第26話 旧友の顔

 全身を鎧に包んだ敵は二人。どちらも顔をすっぽりと覆う兜を被っており、その顔は分からないが、先程襲い掛かってきたアグロスと似たような格好をしている。体格からするとさっきの敵よりは一回り小さく、手に持った武器も両方共に普通の長剣と、見た目のインパクトは劣るものの肌に感じる異様さはアグロス同様だ。


「この者達は――片方はまあどうでもいいんですが、言わば私からアナタへの贈り物プレゼントですぅ……きっと喜んでもらえると思いますよぉ。それでは、存分に楽しんで戦って下さい」


 鎧の男達の奥に居るメフィルは、ふざけたことをのたまった後、まるで指揮を取るようにその手を俺の方に差し向けてくる。その動きに鎧の男達もぴくりと反応し、手に持った武器を構えた。


「来るか。まあ敵には変わらねえ、全部ぶっ潰して終いだ」

「うふぅ……そう簡単に勝てるでしょうかねえ。こう見えても結構自信作・・・なんです……さあ、行きなさい!!」


 メフィルの言葉に反応し、片方の鎧の男が石の床を蹴るようにして俺に迫ってきた。無言で戦闘を開始する目の前の敵に不気味さを感じながら俺も戦斧を構えた。


「――舐めんなやコラぁぁあああ!!」


 相手を迎え撃つように横殴りに振った俺の戦斧は敵の右側面を捉えた。身にまとった鎧の脇腹あたりに食い込んだ戦斧の刃先の感触を手に感じながら、そのまま振り切る。相手を上下に両断するかと思ったが、よほど上等な鎧なのか敵の体が断たれることはなく、振り切った俺の戦斧は敵を吹き飛ばすに留まった。


「ちっ、面倒な――」


 吹っ飛んでいった末、派手な音と共に壁に叩きつけられた敵を横目に見たが、俺があしらった相手がもといた場所のすぐ奥から、こちらも同じように俺に迫ってくるもう一方の鎧の男が見えた。先程の敵よりもワンテンポ遅れるながらも、その動きは先程よりよほど速い。


 戦斧を構え直し、今度は逆方向から同じように横一閃に斧を振るうが、ぶつかり合う金属音と共に俺の攻撃は相手の長剣に止められた。


「止めやがった――だと?」


 国軍で軍を率いていた時も、その後も、俺の攻撃を受け止められる奴などほとんどいなかった。それこそ強力な魔物や敵国の名のある将には、それくらいの力を持つ奴もいたが、たかだか地方領主の私兵――それも一介の呪術師の護衛をするような奴に、俺と同等の力があるとは想像もしていなかったので、単純に驚いてしまった。


「ちっ――なんだってんだ……おらああっ!!」


 俺の表情の変化に反応を示す素振りも見せない鎧の男を、手に持った剣ごと強引に掬うように戦斧を振り切り、ふっ飛ばした。あえて長剣を押し込む力を緩めたような鎧の男は、何事もなかったかのように後方に着地する。その一連の動きを見ても、相手が強敵・・だと分かる。


「ふっ、ふふふふふふふふふっ、やはりいいですねえ。この状況も相まって、私の最高傑作と言ってもいいでしょうっ!! ――ちょっと臭う・・のが難点ですが」

「傑作だと……? やはりテメエ、人間・・を魔力で操作して私兵にしてやがるのか?」

「あらら、お気づきでしたか。バドラック様は魔術の知識など皆無――そう思っていましたが」

外の奴・・・を見りゃ馬鹿でも分かる。それにお前の話す内容からもな」

「アグロスの姿を見ましたかあ……まあ、あれは試しに創った・・・だけの駄作です。あんなものをけしかけてしまい、これはとんだご無礼を……せっかく創ったもんですから一応は役に立ってもらおうかと」


 武器を構えたままの鎧の男と睨み合ったまま、横から投げかけられるメフィルの邪魔な言葉に応える。巷では禁呪と言われその行使すらも重罪となるはずの魔法を使っていることを皮肉のように指摘したのだが、当の相手は全く悪びれる様子もなく話し続ける。そんなことを他所の人間に言うのだから、俺をこの場で殺せると思っているのだろう。そのメフィルの態度にも腹が立つが、それ以上に奥に見える繋がれた鎖に体重を預けるようなラクスの力ない様子に緊張感が走る。


「テメエのお喋りに付き合ってる暇なんざ――」


 さっさと敵を倒してしまおうとメフィルとの会話を拒否する意思表示をしようとした時、俺が壁に叩きつけて一度沈んだはずの相手が動き出すのが見えて、言葉を止めてしまった。俺の一撃を受けてまだ動くのかという多少の驚きがあり、そちらをちらりと見た時に視界に入った男のに見覚えがあったからだ。壁に打ち付けられた際に兜が外れたのか俺に見せたその顔は、前にメフィルが俺の家にやってきた時に一緒にいた領主の息子・・・・・のものだった。


「どういうことだ――」


 表情を歪めることもなく、無機質に俺に向けられた顔、その視線は虚ろで、まるで生気・・を感じない。見るからに無能な領主の馬鹿息子が、剣を手に取って俺に襲いかかってきたという事実にも違和感を感じるが、その表情からは奇妙な感覚を得る。目の前の敵――メフィルにとっては上官であるはずのその男が、メフィルの指示で動くという点にも。


「あああああもう、ネタばらしが早すぎますよ全く……本当に生きている・・・・・時から愚鈍な男とは思っていましたが、この期に及んでまで使えないとなると、ある種の才能ですね」

「あ? テメエ何言って――――」


 メフィルの口にした『生きている時』という言葉の意味が分からずつい反応してしまったが、その意味にすぐに気がつく。人を魔物に変えるような男のやることだ。その異常さが今に始まったものではないことから、死者を操る・・・・・ような術を持っているとしてもおかしくない。


「……死霊使いネクロマンサーか」

「おやあっ!! またもやそんな、バドラック様が知識人とは……さすがに力を持つ戦士となると知性も中々のものなんですねえっ!!」

「何を嬉しそうな声を出してやがる、このドぐされが。死体を操るなんてもん、禁呪中の禁呪だろうが。クソみてえなことを考えやがって……それにその領主の馬鹿息子はテメエの上官じゃねえのか? そんなことをして領地くにに帰れるとでも思ってやがるのか――」

「うふふぅ? バドラック様も随分呑気なことを仰るんですねえ……平和ボケでしょうか? 馬鹿領主・・・・に手を貸したのは一時的なものですよ。私には何の興味もありません。これも、今日というこの日、アナタと戦うための舞台を用意するためだけのものです。演出ですよ、演出……大事でしょう? 盛り上げるためには、とっても。うふふ……」


 メフィルの言うことは全く分からなかった。話す内容をそのまま理解しようとすると、俺と戦うことを目的に随分長いこと準備をしてきたような口ぶりだが、この男からそんな恨みを買うようなことをした覚えもない。そんなことのためにラクスまで巻き込んだことにも憤りを感じるが、死体を私兵にするようなイカれた奴に何を言っても通じないだろう。


「もう喋らなくていい。テメエは殺す――――」


 手に持った戦斧をメフィルに向かうように構えようとした瞬間、未だ顔を見せない方の鎧の男が再び迫ってきた。さっきよりも素早い動きに虚を衝かれ、長剣の刃を戦斧で受け止めるが、剣を押し込む力は強く、硬直状態となってしまう。


「くそっ……邪魔すんじゃ――ねえっ!!」


 剣を受けた斧頭を後ろに引くようにし、その逆方の柄で敵の即頭部を叩いた。横によろめく男の兜がその衝撃で外れ、視界に入ったその敵の顔を見て、俺は息を飲む。


「その顔…………嘘だろ……」


 メフィルが死体を操る術を使うと知った時に、薄っすらと脳裏に浮かんでいたのかも知れない。目の前のあり得ない光景を見て、胸に生じたのは驚きより絶望感の方が強かった。


 領主の馬鹿息子と同様、焦点が合わないような目で俺の顔を見据えてくる虚ろな表情、その顔は俺がよく知ったものだ。


「そんな……ソル…………嘘だ……」


 困惑する頭は、目の前の事実を理解しようとしない。再びゆっくりとこちらに武器を構える目の前の旧友――ソルのその動きに、体だけは無意識的に反応して同じく武器を構えるが、口の中が乾いて上手く声も出ない。


 無機質なソルの表情の奥、ニタニタと笑うメフィルの顔、それらを俺の眼は力なく捉えていた。

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