乳精王〈後編〉
王子はフェリンの授業をほとんど聞き流していたが、古代ブーブス語の単語の中に、その乳輪の形を言い表している単語があったことを思い出した。
それが《パフィーニップル》。
三角錐をも思わせるような尖乳の乳頭部分に、その乳輪は鎮座していた。
しかも乳首自体は陥没していたため、その乳首を正確に分類するなら、陥没型パフィーニップルとなるだろう。
言葉の意味自体は座学で習っていたが、その存在を生で確認するのは、これが初めてだった。是非とも旅の中で触れてみたいと思っていたのだが、こんなところでお目にかかるとは。しかも陥没型、希少乳である。
「むむむ。そこに目を付けたのは、むまえが初めてだ」
あの希少乳からは、どのような乳汁が出るのだろう。
ポタッ、ポタッと落ちていくその乳滴の音に、もう一つの落下音が同調していく。それは王子の口の端から落ちていく涎の粒だった。
グゥゥゥゥと、この日一番の長さの腹の音が鳴り響いた。
「ふふっ……なんじゃ、これを呑みたいのか?」
王子はその剥き出しの希少乳に歩み寄ると、向かって右側の、丸く盛り上がった乳輪にかぶりつこうとした。
「にゅにゅ! 呑ませたまえ!!」
乳で息をする王子は、両肩を謎の乳の両腕に押さえつけられてしまった。
「これ、慌てるでない。乳は逃げぬ。まずは『頂きます』だろう?」
「頂きとうごじゃいまぢゅるぅぅ!!」
王子の口から、さながら上流から流れ落ちる乳滝のごとく、涎が溢れ出てきた。
「まぁ、良いか。さぁ呑め」
広げられた両腕の間に咲き誇る剥き出しのパフィーニップルに、王子の口が吸い付いた。
舌の上に広がったのは、塩っぱさと甘酸っぱさの絡み合う、ねっとりトロトロとした乳汁。呑み下すのは大変だったが、のどごしと鼻を抜けていく何とも言えない独特の臭みが癖になりそうな乳汁だった。
だがしかし、その希少乳は見た目の大きさのわりに乳の出が悪かった。
「にゅにゅにゅ??」
吸っても吸っても、ちびりちびりとしか乳が出ない。
それでも王子は自慢の吸引力を最大限に発揮しながら、その微々たる乳汁を懸命に吸い続けた。
自らが記憶していたありとあらゆる乳ツボを刺激すると、少しずつではあるが、乳の泉がコンコンと湧き出してきた。
限界に近い空腹の中で呑み下した塩気のあるトロトロ乳汁は、旅の中で呑んだ乳汁の中で、五本の指に入るほどの美味しさだったと伝えられている。
「よほど腹が減っていたと見える。たっぷり呑むといい」
謎の乳は、乳相を変えて吸い付いてくる王子の頭を、優しく撫でた。
ω ω ω
翌朝、フワフワのヤチの葉が敷かれた吹きっさらしの寝床で、王子は目を覚ました。
すると、青い空と白い乳海に対して、乳房で何回も円を描いている昨日の謎乳が、こちらに背中を向けていた。
「おっ、起きたか。おっぱいよぉ」
振り返った乳房は昨日目にした希少乳。今日もパフィーニップルが王子の呑欲をくすぐってきた。
「おぬち、名を何と申す?」
「わがぱいはシーエー。この無乳島を守っている
「無乳島……おぬち以外に乳源は住んでおらぬのか?」
「わがぱいは乳源ではない。にゅ・う・せ・い・お・う・だ!」
「にゅうせいおう?」
「まっ、早い話が不漏不死ってことよ。乳房が萎まないのだ」
「にゅにゅにゅ! だぁから、そこまで乳に張りがあるんじゃな?」
「そうにゅうこと!」
「どれ、もう一口――」
またしても王子は希少乳に吸い付いた。狙いを定めたのは、向かって右のパフィーニップル。
だが、様子が変だ。いくら強く吸ってみても吸えない。乳ツボをいくら押してみても、一滴の乳汁すら出やしなかった。
「そうじゃった。右の乳房は昨夜しこたま呑んだんじゃな。では――」
今度は向かって左の乳輪に吸い付いた。
だが出ない。胸元を真っ赤にさせて、これ以上は吸えないというような力で吸い上げてみても吸えない。まるで吸える気がしない。
「なんじゃ、もう乳切れか――むにゅ!!」
王子は希少渓谷に顔を挟まれた。
「無乳者。礼儀がなっておらんな」
「そちの御πを頂きとうごじゃいまする」
「媚びても駄乳だ。これからは、むまえが一谷で乳を搾るのだ」
「なにゅ?」
「乳が飲みたいのならば、ついて参れ」
王子はシーエーと名乗る乳清王の導きにより、乳草を吸っていた小型の乳獣の群れまで連れていかれた。
乳むらから覗いてみると、小さき乳獣たちが頭頂部に生やした長い乳耳を左右に動かし、周囲を警戒していた。
「あれは《ラティッツ》という草飲獣。あれくらいなら、むまえにでも搾れるかもな」
「つるぺたにするな! にゅおおおおおお!!」
王子が小乳獣の群れに飛びかかると、乳獣らは乳目散に逃げていった。
その強靱な後ろ脚でピョンピョン跳ね回られると、目で追いかけるのでさえ困難だ。
「『二πを追う者、一πも吸えず』。目の前の一匹だけを追うのだ」
王子は彼乳の助言などには全く聞く耳を持たず、近くにいるラティッツに片っ端から飛びついては、適乳を地面に擦り付け続けた。
「ラティッツが無理なら、むまえには、あれしかないわな」
浜辺へと移動して、シーエーが乳房を器用に使いながら登っていったのは、例の乳木だった。
「これはヤチの木。落ちないように天辺まで登ってみろ。あんがい難しいがな。ほれっ!」
見上げていた王子の足下に、ゴツンと音を立ててヤチの実が落ちてきた。
「わちにだって、これくらいなら!」
王子はヤチの木の肌を両足の裏で挟みながら、ぎこちない動きで登っていった。
「簡単、簡単」
調子よく登っていた王子であったが、ちょうど半分ぐらいまで登ったところで下を見ると、急に胸が苦しくなった。
ここから落ちたら乳房が潰れてしまうかもしれぬ。そう思うと、それ以上は足がすくんで登れなくなってしまった。
気が付いたとき、王子はスルスルスルと地面まで降りていた。
「あぁあぁ、
「頂きます」
王子は胸を寄せてそう言ってから、ヤチの乳首を頬張った。その乳汁はサラサラとして水っぽかったが、微かに甘みのある乳だった。
ω ω ω
その夜、王子はシーエーとともに、焚き乳の火を囲んでいた。
「ここで寝たら、パイガーに乳を吸われてしまうではないか」
「この火が燃えているうちはパイガーも寄ってこない。安乳しろ」
グゥゥゥと腹が鳴っても、もう王子はシーエーの乳房には吸い付こうとしなかった。
たとえその褐色の陥没型パフィーニップルが、どれほど美味しそうに見えたとしても、出ない乳は吸えぬのだ。
「むまえもこれで、一谷で暮らすのがどんなに大変か分かったであろう。今までどれほど天乳たちに甘えていたのか分かったであろう」
「にゅにゅ? おぬち、わちが王子であると知っておったのか?」
「知っているも何も、この島に流れ着くのは、ミナラルへの最貧航路を辿ったぺちゃどもよ。その乳飾りを見るにプロティーンの者だということも知っておる……」
王子からの返事がないのを不乳然に思ったシーエーは、あぐらをかいて目を瞑っている王子に谷間を寄せた。
「むまえ、何をしておるのだ?」
「《
「変な乳だな、むまえは」
王子は目を瞑ったまま、意識を乳房に集中させていた。
シーエーの乳房が苦笑して揺れる音が聞こえる。乳鳥たちが乳繰り合う音が聞こえる。乳虫が乳房を擦る音が聞こえる。
意識が混濁してゆく中で、昔の記憶がボンヤリと浮かんできた。懐かしい匂いと膨らみ。プロティーンの乳原。乳王の超巨大美乳。
それらに乳を委ねていると、遠くの方から乳源の乳房が揺れる音が聞こえてきた。それはシーエーの希少乳の揺音ではなく、聞き覚えのある美巨乳の揺音に違いなかった。
「王子……バスティ王子……」
今度は声がした。目をそっと開くと、やはり見覚えのある美巨乳が、乳の火の向こうに揺れていた。
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