第6話 それぞれの理由

 翌朝、目を覚ました俺は自分の状態を確認したが、案の定酒瓶を床に転がした状態で、自分も同じく床に転がっていた。自分でそうしようと決めたことなのでそれはいいのだが、久々に硬い木の床の上で寝たもので、どうにも体の感覚が鈍く感じる。


 起き上がり、寝室を覗いてみたが誰もいなかった。先に起きて外にでも出ているのだろうと思い、起きたままの姿で外に出てみると、案の定いつもの場所にラクスが立っていた。


「おはようございます、バドさん!!」

「おう。あんまりデカい声を出すな。昨日の酒が残ってんだ」


 酒には強いと自負している。頭が痛むワケでもないが、それでも起きたてにデカい声を出されると鬱陶うっとうしい。昨日の妙な態度が嘘のように、最初に会った時のように元気のいいラクスを見て、なんだかなあと思った。それと昨日までのラクスの姿と、今朝の姿に若干の違いがあるような違和感を覚える。


「ラクス、お前……今日はあんま透けてねえな」

「へ?」


 目を凝らすとラクスの全身の後ろの風景がうっすらと見えるが、精霊だと自分で言う通りの見た目だったのが、今朝の姿は普通の人間とほとんど変わらないように見える。


「さてはお酒の飲み過ぎですか!? 適度な量のお酒は良薬と言いますが、飲み過ぎは体に良くないらしいですよ!!」


 酔っ払い扱いをしてくるラクスは俺の言葉を意に介していないようで、わあわあとうるさい。本人はまったく自覚がないようだし、見間違えか、とも思ってしまった。


「だからうるえよ……何でもいいが、今日はいつもに増してテンションが高いな……」

「そうなんですよ!! じつはですね――」

「何だ?」

「実はですね〜〜〜〜〜〜」

「だから何だよ」

「知りたいですか?」

「朝っぱらから喧嘩売ってんのか、テメエは」


 ニヤニヤと頬を緩ませながらやけに勿体付けた話し方をするラクスに、体に残った酒による体のダルさが拍車をかけ、イラッときてしまった。


「私が精霊としてここに現れた理由を思い出したんです!!」

「ほう」

「何ですか、やけにつれない・・・・反応ですね」

「そりゃまあ、あんまり興味がないからな」

「何ですとっ!!」


 俺が返した言葉に、大げさにショックを受けたような顔をし、よよ・・と泣き伏すような動きを見せる。勿論泣いてなんかいないので、その作ったような反応がまた俺の神経を煽ってくる。ラクスはと言うと、俺が立てた青筋あおすじなど目に入っていないのか、『冗談はさて置き』というように話を続けた。


「――説明するとですね、私はこの泉の精霊です」

「それは前に聞いた」

「精霊というものですはね、例えば水や風や土――草木など世界を構成する根源的なものが実体化した存在なのです!! つまり!! 私は!! この泉そのものと言っても過言ではないのです!!」

「おおーーー……それで?」

「そして、古来より超自然的なものは人々の信仰の対象となってきました。火を吹く山しかり、田畑や家屋を吹き飛ばす風、しかりです!! しかし、この地に住む人は数が減り、この泉は人々から忘れられてしまいました……」

「ほう」

「そこで、私が精霊として生まれた理由――――それは、この泉への人々の信仰を取り戻すためなのです!!」


 鼻息を荒くしてまくし立てるように喋るラクスだが、真偽は置いておくにしろ、どうにも話のスケールがでかくなっている。


「……つまり、何か? お前はこの泉の? 神様かみさんの? 使いみたいなもんで? 周囲の人間にへーこら・・・・されたい、ってことか?」

「え、えーと、大体そんな感じですね!!」

「……何でその、信仰ってやつが必要なんだ?」

「まあ、その……色々あると思いますけど……信仰はすなわち力!! その力が土地そのものを豊かなものにするんです!! きっと!!」


 演説のように意気揚々と話していたラクスだったが、俺の質問に対する答えは歯切れが悪い。自分が喋る言葉だけを用意してたような感じだ。話のとしては悪くなく、納得感はなくもないが、どうにも怪しい。若干目が泳いでいるようにも見える。


「その話を信じるとしてだ、俺に斧を渡そうとしてくるのと、信仰と、何が関係あるんだ?」

「そりゃあ精霊っぽいことをすれば有り難みも増すってもんでしょう?」

「そーいうもんか?」

「そーいうもんです」


 ラクスが喋る内容の適当さ具合にはいい加減慣れてきたが、如何いかんせんぞくっぽすぎる。水が実体化した精霊という存在、なんてことを言っていたが、コイツが本当にそんな存在だったとしたら、土地のの方を疑ってしまう。


「それで信仰とか言っていたが――」

「あっ――」


 信仰が必要だとか言っていたが、それを俺に言ってどうする、と聞こうとしたが、目の前で喋っていたはずのラクスが忽然と消えた。突然のことに俺も驚いたが、消える直前に俺の後ろの方に視線を向けていたことに気付き、振り返る。


「おお、バドラック。老いた身にこの山道はこたえるな……」

「おやっさん……」


 視線を向けた先には、フェルムのおやっさんがいた。材木を卸すために俺の方から会いに行くことはあっても、おやっさんの方から俺の家に訪ねてくることはなかった。そのせいか、ラクスが突如として姿を消したことの驚きが霧散してしまう。おやっさんがここまで来たのはやはり、この前顔を見せた時に中途半端な別れ方をしたからだろうか。


「お前さんも、村に身を落ち着ければいいものを。何だってこんなトコに住んでるんだか……」

「おやっさん、来るなんて珍しいな」

「珍しいも何もあるか。お前さんのことだ、この前の様子を見るからに、何かと理由をつけて山を降りてこない気がしたからな。こっちから来たってわけだ」


 こちらに歩み寄ってくる見知った老人の瞳が、俺のことを見透かしているように思えて、言葉を返すことができない。


「しかし、妙だな。遠くからお前さんを見た時、誰かと話しているように見えたんだが」

「はは、おやっさんも耄碌もうろくしたな」

「ぬかせ。はあ、くたびれた。酒でも飲ませろ」

「おいおい、まだ昼間だぞ?」

「構うもんか。今日はお前さんの所に来るために仕事を休みにしたからな」


 フェルムのおやっさんは遠目でラクスのことを見た、というようなことを言った。ラクスが何で急に姿を消したのかは分からないが、咄嗟とっさに誤魔化すような返事をしてしまった。おやっさんの方はそんな俺に構うことなく、人の家に勝手にずかずかと入り、酒瓶と器を二つ手にすると、泉の方に向かっていく。


「飲む、って外でか?」

「天気もいいんだ、外で飲むのもだろう。それにお前さんの家、椅子が一つしかなかったぞ」

「そういえば、そうだ」

「ほれ。お前さんと酒を飲むのも、久々だな」


 おやっさんが泉の傍の大きめの石の上にどかっと座るのを見て、俺もそれに習って近くに座った。手渡された器で、こちらの差し向けられた瓶の口から注がれる酒を受け止める。器をコツンと合わせると、二人して静かにそれを飲み始めた。


「バドラック――村に住む気はないのか?」


 短い沈黙を破ったのはおやっさんの方だった。てっきり村で話したことの続きを切り出されるのかと思っていたので、その言葉は意外だ。


「気を使ってもらうのは有り難いが、その気はねえな」

「そうか……ここは、綺麗な泉だな」

「ああ」

「ここの生まれと言っていたか?」

「ああ、そうだ。生まれた村はなくなっちまったがな。今の俺には――この泉しかねえ・・・・・・・んだ」

「そんなことはない――――そんなことはないぞ、バドラック」


 どうも無駄なことを喋ってしまう、と思った。今日はどうもいつもと調子が違う。昨日の夜、いつもの悪い夢を見なかったからか、それともラクスの様子が変だったからか、理由は分からない。


「お前さんが人から避けようとする気持ちは分からんでもない」

「別に避けてるってわけじゃあ――」

「関わりを持たないのと、避けているのとで、何か違いがあるか? 村でお前さんが話す相手は、俺だけだろうに」

「おやっさんと話してるんだから、十分関わってるだろう」

「相変わらず口が減らないな、お前さんは」


 おやっさんからは何度も同じ話をされている。やれ村の人間と交流しろだとか、そんな話だ。上手く言葉にはできないが、本当に人を避けているわけじゃあない。元々戦うことしか能がなかった俺だ。俺なりに、周りに迷惑をかけないように、謙虚に生きているだけなんだ。俺みたいな異質な存在が居れば、厄介こそあっても得はないだろう。


「バドラック、お前さんがを抜けてからどれくらい経つか。お前さんがもう戦わないと言うんだったら、俺はそれもいいと思うんだ。もう必要ないって言うんだったら、あの斧だって捨ててくれちまって構わない」

「それは……」

「しかし、ちゃんと考えてみて欲しい。お前さんはずっ――と戦い、人も魔物も、数えきれない程の数を殺しただろう。だが、本当にそれだけか? お前さんが殺した数と同じだけ――いやそれ以上に救われた人間がいたんじゃあないか?」

「そんなもんは……知らねえよ。気にしたこともねえからよ」

「少なくともここに一人いる。バドラック、お前さんが自分のことをどう思おうと、お前さんが俺の斧で戦い始めたその日から、俺にとっちゃお前さんは英雄ヒーローだったんだ」


 フェルムのおやっさんはそれ以上何も言うことなく、俺自身も返す言葉もなかった。二人で泉を眺めながら静かに酒を飲み続けていると、遠くで魚が跳ねるのが見えた。そんな中、ラクスが姿を現すことはなかった。

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