第27話

 もしかすると、戦略を根本から見直さないといけないだろう。そう強く感じさせる、逸材である。

 恐ろしい程の軍才であった。

 鄧艾。その名を姜維は、しかと胸に刻みつける。


「だから言ったのです、姜将軍。わざわざ貴方が、兵の調練までする必要は無いと」


 険しい顔で出迎えに来ていたのは、副将である廖化将軍であった。

 今の蜀軍を代表する将軍の一人であり、その戦歴は数えればきりが無い。

 全身に隙間なく残る戦傷が、何よりも目立っていた。

 歳は、姜維より一回り上である。


「されど、鄧艾の存在を知れただけでも、此度は良しとせねばなりますまい。今後は、自重下され」

「心配をおかけいたしました」


 副将と言う立場ではあるが、姜維は廖化に対して常に年長者としての礼を取っていた。

 廖化もまた姜維に対して、主将と副将という立場で接している。

 戦の経験値で言えば、廖化に勝る者は居らず、戦の才智に関して姜維に勝る者は居ない。

 互いが互いに尊重し合っていた。


 まだ報告もしていないが、帰還した部隊の様相を見ただけで、廖化は全てを察していた。

 二人の間で突如として、鄧艾の存在が大きくなっていく。


「私は、乾坤一擲の覚悟で、鄧艾の首だけを狙っていました。兵も、山岳戦に長けた者達を集めたつもりです。されど、首は取れず、兵を一割以上も失う始末です」

「元はただの軍政官であったはずだが。それ程の勇の者であったのか?」


「武人としても相当優れています。鋼の弓を易々と引ける膂力を持つ者など、そうそう居ません。しかしそれよりも、地の利を見極める知略、兵に死を覚悟させる将としての器、この二つが突出していると、そう思いました」

「そんな者が、戦略の組み立てに秀でた郭淮の側に居るのか。これは、今の魏軍は相当に手ごわいと、覚悟を決めねばなるまいな」


 二度、間違いなく首を取れた瞬間があった。

 されど、兵士が身を挺して鄧艾も守ったのだ。


 まさに一心同体。言葉を交わさずとも、兵の全てが鄧艾の意のままに動いている様に見えた。

 更には、険しき蜀の山々で調練を繰り返してきた蜀軍の精鋭達を、鮮やかに罠に嵌める戦術家としての才能。

 そして土地勘。


 相打ちを覚悟してでも、首を取るべきだった。姜維は思い出す度、何度も苛立ちで歯噛みした。


「司馬懿が居ないと言うだけで、どこか心に慢心がありました。魏は、大国なのです。私達は、これを乗り越えてゆかなければならない」

「されど蜀漢にも、姜将軍が居る。もっと我らも頼られよ、一人で抱え込むことは無い」

「心強い限りです」

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