第4話 確かめる 2/3
家に帰った俺は、家族といつも通り夕食を食べる。今日は父も居た。一応、家族の
その父が、珍しく八白について聞いてきた。
「結。山に住んでるシロさん。最近もよく会ってるのか?」
「え?ああ、相変わらずって感じ」
「そうか。いやな、受験とか部活とかお前も忙しくなるんじゃないか、って心配でな」
「なに?“会うな”って言いたいの?」
俺は少し苛立たし気に言う。普段は何も言わず、聞かず、放任でいたくせに思い出したように干渉してくる。いつも気に掛けているならまだ分かるが、思い付きで突っかかられたようで不愉快だ。
俺の語気が荒くなるのを聞いて、父が少しだけ怯んだ。
「いや、そうじゃないよ。ただ、事情がある子だから……」
「あいつの事情なら、あんたより俺の方が詳しいよ」
「こら!結!お父さんに向かって“あんた”はないでしょ!」
割って入った母を、父が制して話を続ける。
「いや、いいんだよ。むしろ、逆なんだ」
「逆?」
「ああ、俺もガキの頃からの付き合いだけど“仲良くしすぎるな”って言われてたんだよ。代々、そういう扱いらしい」
「なんだよ。それ」
「だから、お前がシロさんと仲良くするようになってから、シロさんが明るくなったような気がしてな」
あの社は神谷家が代々、管理している。と言うことは当然、歴代の神谷家は八白を知っているし、程度の差はあっても関わりもあったはずだ。今まで考えもしなかったが、現在の管理人である父も子供の頃から八白を知っていて当然だった。
「シロさん、あれで結構さみしがり屋な気がしてな。お前や紬が仲良くしてるのを邪魔したくなくて“仲良くしすぎるな”ってのは俺の代で止めたんだ」
「そうだったんだ……さっきは、ごめん」
「いいよ。と言うか、怒るくらい仲よくやってるなら安心したよ」
「あー、じゃあ、なに?“忙しくなるから心配”ってのは“学業に専念しろ”って意味じゃなくて……」
「そうそう。シロさんを寂しくさせないようにな。ってことだ」
「それなら、大丈夫だよ」
俺が今後、何かの理由で八白と関わらなくなるとは、全く想像できない。だが将来、大人になってもずっとそうなのだろうか? 長男なら将来的には土地の管理を受け継いで、次代の跡取りを……などと武家じみた考えが頭をよぎった。なんだ、跡取りって。そんな大した家系じゃないだろ。ああ、でも、八白の居場所が無くなるようなことは避けなければ……
いや、そんな先の未来よりも、父の心配した通り、俺にはまずは進路だろう。と、思うがそれも来年に先送りして、俺は目の前の問題に集中した。決して、未来の不安から目を逸らせた訳じゃない。“動く人形”こそ、今、俺が取り組むべき問題なのだ。
集中した甲斐あってか、夕食を終えるころに俺は一つのアイデアを思いついた。そして、すぐに母に協力を要請した。
「あのさ、母さん。今、動く人形がいるって噂の家があるんだけど」
「何よ、藪から棒に」
「学校の近所の家だから、もしかしたらそこの奥さんから話聞けないかなって。どういう人形なのかとか、いつからあるのか、誰から貰ったとか」
俺が思いついたアイデアとは、親のネットワークを利用することだ。あの子にも両親が居る。人形の件で娘を心配しているだろうし、人形に何かの事情があるなら誰かに相談したいと思うだろう。そこから情報を得られるはずだ。
「はぁ……ほんと、変なことにばっかり興味持って……母さんは結の将来が心配よ」
「いや、人助けのためだから」
「あのね、父さんはああ言ってたけどね。私はあんたがこういうのに首を突っ込むの反対なのよ?」
「え? そうなの?」
「当たり前でしょ。出来るだけ口を挟まないようにしようと思ってたけど、協力しろって言われても嫌よ」
出鼻をくじかれた。別の方法を考えないと……思っていたら、意外な方向から助け舟が出された。
「俺が聞いてみようか?」
「あなた!」
「え? 父さん、そういうネットワークあるの?」
「んー、一応、知り合いは多いぞ」
俺、両親のこと、よく知らないのかも。という不安を頭の端に追いやり、俺はその助け舟に乗った。
◆
次の日、俺はまた下校途中に人形の様子を見に行った。その日も、あの子は玄関先に人形を抱いて立っていた。様子を見るだけのつもりだったが、向こうから声をかけてきた。俺は出来るだけ人形に触れないように話す。
「あ、昨日のお兄ちゃん」
「こんにちは。今日もお外にいるんだね」
「うん。お家の中にいても詰まらないから」
「お父さんもお母さんも、お仕事?」
「うん。だから、いつもチカちゃんと遊んでたの」
「チカちゃん?」
不味いことを聞いてしまったと後悔したが、もう遅かった。俺の目の前にズイっと人形が突き出される。
「チカちゃん」
「お人形の名前、チカちゃんって言うんだね」
「そうなの。でね。チカちゃんがお外行きたいって言うから、お外で遊ぶの」
「そうなんだ」
「うん……でも、もうすぐ動かなくなっちゃうんだよね」
「……そうだね。でもその方が良いんだよ」
「うん……」
とても悲しそうな顔をしている。事情が変わった。何とか説得しないといけない。
「あのね。ちょっと、難しい話をするけど、しっかり聞いてね」
「なに?」
「人の気持ちには力があるんだ。今、チカちゃんを動かしている力も、そういう“気持ちの力”なんだ」
「そうなの?」
「でも、自分の気持ちで動くのと、他の誰かの気持ちで動かされるのって違うよね?」
「うん……」
「他の人の気持ちで、無理に動かされていると体が壊れちゃうんだ」
「チカちゃん、自分で動いてないの?」
「……チカちゃんは、
「ほんと?」
失敗は許されない。とにかく、荒立てない方向に話を持って行こう。
「うん。大丈夫。でも、今は色んな人の気持ちが混ざっちゃってるんだ」
「混ざってるの?」
「チカちゃんが動くと知っている人、みんなの気持ち。
「ダメなことなの?」
「人形をね、怖いって思う人もいるんだ」
「チカちゃんは怖くないよ!!」
「友達だもんね。俺も怖くないよ。でも、そうじゃない人もいるんだよ」
「……違うもん!! 怖くないもん!!」
「大丈夫。悪い気持ちが混ざらないようにおまじないしてあげるから」
俺は、八白の真似事をして、それらしいだけの呪文を唱えた。我ながら、口八丁にも慣れてきた。
「はい。これでもう大丈夫」
「ありがと」
「チカちゃんが動かなくなっても、沢山遊んで疲れちゃっただけだから心配しなくて良いんだよ」
「うん」
「チカちゃんが動かなくなったら、ゆっくり眠らせてあげてね」
「わかった」
俺は内心焦っていた。顔の前に人形を突き付けられた時、昨日と“臭い”が違っていた。そして、おまじないをした後に“臭い”が弱まった。おまじないを見ているのはあの子だけ。身振りだけのおまじないが効いたということは、すでに、あの子が怪異の発生源になりつつあるということだ。俺が人形が動かなくなることを伝えたからか? いや、もしそうなら動かし続けようと考えるはずだ。“悪い気持ちを防ぐおまじない”には影響されないだろう。
俺は冷や汗をかきながら、急いで家に帰った。一刻も早く人形について情報が欲しい。駆け足しながら、思考を巡らせる。何かを見落としている気がする。
◆
その日、俺は父の帰りを、首を長くして待っていた。そして、帰って来た父が靴を脱ぐより先に質問をぶつけた。
「人形のこと、分かった?」
「おいおい、もう少しゆっくりさせてくれよ」
「急いで。ちょっと事情が変わるかも知れないんだ」
「ちゃんと聞いて来たから、まずは着替えさせてくれ」
手早くスーツから部屋着に着替えた父は、手短に情報を教えてくれた。
「あの人形、形見らしいよ。病死した前の奥さんが買った物だって」
「あの子、連れ子なの?」
「だから、余計に気味悪がっているみたいでね」
「そりゃ、新しい奥さんにしてみれば気味悪いよね」
「いやぁ、奥さんだけじゃなくて夫も子供も怖いんじゃないかな?」
「え?」
「DV、酷かったらしいんだよ。前の奥さん。入院する直前なんて特に」
「ちょっと待って。あの子、人形大事にしてたんだよ?」
「どんな親でも、親ってことだろうなぁ」
「そんな……」
「家庭の中って、外から見ても分らないもんだよ」
そんな話になるとは思ってなかった。俺は、父に礼を言うとすぐに社に向かう。外はとっくに暗くなっていたが、懐中電灯を持って山を登った。八白宅に着くなり、俺は早口で事情を説明した。
八白は俺の説明を全て聞き終わると、噴き出して笑った。
「かははは! お前、ちゃんと“祓い”までしておるじゃないか」
「はぁ?」
「お前、この事件を見事に解決したんじゃぞ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます