第20話
三騎の涼州兵が、近づいてくる。姜維は剣を横に振り、兵の進軍を止めた。
「貴様ら!どこの兵だ!ここが『迷当(めいとう)』様の領地と知っての事か!?今すぐに立ち去れ!さもなくば皆殺しにしてくれる!!」
「おう!それを知ってこの地を貰いに来たのだ!殺されたくなければ、今すぐにこの地を明け渡すが良い!」
「たかが数百程度の兵力で、何を……望み通り、皆殺しにしてくれる!!」
そう言うと、三騎は馬首を巡らせ帰っていく。
取り返しのつかないことになったと、誰もが恐怖に怯えていた。ただ一人、姜維のみが悠々と馬に揺られている。
「慌てるな、私だけを見ていろ。一瞬で終わる。着いて来れない奴から死ぬと思え」
ここからは、五百の新兵は必死であった。ただ、姜維だけを見て、その後を追いかけた。
迫る、二千の騎兵。
こちらの戦力を五百と見て、千の騎兵で包囲しにかかる。
姜維は剣で何度か空を切った。何度も調練で見た合図である。
五百の兵は槍先の様に陣形を替え、一瞬にして包囲を突き破る。
涼州兵が慌てていた。急いで後続の千騎も動き出す。
ここで、立て直す隙を与えない。姜維は馬首を返して、陣形が崩れきっている敵を、二度、三度と何度も貫いていく。
後続の千騎が、正面から突撃を開始。
再び剣を振るうと、今度は五百が三つに分かれる。中央が姜維、左に蒋斌、右に傅僉。
姜維の部隊は正面から僅かに反れて、先鋒の鼻先を躱す。すると、逸って飛び出し、間延びした敵陣の左右を、蒋斌と傅僉らが突き崩した。
あとは、簡単なものであった。崩れた敵を追い散らし、そこまで深追いをすることなく兵をまとめ直す。
一人も死ぬ事は無かった。それぞれ浅傷は受けているが、致命傷を受けている兵は一人もいない。誰もが、この鮮やかな戦運びに、驚いて声も出せないでいた。
「傅僉!蒋斌!」
名を呼ぶと、二人は慌てて駆け付けてくる。未だに、この現状に理解が追い付いていない、そんな顔をしていた。
「本当に強い兵と言うのは、駿馬を乗りこなす兵でも、調練を積んだ兵でも、優れた将に率いられた兵でもない。死の覚悟を定めた兵士だ。死を覚悟すると、迷わずに済む」
「とにかく、必死でした。考えるよりも先に、体が動いていました」
「傅僉、その感覚を忘れるな」
戦が始まる前は、悩むだけ悩み、考え、苦しんだ方が良い。しかし、戦が始まれば決して悩んではならない。その瞬間に死ぬからだ。二人は、これを知る事から始めなければならない。
恐らくこの一戦で、傅僉が何かを感じ取る事が出来れば、武将として一気に飛躍するだろう。
そんな同僚を見て、蒋斌もまた思い悩み、苦しむだろう。ただ、その苦悩を耐え抜くことが出来れば、必ず道は開ける。
まだそれは先の話だと、姜維は剣を鞘に納めた。
「行こう。これだけ派手に挨拶をかましたんだ、そろそろ出迎えが来るだろう」
姜維は兵士に命じ、二本の旗を立てさせる。
そこには「蜀」「姜」の文字が大きく掲げられていた。
旗を掲げ、体を休めるようにゆるゆると涼州の奥へ奥へと行軍をしていると、姜維の思惑通りに先ほどの涼州兵が再び十騎程でやってきた。
今度は敵意や殺意も無い、礼節を保ち、姜維に畏敬の念すら抱いている様な素振りである。
「蜀の姜維将軍ですね?先ほどは、知らなかったとは言え大変申し訳ございませんでした」
「こちらに損害は無い、気にせずとも構わん」
「迷当大王が将軍を招かれておいでです。ご同行願います」
姜維は、蒋斌と、十の騎馬兵のみを連れて先に駆ける。残りの兵は傅僉に預け、別に急いで追いかけて来なくとも良い、と指示を出した。
迷当。姜維だけでなく、この涼州の民はその名を広く知っていた。
涼州に流入している異民族の大部分は「羌族」と呼ばれている。騎馬の技術に長け、古代より何度もその圧倒的な武力で、中華の国々を荒らし回ってきた歴史を持つ。
そんな羌族を束ねる族長の一人が、この迷当大王であった。彼の勢力はこの涼州付近に広がっており、兵を挙げれば、呼応する豪族も含めて、常に三万から五万程度の兵力を集めてしまえる影響力を持っていた。
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