第32話 繋がる想い

 部屋中に溢れ出した光は、メフィルとの戦闘の最中さなかにラクスに語りかけられた時とも、俺の部屋でラクスが残した言葉を聞いた時のものとも異なるものだった。眩い光は俺の体から出ているようにも見えたし、ラクスの体からとも、合わせた手の中からとも見える。視界の全てがその光に奪われるが、それと同時にラクスと合わせた手の平から何か暖かいものが流れ込んでくるような、俺からも何かが流れ出ていくような感覚を得た。その流れと同期するように、色々な景色が脳裏を流れていく。


 何もかもが懐かしい景色、音、声。

 その光の中、俺は全てを思い出していた。


 幼い頃の俺――まだ故郷も存在し、平和な顔をしている自分の姿が見える。歳の近い村の子ども達と共に野山や森の中を駆けて遊んでいるだけで過ぎていく日々の中、俺には友達や家族にも言っていない秘密があった。森の奥へと抜けていった先にある開けた場所、そこにある水の澄んだ美しい泉によく足を運んでいた。


 その光景が自分の記憶のものだということは今はよく分かる。故郷を亡くした時の記憶と共に忘却の彼方に押し込んでいたのだろう。自分の記憶なのだから当たり前なのだが、どこかで見覚えがある気がするのは、恐らく夢の中で何度もそれを見ていたからだ。記憶の片隅に残っていた夢の光景は、これだったのかと妙に納得する。


 俺はその場所で、よく歳の近い女の子と遊んでいた。

 少女は俺の村に住む子供ではなく、俺の故郷では見慣れない見た目、透き通るような蒼の瞳、絹のような長い金色の髪、それらの何もかもが俺にとっては新しかった。村からかなり離れた場所――俺にとっては小さな冒険のようなその行程の先で出会った少女に会うために、朝も昼も――そしてたまに晩も、よくその場所を訪れていた。

 さっきラクスが話した昔とはこの記憶のことだと分かるが、思い出してしまうと何故こんな鮮明な記憶を忘れていたのか困惑する思いもある。だが、ラクスの言っていたことは事実だった。俺はラクスと遠い昔――――出会っていた。


 そんな光景と共に、恐らくラクスが見ていたもの――ラクスの記憶と思える絵が見えた。幼い頃の俺の姿から始まり、ここ最近俺がラクスと出会った時からの光景、俺の仏頂面や怒った顔、それを見てラクスが何を思っていたのか、顔には見せずにどれほど俺を心配していたのか、そんな感覚が伝わってきた。他者と関わりを持たない俺、過去の記憶にうなされる俺、それらを見て心配する気持ち――ラクスはこんな心持ちで俺のことを見ていたのかと、自分のことながら情けなく思う。


 全てを思い出し、ラクスの記憶と感情のほとんど全てと思えるそれを認識した後、また現実が戻ってきた。



「ラクス――――お前は……」


 まるで夢から覚めるようにゆっくりと目を開けると、先程と変わらぬ薄暗い部屋の中、俺とラクスは向かい合って手を合わせたままだった。部屋を包んだ光は収まっていたが、目の前のラクスが瞳を閉じているのが見える。


「ラクス……? おい、ラクス……! 嘘だろ……冗談はよせ……」


 俺が目を覚ましたのに、ラクスの方は瞳を開かない。部屋の中に光が溢れる直前、静かにラクスが瞼を閉じていく姿を思い出し、頭から血の気が引いた。


「ラクスっ!! 起きろっ!! ――目を開けてくれっ!!」

「はっ、はいいぃぃっ!?」


 大声で叫びながら肩を揺すると、事切れたような顔をしていたラクスが寝ぼけた返事を返してくる。


「………………おい、こんな時に冗談はやめろ……」

「冗談というか……冗談じゃないんですけど――なんか、すいません」

「お前、無事なのか? 体は大丈夫なのか?」

「大丈夫――ではないですけど……なんだか引き戻された・・・・・・みたいです」


 見るとラクスの表情は、さっきまで真っ青なことも分からないぐらい全身が消え入りそうに透けていたのに、今はまだうっすらと透けているもののその輪郭を取り戻し、表情や返ってくる声も普段の様子に近い。


「どういうことだ……あの光は……」

「バドラックさん――ルクスさん、と言った方がいいんでしょうか……? その……バドラックさんから、何というか魔力? というより生命力? みたいなのが流れ込んできまして……なんとか消えなかった・・・・・・みたいです。でも、ちょっと……ギリギリって感じですね……」

「お前、俺の名前を――って、そんなことを言ってる場合じゃねえ!! どうすれば――俺はどうすりゃいい!? 俺の力だった幾らでも使ってくれ……どうすりゃお前に力を与えられるんだ!?」

「いえ、多分さっきのは……私とバドラックさんの精神が同調した時のはずみだと思うので、多分もう無理です……」


 ラクスが話す内容から察するに、さっきはやはり力を失って消滅しかけていたようだが、理由は分からないが何とか持ち直したことだけは分かった。しかし、ラクスの表情は依然辛そうで、状況を打開できていないことも分かる。


「全然分からねえ!! 少しは俺にも分かるように言ってくれ――そ、そうだっ! この結晶・・――この石を飲み込めば力が戻るんじゃねえのか!? メフィルの野郎の妙な術で、この結晶に力を吸い取られたんだろう!?」

「ちょ、ちょっと――もがっ!? バドラックさん、口に押し込むのはやめてくださいっ……! それはもう私の力とは全く別のモノになっています。飲み込んでも喉に引っかかるだけです――」

「だったら――そうだっ! ラクス、お前悪魔なんだろ!? 悪魔は願いを叶えられるってあの野郎が言っていた! ラクス、俺の願いを――お前を救うという俺の望みを叶えてくれっ! 代償が必要なんだったら、何だってくれてやる! 俺の命でも何でも――」

「残念ながらそれも……もう力も残っていませんし、悪魔は悪魔なんですけど、私悪魔っぽいことやったことないので、ちょっとやり方が――――って、やめろぉっ!! 隙を見てその石を口にねじ込もうとするのをやめてくださいっ!!」

「すっ、すまねえ…………」


 焦ってあれこれと模索するが、無意識に手に持った結晶をラクスの口にぐいぐいと押し付けていたようで、怒ったラクスにぺちんと叩かれた。普段の調子で話しているようなラクスだが、会話の合間に見える弱々しい表情や呼吸から、事態が一刻を争うものだと感じさせる。


「だが、どうやったらお前を……すまねえ、俺には何も思いつかねえ……情けねえ……」

「ふぅ…………あの、もしかしたらですけど、いつもの泉に戻れば……あるいは……」

「そっ、そうかっ! お前はあの泉から生まれたんだよなっ! あの泉に沈めれば、きっとお前の力も――」

「沈めるって……殺す気ですか……でも、確証もないですし……それに、もう力が限界です……あの場所に戻ってる時間も……」


 いつもの調子で冗談なのかなんなのか分からないような口調のラクスだが、その表情は暗い。さっきは自分の死期を悟って俺に洗いざらい打ち明けた所を見ても、この場所でその生を全うする覚悟だったんだろう。しかし、俺はもう諦めることは嫌だった。親友の死を二度も見送り、そんな感覚にはもうこれ以上耐えられるとも思えない。


「――馬鹿野郎っ!! 諦めてんじゃねぇっ!! お前だって俺に諦めるなって、お前やソルを信じろって――そう言ったじゃねぇかっ!! 俺は――諦めねえぞ!!」


 気づけばラクスの肩を両の腕で掴み、そう叫んでいた。こんな場所で問答をしていても仕方がないと、ラクスを横抱きにして持ち上げると、すぐに駆け出してその場を後にする。


「――ひゃっ!? あ、あの……バドラックさん……こんな格好……」

「んなこと気にしてる場合か! いいから急ぐぞっ!」


 俺の腕の中で慌てふためくラクスを一喝すると、メフィルと戦った一室から伸びる廊下へと向かっていく。部屋を出る直前、ちらと後ろを向くと、横に倒れているソルの亡骸が見えた。


「ソル……すまねえ、すぐに戻る……ちょっとの間――待っててくれ……」


 一言だけ残して部屋を出ると、俺が入って来たのとは別の方向に駆けていく。


「バドラックさん……あの、出口はそっちじゃないと――あの、そっちは窓……」

「静かにしてろ――舌噛むぞ・・・・

「え……どういう――え、嘘でしょ。やめてやめて……」


 一刻も早く泉に向かわなければいけないという状況。選択肢は一つ。一直線に進む・・・・・・、だ。城塞から見て、道のない道――切り立った崖に向かって走り、そして翔んだ・・・


「まさかとは思いますが――――んぎゃああああああああああああああああああっ!!」


 全力の疾走、そして全力の跳躍により、城塞の石壁の縁から飛び出した俺と俺が抱えているラクスは、空を舞う。

 いつの間に夜になっていたのか――暗い夜空に輝く、記憶の中で見たような丸い月がやけに近く感じた。

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