乳賊〈後編〉

 ビフィが旅の仲間に加わってからというもの、バスティ王子たちは近道をすることで、それまでの二倍や三倍の効率で歩みを進めることとなった。


 長年に渡ってラクトバチルスの森を徘徊していたビフィにとって、この乳森を行き来することは己の乳首の位置を探すように容易なことだったのだ。


「ビフィ殿、これは吸えまするか?」

「いえ、吸えませぬ」


 屈んだチムの足元には、赤い乳茸ちぃたけ、緑の乳茸、黄色と黒のまだら乳茸が生えていた。それらの乳茸はどれもこれもが飲めるものではなく、むしろ毒を含んでいる可能性が高かった。


「では、これは?」

「これも同じく」

「なんじゃい。摘んで損したわ」


 バスティ王子は、抱えていた乳茸を地面に落とした。

 地面や乳木に生えている目新しい乳茸を見つけては、それらをビフィに飲用判別してもらっていたのだ。


「ビフィよ、これはいかがか?」

「あとこれも!」


 チムとロブリナも、大量の乳茸を乳の上に乗せ、王子のあとに続いた。


「おぉ、これは《紅乳首茸べにちくびたけ》。それにこれは《巨乳茸きょちぃたけ》ではありませぬか。あとで乳炊ちちたきの中にでも入れましょうぞ」

『乳意!』


 いつの間にか、このラクトバチルスの森を抜けるにあたり、ビフィは無くてはならない存在となっていた。


「そういえば今朝は、えらく元気じゃないかルブミン」

「ああ、あやちから貰った乳を呑んでみたら、腹痛が一発で治ったぞ。甘酸っぱくてクセになる味じゃった」

「ずるいぞ! わちにも呑ませてくれたら良かろう!」

「もしも毒乳であったなら、王子の身に障りましょう」

「わたちも呑みました。大変美味しゅうございました」

「ずるい! ずるい! ずるい!」


 乳懐っこいチムとロブリナも、すっかりビフィに胸元を許していた。彼乳が加わってから二日も経たずして、彼乳らは互いの乳を注ぎ交わすまでの仲になっていたのだ。


「喉が乾いたぁ、もう歩けぬぅ」


 王子はビフィの腕に捕まり、その微乳を押し当てた。


「そうですね。そろそろお昼の時間、乳休めに――」


 先を行くビフィの手が王子の胸元を押さえた。

 そのただならぬ乳囲気を察した王子は、彼乳の乳先に目をこらした。すると茂みの向こう側に、黄色い乳獣の群れがいるではないか。一胸ひとむねの獣の周りには、さらに八胸やむねの獣が寝そべっていた。


「……パイオンじゃ」

「ほう、あれが……」


 伝承に聞く乳獣を前にしてフェリンの乳房が震え、警戒の意を示した。

 その群の中心にいた一際大きな乳獣は、八つの美巨乳を顔の輪郭に沿って生やしていた。


 百乳の王、パイオン。

 π陸広しと言えど、地上最強の吸引力を誇る胸悪な乳飲動物として、その名を知らぬ者はいない。

 パイオンの唇は吸盤のように丸く広がっており、その前脚は捕らえた乳房を離さず、その後脚は乳を見かけるや乳目散に駆け走る。


「あれだけの乳の数、巨乳っぷりとなると、戦っても乳房が無事とは限りませぬ。迂回いたしましょう」


 乳同は乳房のように丸くなり、胸囲を計るかのごとくの慎重さで、その場を離れた。


「ここまでくれば、もう安吸にございます」

「ビフィ殿は頼りになるのぉ」


「真に、吸い難きお言葉」

 ビフィは王子に向けて、垂れ気味の豪乳を下げた。


 しばらく歩くと、森の中にポッカリと拓けた場所に出てきた。

 そこは適度に乳草が生えた平坦な丘で、しばらく乳を垂らすのに最適な場所に見えた。


「昼は、ここで乳休めですな」

「そうしましょう、そうしましょう」

「すまぬが離れる。下の乳が溢れそうじゃ!」

「ルブミンのやち、ビフィ殿の乳を飲んでから、お通じが良くなったのぉ」


 股間を押さえながら、茂みの中へとルブミンが消えていく。


「喉が乾いた。そちの乳を呑ませよ」


 王子がビフィの胸元をたたくと、ビフィは乳色を曇らせた。


「わっちは良いのですが……」


 王子の頭上に、何かを言いたげな、一際大きな美巨乳が乗っかっていた。


「邪魔だフェリン、あっちゆけ」

「いえ、わたちちは離れませぬ。王子の口に、見知らぬ者の毒乳を呑ませまるわけにはいきませぬゆえ」


「毒乳ではないわ! チムたちも呑んでおるではないか!」

「なりませぬ」

「えぇい、ぺた者! わちは呑むぞ。今まで呑めなかった分まで、今日こそ呑むのじゃあ!!」

「いえ、今日も呑ませませぬ」


 やんややんやと押し乳まんじゅうをする王子と乳守を見ながら、ロブリナはゼインに耳打ちした。


「フェリン殿は、まだ信用しておらぬご様子」

「と言うより、あれはただの焼き乳では?」


 しばらく王子と乳守が乳比べをしていると、用を足しに離れていたルブミンが、両乳を振り乱しながら帰ってきた。


「大変、大変でございまするー!!」

「どうした?」


 フェリンは王子の胸元を抑えながら、乳房を上下させているルブミンに問いかけた。


「森の奥の方から、妙な乳飾りを付けた大乳団がやって来ましたぞ!!」


 フェリンは乳木に登り、遠くを眺めた。

 隊列を組んだ、茶色い垂れ乳々が揺れている。

 乳房たちが丸出しになっているのは、その立派な乳首や乳輪を見せつけて、周りの獣たちに対して威嚇するためだろう。


「あやちらは何谷ほどでしょうか?」


 フェリンは、隣に登っていたチムに問いかけた。


「およそ三十……いや、四十谷ほど」

「では、速やかにここを立ち去ることにしましょう」

「いんや。隠れていた方が安吸でしょう」


 フェリンに反対したのはビフィだった。


「なにゆえ?」

「彼乳らこそ有名な乳狩り族。たとえここから逃げだせたとしても、乳車という乗り物を用いて、乳汁が迸るほどの速さで追ってくるはず。ならばここに隠れてやり過ごすのが賢乳かと」

「隠れる場所など――」

「そこの乳木の中に隠れるというのはいかがでしょう?」


 ゼインが乳差した先には、中身がくり抜かれたような巨乳木が倒れていた。にゅうにゅう詰めにすれば、五・六谷は隠れられる空洞である。


「では見つかった場合は?」

「そうならないように、わっちが見せ乳になりましょうぞ。ちょっくら行って参ります」

「そんな――」


 チムが止める声を聞く間もなく、ビフィはスルスルと木から降りた。

 そして彼乳は乳木の隙間を縫い、乳を隠すようにして行ってしまった。

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