第31話

 蜀軍の総勢は七万。

 主将は姜維、副将は廖化。


 対して、防衛に出陣した魏軍は十万、後続に五万の布陣。

 主将は郭淮、副将は鄧艾。


 蜀軍は、かつて諸葛亮が長安へ臨む為の拠点としていた「祁山」へと進軍。

 それに伴い魏軍も、祁山と長安の道を結ぶ「陳倉」へ向かい、防備を固め始めた。

 しかし、そこで蜀軍は突然進路を西方へ向け「隴西」へと急行。


 魏軍は前軍だけで追跡せざるを得なくなり、隴西にて蜀軍七万、魏軍十万での対峙となった。


「姜将軍、涼州より使者が来ております」

「すぐに会おう」


 蜀軍は今、攻勢の準備を整えている最中であった。後続の魏軍が到着する前に、崩しておかなければならない。

 時間を与えれば与える程、敵は陣を固め、兵力を増す。そうなれば国力で大いに劣る蜀軍に勝ち目は無い。

 姜維は自ら幕舎の外に出て、使者を出迎えた。


「迷当大王よりの使者です。名を柳起(りゅうき)と申します、柳春の兄です」

「ならば、私の義兄ではないか。早速、話を聞かせていただきたい」


 姜維は年下の柳起を、丁重に幕舎へと招いた。

 盟約により、今の迷当大王は蒋琬と同格であり、姜維よりも格上である。


「それで、話とは?」

「大王は既に三万の兵を率い反乱を呼びかけ、総勢五万を越える兵力で雍州へ進軍中です。雍州西部の豪族も呼応すれば、総数は八万まで膨れるとの見込みです」

「……それは随分と、話が違うな」


 柳起は、悩まし気に息を吐いた姜維を、不思議そうに見つめる。

 本来、示し合わせていた作戦は、蜀軍が魏軍との初戦に勝った際に、涼州と雍州西部にて一斉に蜂起をするというもの。

 そうなればあちこちで勃発する大小の反乱に魏軍は対応できず、長安を守る様に雍州東部に防衛線を後退。

 涼州を放棄するしかなくなる。


 しかし、迷当は軍をひとまとめにし、蜀軍が魏軍とぶつかるよりも早く行動を起こしたのだ。

 これでは、軍を叩けば反乱を簡単に鎮圧出来てしまう。


「何故、大王は約束通りに動いてくれなかったのです」

「姜将軍がお喜びになるだろうと、そう言っていたのですが。不味かったでしょうか」


 己の武勇に何よりの誇りを持っている、迷当らしい思考回路であった。

 各地での蜂起ではなく、直接魏軍を叩いて、その武勇を示したいのだろう。


 勝てば、良いのだ。


 姜維はそう思いなおした。

 今更どうこう言ったところで何も変わらない。

 それに今、五万を越える援軍は、喉から手が出る程に嬉しい戦力である。


「分かった。それなら、我々もうかうかしていられない。すぐさま戦に移らねばならん、大王にも急ぐように伝えてくれ。魏軍に防御を固められれば、互いに徒労に終わると」

「大王は現在、魏軍の背後を突くべく進軍中です。四日の後には到着します」

「二日だ。とにかく急いでほしい」

「それは、あまりに無茶です。四日と言うのも随分早く予定を言ったのです。方々の豪族から兵力を集めるのも、時間がかかります」

「ならばそのままゆるゆると進軍しても構わない。そう、大王に伝えて欲しい」

「ふっ、よく大王の性格をご存じで。分かりました、すぐにお伝えしてまいりましょう」


 柳起は幕舎を出ると、挨拶もそこそこに馬を駆けさせて帰っていった。

 流石に涼州の出身である。その馬術は見事なものであり、その影はみるみるうちに小さくなって消えた。


 すぐに、姜維は全ての将校へ招集をかけた。

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