漂乳〈後編〉

 乳鯨ちちげいとも呼ばれるホエイルの白い乳房は、巨乳惑星のあらゆる生物の中で、最も大きかった。その乳房に対しては巨乳や爆乳、さらに大きい超乳という表現でさえも似つかわしくない。よくぞここまで育乳したという意味を込めて、超偉大乳と呼ばれていた。


 ホエイルの乳房も乳源のものと同様、胸に付いている。海底を泳ぐ際には体内へと格納される超偉大乳房は、今や海面上に屹立し、そのニプル山のような盛り上がりを知らしめていた。


 王子たち乳同が、そのあまりにも立派な超偉大乳房に見蕩れていると、その超偉大乳首の先端からブシュゥゥ、ブシュゥゥと大量の乳汁が吹き出してきた。


 噴射された乳の雨が乳舟の上に降りかかり、それらの乳汁によって、たちまち皆の全身がびっしょりと濡れてしまった。


 迷うことなく、顔にべっとりとついた薄黄色の乳汁を舐めてみた王子は、乳房をポインと弾ませた。


「美味ちい……美味ちいぞ!」

「うにゅ。甘酸っぱくて、サッパリとした乳ですな」

「二乳六腑に染み渡りまするぅ」


「ホエイルは一日のわずかな時間、胸部を上にして日向ぼっこします。ちょうど今は、その時間なのでしょう」 


「あぁ、もうこれだけでは足りぬ! なんとかしてあの乳を直に飲みたい!」

「王子など、あの乳吹きを浴びたら、どこかへと飛んでいってしまいまするぞ」

「かまわぬ。乳を浴びながら死んでいくのが、わちの夢じゃからな!」


「ですが、あの乳までどのようにして――」

「ご覧ください! ホエイルの表面に、あまたの乳房が生えておりまするぅ!」


 ロブリナの言葉を受け、乳同はホエイルの乳皮に注目した。真っ黒な外見からは判別がつきがたかったが、たしかにその乳皮には数え切れないほどの乳房が生えていた。まさに黒い乳壁であり、その上方に白い腹部や超偉大乳が鎮座している。


「ゼイン、わちを背負って登れ。そちが一番背が高い」

「乳意!」


 ホエイルを見上げながら触れる距離にまで乳舟を近付けると、ゼインは屈んで王子を背負い、乳皮の乳房に手をかけた。


 その乳房たちは握るには調度良かったが、足をかけるには滑りやすく、ゼインは要領を掴みつつも慎重に登っていた。見れば海面は遙か下、落ちれば乳がもげるかもしれぬ。


「もう少しで頂上じゃ」

「乳意!!」


 王子を背負いながらなので乳が折れる。だが王子はゼインの登る速さが落ちてくると、いてもたってもいられずに、その乳首を強く摘まんだ。


「はよう、せぇ! にゅんたらしてると、また潜ってしまうぞ!!」

「にゅ……乳意……にゅっ!!」

「にゅにゅ!!」


 白い胸まであと二乳房分というところで、ゼインは足をズルリと滑らせかけた。その瞬間に両手が乳壁を掴み、足場を確保する。


「なぁにをしておるのじゃ!!」

「大変申乳訳ございませぬ!」


「ええぃ、こうしちゃおれん! ゼイン、乳を借りるぞ!!」

「にゅい?」


 王子はゼインの背中から肩に飛び乗ると、その頭にしがみつき、今度はゼインの乳房を踏み台にしてボインと飛び上がった。


「に゛ゅいいいいいい!?」


 落下していくゼインの、胸が爆ぜるかのような驚きの声もよそに、王子は見事にホエイルの超偉大乳房の根元に着乳――したかと思ったのだが、


「に゛ゅううううううう!!」


 王子もまたツルツルの胸元に足を滑らせて落下、乳房から着水した。


 ゼインは乳房で体勢を整えながら、浮かび上がってきた王子を引き寄せた。


「王子、何をなさるのです!! あんな高いところから落ちては危ないでは――」

「ちっ、もうちっとじゃったな」


 フェリンとルブミンに手を取られながら、二谷は乳舟に這い上がった。


 それからは誰もがその超偉大乳房に登ろうとは言い出さず、天からの恵みのように吹き出してくる乳汁を全身に浴びながら、狂ったように舐め回した。


 栄養豊富な乳汁は、たちまち乳同の空腹感を満たしていき、大飲み後独特の気怠さまで感じさせるほどだった。


「これも、乳神様の御計らい。真乳に感射いいたしまする」


 海底へと帰って行くホエイルに対して、乳守が巨乳軌道を描き、皆が彼乳に続いて乳を下げた。



  ω ω ω



 その夜は久しぶりに誰も不乳不満を漏らさぬまま、乳舟の上で一列になって寝ていた。

 やはり空腹は、内乳うちち揉めの最大の原因なのかもしれない。


「王子、先ほどは大変申乳訳ございませぬぅ……」

「うーん、なんのことやらサッパリじゃ……」


 王子は眠い目を擦りながら、朦朧とした頭でロブリナの声を聞いていた。

 ホエイルの特濃乳汁を飲んだあと、急激な満腹感から起こった眠気が乳同を襲い、一谷残らず乳舟の上で寝入ってしまったのだ。


「果たして、わたちたちはどこへ向かっておるのでしょぉね」

「さぁ……? まぁ、なるようになるじゃろ……」


 王子の声に目を覚ましたフェリンは、額の上に乳汁が垂れたような感触を覚えた。

 舐めてみると味は無い。それは乳汁ではなく、雨水だったのだ。


 王子の朦朧とした意識の中に重低音の何かが聞こえてきた。遠くの方では、何かが光ったような気もする。

 そうするとまもなく、雨粒が何度も落ちるようになってきて、すぐに小粒から大粒のものへと変わっていった。


「皆の乳、起きよ!」

「何事か!?」


 フェリンの一声に、ルブミンが乳を起こした。


「あれは嵐を呼ぶ乳雲……それも、どんどんと近付いてくる様子……」


 ゼインはその超乳を乳振るいさせた。


「少しでも離れましょう!! 王子もお漕ぎください!!」

「なんじゃ、なんじゃ!?」


 乳波は次第に高さを増していき、乳舟は上下に揺れた。乳原を駆ける巨乳のごとくの揺れっぷりだった。


「おっぱ! おっぱ!!」「にゅにゅにゅにゅにゅ!!」


 乳同は慌てふためき、乳衣からポロリとこぼれる乳房にもかまっていられなかった。

 乳櫂で漕げども漕げども振り回され、まともに漕げたものではない。


「乳舟に海水が!!」

「掻き出せ! 掻き出せ!」

「無房でございまするぅぅ!!」


 天乳らが荒ぶる乳舟と揉み合っているとき、乳守が声を上げた。


「あれは!? 遠くに、陸が見えまする!!」

「五つ目の乳島か!!」

「まだまだ遠いのではぁ!?」


 すでに乳舟の半分は海水に浸っていた。ゼインが超乳で海水を掻き出そうとするも、それ以上に多くの海水が入ってきて乳舟は沈むばかりだ。


「沈むぅ! 沈みまするぅぅぅ!!」

「泳いで渡れぬか!?」


「フェリン! こわい……うっぷ、死にとぅない!! フェリン!!!」

「王子は我が乳に代えてでもお守りいたします!! 皆の乳も必ず生き延びて! ミナラルで合乳しましょう!!」


「「乳意!!」」


 天乳らの声を聞くやいなや、フェリンは王子を背中におぶって乳海へと飛び込んだ。


「王子!! あまり海の乳をお飲みならぬよう――」

「分かっておろろろろろ!!」


 王子はたっぷりと海水を飲み込んだ。塩味が舌を灼き、たまらず海水を吐き出すも、また飲み込んでしまう。


 フェリンの巨乳は二谷分を浮かばせるには、いかばかりか乳許ちちもとなかった。

 乳月も乳星も見えぬ暗闇の中、冷たい海水が王子の体温を奪ってゆく。

 王子は両手でフェリンの美巨乳をしっかりと掴みながら、海面から浮かび上がったときに息をすることだけに集中した。


「王子、大乳波が来ます!! 息を吸って、口を閉じて!!」


 乳鯨ほどもあろうかという巨大乳波が目の前に迫ってきていた。


 王子は視界が上下に揺れる中、胸いっぱいに空気を吸って、息を止めた。


 頭の上から乳神が覆い被さってくるかのような乳波を浴び、海底へと深く深く引き摺りこまれる。


 王子の口元を押さえたフェリンの手から空気の泡が吐き出され、バスティ王子の意識は落ちていった。

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