チチカリ族〈前編〉

「チチカリ族とは何乳なにちちだ?」


 巨乳木の穴の中で状況を飲み込めずにいた王子が、ゼインの左乳を肘でつついた。


「森に迷いこんだ旅乳たびちちらを捕まえて、最後の一滴まで乳を搾り取るとか。あるいは攫った者の乳房を剥がして、乳神様に捧げるとか」


「それは恐ろしいな」

「ゼイン」


 たしなめるようなフェリンの口調に、ゼインは胸をすくめた。


「はたして、このまま隠れていた方が良いのでしょうか? 少しでも遠くへ離れた方が――」

「ビフィがああ言っておったのだ。ここにいよう」

「しかし、あやちの仕掛けた罠という恐れもございます」

「乳懸けで私たちを庇ってくれた者を疑うのか?」

「それは――」

「来ましたぞ!」


「「「オーパイ、オーパイ、オーオー、パイパイ――」」


 乳を揺らすような叫び声が近付いてくると、小ぶりな乳獣たちが草むらから飛び出し、一斉に後方へと走り去っていった。


 巨乳木の隙間から微かに見えた大乳団は、獣の鳴き声にも似た聞き慣れない言葉で唱和し、森の中を二列になって歩いてきた。


 彼乳たちの乳房は大きいものの醜く、垂れに垂れ下がっていた。おそらく普段から、乳袋や乳衣も身に付けずに上下に飛び跳ねているためであろう。


 チムから教えられたとおり、体には無数の乳飾りが刺されており、素肌が見えないほどであった。


 王子の胸は縮こまり、乳首すらも引っ込んでしまった。

 彼乳らに見つかったら、乳を搾り摂られるだけでは済まないだろう。そんな予感がした。


 そしてその異形の列の乳頭に、ビフィがいた。

 両手に乳棒を構え、その動きで行き先を示し、一団を率いているように見えた。


 彼乳らは王子たちの隠れている乳木の付近から大きく曲がると、次第に離れていった。

 しばらくそれを見送り、辺りが静かになったところで、チムが胸を撫で下ろした。


「助かりましたぁ」

「あれだけの乳に囲まれれば、ただでは済みますまい」

「しかし、ビフィ殿が……」


 初めて乳親から乳を拒まれた子供のように落ちこんだ彼乳らであったが、前方から乳房を揺らして駆けてきた柔乳やわちちを見て、胸色を明るくさせた。


「ビフィ殿!! よくぞご無事で!!」

「言った通り、隠れておったな」


 乳に傷一つ残さず帰ってきた彼乳に安乳あんにゅうした乳同は、巨乳木の穴から抜け出した。


「いやぁ、助かったぞ」

「危うく乳を失うところでした」

「……ん?」


 ルブミンは、依然としてビフィの胸元が引きつっているのを見ながら、異変を察した。


「「オーパイ、オーパイ、オーオー、パイパイ――」」


 すると今度は、獣の鳴き声にも似た聞き慣れない唱和が、すぐそばから聞こえてくるではないか。


「なんじゃ……なんじゃ? どうなっておる!?」


 草むらから続々と、真っ黒な乳首をした、真っ白な乳房たちが現れた。

 いつの間にか乳同は、醜い垂れ乳たちの群れに取り囲まれていた――その数、三十から四十ほど。


「何をする!!」


 フェリンは王子を悪しき乳房から守ろうと庇ったが、後ろからその巨乳を掴まれ、その胸元を乳縄ちなわで縛られた。他の者たちも同じく縛られ、王子から引き離された。


「離せ!! 離せ、垂れ乳どもぉ!!」


 そう叫ぶやいなや、王子は後ろから何者かに乳房を掴まれた。己の背中に当たっていた軟乳なんにゅうは、つい先ほどまで吸おうとしていた乳房に違いなかった。


「ビフィ、これはどういうことじゃ?」


 乳房を握る手は、切なくなるほどに優しかった。


「ここは大人しく捕まってくだされ」



  ω ω ω



 いくつもの乳火が壁面に並び、薄暗い鍾乳洞の中を照らしている。

 バスティ王子ら一行がチチカリ族に連れてこられたのは、何十谷もの彼乳らが暮らしている、巨大洞窟の奥深くの一室だった。

 見張りの者が二谷、こちらに背を向けて入口の両脇に立っている。


「それほど胸暴そうには見えぬのですが……」

「なに、乳を見せたら襲いかかってくるぞ」


 四天乳は乳寒い部屋の片隅で、胸を寄せ合っていた。その中心には、青い胸を震わせる王子がいた。


「フェ、フェ、フェ、フェリン。わっ、わちらの胸は、どっ、どうなってしまうのじゃ?」


「チチカリ族というのは、乳神様に対して生け乳を捧げることで乳名な部族でございます。乳渡りする者を捕まえては、その乳を頂いているとか」


「ひぃ! ビフィよ! そちのせいでこうなったのだぞ!! なんとかせい!!」


 王子に乳房を握られつつも、ビフィは乳色一つ変えなかった。


「わっちの国の王子も、やちらに乳を削がれたからのぉ」

「なんじゃと!」


 王子の両手が、ビフィの胸元から離れた。


「わっちとオリゴ王子は四ヶ国の乳渡りを終えて、国に帰る途中じゃった。ところがこの乳森を抜ける途中、下の乳を出しに行った王子と、はぐれてしまったのじゃ」


 ビフィは遠くの乳房を見るような目で、揺らぐ乳灯を見上げた。


「『もしや道に迷われたのでは?』、『まさかパイオンに乳を吸われたのでは?』。乳を振り乱して走り回ると、わっちはオリゴ王子を見つけた。王子は乳狩り族に捕まっておった」


 王子や四天乳らがビフィから話を聞いていたその裏で、フェリンとゼインはチチカリ族の者と乳話していた。

 それは古代ブーブス語と呼ばれるもので、異なる言語圏の者たちが、乳房の動かし方で意思疎通を図るための乳段にゅだんであった。


「わっちは彼乳らを追って、この鍾乳洞まで辿り着いた。物陰に隠れて王子を助ける機会を窺ったが、洞窟の中には何十谷もの乳狩り族がおって、どうやっても王子を助け出すことが出来ねぇ。国に戻って味方を連れてくるか……いや、それでは王子の乳が狩られちまう。そんなことで悩んでいるうちに、やちらの儀式が始まりおった。やちらは狂ったように踊り、歌い、跳ね回った。そのうち王子の乳の上に粘液のようなものが塗りたくられ、洞窟の中を、王子の悲鳴が響いていった。わっちは……わっちは……怖くなって逃げだした!」


 王子は乳が凍るような気分になり、絶句した。


「乳渡りは、もうすぐ終わりだってぇのに……わっちは、自分の乳が無くなるのが怖くなって、王子を見捨てたのじゃ。乳守失格……いや、乳源失格じゃ……」


「そうじゃったのか……」


「おぬちらには迷惑をかけたと思ぉとる。だから迷惑ついでに頼まれごとを聞いてくれんか。わっちが、やちらからオリゴ王子の乳房を取り返したら、それを持ってカルボ王国へ届けてくれ。わっちは、わっちの乳に代えてでも、おぬちらをここから脱出させてみせる!!」


 ビフィは王子の乳房に向かって、己の乳房を前後にボインと突き出した。これはオリゴ王国式の、乳王への誓いのポーズだった。


「よかろう。ただし条件がある」

「なんじゃ?」


 王子の微乳が、ビフィの胸元を差した。


「そちの乳を直呑みさせよ。その乳を呑まずして乳離れしとうない」

「お安い御乳ごにゅうでさぁ!」


 ビフィは胸元をはだけ、その柔乳を露わにした。少々垂れ気味ではあったが、乳首から漏れ出る雫からは、呑欲どんよくをそそるような芳醇な香りが漂っていた。


 王子は、まだチチカリ族と話しているフェリンの目を盗み、目の前の乳にしゃぶりついた。

 そこから分泌されたのは甘酸っぱい乳汁。早摘みの乳実のように爽やかな酸味が口の中に広がると、後を追って柔らかな甘味が染みてきた。


「うーん、美味い!」

「好きなだけ呑んでくだせぇ」


 ビフィの柔乳首に口を吸い付かせたまま、王子はフェリンの方を流し見た。すでに彼乳はチチカリ族との話を終え、今度は四天乳らとヒソヒソ話し合っていた。

 直呑みするには今しかないと、王子は急いで乳を吸った。

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