第二章 ラクトバチルスの森

乳搾り〈前編〉

 手の平に収まるほどの微乳が揺れていた。


 バスティ王子が緑の草原を走りながら後ろを振り返ると、π地の乳首たる茶色いニプル山があった。幼い頃から慣れ親しんだ景色がまだ見えていることに、王子はホッと胸を撫で下ろした。


「なんじゃ、そちらは遅いのぉ。置いてゆくぞ?」

「王子ぃ、お待ちくだされぇ」

「こんな旅、とっとと終わらせて早く帰るのじゃ!」


「そう申されましても、まだまだ旅は長いのですから――」

「その調子ぃ! その調子ぃ!」

「これ、ロブリナ。煽るでない」


 あとをついていく乳守と四天乳らは、早くも谷間に汗を溜めていた。

 彼乳らはプロティーン王国を出てからというもの、先を急ぐ王子と共に走り通しだったのだ。


 これから東の国カルボに辿り着くまでには広大なパルメザン平原を渡り、鬱蒼としたラクトバチルスの森を抜けねばならない。どんなに短く見積もっても三十日間ほど歩くことになるというのに、未だ王子の歩調は迸り、疲れというものを知らなかった。


「王子、そこまでお急ぎにならなくともっ――」


 乳守フェリンが、やっとのことで王子の背中に追いついたかと思うと、王子は急に立ち止まり、ポヨンと美巨乳が弾んだ。


「フェリン、あれは何じゃ?」


 王子の乳差した方向に、頭に二本の角を生やした茶色い乳獣たちがいた。その腹下には桃色の長乳が四つ吊り下がっている。乳草の乳液を口で吸っており、こちらには乳首毛ほどの興味も示していないようだった。


「あちらは《バッファニュー》でございまする。王子のお飲みになられている甘乳に使われる、特別な乳汁を出す乳獣にございます」


「ほぅ……これがバッファニューか。では、あれは?」


「あちらは《モコニュ》。王子の乳衣を編むための乳糸ちいとを出す乳獣にございますぅ」


 バッファニューより三カップほど小さな乳房を持つ、毛むくじゃらの白い乳獣は、王子に向かってメェと鳴いてみせた。


「ここらで昼飲ちゅういんにいたしませぬかぁ?」

「そうしましょう!」「そうこなくては!」「乳意!!」


 ロブリナの提案に、乳同ちちどうが乳房を縦に振った。


「それでは、あちらのバッファニューから頂きましょう。ゼインとルブミンは側面へ、わたちちは前方から仕掛けます。チムとロブリナはその隙に!」


『乳意!』


 野外で乳を飲むには、乳獣から乳を貰い受けなくてはならない。

 これは、懸けの仕事だった。


 駆けだしたゼインは左から、ルブミンは右から、持ち前の大いなる乳房で獣を抑えこみ、挟み乳にする。乳獣は混乱して乳をもたつかせながら、左右の美乳に目移りをさせた。


 すかさず乳獣の面前に立ったフェリンが豪快に乳袋を捲り、白い巨乳を剥き出しにする。

 すると乳獣の瞳孔が開き、淡く紅に染まった両の乳輪を、真正面から至近距離で見つめざるを得なくなった。


 勝負あり。


 横倒れになる乳獣からロブリナが身を引くと、四方に備わった豊乳が、ばゆんと弾んだ。


 チムが背負っていた乳瓶を添えて、ゼインと共に手慣れた動きで乳を搾り取ってゆくと、瞬く間に白濁汁で一杯になった。


「そのくらいで良いでしょう」


 フェリンの声で二谷は搾り手を止めた。

 ルブミンは乳搾りの返礼として、横たわった獣の目の前に、乳草を練って作っておいた乳団子ちちだんごを二個お供えした。


「どうです? わちちたちの乳捌きは」

「胸が熱くなったぞ!」

「それでは、たぁんと召し上がれ」


 王子がチムから受け取った乳椀にゅわんには、微かに茶色がかった白っぽい獣乳で満たされていた。それは国で飲んでいたものよりも、少々粘り気があるように見えた。


 恐る恐る、王子は一口飲んでみた。

 すると口の中に広がったのは、大自然で育まれた濃厚な旨味と、搾りたてならではのクセになりそうな臭みだった。


「うーん、美味い! もう一杯!!」

 王子は空になった乳腕を高々と掲げた。



  ω ω ω



 焚き乳の火が夜の闇に浮かび、夜空には乳の川が光り輝いていた。


 初めての乳渡り、初めての乳搾りとくれば、次は初めての野乳休のにゅきゅである。

 すでに四天乳は、野に広げた乳敷の上に寝転がって夢の中だ。


 王子はフェリンの胸元に抱かれながら、天に浮かぶ乳月にゅうげつの乳輪を見つめていた。


「フェリンは寝ないのか?」

「野には恐ろしい吸いっぷりの乳獣や乳賊にゅうぞくらがうろついておりますゆえ、わたちちたちは交代で起きているのでございまする」


 フェリンは、乳首を捻られるような想いで四天乳を流し見て、溜め乳を漏らした。乳守と四天乳が交代で野番をするはずが、そんな話し合いすら行われずに皆が寝入ってしまったからだ。


「乳渡りの旅というものは、思いのほか楽しいものだな」


 フェリンの乳首がピクリと動いた。


「それはそれは、大変嬉しゅうお言葉にございまする」

「外で飲む獣乳が、こんなにも美味いものだとは。もっと飲んでみたいものじゃ」


「はてさて、三日もすれば『帰りたい、帰りたい』と仰るようになるのでは?」

「ぺたなことを申すな。あんな貧乳の乳上が治める国になど、二度と戻ってたまるものか。どこか良い乳の出る国を見つけたら、そこで一生暮らしてやる」


 王子の手が、フェリンの胸元をポンポンとたたいた。

 その胸の内を察したフェリンは乳袋を捲り、麗しい双丘を露わにした。


 王子は向かって左の乳を吸いながら、右の乳を揉みほぐしていく。

 深いコクの中にも淡い甘みのある乳は、獣の乳と比べるまでもなく、極上の乳汁であった。

 この乳であれば、毎日浴びるほど呑もうが飽きることはないだろう。


「まだまだ旅は始まったばかりでございます。どうか、乳断にゅだんなさらぬよう」


 フェリンは目を細めながら、我が乳を頬張る王子の、僅かばかりの乳房を揉んだ。



  ω ω ω



 そして一行がプロティーン王国を出てから、三日目の昼飲をとろうとしていたときのことだ。


 これまでと同じように乳獣の乳を搾り、ゼインが王子に乳椀を手渡そうとしたところ、その手は頑ななまでに乳椀を受け取ろうとしなかった。

 王子の微乳は下を向き、あからさまな不満を訴えていた。


「どうされました? 王子」

「飽きたぁぁぁぁ!! もう、獣乳は嫌じゃああああ!!」


 王子が上に放り投げた乳椀が宙を舞い、乳汁の雨がフェリンの頭上へと降り注いだ。

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