第12話 形づくる 後編 2/3

 ゼツは清々しくさえ見える顔で言った。

「人形は僕が連れて行く。一緒に消えることにするよ」

「それは……いいんですか?」

「うん。未練がなくなった。僕が人形を大切に思ったのは、人形が愛されていたからだ。でも、君も八白も、ここにいる魂もすべて愛されている。だから、もう十分なんだと思う。同じくらい大切なんだ。だから、僕が何百年も突き通したわがままも終わりにするよ」


 それは、ダメだ。

「ゼツさん。俺も、人形を助けたいんです」

「君は……ほんっっっっっっとに、度胸だけは一人前だね!?」

「すみません……」

「八白が押し切られるわけだよ、まったく」


 ゼツはとても困った顔で言った。

「そういう風に言われるとさ、決意が鈍るんだよ」

 その顔を見て、ようやくわかった。今までのゼツの表情、無茶苦茶にハイになったり騒いだり笑ったり。全部、ただの空元気だ。ゼツは俺よりずっと賢い。だから、投了までも早い。読み切ってしまえるから。俺が現れた時点で――もしかすると、もっと前から、こうするしかないとわかっていたのだろう。


 ゼツは苦笑いをする。

「バレちゃったか」

 俺は何も言えなかった。


「どうする?君がここにいる限り、人形は動かない。八白が回復したから、きっと残り香はもう消えただろう。ここで眠る人たちは助けられる。でも、君は動けない」

「それは……」

「今度は、君が犠牲になるのか?」

「それをあなたが言いますか!?」

「言うさ。他に言ってくれる人がいないんだから、しかたないだろ」


 俺は黙り込む。ここに来て、打つ手がない。

「俺は……」

 ゼツは黙って聞いている。

「俺は……ここに……残れません」


 ゼツはホッとした顔をした。

「そうだよね。八白を独りにするようなこと、心になくても口にするようなら、叩き出して速攻で成仏してやるつもりだった。あー、ホッとしたぁ」

「俺だって八白を独りにしたくないですよ」

「寂しがり屋だからね。アイツ」

「そのくせ強がるし」

「ほっとけないよね」

「ほんと、そうです」


 二人で笑い合う。しかし、解決策がないことは変わりない。俺は、往生際悪く言う。

「どうにか、ならないですかね」

「君、“往生際悪く”っていうけど、往生するのって僕の方だからね」

「あ、そういうの、いらないです」

「なんだよー」


 ゼツはだいぶシリアス成分が抜けてきた。というか、もう開き直ってしまったというべきだろう。心は完全に決まっている。だから、後は僕が納得したら終わりなのだ。だからそうなるまで、会話を楽しめばいいと思っているに違いない。

「正解」

 ゼツは俺の心を読んで、そう答える。


「そういえば……」

「お、時間稼ぎ?」

「時間稼ぎです。心の中を読む術を使ってるのに、なんで逆に心を読まれたり、俺はぜんぜん読めてなかったりするんですか」

「そりゃ、こっちもカウンターで術使ってるからね。心の中に心を持った人格を作るんだよ。そうすると、現実世界で話してるのと変わらなくなる。そうなりゃ、あとは地力の勝負だから君に勝ち目はない」


「なるほど」

「術が使えない相手や、弱り切ってる相手なら本音が聞けるよ。そりゃぁもう丸裸」

「怖い術ですね」

「術はぜんぶ怖い。無暗に使わないようにね」

「はい」


 俺の時間稼ぎの質問は、あっさり答えられた。それほど時間を稼げていない。そもそも、時間を稼いでどうにかなる問題ではない。でも……

「あ、あともう一つ……」

「もうだめ」

「……」

「時間稼ぎしてもどうしようもない。だろ?」

「……はい」


「そろそろいいかな?」

 穏やかな顔でそういうゼツに、俺は何も言えない。

「助けようとしてくれて、ありがとう。君と話せてよかった」

「俺も、ゼツさんと話せてよかったです」

 どうにか、それだけ言葉を絞り出す。これで、本当に最後だ。


「お前! なぁに勝手に消えようとしとるんじゃ!!」

 横殴りの怒鳴り声に俺とゼツが目を丸くする。声のした方を向くと、そこには八白がいた。

「結! お前が遅いからこんなところまでわざわざ来る羽目になったじゃろうが! その挙げ句なんじゃこれは! “人形を救う”んじゃなかったのか! お前は、どれだけ儂を心配させたら気が済むんじゃ!!」

「うわぁあ。ごめんなさいごめんなさい!」

「あ、いやそれは僕がね」

「うっさい! ゼツ! 貴様も散々好き勝手やりおって! 儂がどんな気持ちで今まで暮らしてきたと思っておるんじゃ! それもこれも“人形を救う”ためなんじゃろうが! 散々振りまして死ぬ思いまでさせたくせに、なーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぁあにを、綺麗さっぱりした顔で諦めとるんじゃ!!」

 助け舟を出そうとしたゼツも怒鳴り散らされて黙ってしまった。当然、俺などは口を挟めるわけもない。


「お前ら! 二人まとめて、叩きね回し踏み潰してやるから!! そこになおれぇ!!!」


 ゼツの成仏――人形を連れてこの世から消えるという行動は、八白の乱入で一旦、延期となった。そして、かくかくしかじかと状況を八白に説明して、どうにか納得してもらおうと俺とゼツの二人がかりでなだめるが、過去最高のブチ切れ状態である八白の勢いはまるで止まらない。


 ゼツをして「初めて見た」と言わしめるほどの、怒髪天を突く八白が落ち着くまで、この場所――ゼツと人形の心はしばらく荒らし回られることになった。


 心の空間って、素手で殴って砕けるんだなぁ……。



「つまり、自我といえるような心がないことが問題なんじゃよ」

 ひとしきり暴れ終えて、スッキリした八白が状況を説明している。その足元に、心の空間を物理的に叩き捏ね回し踏み潰されたゼツと、精神世界だから多少無茶をやっても死なないという理屈で精神体を肉体的に叩き捏ね回し踏み潰された俺が、無残に転がっていた。


「そこで、意志を持った存在をここに住まわせればいいのじゃ」

「ぞんなづごうのいいぞんざいがいるんでずが」

 声が上手く出ない。口の中が痛い。

「心が痛い……涙が止まらない……」

 ゼツもぼろぼろである。


「連れて来ておる」

 そう言った八白の後ろから、小さな臭気のかたまりが現れた。

「ぞれ……っで」

「残り香……かい?」

「そうじゃ」


 八白が何を考えているのか、ようやくわかった。たしかに、残り香には自我がある。それは八白と同調した人形が、偶然にも生み出した物だ。残り香は人形の一部でもあり、八白の一部であり、それぞれとは異なる存在でもある。


「そうか……自分で勝手に動き回っていたんだから、自我を持った……願いを持った存在ですね」

 あ、口が治った。精神体は治りが早いようだ。

「うん。その子は人形の心が外の世界に出て手に入れた自我とも言える。それを戻すわけだから他人の心になるわけじゃないし、もともと人形の一部だからすぐに馴染むだろうし、うってつけだね。これで、人形を生かすことができる」

 ゼツはまだ涙目だ。待てよ。もしかすると、悲願が達成できることへの感涙なのかもしれない。……胸を苦しそうに押さえているから、違うか。


「心の中にも心を持った存在が作れるんじゃ」

「あ、ゼツさんにカウンターされた時に聞きました」

「その逆もまたしかりじゃ。心の中に心を持った存在が住み着けば、時間をかけてそれが本来の心と混ざり合う」

「あとは時間が解決してくれるって訳だね」

 ゼツもようやく安堵の表情を浮かべている。心が回復したようだ。


「でもね」

 ゼツが言う。

「それだけじゃ足りないよね」

「そうじゃな」

「どういうことですか?」


 八白は顔を背けて黙ってしまう。ゼツが穏やかな顔で続けた。

「人形の呪いは消さなければならない。だから、それは僕が持って行く」

「……消えなくて、済むんじゃないんですか……?」

「そうはいかないよ。何百年も残る魂なんて、本当なら許されない。あるべきところに行くだけだよ。それに、人形から呪物としての要素を取り除かないままじゃ、残り香を使っても結局は呪物になってしまうからね」

「……八白さんは、それで良いんですか」

「……それが摂理せつりじゃ」


 今度こそ、どうしようもない。これは歪めちゃいけないことなのだと、八白の横顔が物語っていた。

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