第12話 形づくる 後編 1/3

「だから、僕はずっと壊れていた」

 そう吐き捨てたゼツは、自分の生い立ちを語り始めた。


 ゼツは山に捨てられた子供だったそうだ。そして、運よく修験者に拾われ、育てられた。ゼツが拾われたのは、その修験者が一目見て、ゼツの才能を見抜いたからだそうだ。

「決して、同情でも、愛情でもない」

 叩きつけるように、ゼツはそう言った。


 そして、その見立て通りにゼツは素晴らしい才能を発揮した。教えられた術はすぐに覚え、使いこなし、組み合わせて、応用した。育ての親に褒められることが、幼いゼツにとっての生きがいだった。


 しかし、それがずっと続くことはなかった。褒められる機会は減り、頑張れば頑張るほどうとまれる。ゼツの才能は、育ての親の見立てを上回っていた。

気位きぐらいの高い人だったからね」

「それで、一人立ちして旅に出たんですか?」

「少し違うね」


 ある日、育ての親はいなくなったそうだ。自分一人で修行し直すためか、ゼツが邪魔になったからか。独りになったゼツは、しばらくはそのまま山の中で生活していたそうだ。


 そして突然、耐えられなくなった。孤独に――誰からも褒めてもらえないことに。唐突にそうなったそうだ。そうなる直前までは、すべてを受け入れたと感じていたにも関わらず、この生活がずっと続くと考えてしまった瞬間に耐えられなくなったそうだ。


 だからゼツは旅に出た。その旅が人助けの旅になったのは、ただ褒めてもらえるからだった。認めてくれる人が欲しかった。そうできるだけの才能があったから、ゼツの名前はすぐに広まった。


 その名を聞きつけて現れたのが、八白だった。

「あ、そういえば、さ」

「なんですか?」

「八白って名前、僕がつけたんだ」

「そうなんですか。すごく気に入ってるみたいですよ」

「そりゃよかった。まぁ、今でも名乗ってるくらいだし」

「“自分がそう在ろうと決めた名前”って言ってました」

「……へー」

「どうかしました?」


 ゼツが言うには、当時の八白はその名を気に入っていなかったらしい。しかし、しつこく呼ぶうちに、なし崩し的に八白が八白の名になったんだという。


 意外な事実に俺は驚いた。

「今の八白さんからは想像できないです」

「まぁ、見たまんまのネーミングだったからね」

「見たまま?」

「あー……機会があったら、獣の姿を見せてもらいな」

 ゼツは意地悪そうに笑った。この笑い方は八白に似ている。いや、八白がゼツに似たんだろう。


 そんな生い立ちを持ったゼツは、祠の一族に愛された娘に――その娘の代わりとして作られた人形に憧れた。そこまで愛してもらえる存在は、きっととうとい者に違いない。そんなものを壊していいのだろうか。そんな風に考えてしまったのだという。


「だから、助けたくなった」

「それで、心に入った」

「そう。神として彼女を消せば……」

「人間としての彼女が残る」

「でも、中には何もなかった」


 それでも、人形を殺したくなかったゼツは、人形の中に自身を残して封じることにした。そうして時間を稼ぎ、人形のが朽ちてもその精神が正しく人の形に戻れるように考えた。


「それで、最期に八白に言ったんだ」

「“お前は、幸せになってくれ”」

「そう。なんか、すごく困らせちゃったみたいだね」

「それはもう。何百年って悩みまくっていたみたいですよ」

「あー。謝りたい……単純にさ……」


 ゼツはしばらく押し黙ってから、言葉を慎重に探して言った。

「僕は、自分の願いを見つけた。それは人形を助けたいっていう、身勝手なものだったけど……それでも、自分の願いを見つけて、自分のために動いている時は幸せだったんだ」

「八白といる時は、どうだったんですか?」

「楽しかったよ。幸せだった。でも、僕は……八白にも自分の願いを持って欲しかったんだ。だから、僕みたいに……の願いなんかじゃなくて、もっと……幸せになってほしかった」

「そう、伝えておきます」

「うん。ありがとう」


 そして、ゼツは今まで人形の中から人形との対話を続けてきた。それと同時に存在が消えないよう心の維持も続けた。そんな時間が数百年続き、人形は目覚めた。原因は、経年劣化で封印が弱まったことと、俺が山に入ったことが重なったためだった。


 人形が目覚めた後も、ゼツは人形の在り方を変えようとして対話を続けた。10年間動きがなかったのも、被害が軽かったのも、内側にストッパーが存在したからだ。


 だがそれも限界を迎え、人形が動き始めてしまった以上、被害が出る。八白が封じようとしたことは正しい判断だった。正しいとは理解していても、人形にも八白にも死んでほしくないゼツは戦いの邪魔をした。


「もっと早く八白に手伝ってもらえなかったんですか?」

「人形を抑えるので精一杯。この空間から出ることも無理だったよ」

「八白が人形を封じた時も?」

「戦ってる時は人形もそっちに集中してたから動けたけど、話を聞く余裕なんてないよ。実際、封印が終わるまで聞いてくれなかったし」

「それもそうか……」

「でも“聞く耳を持たない”のが正解なんだ。過去を懐かしむと人形がとしちゃうから。だから、僕はただの邪魔。戦いを止めたかったんだけど、酷いことしちゃった」


 その結果、この膠着こうちゃく状態を作ってしまった。どちらも死なせないためには最善の状態でありながら、全員にとって苦痛に満ちた最悪の結果を招いた。

「こうしてゆっくり話ができるのも、君が状況を変えてくれたからだ。ありがとう」


 落ち着いた表情でゼツが話し終えると、今度は俺が自分のことを話した。聞かれた訳じゃない。話したかったんだ。俺は今までの事件を思い出す。八白に封じられていた記憶がつい今朝になって呼び起されたのだから、どれも鮮明に思い出せる。


 学校の生霊のとき、俺が対処を間違っていたらどうなっただろうか。八白は生霊を吹き飛ばしていただろう。そう行動する理由は俺を助けるためではなく“解釈し終えた物に対しては無頓着”だからだ。もしそうなっていたら、クラスへの想いを吹き飛ばされた先生はどうなったのか、想像できない。


「まぁ、どうにかなったんじゃない?」

「そんな呑気のんきなこと言わないでくださいよ」

「ごめんごめん」


 ポルターガイストのときはどうだろう。俺は、あの家族に“解決”を与えられただろうか。そんなことをしなくても、花ちゃんはいつかポルターガイストのことを忘れたかもしれないけど……でも、俺にできることはこういうことなのだろう。


「しっかり守れたんだと思うよ」

「そうでしょうか」

「だから、その奥さんがここで寝てるんだから」

「……嫌な確かめ方ですね」

「ごめんごめん」


 その次は……苦い記憶だ。でも、すぐに川崎さんは東野と付き合い始めたんだったか。今でも、もやもやするけど、立ち直ったのはいいことだ。“嘘は頼りない物”だと八白に言われたことも、ついさっきのことのように感じる。


「君が悪いわけじゃない」

「……ありがとうございます」

「それに、その川崎さん。こっち来てないよ」

「……頼りがいは感じてないってことですか」

「まぁ……切り替えが上手い人もいるよ。悪いことじゃない」

「そうですね」

「君も背負い続けなくて済むし、前向きに捉えようよ」


 動く人形のときは、俺一人で事件を解決できた。事件というほどの何かが起きたわけじゃない。いや、起きる前に止められたのだと思う。子供の恐怖心が人形を動かし始めたら、人形はあの子を傷つけはじめただろう。その暴力は恐怖心を強めて、悪循環ができていたかもしれない。


「偶然とはいえファインプレーだね」

「偶然ですけどね」

「でも、この子にとって君はヒーローだ」

 あのときの子供は、この空間で幸せそうに眠っている。


 人形について聞いたのは、その後だった。聞けてよかった。今はそう思う。

「僕のことも話してたんだよね?」

「ええ、5分に一回くらい褒めてました」

「はは、そんなに?」

「完全に惚気のろけでしたよ」

「へー……別に異性交遊的なことはしてなかったんだけどなぁ」

「そうなんですか?」

「あ、嫉妬してた?」

「もういいです」

「すーねーるーなーよー」


 短い期間で、本当にいろいろあった。それを通じて俺は、確かに変わった。慎重になった。聞いて確かめるようになった。嘘を避けるようになった。


 それでも間宮さんと話した時には、また勘違いで突っ走った。でも、結果的にはそれがよかった。調べることも、聞くことも、教えてもらうことも、考えることも、全部が必要なことだった。


「その間宮さんも、こちらに寝ています。っと」

「その流れ、あまり嬉しくないです」

「まぁ、言ってみればもう一度被害を受けたようなもんだからね」

「……そうですよ」

「でも、君が助けられたって証拠じゃないか」


「そう……ですね」

「そして、もう一度助けた。大したもんだよ」

「ちょっと複雑ですけど、ありがとうございます」


「辛いことも、怖かったこともあっただろうけど、後悔してない?」

「必要なことだったと、今は確信できます」

「そうだね」

「今までの全部が、俺を作っています」

「うん。僕もそうだ」


 そう言ったゼツは、何かを吹っ切った顔で言った。

「僕は、人形を連れて消えることにするよ」

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