第4話 確かめる 1/3

 前回の事件のあと、俺は川崎の状態を確認するために東野とよく連絡を取るようになった。二週間ほど過ぎた現在、川崎は学校に通うようになったし、何の問題も起きていない。


 前回の件で色々と思うところはあったが、不思議な事件に首を突っ込むこと自体をやめようとは思わなかった。それは八白への執着のせいでもあるし、八白が前回の失敗を共に背負うと言ってくれたからでもあった。八白が、俯いた俺の顔を持ち上げた時、今までの俺の行動を認めてくれた気がした。ずっと黙認状態だったが初めて言葉と行動で肯定された気がして、素直にうれしかった。


 川崎の件に最後まで責任を持つという覚悟を固めたこともあり、俺ははやる気持ちと、慎重になるべきだという自戒の間で、この二週間を耐えてきた。だが、そんな俺の事情を周囲が知る訳もなく、気遣ってくれる訳でもないということを、今日、東野が教えてくれた。


「俺さ。美幸みゆきと付き合うことになったから」

「美幸?」

「川崎美幸だよ」

「……川崎さん、恋愛できるくらい立ち直ったってこと?」

「そういうことじゃね? 向こうから言ってきたし」

「マジ?」

「マジ。10日ちょっとでそこまで回復したのは、お前のおかげだと思ってさ。礼を言うぜ」


 わざわざ交際を報告したのは、俺を功労者と思っての義理立てだったようだ。

「いや、俺のせいでこじれたようなもんだから……でも、ホッとしたよ」

「神谷は真面目だねぇ」

「また何かあったら、すぐに教えてくれ」

「ああ。でも大丈夫だろ。前の男のことは、もう全然気にしてないっぽいぜ」


 つよいと言うか、したたかと言うか。とにかく、彼女は立ち直ったのだろう。この先、一番近くにいる人間が東野になるのはさいわいだ。何かあった時にすぐに対応できる。そう考えていると、東野が突拍子もないことを言った。

「なに真剣な顔してんだ? もしかして、お前、美幸に気があったのか?」

「何でそうなるんだよ……」

「冗談だよ。重く考えすぎなんじゃねぇの?」


 色々と言い返したい気持ちになったが、どの言葉も言うべきではないと思い、俺はいくつかの言葉を飲み込んだ。どの言葉も、俺の都合でしかない。それでも、俺は一言だけ飲み込み切れなかったので、精一杯冗談めかして吐き出した。

「お前らこそ、軽く考えすぎなんじゃねぇの?」

「そうかもな」


 軽く笑って受け流した東野は、俺が“お前ら”と言った中に川崎美幸を含めていることに気がついているだろうか。俺は、本当は、彼女の回復を喜ぶべきなのだ。だけど、こんなに早く次の恋人を作る感覚が理解できず、納得できずにいた。



「別に、悪いことじゃなかろう」

「そうなんです。俺も“喪に服せ”なんて言いたいんじゃないんです」

「なら、男に同情しておるのか?」

「それも違います。あの男に同情の余地はないです」

「ならば、置いてきぼりを喰らった感じかの?」

「あー…………、それです。たぶん」


 俺は八白宅の居間で、お茶をすすりながら愚痴を吐いていた。八白が淡々と相槌を打ってくれるおかげで、俺のモヤモヤは段々と解消している。

「不安があるからこそ信頼できる男との関係を確かにしたい、ということかも知れんし、そう悪い方向に考えるでない」

「不安だから、ですか」

「誰かと居たいという気持ちは悪ではなかろう?」

「そうですね……」

「叶えるための方法を間違えなければ、じゃがな」


 そう言いながら、八白が不意に遠い目をした。俺は坂本のことを言ったのかと思ったが、それにしては哀愁が深すぎるように思えた。詳しく聞きたいと思ったが、俺が疑問を言葉にするより先に八白が言った。


「んで。お前は愚痴を言うためだけに、稲荷まで用意してうちに来たのか」

「あ、そうでした。ちょっと妙な事件? いや、事件でもないのかも?」

「なんじゃ、はっきりせんな」

「それが、もしかすると俺一人で解決できるかも、って」

「お前、この前痛い目を見たばかりじゃろ? 大丈夫なのか?」

「いえ、心配なので、こうして相談に来たんです」


 俺は、今日知って今日解決できた……かも知れない奇妙な事件について話し始めた。

「学校の近所で“動く人形”の噂が流れたんです。それで、ちょっと調べたらすぐに噂の出所が分かりました」

「ふむ。随分と順調じゃの」

「そこの子供が自慢してたんですよ。“私の人形は動くんだぞ”って」

「電動ってことではないんじゃろ?」

「もちろん。見せてもらいましたから。ちゃんとそういうがしました」


 俺は八白から術を習っている。あくまで護身が目的なので、八白のように霊能力者じみたことはできないが、身に着けた術の中に“異常な執着を見分ける術”――言い換えれば“怪異を見つける術”があった。これを覚えた俺は、八白がよく言う“臭い”を感じられるようになった。

「術を使って観察してみましたが、確かに何かが憑りついていました」

「で、封じ方までは教えておらんはずじゃが、どうして解決できると思った」

「見る間に弱まっていたんです」


 八白は、察した風に言う

「原因は、あの男か?」

「ええ、恐らく。坂本がまき散らした念の影響か、残りカスかな、と」

「根本的な原因は解決済みじゃから、時間の問題と思っとる訳じゃな?」


 八白の目線は俺を見据えている。前回の件から何を学んだか、試しているのだろう。実際、少し前までの俺なら“放置すれば解決する”と考えたかも知れない。だが、今はそうではない。そうではないからこそ、八白に意見を聞きに来たのだ。

「人形の持ち主の子供が、新たな執着を生むかも知れないと思っています」

「そうかも知れんの」

「その子は親から“気味悪がられるから言いふらすな”と言われているそうなので、親が人形に執着することはないと思います」

「ふむ。人形には何某なにがしかが憑りつきやすいと言われとるが、お前、その理由は分かるか?」

「いいえ。でも確かに、そんな怪談話は多いですね」

「人形は“人の代わりとしての役目”を与えられることが多いからじゃ」

「役目、ですか」

「“友だち”という役目を与えられた人形は友だちとして振舞うし、“赤子”という役目を与えられた人形なら赤子として振舞う。と言うことじゃ」

「“生贄”だったり“呪いたい相手”だったり、って役目も同じですか?」

「そうじゃ。人形を取り巻く者たちがそれを“人”として扱うことで、何かが入りやすい環境になるとも言える。故にお前が周辺の者に探りを入れたのは正解じゃ」


 人として扱われた人形は、それだけ人間に近づくということだろうか。なら、俺が取った行動は恐らく正しかったはずだ。

「それで俺、その子に“もうじき元の人形に戻るから、お別れを言えるようにね”と言っておいたんです」

「素直に聞いたか?」

「全然。でも、説得しました。“戻らないと、人形が壊れちゃうかも”と言って」

「子供相手にえげつないことを言うの」

「事実ですよ。見せてもらった人形は、かなりボロボロになってましたから」

「そうかい。まぁ、相手がそれで納得したならいいじゃろ」


 ずずっ、とお茶をすする八白に、俺は不意に思い浮かんだ疑問を投げかける。

「でも、そんな簡単に怪異って生まれる物なんですか?」

 人として扱われた人形なんて、それこそ星の数ほどある。その全てが動く訳がない。俺は少しだけ引っかかりを感じていた。

「生まれやせんよ。普通はな」

 八白はそう言って俺の不安を肯定すると、静かに立ち上がった。


「どうしたんですか?」

かわやじゃ」

「あ、そうですか」

「不安なら、その人形の入手経緯を調べてみるんじゃな」


 心を読まれたらしい。正直、もう慣れた。

「“動く人形”には、坂本の念以外に原因があるってことですか?」

「知らん。儂ゃもう行くぞ」

 八白は足早に部屋を出た。身体が子供サイズだからトイレも近いのだろう。

「余計な想像をするな。砕き流すぞ」

「下水行きは勘弁なので、この辺で失礼します」

 廊下から顔だけ出して凄む八白に、大げさにお辞儀をして八白宅を後にした。砕き流される自分を想像しないようにしながら。



 境内に出た俺は、さて、ここで一度立ち止まって考える。直接、あの子供に会って話を聞いても良いのだろうか。


 子供が普段から遊んでいる人形なら、曰く付きの物ではないだろう。そう考えると、人形に異変が起きた原因――あの愚か者がバラまいた呪詛以外の原因があるのなら、一番近くにいる人間であるあの子が関係している疑いが強い。直接根掘り葉掘り聞いたら、いたずらに刺激してしまうかも知れない。


 他の方法を考えているうちに、辺りが暗くなってきた。今日中の解決を目指す必要もないし、時間が経てば異常な現象も消えるはずだ。俺は家に帰って、ゆっくり考えることにした。

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