乳精王〈前編〉

 青い空に、モクモクと白い多乳雲が浮かんでいる。

 乳鳥の乳繰り合う鳴き声に、浜辺に打ちあがる乳波の音が覆い被さってゆく。


 白黄色の砂浜の上では、バスティ王子が乳首を上に向けて寝ていた。


 胸元にこそばゆい感じを覚えて目を開けると、真っ赤な乳蟹が今にも王子の乳首を斬り落とさんと、二つの乳鋏を構えていた。


「にゅにゅにゅにゅ!!」


 慌てて乳蟹を払い落とし、起き上がる王子。乳一重で守られた乳首。

 乳蟹は急に立ち上がった適乳の弾みように驚き、ちちくさと逃げていった。


「ん? ここはどこじゃ?」


 周りを見渡すも、乳っ子一谷いない。

 自分の乳首の届く範囲にいるべきはずの、乳守や三天乳がいなかった。


「フェリィィィン!! どこにおるのじゃあ!!」


「ゼイィィィン! はよ来ぉぉい!!」


「ルブミィィン! ロブリナァァァ! 返事せぇぇい!!」


 何度叫んでみたところで、誰からも、何の応答もなかった。

 グゥゥと腹の音が鳴り、あとから空腹感が襲ってきた。


 π陽の高さから考えて今は朝と昼の中間くらい、昨日の昼にホエイルの乳を飲んで以来ほぼ丸一日の間、何も口にしていないということになる。


 照りつける陽差しが肌を焼き、海水に濡れていたはずの乳衣は、もうすっかり乾いていた。

 それにしても暑い。冷たい甘乳を一気呑みしたい気分だった。


「かくれんにゅの時間は終わりじゃあ!! わちの負けでいいから出てこぉい!!」


 その場に座り込んでしばらく待ってみても、応答なし。


 そのうちにπ陽は天頂まで昇ってしまった。体中に汗の粒が浮かんできたというのに、背すじは嫌に寒かった。


「まったく、どこに隠れておるというのじゃ」


 王子は適乳を弾ませながら立ち上がると、周りに何か飲めそうなものが落ちていないか探した。


 薄黄色の砂浜には《ヤチの木》が転々と生えていた。

 そのヤチの木の先には、それぞれ二つずつの乳房形の実が付いており、ものによっては乳汁を上から垂らしているものさえあった。


 王子は実の下まで歩いていき、その乳の実から垂れてくる一滴一滴の汁を、舌の上で受け止めた。


「甘い。じゃが、これでは少なすぎるのぉ」


 乳首毛のようなものが生えたヤチの木に登ってみるも、すぐに滑って落っこちてしまう。

 幹を揺らそうとしてみても、王子の腕力ではビクともしない。


「もっと飲みやすい乳を探そう。いや、それよりもフェリンじゃ。そちは今どこにおる? 王子から離れるなど乳守失格じゃ。見つけ次第、慰謝乳を請求せねばな! フェリィィン!! どこじゃああ!! フェリィィィィィン!!」


 全身から肌の乳がダラダラと垂れてくる。

 なるべく木陰を踏みながら歩かねば、砂上も熱くなってきた。


「しかし、それにしても暑いのぉ。喉もカラカラじゃ……」


 砂浜を歩けども歩けども、足跡ひとつ見つからない。

 まだ王子は海岸の見える場所を歩いていたが、すでに頭は朦朧とし、足腰の重たさに限界を感じていた。


「どれ……少し休むとしよう。あの乳岩の陰が良いな……」


 前方に聳え立つ大乳岩を見つけ、その陰に入って乳を下ろした。

 陽差しが当たっていない分、いくらか涼しい。疲れからすぐさま眠気に襲われ、王子の瞼が閉じられた。



  ω ω ω



 王子は乳を横にさせたまま、その適乳をプルルンと震わせた。


「寒っ! くしゅん!!」


 次に王子が目を開けたのは、π陽が沈みかけた夕方だった。

 先ほどまでの汗が蒸発し、体の熱が奪われ、気温の低下も相まって凍えるくらいの寒さを感じていた。


「そうじゃ……フェリン……天乳たちは……?」


 やはり、王子の周りには先ほどまでと同様、乳っ子一谷いない。

 王子の胸の内が、口にしたくなかった予感でいっぱいになった。


「もしや、フェリンたちは他のところに流されてしまったのか? この島には、わち一谷なのか??」


 胸底から、寂しさと悲しさが込み上げてくる。

 そうこうしているうちに、π陽は水平線の向こう側へと半分ほど沈んでしまい、辺りが急に暗くなりはじめた。

 遠くから乳獣の遠吠えが聞こえてくる。乳細くなった王子は、砂浜を海岸沿いに走りだした。


「誰かぁ! 誰かおらぬかぁ!!」


 ポインポインと適乳を揺らし、砂の上を駆けるゆ。

 グゥゥゥグゥゥゥとお腹が鳴り続けても、適乳を上下に揺らし続ける。


「一谷は嫌じゃ。もうフェリンの乳が呑めなくなるなど、真っ平御免じゃ。天乳はどこじゃ。昨日は申乳訳ないことを言った。ロブリナに胸の無いことを言った。反乳しとる。じゃからどうか、乳神様お助けくだされ!!」


 すると王子の左脇から何者かが走って回り込み、王子の目線の下で止まった。


「何乳!?」


 それは四つ脚で立ち、舌を出しなからハッハッハッハッと細かく息をしていた。口元からは二本の長い乳牙が生えており、毛皮は黄色がかっていて、所々に斑乳はんちち模様が浮かんでいた。


「乳犬じゃろうか? にしては乳が大きいような――にゅにゅ!!」


 その乳獣はチュルルルルルと吸い声をあげたかと思うと、王子の胸元めがけて飛びかかってきた。


 乳向けになって砂浜に倒れ、その丸々とした適乳に、乳衣の上から吸い付かれる王子。乳を揺らしてみても、その乳吸い獣はしつこく吸い下がってきた。


「何を……何をするのじゃ!! 吸うな!! 離れぃ!!」


 百乳の王パイオンに並び獰猛とされている《ブーブス・パイガー》の存在を、このときの王子は知る由もない。


 ただただ己の乳房を守ろうという一乳で、王子は乳呑み虎の頭を力いっぱいに乳突ちづきした。


 ニュヤン、ニュヤァァァンとブーブス・パイガーがうろたえ、王子の胸元から前足を離す。その隙に王子は立ち上がると、乳目散に駆けだした。


「にゅにゅにゅにゅうううう!!」


 適乳を弾ませ、逃げる王子。獣乳を弾ませ、追うパイガー。


 走って向かった先は、それまで昼寝をしていた大乳岩のあたり。


 しかし、乳岩に隠れても仕方がないと考えた王子は、そこを通り過ぎて島の上方へと坂道を登っていった。

 崖と言うほどではないがゴツゴツとした斜面を、乳獣のように四つん這いになりながら駆け登ってゆく。


「うにゅ!!」


 ところが王子は、斜面の中ほどまで行ったところで、ツルツルとした乳石に足を滑らせてしまった。


 後ろを振り返ると、チュルルルルルと吸い声をあげる乳呑み虎が、乳と乳の先にまで迫ってきていた。


 絶π絶乳ぜっぱいぜつにゅう


 もはやこれまでと王子が乳を落とした、そのときである。


「アォーーーン! ボインボイーーーン!!」

 王子の目の前を、褐色の乳房が跳ねていった。


 その乳房を剥き出しにした乳源らしき者は、飛びかかってきたパイガーの顔面を胸の谷間で押さえつけた。


 すると先ほどまでの威勢は成りを潜め、パイガーはゴロゴロと喉を鳴らし始めたではないか。


「乳房は突くためものではない。乳房は押しつけるためにあるのだ」


「乳房は……押しつけるためにある……」


 しばらく王子がその乳言に胸を打たれながら突っ立っていると、ブーブス・パイガーはニュヤァァァンと満乳まんちちそうに声を上げ、二本の乳牙を振り乱しながら走り去っていった。


 バスティ王子は、夕陽に染まる謎の乳房に注目した。

 王子から見てその乳房は、特別に大きくもなく、また小さくもなかった。

 つまり大きさはプロティーン王国の一般的な乳民が持つ乳房と何ら変わらなかったのだが、異様に目を惹きつける魅力が迸っていた。

 しばらく観乳かんちちしていると、その理由が分かった。


「おぬち、珍しい乳輪をしておるな」

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