乳搾り〈後編〉

「飽きた! 飽きた! 飽きたぁぁ!! もう生乳は飲みとうない! 国の甘乳が飲みたい!! 帰りたぁぁぁい!!」


 無理もない。王子が三日も歩き続けたのは、乳生にゅうせい初めてのことだったのだ。

 その疲れといったら、少しばかり小さく萎んでしまった微乳でさえ、むしって取ってしまいたくなるほど。


 王子は旅の中で、国にいた頃を懐かしんだ。フワフワの乳毯の上に寝そべりながら乳官の乳を呑み、乳臣の乳を揉みしだいていた日々のことを。

 思い返せばあの頃は、苦しいことなど何一つなく、楽しいことや、気持ちのいいことばかりだった。

 こんな移動があと百日も続くことを考えると、胸が凍りつくような想いがした。

 引き返すのであれば今のうちじゃ。歩けば歩くほど、帰ることさえ難しくなる。


「あらあら」

「とうとう仰いましたね」


 フェリンは乳まみれになった顔を乳布で拭いながら、落ちていた乳椀を拾った。


「もう歩きとうない! なにが乳渡りじゃ! なにが王子じゃ!! なにゆえわちだけがこんなことをせねばならぬ!!」


「わたちらもついておろう」


 ルブミンの言葉に、チムも乳を縦に振った。


「そうでございます。わたちのお乳をお呑みになられますか?」

「そちらの薄乳なぞ要らぬわ!」

「そんな……」

「困りまするぅ」


 すると、五谷の中の一谷がその場に屈みこんだ。王子に背中を向け、両腕を後ろに回した。

 彼乳こそ、王子の乳渡りを我が乳に代えても成し遂げるとその胸に誓った者、乳守ラクト・フェリンだった。


「王子が歩かぬと仰るのならば、わたちちたちが王子の分まで歩きましょう。さぁ、わたちちの背中にお乗りください」

「初めからそうせよ!」


 こうして三日と経たず、王子は彼乳らの背におんぶされることとなった。

 フェリンが疲れたらロブリナが、ロブリナが疲れたらルブミンがというように、彼乳たちは交互に王子をおぶっていった。


「あっはっは! 楽じゃ楽じゃ! あはははははは!」


 すると王子の乳は、みるみるうちに以前までの張りと艶を取り戻していった。

 やはり、ストレスは乳に良くないのである。



  ω ω ω



 その翌日、カルボ王国を目指して東へ向かう乳同は、延々と続いていくかのように思われたパルメザン乳原を越え、ラクトバチルスの森へと入っていった。


 その乳森ちちもりは、彼乳らが初めて目にする動植物で満ち満ちていた。乳木の群生が甘い香りを漂わせ、乳猿ちさる乳鳥ちどりの声が響き渡り、乳蝶ちぃちょう乳蜂ちちばちが視界を横切っていく。


 二日間は野乳休をしても、木々を渡る獣の騒めきなどで眠るに眠れず、彼乳ら六谷の足取りは急に重くなってしまった。


 ラクトバチルスの森に入って二日目の昼過ぎ、王子は腹部をさすりながら、乳同の休んでいる場所まで戻ってきた。


「あいたたた……」

「王子、まだお腹の調子がよろしくないのですか?」


「そうじゃ。おぬちらは何ともないのか?」

「はい、わたちちは何とも。ただルブミンは……」


「この乳森の乳茸ちぃたけを吸ってからというもの、どうも調子が悪くてかなわぬ。あいたたたた……」


 ルブミンの豪乳は垂れに垂れ、見るも無惨な軟弱乳となってしまっていた。


「今日はもう休みましょうか?」

「いえ、まだ予定の半分も歩いておりませぬ。もう少し歩かねば――」

「わちはもう歩けぬ!」


 王子は胸を張って言った。


「わたちたちも、王子をおぶりながらでは大して進めませぬ。π陽が暮れてしまう前に、野乳休の場所を確保いたしましょう」

「そうしましょう、そうしましょう」


 乳木の根や、ぬかるんで滑りやすい地面など、慣れない足場に疲れきっていたチム、ルブミン、ロブリナらは、ゼインの提案に乳を縦に振った。


「仕方ありませんね。ただ、この木々の間は野乳休に向いておりませぬ。どこか他に良い場所は――」

「あそこはいかがか?」


 ルブミンの乳示した方向には、乳岩で囲まれた洞穴があった。その先は暗く、先に続いているようだったが、中の様子までは見えなかった。


「参りましょう、参りましょう!」

 恐い乳知らずのロブリナを乳頭に、それぞれπぱいまつを前に掲げながら、洞窟の中へと足を踏み入れていく。


 内部はジメジメと湿気を帯びており、その壁面はベタつく粘液のようなもので覆われていた。


 入り組んだ道をπ明で照らしながら進んでいくと、驚くべきことに、十谷は楽に寝られるであろう空間が広がっていた。


「これは……何でしょうか?」


 ゼインが照らした壁面には、無数の乳房が描かれていた。それは乳源たちが互いに乳争いしているような場面を描いた壁画だった。


「どうやら、ここに誰かが住んでいたようですね。いや、さては――」

「ご覧くださいませ! 乳汁にございまする!!」


 ルブミンが手に持っていたのは、プロティーン王国で使われていた、懐かしの獣乳瓶だった。

 升目状の獣乳箱に整然と詰められていた獣乳瓶を持ち上げ、チムは匂いを嗅いだ。


「よく冷えておるな。これは獣乳か? いや……この香りは……」

「色味からして乳源の乳汁でしょう。それにしても鮮度が良い……もしや今もまだここに住んでいるやもしれませぬ」

「そのようだな……」


 ゼインの仮説に、フェリンが同意の乳振りをした。

 何者かがここに住んでいる。それは、今に帰ってくるかもしれない。

 そんな二谷の心配をよそに、王子は自分の発見に乳を震わせた。


「これは……」


 地面から、二つの乳房が生えていたのだ。

 フェリンほど大きくはないが、王子の微乳よりは遥かに大きい。それはまるで、本物の乳源の乳房のようだった。

 王子が乳差し指でその乳房をつつき、片乳を揉んでみると、まるで生きているかのような温もりがあった。


「王子!! 触れてはなりませぬ!!」


 乳守に「ならぬ」と言われれば、ついついやってしまうのが、バスティ王子の悪い癖だ。

 よく見るとその乳首には、金の乳首輪が嵌められていた。王子は指先でそれを摘まみ取った。


「なんじゃ、これは?」


 王子がπ明を近付け、乳首輪の表面に刻まれた文字に目を凝らした――そのときである。

 地面が捲れ上がり、王子は悲鳴を上げる間もなく、その土飛沫に呑まれた。


「王子!!」


 フェリンたちが乳を振り乱しながら駆け寄るも、地中から現れた何者かが王子の胸元に手を回し、盾にするようにして立ち上がった。


「動くでない!!」


 その者は、王子の微乳に鋭利な乳刃を食い込ませ、その僅かばかりの胸の輪郭を際立させてみせた。


「少しでも動いてみよ。今にこの者の乳房は、真っ平らになるであろう」

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