削がれてしまった。これ以上観察を続けた所で得られるものはないだろうし、これまでのメフィルの態度を見る限り、建造中の砦からそこそこ離れている泉や村の方にも然程の興味もなさそうだ。


「……帰るか」


 一人残された俺は来た道を戻ることにした。山道を歩く中、再び魔物の痕跡がないかを注意深く見ながら進んだものの、家に着くまでの間、ついにそれを見つけることはなかった。


「あっ、バドさんお帰りなさい!!」

「おお」

「どうでした?」

「どうもこうもねえが……」


 家に戻ると泉の傍で何をするでもなく俺を待っていたようなラクスに声をかけられる。メフィルに会ったことは話さなかったものの、山に入ってから魔物の痕跡が全く見つからなかったことは伝えておいた。


「それは……一体どういうことでしょう!?」

「まあ、そうなるわな」


 目の前のラクスは何が起こっているのかは全く分かっていない様子だったが、説明するのも面倒だったのでそれ以上の説明はやめる。ひとまず今日は何もなかったから良いものとし、ラクスに言った手前、数日は様子を見ようと思った。

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